TRAILS REPORT

IN THE TRAIL TODAY #01 |『TRAIL ANGEL』を書かずして、僕は前に進めなかった。

2018.05.18
article_image

What’s IN THE TRAIL TODAY / TRAILSは、トレイルで遊ぶことに魅せられたピュアなトレイルズたちの日常の中で発生した、 “些細でリアルなトレイルカルチャー” を発信するハンドメイドのコミュニケーションツール『ZINE – IN THE TRAIL TODAY』をスタートさせました。

いちばん伝えたいことはZINEの中に込められていますが、そこには記されていない、ZINEを作るにあたっての初期衝動や秘められた想い、さらにはこぼれ話など、他にも伝えたい話がたくさんあるのです。

そこで私たちは、そういったTRAILSのZINEにまつわるストーリーを読者のみなさんにお届けすべく、新連載をスタートさせることにしました。その名も『 IN THE TRAIL TODAY』。本連載が、TRAILSのZINEをより楽しんでいただくための一助となりますように。


PCTがきっかけで、僕はロングハイキングの虜になった。


IMGP0887
アメリカ西海岸を南北に貫くPCT(総延長4,264km)。2012年、僕は念願だったこのロングトレイルを歩いた。

記念すべきZINE#01に、僕が長らく温めていた『TRAIL ANGEL』が選ばれた。僕は、どうしてもこのテーマで想いを綴りたかった。これを書かずして、僕の人生は前に進むことができない。それくらいの想いを持っていた。なぜ僕がそう思うようになり、そしてどんな気持ちで『TRAIL ANGEL』を書きあげたのか。今回、その背景をお伝えしたい。

2012年。会社員を辞めてフリーランスのライターになった僕は、まずPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)を歩くことにした。仕事をスタートさせる前に、なぜわざわざアメリカのロングトレイルを歩きに行ったのか。ひとつは、以前からロングトレイルに強い関心があり、行くならこのタイミングしかないと思ったから。もうひとつは、ロングハイキングの経験を積みたかったからだ。

DSCN2519
ロングハイキングとは何なのか。ハイキングカルチャーとは何なのか。僕はそれを五感で感じながら歩きつづけた。

ライターとして仕事をする上で、僕はハイキングをテーマにしようと考えていた。でも正直なところ、経験不足感は否めなかった。もっともっとハイキングのことを知りたかった。何千キロにもおよぶ道を歩くこと以上に、本場アメリカのトレイルと、それにまつわるハイキングカルチャーを体感してくることが、何かしらプラスになるだろうと考えたのだ。

結果、PCTでの経験は「何かしらのプラス」どころではなかった。僕は歩いている途中で、ロングハイキングを軸に活動していこうと心に決めた。それほど魅力に満ちあふれていた。長く歩くことも楽しかったが、僕がなによりも惹かれたのは、トレイルで出会う人だった。トレイルの魅力はトレイルそのものだけではない。そこに気づかされたのだ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
補給のために町に降り、トレイルエンジェル宅にお世話になる。たくさんのハイカーと出会い、語り合ったことも忘れられない思い出。


僕を救ってくれたのは、トレイルエンジェルだった。


ハイキングカルチャーにおいて、もっとも印象的だったのはトレイルエンジェルの存在だった。アメリカには、ハイカーに対してボランティアで宿泊場所や食事を提供してくれたりする人がいる。その人たちのことを、トレイルエンジェルと呼ぶ。

DSCN3449
ワシントン州バーリングにて。ここがトレイルエンジェルとして有名なディンスモア夫妻のハイカー・ヘイブンだ。

ハイキング中は、たくさんのトレイルエンジェルのお世話になった。なかでも僕にとっていちばん大切な人かつ感謝している人は、ディンスモア夫妻(ジェリー&アンドレア)である。

なぜ彼らが特別かというと、僕の “命の恩人” だからだ。こともあろうに、僕はハイキング中にPCTのとある峠で吹雪にみまわれ、閉じ込められてしまった。身動きが取れず、連絡手段も断たれ、僕はなすすべがなかった。

DSCN3561
例年に比べて驚くほど早く寒波が到来。しばらくは小降りだったのだが……。

でも奇跡的に、ビバーク6日目にして救助された。その救助にあたって奔走してくれたのが、ジェリー&アンドレアだったのだ。

命の恩人なんて、映画や小説の世界だけの話だと思っていた。僕は、命の恩人と呼べる人に出会うことなど一生ないと思っていた。それが、PCTで出会ってしまったのだ。


トレイルエンジェルがいるから、ハイカーは歩きつづけることができる。


以来、僕はジェリー&アンドレアのことをいつか発表したいと想いつづけていた。

当時、たまたま彼らの家に泊まっただけの、いちハイカーでしかない僕に対して、ふたりはできる限りの力を尽くしてくれた。いままでこんな無償の愛を家族以外の人から受けたことはない。どうしても感謝の気持ちをカタチにしたかった。

