信越トレイル トレイルメンテナンスツアー2019 | (後編)スルーハイカーが集まるトレイル
文:根津貴央 写真・構成:TRAILS
前編では、信越トレイルがボランティアによって支えられていること、メンテナンスツアーの魅力、整備協力金という新たな取り組みなどについて紹介した(詳しくはコチラ)。
今回の後編では、実は信越トレイルには、アメリカのロングトレイルを歩いたスルーハイカーが続々と集まっていることにフォーカスしてみたい。
というのも現在、2016年にAT(アパラチアン・トレイル)をスルーハイクした鈴木栄治さんと、2016年にPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)、2017年にCDT(コンチネンタル・ディバイド・トレイル)をスルーハイクした黒川小角さんが、信越トレイルクラブ事務局に勤務。さらに、2018年にATをスルーハイクしたばかりの佐藤有希子さんが、信越トレイルのビジターセンターでもある「なべくら高原・森の家」で働いているのだ。
そして今年のメンテナンスツアーに参加した、Hiker’s Depotの長谷川晋さん、TRAILS編集部crewの根津は、いずれもPCTハイカーである。
なぜ、スルーハイカーが信越トレイルに集まり、そこで何が起こっているのだろうか。
スルーハイカーたちが抱いた「道をつくりたい」という想い
鈴木栄治さんが、2017年に信越トレイルクラブ事務局のスタッフになった経緯は、以前、TRAILSの記事で紹介した。その後、2018年には黒川小角さんも事務局に入り、2019年には佐藤有希子さんが森の家勤務になる。三者三様の経緯があるものの、共通するのは、道をつくりたいという想いだった。
荒々しいCDTを歩く黒川さん。Photo by Ozunu Kurokawa
黒川:僕は、2017年にCDTを歩いたのが大きかったですね。CDTは、未整備のトレイルが多くて、ガイドブックにあるルートも間違っていることも多い。藪漕ぎしたりフェンスを乗り越えることも度々ありました。
で、モンタナ州を歩いていた時に、5〜6人のグループがちょうど整備をしていて。「いまCDTの道を切り拓いているところなんだよ!」って言われて。
この時、とても安心したんです。歩いている場所がイリーガル、たとえば私有地だったとしたら、撃たれてもおかしくないわけじゃないですか。ちゃんと道があったり、道標があったりするっていうのは、この上ない安心感になるわけです。あぁ、整備している人がいるから僕たちは歩けるんだって思って、作る側に立ってみたい! そう強く思ったんです。
ATで出会った他のハイカーと楽しく歩く佐藤さん。Photo by Yukiko Sato
佐藤:まず、ATを歩く前年に信越トレイルをスルーハイクして感動したんです。「整備された歩きやすい道が、約80キロも続いているんだ。やばい!」って。私はそれまで、整備の行き届いていない山域をいろいろ歩いていたこともあり、とにかく驚きました。
ATでは、整備ボランティアの人にたくさん会いました。トレイルを整備するっていう文化が根付いていることを実感しましたね。ハイカーが日常的に整備も手がけていて。日本だったら、歩きにくい状況があったとしたら誰かに文句を言いがちですよね。でも、誰かにやってもらうんじゃなくて自分でやる。そのスタンスがいいなと。
このハイカーとしての実体験をベースに、日本で日本らしいトレイルをつくっていきたいなと思ったんです。
信越トレイルにスルーハイカーがかかわることで変化はあったのか?
