take less. do more. 〜 ウルトラライトとMAKE YOUR OWN GEAR by グレン・ヴァン・ペスキ | #05 最軽量を目指した「G5〜Whisper〜Murmur」の実験と試行錯誤

(English follows after this page.)
文・写真:グレン・ヴァン・ぺスキ 訳・構成:TRAILS
なぜ「ウルトラライト × MYOG」か?両者は分かちがたく結びついており、その本質を理解することが、現在のハイカーやMYOGer、ガレージメーカーが共有すべき新たな知恵になるはずだからだ。(本連載に込めたコンセプトは、第1回の記事を参照。記事はコチラ)
グレンは、ウルトラライトとMYOGに関する「リビング・ディクショナリー (生き字引) 」の筆頭であり、その本質を伝える語り手として、グレン以上の人はいない。それは、いち早くULガレージメーカーを立ち上げた先駆性、プロダクトや思想の革新性や独自性において、他と一線を画しているためである。
今回の第5回では、ULのエポックとなったバックパック「G4」を作ったグレンが、次なる次元のULを実現するために、その後どのような試行錯誤をしたのかを綴ってもらった。
バックパックの重量はG4の300g台から、一気に200gを切るものになり、さらに100gを切ろうかというところまで極限の軽量化を目指す。しかし、その後に200g台へと揺り戻しが起きる。何があったのか。
G4の後に開発したG5は、Murmurの原型となったバックパックである。Murmurは、現行のGossamer Gearの中にもグレンのシグニチャーモデルとして残っている。
G4 (340g / 容量72L)からG5 (180g / 容量46L) へ。そして、G6 “Whisper” (102g / 容量33L)からMurmur (220g / 容量36L)へ。そのイノベーションの足跡を辿っていきたい。
※1 ウルトラライト (UL): ここではウルトラライト・ハイキング (Ultralight Hiking) を指す。
※2 ガレージメーカー:英語ではCottage manufactures (コテージ・マニュファクチュアラー) とも呼ばれる。
ULTRALIGHT GARAGE MAKER MOVEMENT
TRAILSのプロダクト「ULTRALIGHT CLASSICシリーズ」や「MYOGer NIGHT」に込めた、僕たちが熱狂した実験的でイノベイティブなウルトラライト (UL)というカルチャー。それは2000年代以降に起きた、トレイルカルチャーにおける「メーカームーブメント (MAKER MOVEMET ※3) 」であり、僕たちハイカーに道具の進化にとどまらない知恵をも与えてくれた。新たに「ULTRALIGHT GARAGE MAKER MOVEMENT」を合言葉に、シーンを盛り上げるブースターのひとつとして記事シリーズをお届けする。
※3 メーカームーブメント (MAKER MOVEMET): 2000年代以降、インターネットや新しいテクノロジーの普及とともに、ツールの民主化が広がり、製造業全般に世界中で起きたイノベイティブな潮流。これをクリス・アンダーソン (元・WIRED誌の編集長) が自身の著書『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』で、「メーカーズムーブメント (メイカーズムーブメント)」という概念で定義した。
G4製作後、ハイキング・ギアの削減と軽量化の検証を繰り返す。
G4後の後に製作したG5を背負うグレン (ウィンド・リバー・レンジにて)。
G4の最終設計にいたるプロセスは、前回の記事で紹介をしました (前回の記事はコチラ)。この4つ目のバックパックは、当時の私が求めていたものに基づいて設計したものであり、また当時の私のギアに合わせて作ったものです。
私はG4のバックパックのパターンをインターネットに公開して、自分以外の人でも作れるようにしました。また最終的には自分で作らなくても、完成品のバックパックを購入できるようにGVP Gear (現在のGossamer Gear) を立ち上げました。
しかしエンジニアであることの性 (さが) として、どうしても課題をそのまま放っておくことができませんでした。これは悪いことではないです。なぜなら、設計の改良や進化によって、プロダクトがより良いものになるからです。
