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TRAILS環境LAB | 松並三男のSALMON RIVER #03 パタゴニアでの10年間 〜 山形県鮭川村という鮭漁の現場への移住

2020.08.14
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文・写真:松並三男 構成:TRAILS

What’s TRAILS環境LAB? | TRAILSなりの環境保護、気候危機へのアクションをさまざまなカタチで発信していく記事シリーズ。“ 大自然という最高の遊び場の守り方 ” をテーマに、「STUDY (知る)」×「TRY (試す)」という2つの軸で、環境保護について自分たちができることを模索していく。

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『TRAILS環境LAB』の記事シリーズにおいてスタートした、松並三男 (まつなみ みつお) くんの連載レポートの第3回。

松並くんは昨年パタゴニアを退職し、山形県鮭川村に家族で移住した。そして鮭川村の鮭漁という現場で、「鮭」をテーマに環境問題に取り組んでいる。この連載を通じて、僕たちも環境保護の「STUDY」を深めていく。

第3回の今回は、松並くんが10年にわたって在籍したパタゴニアで学んだことと、その後、山形県鮭川村に住むことに決めた経緯について語ってもらう。

3回目にして、いよいよ松並くんのなかで「環境保護」と「鮭」がどのようにリンクしているのかという本題に触れることになる。

まずは彼自身が「僕の人生に大きな影響を与えた」と言う、パタゴニアでの経験から今回の話は始まる。

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勤務していたストアの仲間たちとクライミング。スタッフみんなで海や山へ行くことも多く、こうした時間が仕事につながっていく。



僕の初パタゴニアは、大学時代に古着屋で買ったブルーのジャケット。



前回の記事 (TRAILS環境LAB | 松並三男のSALMON RIVER #02 釣りバカ & ヨコノリ少年が環境問題に目覚める) で紹介した海岸清掃の仕事を終えたあと、25歳でパタゴニアに入社し、約10年を過ごした。

退職した会社のことをあれこれ書くつもりはまったくないのだけど、この会社が僕の人生に大きな影響を与えたことは変わりようのない事実。あくまで僕自身が経験したプロセスの一部として、今回はパタゴニアとの出会いから鮭川村への移住までの話を書いてみようと思う。

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大学時代の写真。My First Patagoniaはこのブルーのジャケットで、当時の冬の釣りを支えてくれた頼れる相棒だった。

パタゴニアとの最初の出会いは、大学1年のときに古着屋で買った一着のジャケットだった。当時はパタゴニアという会社のことをよく知らず、なんとなく買った一着だったが、温かくてとにかく頑丈、シンプルなデザインがお気に入りだった。

次の接点は、大学3年の学園祭のゴミ対策を考えていたときだった。非木材紙容器、国産間伐材割り箸につづき、学園祭で毎年サークルごとに作られるTシャツをオーガニックコットンにしたいと考えた。それで業者を探していたときに、パタゴニアにたどり着いた。問い合わせると、当時「Beneficial T’s」という名前でオーガニックコットン100%の無地のTシャツを販売していたため、これを大学で販売することにした。

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大学の学園祭で販売窓口を担当した、パタゴニアのオーガニックコットンTシャツ「Beneficial T’s」。

このTシャツ販売の打ち合わせで鎌倉にあったオフィスを訪ねたときのこと。担当のNさんがTシャツ、短パン、サンダルでリラックスした姿で仕事をしている姿が最高にカッコよかった。

就活という言葉がちらつき始めた大学3年生の自分にとって、「この働き方、いいなぁー」と、パタゴニアへの思いは一気に高まっていった。



パタゴニア社員は「遊ばざるもの働くべからず」。



その後、書籍「社員をサーフィンに行かせよう」を読んだことで、パタゴニアの理念を知った。これによって興味はさらに深まり、大学卒業直後に直営店スタッフに応募したが、このときは不採用だった。

もちろん悔しさもあったが、このあとに山形の蔵王や小笠原の仕事、海岸清掃員など、さまざまな経験を積み、さらには蔵王で妻と出会うことができたので、結果的にはこのときは不採用でよかったのだと思う。

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「社員をサーフィンに行かせよう」(著 イヴォン・シュイナード)。この本にある考え方は、何度読み返しても色褪せない。

そして、1度目の面接から3年後の25歳のとき、大崎ストアオープニングスタッフ募集のタイミングでもう一度応募。パートタイムでの入社が決まったときは本当に嬉しかった。

社内では「遊ばざるもの働くべからず」という言葉があった。気まぐれな大自然を相手に全力で遊ぶための柔軟な働き方があり、社員同士がフィールドに出ていく人の背中を押すような文化があった。僕の場合は人が少ない1月末の雪山、4月中旬の南の島とか、雪と魚に関してだいぶこの恩恵を受けてきたと思う。

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毎年恒例の月山BC。テント泊で語る夜もまた最高の時間。

2009年の大崎ストアオープニングから1年、神田ストアで6年、横浜ストアで3年。パタゴニアで過ごした10年はあっという間で、どのストアも本当に素晴らしい時間だった。

仕事と遊びの境界線はあいまいで、気の向くままに仲間と海や山へ通い、直営店はその世界観を細部まで体現する場所だった。



細部の細部まで染み込んでいる、過剰なまでの理念へのこだわり。



「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む。」

これは現在のパタゴニアが掲げるミッション・ステートメント。オーガニックコットン、リサイクルポリエステルなど、製品すべてになんらかの環境ストーリーがあり、直営店では業務に使うペン1本まで、ビジネスに関するすべてのプロセスがこのミッション・ステートメントに紐づくべく、徹底されていた。

