IN THE TRAIL TODAY #01 |『TRAIL ANGEL』を書かずして、僕は前に進めなかった。
What’s IN THE TRAIL TODAY / TRAILSは、トレイルで遊ぶことに魅せられたピュアなトレイルズたちの日常の中で発生した、 “些細でリアルなトレイルカルチャー” を発信するハンドメイドのコミュニケーションツール『ZINE – IN THE TRAIL TODAY』をスタートさせました。
いちばん伝えたいことはZINEの中に込められていますが、そこには記されていない、ZINEを作るにあたっての初期衝動や秘められた想い、さらにはこぼれ話など、他にも伝えたい話がたくさんあるのです。
そこで私たちは、そういったTRAILSのZINEにまつわるストーリーを読者のみなさんにお届けすべく、新連載をスタートさせることにしました。その名も『 IN THE TRAIL TODAY』。本連載が、TRAILSのZINEをより楽しんでいただくための一助となりますように。
PCTがきっかけで、僕はロングハイキングの虜になった。
アメリカ西海岸を南北に貫くPCT(総延長4,264km)。2012年、僕は念願だったこのロングトレイルを歩いた。
記念すべきZINE#01に、僕が長らく温めていた『TRAIL ANGEL』が選ばれた。僕は、どうしてもこのテーマで想いを綴りたかった。これを書かずして、僕の人生は前に進むことができない。それくらいの想いを持っていた。なぜ僕がそう思うようになり、そしてどんな気持ちで『TRAIL ANGEL』を書きあげたのか。今回、その背景をお伝えしたい。
2012年。会社員を辞めてフリーランスのライターになった僕は、まずPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)を歩くことにした。仕事をスタートさせる前に、なぜわざわざアメリカのロングトレイルを歩きに行ったのか。ひとつは、以前からロングトレイルに強い関心があり、行くならこのタイミングしかないと思ったから。もうひとつは、ロングハイキングの経験を積みたかったからだ。
ロングハイキングとは何なのか。ハイキングカルチャーとは何なのか。僕はそれを五感で感じながら歩きつづけた。
ライターとして仕事をする上で、僕はハイキングをテーマにしようと考えていた。でも正直なところ、経験不足感は否めなかった。もっともっとハイキングのことを知りたかった。何千キロにもおよぶ道を歩くこと以上に、本場アメリカのトレイルと、それにまつわるハイキングカルチャーを体感してくることが、何かしらプラスになるだろうと考えたのだ。
結果、PCTでの経験は「何かしらのプラス」どころではなかった。僕は歩いている途中で、ロングハイキングを軸に活動していこうと心に決めた。それほど魅力に満ちあふれていた。長く歩くことも楽しかったが、僕がなによりも惹かれたのは、トレイルで出会う人だった。トレイルの魅力はトレイルそのものだけではない。そこに気づかされたのだ。
補給のために町に降り、トレイルエンジェル宅にお世話になる。たくさんのハイカーと出会い、語り合ったことも忘れられない思い出。
僕を救ってくれたのは、トレイルエンジェルだった。
ハイキングカルチャーにおいて、もっとも印象的だったのはトレイルエンジェルの存在だった。アメリカには、ハイカーに対してボランティアで宿泊場所や食事を提供してくれたりする人がいる。その人たちのことを、トレイルエンジェルと呼ぶ。
ワシントン州バーリングにて。ここがトレイルエンジェルとして有名なディンスモア夫妻のハイカー・ヘイブンだ。
ハイキング中は、たくさんのトレイルエンジェルのお世話になった。なかでも僕にとっていちばん大切な人かつ感謝している人は、ディンスモア夫妻(ジェリー&アンドレア)である。
なぜ彼らが特別かというと、僕の “命の恩人” だからだ。こともあろうに、僕はハイキング中にPCTのとある峠で吹雪にみまわれ、閉じ込められてしまった。身動きが取れず、連絡手段も断たれ、僕はなすすべがなかった。
例年に比べて驚くほど早く寒波が到来。しばらくは小降りだったのだが……。
でも奇跡的に、ビバーク6日目にして救助された。その救助にあたって奔走してくれたのが、ジェリー&アンドレアだったのだ。
命の恩人なんて、映画や小説の世界だけの話だと思っていた。僕は、命の恩人と呼べる人に出会うことなど一生ないと思っていた。それが、PCTで出会ってしまったのだ。
トレイルエンジェルがいるから、ハイカーは歩きつづけることができる。
以来、僕はジェリー&アンドレアのことをいつか発表したいと想いつづけていた。
当時、たまたま彼らの家に泊まっただけの、いちハイカーでしかない僕に対して、ふたりはできる限りの力を尽くしてくれた。いままでこんな無償の愛を家族以外の人から受けたことはない。どうしても感謝の気持ちをカタチにしたかった。
ディンスモア夫妻がハイカーに解放しているガレージ。2段ベッド、ソファ、冷蔵庫など、設備も充実している。
個人的に直接伝えれば済む話、と言われればそうかもしれない。でもこの体験談は、僕個人の話である以上に、トレイルエンジェルの本質を表しているものでもあり、ハイキングカルチャーそのものでもある。大げさかもしれないが、『ハイキングカルチャー=トレイルエンジェル』といっても過言ではないと僕は思っている。このストーリーを世に出すことには大きな意味があるはずだし、むしろ出さなくてはいけない。そう強く思ったのだ。
そしてなによりも……
実は昨年末、闘病中だったアンドレアがこの世を去ってしまった。
僕にとってアメリカの母であるアンドレアのこと、彼女との思い出を、カタチに残しておきたい。そして、日本人ハイカーを救ってくれたアンドレア・ディンスモアというトレイルエンジェルがいたことを、みんなに知ってもらいたい。それが、『TRAIL ANGEL』を書いた最大の理由でもある。
ZINE『TRAIL ANGEL』には、僕とアンドレアがどう出会い、そして彼女が具体的にどんなアクションをして僕が助かったのか、さらに3年後に再会したエピソードまで、詳しく書いている。このZINEを多くの人が手にとり、読むことで何かを感じてくれることを願ってやまない。
天国にいるアンドレアに、この本を捧げます。
ZINE#01 根津貴央『TRAIL ANGEL』
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