TRAILS 環境LAB

TRAILS環境LAB | 松並三男のSALMON RIVER #05 命を無駄にしない川鮭の食べ方の模索

2020.10.28
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文・写真:松並三男 構成:TRAILS

What’s TRAILS環境LAB? | TRAILSなりの環境保護、気候危機へのアクションをさまざまなカタチで発信していく記事シリーズ。“ 大自然という最高の遊び場の守り方 ” をテーマに、「STUDY (知る)」×「TRY (試す)」という2つの軸で、環境保護について自分たちができることを模索していく。

* * *

『TRAILS環境LAB』の記事シリーズにおいてスタートした、松並三男 (まつなみ みつお) くんの連載レポートの第5回目。

松並くんは昨年パタゴニアを退職し、山形県鮭川村に家族で移住した。そして鮭川村の鮭漁の現場で、「鮭」をテーマに環境問題に取り組んでいる。この連載を通じて、僕たちも環境保護の「STUDY」を深めていく。

10月に入り、待ちに待った鮭漁のシーズンが到来した。

松並くんの今シーズンの大きなテーマは、「川鮭の美味しい食べ方」を見つけること。というのも、僕たちがふだん食べているのは、脂の多い「海の鮭」。一方、一般的に川鮭は脂が少なく美味しくない鮭とされており、その命をきちんと活用されていない現状があるのだ。

知識として、鮭が遡上して産卵後に一生を終えることは知っていた。比較的、食べ物を粗末にしない文化がある日本において、僕たちもそのことに対してかわいそうという思いはあれど、その命に感謝してなんとかして食べようとまでは考えたことがなかった。

そこに真剣に取り組んでいるのが松並くんであり、僕たちはそこに一番関心を抱き、彼をこの『TRAILS環境LAB』で取り上げたいと思ったのだ。

今回はそんな松並くんの、川鮭の命を無駄にせずにきちんと食べ物として命をいただくための、試行錯誤の日々を紹介する。

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今の時期は鮎漁も盛ん。川の大先輩たちは80~90歳でもガンガン川に入り、網を打つ。


10月、渓流シーズンは終わり、僕の遊びは鮎漁と清流シーバス探し。


こんにちは松並です。まずは毎度おなじみですが、今回のテーマである「シロザケ (※1) の食べ方」の話に入る前に、僕の近況報告から。

この時期は鮎漁が盛んで、10月初旬に大下り (満月・大潮で一気に川を下る日) がありました。僕が入らせてもらっている漁場では、午前中の3時間程度、投網だけで700匹というなかなかの豊漁でした。一緒に川に入る90歳の大先輩によれば、ここ数年にない大漁とのことです。

※1 シロザケ:日本で一般的に鮭といえばほとんどの場合「シロザケ」を指す。日本のシロザケは、産まれた川から海へ下り、餌を求めてアラスカ周辺まで1万km以上の旅をする。そして2~8年ほど (大多数が4年) で産まれた川に戻り、産卵し、その一生を終える。詳しくは前回の記事にて。

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自作ルアーで釣ったスモールマウスバス。本命のシーバスにはまだ出会えていない。

今期はその豊漁の鮎を追って、海から60km上流の僕が住むエリアまで遡上しているシーバスが多いとの情報があり、鮎の投網かシーバス釣りか、どちらに向かうか悩ましい今日この頃です。

今のところシーバスはまだ出会えず、同じく鮎を追っているスモールマウスバスとナマズばかりですが、行けばなにかしら釣れる川の豊かさを実感しています。シーバス用に思い付きで作った会津桐のトップウォーター (表層) ルアーもなかなかいい感じに魚を引き出してくれていて、来シーズンに向けた冬のルアー作りも楽しみです。


広く流通する「海の鮭」と、孵化事業のための「川の鮭」。


さて、本題の鮭の話です。2020年10月11日 、鮭川にウライが設置され、鮭漁が始まりました。ウライは、アイヌ語で簗 (やな) を指す言葉です。

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ウライ漁で水揚げされた川鮭。そのほとんどが、孵化事業のため。

鮭漁は、雪が降り始める12月初旬あたりまで行なわれます。鮭の遡上は9月下旬くらいから始まり、秋が深まる11月をピークに、ウライ漁が終わった後も1月くらいまでは遡上が続きます。

ちなみに、現代の鮭は「さけ」「しゃけ」「サーモン」といった名前で、スーパーやコンビニなど、1年中どこにでも売っています。日本ではだれもが知っている魚の名前だと思います。

