TRAILS 環境LAB

TRAILS環境LAB | 松並三男のSALMON RIVER #04 僕が日本の鮭「シロザケ」をテーマにした理由

2020.09.16
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文・写真:松並三男 構成:TRAILS

What’s TRAILS環境LAB? | TRAILSなりの環境保護、気候危機へのアクションをさまざまなカタチで発信していく記事シリーズ。“ 大自然という最高の遊び場の守り方 ” をテーマに、「STUDY (知る)」×「TRY (試す)」という2つの軸で、環境保護について自分たちができることを模索していく。

* * *

『TRAILS環境LAB』の記事シリーズにおいてスタートした、松並三男 (まつなみ みつお) くんの連載レポートの第4回目。

松並くんは昨年パタゴニアを退職し、山形県鮭川村に家族で移住した。そして鮭川村の鮭漁の現場で、「鮭」をテーマに環境問題に取り組んでいる。この連載を通じて、僕たちも環境保護の「STUDY」を深めていく。

今回から、いよいよ本題の鮭の話に入っていく。

鮭は川で生まれ、広い海を1万kmも回遊し、また川に戻ってくる旅する魚である。そこで松並くんは、鮭が生きる自然が保たれることは、川の環境も、海の環境も保つことにつながるのでは、と考えた。

そして豊かな自然が残る鮭川に住み、鮭を獲ること、育てること、食べることについて真剣に向き合いはじめる。

今回は「鮭と自然と人間」をめぐる、松並くんのチャレンジの導入編となる記事になっている。

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たくさんの鮭が溯上する鮭川。日本では16河川しかない「水質が最も良好な河川」に選ばれている素晴らしい清流です (令和元年度の国土交通省の発表資料より)。


9月、鮭川村では鮎の最盛期。僕はあいかわらず釣りバカ生活。


こんにちは松並です。9月は渓流釣りのラストスパート、日本海の釣りも魚種が豊富な時期です。自然に囲まれた山形の最高の生活環境で、釣りバカとしては釣りに出かけずにはいられません。

ということで、今回の記事のテーマである「鮭」の話に入る前に、まずは僕の近況を紹介させていただきます。

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ちょっとした暇を見つけては、渓流釣りに繰りだしています。

渓流釣りの一方で、僕が住む山形県の鮭川村では、鮎が最盛期を迎えています。自然が豊かできれいな川なので、鮭だけではなく、鮎もたくさん上がってきます。僕自身も組合員なので鮎漁にも参加します。

鮎漁は、地元の農家さん中心に、釣りはもちろん、刺し網、簗 (やな)などの網を使った川漁をする人も多いです。

「鮎止め」という鮎漁では、地元の人たちが、河原の草を刈り、束ね、石を積み、鮎止めを作ります。かけた魚が浮いてくる瞬間、このわくわく感は、子どもの頃からまったく変わりません。

そして炭火で焼く鮭川の鮎の塩焼きは、内臓までまるごと本当に美味しいんです。

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河原に柳を刺し、川を下る鮎を一時的に足止めしたところに網を打つ漁法「鮎止め」。


なぜ僕は自分のテーマに「鮭」を選んだのか。


ここからが本題の鮭の話です。

僕はこれまで漁師や水産関係の仕事をしてきたわけではありません。生まれも育ちも神奈川なので、鮭は身近な魚ではありませんでした。

そんな僕がなぜ「鮭」という魚を選んだのか。その理由は、鮭がどの魚よりも長旅をする魚であることにあります。

鮭が生きる自然は、川から海まで広い環境が対象になります。だから鮭が住む環境を指標にすれば、他の多くの魚にも恩恵があると考えたのです。

まさに鮭は、海の価値も川の価値も体現する魚だと言えます。

今回は、鮭についてのお話の第一弾として、僕のテーマである「シロザケ」を紹介します。

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鮭川のシロザケ。


鮭が森をつくる “Salmon make a forest”


日本で一般的に鮭といえばほとんどの場合「シロザケ」を指します。

日本のシロザケは、産まれた川から海へ下り、餌を求めてアラスカ周辺まで1万km以上の旅をします。そして2~8年ほど (大多数が4年) で産まれた川に戻り、産卵し、その一生を終えます。川の上流域から外洋まで、壮大な旅をする魚なのです。