これほどスルーハイカーがかかわっているロングトレイルは、国内では信越トレイルくらいだ。他に例がないだけに、スルーハイカーがトレイルづくりを手がける価値やメリットはまだ未知数である。信越トレイルクラブ事務局スタッフ初のスルーハイカー鈴木さんが勤務しはじめて約2年が経過したいま、実情はどうなのだろうか。
鈴木:正直、まだ価値は実感できていません。これからつくっていけるかどうか、が大事だと思っています。自分だけではなく、黒川くんや佐藤さんもかかわるようになったこともあり、きちんとした成果を出さないと、というプレッシャーは大きくなってきてますね。
現状に満足することなく、先を見据えてアクションを起こそうとしている鈴木さん。
ただ、信越トレイルは加藤則芳さん(※)が構想段階から深くかかわり、彼の理念や運営方針がベースとなっています。彼のポリシーやビジョンに共感し、彼が愛したアメリカのトレイルを同じく歩いているスルーハイカーが3人もここにいるっていうのは、かなりプラスになるはずです。
※加藤則芳:1949年、埼玉県生まれ。作家・バックパッカー。日本にロングトレイルを紹介した第一人者であり、国内外の自然保護やロングトレイルをテーマに執筆をつづけた。信越トレイルには構想段階からかかわる。『ジョン・ミューア・トレイルを行く』『メインの森を目指して』(平凡社)など著書多数。2013年4月17日永眠。
メンテナンスツアーの整備当日、手順や注意事項を説明する鈴木さんと黒川さん。
一方で、鈴木さんが信越トレイルにかかわるようになる何年も前から、TRAILSとHiker’s Depotは、ハイカーによるトレイル整備ボランティアの参加を促す活動をつづけ、信越トレイルを応援してきた。
今でこそ “トレイル整備” という言葉も耳慣れたものになっているが、2013年頃はそうではなかった。そもそもハイカーが整備にかかわること自体が現実的ではなく、そんな概念すらなかった。
しかし、アメリカでトレイル整備を目の当たりにしたTRAILSの佐井とHiker’s Depotの長谷川晋さんは、日本でもハイカーによるトレイル整備をしたい、当たり前にハイカーが整備をするカルチャーを醸成したい、という思いで整備にかかわりはじめ、その輪が広がってきたのだ。(詳しくはコチラの記事を参照)
そのHiker’s Depotの長谷川さんは、現状をどうとらえているのか。そして、今回で整備に参加するのは5回目というTRAILS編集部crewの根津は、どう考えているのか。
長谷川:そもそも日本では、ハイカーが整備をすること以前に、一般の人がトレイル整備をすること自体考えにくかった。であれば、まずは動くのは利用するハイカー自身かなと。それで僕が信越トレイルの整備にかかわるようになったのが2013年です。
どんなことがあろうとも、信越トレイルにはかかわりつづけます! と断言する長谷川さん。トレイル整備は今年で7年目。Photo by Hiroaki Ishikawa
とはいえ、それを目指していたわけではないから、ボランティアにも、信越トレイルの運営側にもハイカーがいるっていうのは、ただただありがたい気持ちです。
ハイカーが関わる価値というのは、もっとずっと後に現れることかなと。まだなんの結果も出てないわけですし。その価値や意義を見出せるように努力しつづけることが、やるべきことだと思っていますし、それを僕も支えていきます。
根津:運営サイド(つくり手)とハイカーサイド(利用者)では、当然ながら考え方も、物事の優先順位も異なります。でも、歩く側のことを深く理解しているハイカーが、運営サイドにいることは信越トレイルの大きな強みになるはずです。
3人の口ぶりは控えめですが、ロング・ディスタンス・ハイキングのカルチャーを、体感し、理解しているハイカーが、運営側に3人もいるということはメリットでしかないと思います。
なぜなら、実際に日本でロングトレイルをつくる際に、ロング・ディスタンス・ハイキングの本質的な価値や魅力を知る人が、その組織の内部にいないことがほとんどだからです。これからの信越トレイルにはすごく期待しています。
スルーハイカーの経験を生かして、信越トレイルで実現させたいこと
信越トレイルにかかわるスルーハイカー自身、重要なのはこれからだと言う。何をするのか、何をしたいのか。最後に、鈴木さん、黒川さん、佐藤さんの3人に、今後について聞いてみた。
鈴木:整備に関して言うのであれば、トレイル整備に来た人が、いかに楽しく過ごせるか? を追求していきたいですね。「整備をやるべきだ」とか「整備しないと」みたいな義務になってしまうとつづきませんから。信越トレイルは、ハイキングとメンテナンスが楽しい! そんなトレイルにしたいと思っています。
鈴木さんは、ATを夫婦で歩いている最中にトレイル整備に飛び入り参加した。「みんな楽しそうだったし、僕たちも楽しかったです!」 Photo by Eiji Suzuki
黒川:もっともっと若い人にもトレイル整備に携わってほしいと思っています。アメリカのPCTやATのように何十年もつづくトレイルにしていくためには、新しい世代がトレイル整備に参加するシステムをつくっていかなければなりません。それを今やらなければと思っています。
佐藤:信越トレイルは、もともとATの仕組みを参考にしていますし、私も実際にATを歩いてみて、運営体制の素晴らしさや成熟したカルチャーに驚きました。完コピをする必要はないですが、日本の環境や文化に合うものは、これからも積極的に取り入れていければと。ただ、ATをお手本にしながらも接点がなかなかないので、今後ATとの交流もより深めていきたいですね。
今回登場したスルーハイカーたち。左から、黒川さん、佐藤さん、長谷川さん、鈴木さん、根津。
日本のロングトレイルの運営に、リアルなロング・ディスタンス・ハイカーが3人も働いているという事実。これは紛れもなく、草の根的なカルチャーの広がりを表している。
そして、本場のロングトレイルを体験し、学んだハイカーが、日本のロングトレイルづくりに携わるという、カルチャーの循環ができはじめていることは、素直にうれしい。彼らが、信越トレイルのこれから、ひいては日本のロングトレイルの未来を支える、重要な役割を果たしていくことを期待せずにはいられない。
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