通年で出回るようになったのは、海外での養殖が本格化した90年代あたりから。チリを中心に海で養殖された鮭は、脂がのっていて、刺身などの生鮮品としても広く出回るようになりました。

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チリ産の養殖鮭の刺身。今や、1年中どこでも買えるようになった。

市場に出てくる日本の天然鮭には、さまざまな呼び名があります。トキシラズ、めじか、けいじ、銀毛 (ぎんけ) などが有名ですが、すべて同じシロザケです。

いずれも外洋を回遊する銀ピカの未成熟の個体です。この「海の鮭」は、卵巣や精巣が発達する前の鮭で、脂質が多く旨味が強いのが特徴で、高級魚として市場にでてきます。

それに対して「川の鮭」は、卵巣や精巣が発達し、脂も少ないため、市場では価値が低い魚とされています。川に入り婚姻色 (繁殖期にあらわれる特有の体表面の色) となった成熟した鮭は、紅葉したブナの色に似ていることから「ぶなっけ」と呼ばれています。

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鮭川で獲れた成熟したシロザケ。市場では「ぶなっけ」と呼ばれている。

価値が低いなら獲らなければいいのですが、鮭の場合はそういうわけにはいきません。今の日本では、川の鮭を獲る目的は孵化事業を行なうためだからです。鮭の資源量をきちんと保つためには、孵化して育ててそれを放流することが必要である、という国の方針があるのです。


川鮭の命の扱い方。命を感謝していただく、川鮭の食べ方の模索。


昨年、僕が孵化事業の現場で一番考えさせられたのが、川鮭の命の扱い方です。

川で水揚げされた鮭は、頭を叩き気絶させ、卵を抜き、精子を絞られ、その命が尽きます。

野生にしても孵化事業にしても、川に戻ってきた鮭は、海での激しい生存競争を生き抜き、故郷まで戻った精鋭たちですが、その最期を人の手で迎えるという運命にあります。

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水揚げ後、「えびす棒」と呼ばれる棒で頭を叩き、気絶させ、孵化事業に使用する。

現場の人たちは、鮭が帰ってきてくれた喜びとともに、自分たちの手で尽きていく命に対して複雑な感情を持っている人も多いと思います。鮭漁を行なう大先輩が水揚げされた鮭たちの頭を叩きながら、「こんなこと毎日してたら、ろくな死に方しないだろうなぁ」とつぶやくのを聞いたとき、「本当、そうだよなぁ」と思いました。

食べることは、尽きる命と向き合うことであることをあらためて思い知らされます。美味しいとか美味しくないとか、かわいそうとかそういうことではなく、人の手で尽きていく命ならば、もっと感謝していただくような食べ方が必要なのではないかと思うようになりました。

鮭川の場合は、水揚げした採卵・放精後の鮭は鮭漁メンバーで分配します。加工して販売している人もいれば、近所に配って終わりという人など、鮭の扱い方はそれぞれのようです。

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鮭川村の伝統的な保存食「ようのじんぎり (鮭の新切り)」。

僕の住んでいる山形県鮭川村では、鮭のことを「よう」と呼びます。山形だけでなく、日本海沿岸で「よう」という言葉は鮭を指すことが多いそうです。この言葉は、アイヌ語の「イヨ・ボヤ」という「魚の中の魚」という意味の言葉からきていると言われています。

鮭を塩漬けし、寒晒しにする伝統的な保存食を「ようのじんぎり (鮭の新切り)」と呼びます。これは一部の鮭漁メンバーによって製造、販売もされています。

しかし、その販売数は決して多くはなく、さばききれないときは畑に埋めていることもあったという話も聞きました。さらに、地元の若い人たちに聞くと、川鮭の独特な香りが苦手だという人も多いようです。


食べ物としての市場価値が低くなった川鮭の現実。


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下処理後のシロザケ。この魚の味を最大限活かす食べ方の模索が始まる。

こうした経緯から、もっと食べやすい味にならないのだろうか? という疑問が生まれ、鮭の身質 (みしつ) についての論文を探し、鮭を扱う水産加工業者や水産試験場など、あちこちに相談しました。

聞き込みをしていく中では、川鮭の味についての前向きな意見は少なく、「そんな魚使わないよ!」という声も何度も聞きました。地域によっては孵化事業後の鮭が産業廃棄物になっているケースもあると聞き、厳しい現実を知りました。