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シロザケは、日本で生まれアラスカまで回遊し、1万km以上の旅をして、再び生まれた川に戻ってくる。

「鮭が森を作る。~Salmon make a forest.~」これは北米先住民のことわざとして有名です。

鮭は、海で貯えた栄養を陸域に運ぶ重要な役割を担っています。川に戻った鮭を様々な動植物が食べ、森の栄養として還っていくとうことは、昔からよく知られています。

鮭は川を遡上し、産卵をした後に川で死にます。その亡骸は虫などの餌になり、春に生まれてくる鮭の稚魚たちの餌にも繋がっていきます。

鮭が川を上ることは、生態系にとって大きな意味があるのです。

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川に沈む鮭の亡骸。分解されていく途中の姿。亡骸が森の栄養として循環する。


鮭が獲れる量は、年々減少している。


環境問題のひとつとして、水産資源の枯渇という問題があります。現在サンマ、ウナギをはじめ、さまざまな魚種の不漁が取りざたされていますが、日本における鮭の漁獲量も年々減少しています。

ここで少し、日本でどのように鮭を育て、獲っているのかをお話します。

鮭を増やすために行なっているのが、孵化 (ふか) 放流事業です。秋に川に上った鮭を人の手で採卵、受精させます。その後、春までに約1g (3~4cm) まで育てます。そして再び川に放流します。これが孵化放流事業の中身です。こうして鮭がまた獲れるようにしているのです。

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人の手によって、孵化して育った稚魚。

ちなみに北太平洋全域におけるシロザケの放流数は、年間約35億尾 (令和元年)。そのうち約20億尾が日本と、ロシア、アラスカ、カナダといった広大な国土を持つ国々があるなかで、圧倒的な放流数となっています。

この孵化事業は、1888年 (明治21年)に千歳の孵化場からスタートしました。約80年の試行錯誤を経て、1970年代から鮭の漁獲は増え始め、孵化事業が成功に転じたとされています。

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鮭の卵。人の手で繋がった命。

ところが、2005年から鮭の漁獲量は減少し続けており、現在はピーク時の3分の1ほどまで落ち込んでいます。一定の放流量を維持しているのに、漁獲量が減るということが起きているのです。昨年は、特に東北の太平洋側の遡上量が極端に少なく、歴史的不漁という言葉でニュースにもなりました。

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採卵数は20億粒前後と一定であるものの、漁獲量は大きく減っている。

人工孵化事業には育成や管理にかなりの経費がかかることもあり、今は自然産卵や野生魚の価値が見直され始めています。


縄文から現代まで、鮭とともに生きてきた鮭川村の文化。


僕が住む鮭川村は、自然の川が残り、鮭とともに暮らしてきた生活文化がある村です。僕はここに、人間、川、魚がよい方向に向かっていくヒントがある気がしてならない、と今は確信しています。

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鮭川村の鮭漁の様子。ウライ (金属製のカゴ) に入った鮭をみんなですくい上げる「ウライ漁」。

鮭川村という地名は、この村の中央を流れる鮭がたくさん上る川「鮭川」が由来となっています。『鮭川村史』には江戸時代に「おびただしい数の鮭の遡上あり」という記録があります。

またさらに遡って、この地には縄文時代より鮭を食べてきた歴史があります。鮭川の鮭は、厳しい冬を乗り越えるための貴重な食料として繋がってきた大切な命です。

ちなみに「鮭」がつく自治体名は日本中で、鮭川村しかありません。それほど、この村と鮭の結びつきは強いということなのでしょう。

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最上漁協鮭鱒部「ウライの会」の方々。

鮭川では漁獲のほとんどがウライ漁によるものです。ウライとはアイヌ語で「梁 (やな)」を意味し、川をせき止めて鉄製の籠を置き、遡上した鮭がそこに入るという漁法です。

鮭漁を手がけているのは専業の漁師ではなく、ほとんどの人が農家。稲刈りを終えた頃に鮭漁を行ないます。今のような食生活になるまでは、雪深い冬の貴重なタンパク源を確保することが主な目的とされてきました。