DSCN3429
ディンスモア夫妻がハイカーに解放しているガレージ。2段ベッド、ソファ、冷蔵庫など、設備も充実している。

個人的に直接伝えれば済む話、と言われればそうかもしれない。でもこの体験談は、僕個人の話である以上に、トレイルエンジェルの本質を表しているものでもあり、ハイキングカルチャーそのものでもある。大げさかもしれないが、『ハイキングカルチャー=トレイルエンジェル』といっても過言ではないと僕は思っている。このストーリーを世に出すことには大きな意味があるはずだし、むしろ出さなくてはいけない。そう強く思ったのだ。

そしてなによりも……
実は昨年末、闘病中だったアンドレアがこの世を去ってしまった。

僕にとってアメリカの母であるアンドレアのこと、彼女との思い出を、カタチに残しておきたい。そして、日本人ハイカーを救ってくれたアンドレア・ディンスモアというトレイルエンジェルがいたことを、みんなに知ってもらいたい。それが、『TRAIL ANGEL』を書いた最大の理由でもある。

ZINE『TRAIL ANGEL』には、僕とアンドレアがどう出会い、そして彼女が具体的にどんなアクションをして僕が助かったのか、さらに3年後に再会したエピソードまで、詳しく書いている。このZINEを多くの人が手にとり、読むことで何かを感じてくれることを願ってやまない。

天国にいるアンドレアに、この本を捧げます。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA inthetrail_A

ZINE#01 根津貴央『TRAIL ANGEL』


TRAILS ZINE_01 bottun

関連記事

TRAILSの出版レーベル第二弾、『ZINE – IN THE TRAIL TODAY』をスタート!

TAGS:


RELATED

私的ロング・ディスタンス・ハイキング考 | #01 ロング・ディスタンス・ハ…

IN THE TRAIL TODAY #17|シエラの美しい湖の景色を歩く、…

パシフィック・クレスト・トレイル (PCT) | #07 トリップ編 その4…

LATEST

MAKE YOUR OWN GEAR | 「自作ULコンテナのつくり方」...
TOKYO ONSEN HIKING #19 | 高取山・鶴巻温泉 弘法の里...
MAKE YOUR OWN GEAR | DCF (ダイニーマ®︎コンポジッ...

RECOMMEND

北アルプスに残されたラストフロンティア #01 |伊藤新道という伝説の道 〜...
LONG DISTANCE HIKER #09 二宮勇太郎 | PCTのスル...
パックラフト・アディクト | #46 タンデム艇のABC 〜ウルトラライトな...

POPULAR

北アルプスに残されたラストフロンティア #04 | 伊藤新道を旅する(前編)...
TOKYO ONSEN HIKING #14 | 鐘ヶ嶽・七沢荘...
TODAY’S BEER RUN #06 | アンテナアメリカ 関内店 (関...

STORE

GARAGE

WRITER
根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年、TRAILSに正式加入。2024年よりTRAILSのHIKING FELLOWに就任。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

>その他の記事を見る 

TAGS

RECOMMEND

北アルプスに残されたラストフロンティア #01 |伊藤新道という伝説の道 〜伊藤正一の衝動と情熱〜
LONG DISTANCE HIKER #09 二宮勇太郎 | PCTのスルーハイキングで気づいた本当の自分
パックラフト・アディクト | #46 タンデム艇のABC 〜ウルトラライトな2人艇のススメ〜

POPULAR

北アルプスに残されたラストフロンティア #04 | 伊藤新道を旅する(前編) 湯俣〜三俣山荘
TOKYO ONSEN HIKING #14 | 鐘ヶ嶽・七沢荘
TODAY’S BEER RUN #06 | アンテナアメリカ 関内店 (関内)

STORE

ULギアを自作するための生地、プラパーツ、ジッパーなどのMYOGマテリアル

LONG DISTANCE HIKER
ULTRALIGHT HIKER
ULギアを自作するための生地、プラパーツ、ジッパーなどのMYOGマテリアル
HIKING UMBRELLA UV
ウエストベルト
ボトルホルダー
アンブレラホルダー
コンプレッションコード
アイスアックスループ

RELATED

私的ロング・ディスタンス・ハイキング考 | #01 ロング・ディスタンス・ハイキングのきっ…

IN THE TRAIL TODAY #17|シエラの美しい湖の景色を歩く、2週間のセクシ…

パシフィック・クレスト・トレイル (PCT) | #07 トリップ編 その4 DAY46~…

LATEST

MAKE YOUR OWN GEAR | 「自作ULコンテナのつくり方」11月 追加開...
TOKYO ONSEN HIKING #19 | 高取山・鶴巻温泉 弘法の里湯...
MAKE YOUR OWN GEAR | DCF (ダイニーマ®︎コンポジット・ファブリッ...