昔ながらの食文化が残っていることも重要ですが、それだけでは限界があります。だからこそ、川鮭の新しい食べ方の提案が必要だと考えるようになったのです。


「川鮭は脂が少なくおいしくない」は本当? 新しい食べ方の実験開始。


川鮭の新しい食べ方として思いついたのが、血抜きによる身質向上の可能性でした。魚を食べるのが好きな釣師なら知っている人も多いのですが、魚は血抜き処理で味が大きく変わります。

鮭川の漁場では血抜きをせずにそのまま持ち帰る人がほとんどで、腹を開けると大量の血が残っていて、白子や内臓も血がしたたる状態です。

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現場での血抜き処理。エラを切ると、心臓の鼓動によって血が抜けていく。死んでしまうとできない重要な下処理。

さらに、鮭の身質に関する論文 (※2) からも、川に遡上した鮭は脂質、タンパク質量、アスタキサンチン (オレンジ色の色素) が減少し、水分量が増加することがわかりました。

自分の経験からも、たとえばヒラメのような水分量が多くて脂質の少ない淡泊な白身魚は、水溶性の血液が身にまわりやすい印象もあったので、こうした身質の特性からも血抜きの重要性を感じるようになりました。

このことを確かめるには、自分で食べるしかありません。水揚げの現場に通って仕入れたものを血抜き処理し、生、焼、煮、干、燻と、思いつく食べ方を試しました。

※2 北海道大學水産學部研究彙報の「アキサケの高度利用に関する研究 (2)」を参照。https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010340676.pdf

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仲間とのシロザケ食べ比べ。この日は、生から半生くらいの燻製をいただいた。普通に美味しい!

また、つながりのある飲食店や知人に協力してもらい、鮮魚でも出荷し、フィードバックをもらいました。

昨年は、細かいところまでは詰め切れませんでしたが、思っていた以上に美味しいと感じた方法もいくつかありました。この鮭にしか出せない個性とシンプルな活かし方が徐々に見えてきたところで、2年目となる今シーズンを迎えます。


川鮭を美味しく食べるために、日々、試行錯誤中。


「美味しく食べよう、獲るならば」。このシンプルな思考で、進めています。現段階では明確な答えはなく、試行錯誤の真っただ中です。

伝統から学びながら、今だからこそできる食べ方や価値があるはずです。

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今期は、今年から加わった若手鮭漁師、矢口春巳さんの鮭を中心に試行錯誤していく予定。

初年度の取り組みのなかで、興味を持ってくれる仲間も増えてきました。今シーズンは、まずは自分たちでひたすら食味のテストをしていくことになりそうです。

これを書いている今日 (10月15日) の段階では、まだウライには鮭が入らず。早く鮭が上ることを祈るばかりです。

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最上漁協鮭鱒部会「ウライの会」のみなさん。

毎年、鮭川を遡上してくるたくさんの鮭 (シロザケ)。それを活用しきれず、無駄にしてしまっている現実を目の当たりにした松並くんの「新しい食べ方」へのチャレンジは、今シーズンが勝負の年。昨年中に考えたさまざまなアイディアを、実際に漁で上がった川鮭で試してみるシーズンとなる。今後も、このチャレンジを追いかけていきたい。

さらに松並くんは、食べ方だけではなく、「育て方 (増やし方)」にも着目している。「発眼卵放流」という手法を用いることで、環境に耐性のあるより天然に近い川鮭を増やすことができるそうだ。

次回は、その「育て方」にまつわる取り組みを紹介してもらうので、お楽しみに。

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松並三男

松並三男

1983年、神奈川県生まれ。大磯町という海や川に恵まれたエリアで生まれたこともあり、幼少期から虫取りや魚釣りに夢中になる。中高と海釣り (ルアー) にハマる。その頃、海で大量のゴミを目にしたことをきっかけに環境に興味を抱き、日本大学生物資源科学部に入学。海洋環境学の研究に没頭する。卒業後は就職せず、海岸清掃と釣り中心の日々。その後「もっと海を良くしたい」という思いが強くなり、パタゴニアに入社。約10年にわたりさまざまな店舗で勤務する。2019年、川鮭と環境問題の関連性に注目し、それを追求すべく、山形県鮭川村に移住。鮭川村の地域おこし協力隊として働きながら、鮭をテーマに活動している。リアルタイムな活動は、鮭川村地域おこし協力隊 Facebookページより。https://www.facebook.com/sake.kyouryokutai Photo by Mitsuru Itabashi (バシフォト)

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