鮭を育てるための鮭川村の営み。


鮭川村の鮭漁は10月中旬~12月初旬まで、朝6時半から毎日行なわれます。まず、ウライに入った鮭を網ですくいあげ、暴れる魚を「えびす棒」と呼ばれる木の棒で頭をたたき気絶させ、オスとメスに分けます。

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メスは採卵し、卵は孵化事業に使用する。

そして、メスは腹を裂いて採卵し、採卵した卵にオスの精子をかけ、受精させます。ここまでを仲間で分担して作業します。

採卵後の雌と放精後の雄は、その日の漁に参加した仲間で公平に分け合います。次に、一部の人で孵化場に卵を移す作業を行ないますが、ほとんどの人は取り分を軽トラにドサッと積んで帰っていきます。

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孵化場で育った放流直前の稚魚たち。

その後、卵か稚魚への育成期間は3月まで休みなく続きます。鮭の稚魚は約1gまで育つと川に放流されます。

放流はなかなか豪快で、育成しているプールの栓を外すと排水溝を通じてそのまま稚魚が川に流れていく仕組みになっています。60年以上鮭漁に関わってきた大先輩も、送り出すときはいつも我が子との別れのような気持ちになるそうです。

こうして鮭川では今も、秋に鮭が命を繋ぎ、冬に鮭の子たちが生まれ、春には大海原に旅立ちます。


鮭を食べること。育てること。


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鮭の慰霊碑。鮭の終わりとはじまりの場所。

このように人工孵化の現場では、鮭を獲って、卵を取り出し、稚魚になったら放流するということをやっています。

しかし人工孵化といっても、鮭たちはその生涯のほとんどを自然の中で育ちます。人工孵化の現場の人たちは、必死に帰ってきてくれた鮭たちへの感謝の気持ちを忘れません。

野生か人工かという議論がありますが、人も生態系の一部だと考えれば、ある程度人の手が入った野生もまた意味があると思います。それは里山と同じように、自然と人間との共生方法のひとつではないかと思います。

一部で人工的な手法を取り入れたとしても、自然の恵みに対する感謝の気持ちを失ってはいけないと思います。

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シロザケの切り身。この魚を、どう食べていくべきか。

こうした歴史や現状、初年度の現場体験を踏まえ、今シーズンは「発眼卵放流」と「川鮭の最高の食べ方」この2つを主軸に挑戦します。

詳細は次回となりますが、川鮭の存在価値を高めることで、鮭が上りやすい自然の川を残すことを目指します。

アユ漁 83歳の川の師匠
鮭川村に移住してきた僕の、川の師匠。83歳のいまもなお現役。師匠からもたくさんのことを学ばせてもらっている。

「鮭」という具体的なひとつのテーマから、環境問題から現代の生活スタイルまで、実にいろいろな観点で自分たちの暮らし方を見つめ直すことができる。

最後に少し触れられているが、次回は、川鮭の「食べ方」にフォーカスしてお届けする。

現在では、川を遡上した鮭は「脂のないおいしくない魚」とされ、市場にはほとんどでなくなってしまった。しかし松並くんは、川鮭の処理方法・調理方法を見直し、「食べる魚」として川鮭を無駄にしない方法にチャレンジしようとしている。

また次回をお楽しみに。

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松並三男

松並三男

1983年、神奈川県生まれ。大磯町という海や川に恵まれたエリアで生まれたこともあり、幼少期から虫取りや魚釣りに夢中になる。中高と海釣り (ルアー) にハマる。その頃、海で大量のゴミを目にしたことをきっかけに環境に興味を抱き、日本大学生物資源科学部に入学。海洋環境学の研究に没頭する。卒業後は就職せず、海岸清掃と釣り中心の日々。その後「もっと海を良くしたい」という思いが強くなり、パタゴニアに入社。約10年にわたりさまざまな店舗で勤務する。2019年、川鮭と環境問題の関連性に注目し、それを追求すべく、山形県鮭川村に移住。鮭川村の地域おこし協力隊として働きながら、鮭をテーマに活動している。リアルタイムな活動は、鮭川村地域おこし協力隊 Facebookページより。https://www.facebook.com/sake.kyouryokutai Photo by Mitsuru Itabashi (バシフォト)

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