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「パタゴニア 環境的・社会的イニシアチブ2018」(右)。環境および社会のための活動をまとめた報告書。

印象的な仕事は、20年目を迎える横浜ストアの改装に携われたこと。たとえば什器、床、テーブルなど、ストアを作る材料をすべて古材と神奈川県産の材料を使うなど、細部の細部まで理念が行き届いたストアができあがっていった。

このプロセスに社員として参加させてもらえたことは幸運だったと思う。こうした姿勢は新しく入ってくるスタッフにも伝染していくもので、ビジネスの結果にも直結していた。

環境問題への対応に終わりはなく、常にいい意味で課題を感じながらの日々を過ごしてきた。パタゴニアで学んだこうした姿勢は、今後の仕事においても忘れないようにしたいと強く思ったし、今も自分の中に息づいていると感じている。

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横浜ストア改装前の最終営業日。10年間を通じて、最高の仲間に恵まれた。

あと、パタゴニアで得た大きな財産は「人との出会い」だ。この会社を通じて出会う人たちは、社内外問わずパワフルで、前向きで、社会を変えていこうと強い意志を持つ人ばかりだった。TRAILSとの出会い (※1) もそのひとつ。同僚、カスタマー、関係者含め、ここには書ききれないほど素敵な仲間たちと出会うことができた。

※1 TRAILSとの出会い:TRAILS編集部crewの佐井夫妻が、松並くんが働いていたパタゴニア神田店の常連だった。それが最初の出会い。その後も、たびたび接点があった。詳しくはコチラの記事。



現実では自然が失われていくスピードは、緩まるどころか加速している。



悔しい現実もたくさんあった。自分の思いを重ねた大好きな企業でやりがいを感じながらも、守ろうとした里山がショッピングモールに埋まり、必要と思えないゴミ処分場が離島や山奥の水源の上に建てられ、必要性を感じないダム開発が進んでいき、蛍が飛び交う里山の開発計画が進み、相変わらず海はゴミだらけで、開発や乱獲で魚もどんどん減っていた。

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道路開発のために伐採されたエドヒガン桜の巨木。この木を残すための署名が一気に集まり始めたとき、この木は伐採された。

こうしたことに全力で立ち向かう企業の一員として関わってきたつもりだが、現実的には自然が失われていくスピードは、緩まるどころか加速していると言わざるをえない。

入社して10年を迎え、娘が生まれるタイミングで娘が成人するまでの次の20年を考えるようになった。自分の言葉に力を持たせるには、今まで以上に現場に立つしかない。現場からの濃い発信をしていく役割への思いが芽生え始めていた。

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湘南産まれ、山形育ちの一人娘。すでに彼女の人生の半分以上が山形となった。



鮭川村に住み、「鮭」をテーマに環境保護に取り組む決意。



この頃から、妻の出身地でもある山形県を意識し始め、鮭川村の鮭漁というキーワードに出会った。実際に訪れてみると、「鮭」が地名につく自治体は日本でここしかなく、その名の通り鮭が遡上する素晴らしい川がまだ残っていた。

日本在来のシロザケは、1万km近い索餌回遊 (さくじかいゆう ※2) を経て生まれた川に戻る遡上魚であり、北国の厳しい冬のタンパク源として人との歴史も深い魚だ。

そんな魚を指標にすれば、他のすべての魚も住みやすい海や川が前提となるはずと考え、鮭漁の現場に関わることを決めた。

※2 索餌回遊:エサを探し求めて生息場所を移動すること

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鮭が上る川「鮭川」との出会い。野生の鮭も多く遡上する素晴らしい地形が残っている。

退職した今もパタゴニアのファンであることには変わりなく、この会社で働く人や理念にも共感している。ステージが変わっても、海や自然の未来への思いは変わらない。これまで出会った仲間の存在を信じて、前に進んでいくしかない。

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「言葉よりも行動を」。僕が退職するタイミングで30周年を迎えたパタゴニア日本支社の記念ステッカー。背中を押してもらえた気がしている。

もともと環境に対する強い意識を持ち続けてきた松並くんだったが、そのスタンスはパタゴニアに入ることでさらにアップデートされたようだ。

パタゴニアの環境とビジネスを両立させるスタンス。その根底にある自然や環境に関するフィロソフィーへの過剰なこだわり。そういったパタゴニアでの学びが、松並くんを新たなステージへと駆動させた。

そして今、パタゴニアを卒業した彼が掲げる次なるテーマは、「鮭」だ。

次回の連載レポート第4回では、その「鮭」をフィーチャーし、日本人と鮭の関係性を紐解いていきたい。

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WRITER
松並三男

松並三男

1983年、神奈川県生まれ。大磯町という海や川に恵まれたエリアで生まれたこともあり、幼少期から虫取りや魚釣りに夢中になる。中高と海釣り (ルアー) にハマる。その頃、海で大量のゴミを目にしたことをきっかけに環境に興味を抱き、日本大学生物資源科学部に入学。海洋環境学の研究に没頭する。卒業後は就職せず、海岸清掃と釣り中心の日々。その後「もっと海を良くしたい」という思いが強くなり、パタゴニアに入社。約10年にわたりさまざまな店舗で勤務する。2019年、川鮭と環境問題の関連性に注目し、それを追求すべく、山形県鮭川村に移住。鮭川村の地域おこし協力隊として働きながら、鮭をテーマに活動している。リアルタイムな活動は、鮭川村地域おこし協力隊 Facebookページより。https://www.facebook.com/sake.kyouryokutai Photo by Mitsuru Itabashi (バシフォト)

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