私は、息子のブライアンと彼のボーイスカウトのチームと一緒に繰り返しハイキングをしたり、また友人のリード・ミラー (※4) とPCT (パシフィック・クレスト・トレイル ※5) のセクション・ハイキングをするなかで、荷物を軽量化する作業を続けました。
この期間 (2001年〜2004年) の自分のギアリストを見ると、G4からG5への変遷がわかります。パックウェイト (※6) が、少しずつ軽くなっているのです。
画像は2002年のギアリスト。パックウエイトは229.2オンス (6.5kg)。前年の2001年のギアリストでは同274.4オンス (約7.8kg)であった。
このときの軽量化の大きな要因は、なくてもいいギアがあることに気づいたことです。もう1つの要因として、保温用のウェアを化繊からダウンに切り替えたことが挙げられます。ダウンウェアは軽量なだけでなく、収納するスペースも少なくて済みます。そのように私は自分の装備を常に意識しながら、次のバックパックであるG5を製作しました。
※4 リード・ミラー:グレンにレイ・ジャーディンの本を紹介し、MYOG (MAKE YOUR OWN GEAR) とUL (ウルトラライト) のきっかけを与えた友人。またともにレイ・ジャーディンの本を読み込んだり、ともにハイキングをしながら、ULの試行錯誤をともにした。詳細なエピソードは以下の記事でも触れられている。(「take less. do more. 〜 ウルトラライトとMAKE YOUR OWN GEAR by グレン・ヴァン・ペスキ | #04 ULバックパックのエポック「G4」のデザイン思想」https://thetrailsmag.com/archives/78716)
※5 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
※6 パックウエイト :水、食料、燃料などの消費するものを含めたバックパックの重量。また消費するものを除いたバックパックの重量をベースウエイトと呼ぶ。背負うバックパックの重量を測るための基準であるため、ハイキング時に着用するウェアやシューズ等はベースウエイトに含まない。ベースウエイト4.5kg以下 (10ポンド以下)が、UL (ウルトラライト) の一般的な基準となっている。
G5ではそれまでのバックパックに使われていなかった、より軽量な素材を探す。
G5を背負って歩くグレン。
G5の製作では、バックパックの軽量化を目標に、より軽量な素材を探しました。
G4を製作していた時は、一般的に入手できる最も軽量な生地は2.2オンス/yd²のウレタンコーティングのナイロンでした。ある日、それまでバックパックの生地などの素材を購入していたQuest Outfitters (※7) に電話して、より軽量な素材が欲しいと相談をしました。
Quest Outfittersはフロリダに拠点を置いていたため、セイリング業界 (ヨットの帆[セイル]などを扱う業界) に精通しており、より軽量な素材を探すならセイル素材メーカーをあたってみるとよいと思う、と私に提案してくれました。巨大なセイルは生地をたくさん使うので、生地は重量に直結します。
何度もハイキングでの実験を繰り返し、バックパックの仕様を検討していった。
私はChallenge Sailclothにスピンネイカーというセイル生地を注文し、試作品を作りはじめました。そして私たちGVP Gear (現在のGossamer Gear) は、バックパックやシェルターに、初めてセイル生地を使用したアウトドア・メーカーとなりました。20 年後の今では、アウトドア業界でセイルクロスを使うのは当たり前になりました。
※7 Quest Outfitters:MYOGのための生地やプラパーツなどマテリアル、またパターンなどを販売する会社。グレンもG4製作にあたり、 Quest Outfittersでマテリアルを購入していた。G4のバックパックのパターンを販売しているのが、このQuest Outfitters。
G4の基本仕様は維持しながら、細部にわたる軽量化を試みる。
PCTA (PCTの管理運営団体) でのアニュアル・ミーティングで話すグレン。
G5を製作するにあたり、G4よりサイズを小さくして、より軽量にしたいと考えていました。一方で、G4の基本的な仕様も気に入っていので、G5にも次のような仕様は継続して残しました。開口部のロールトップの仕様、寝袋用の膨らんだボトム部分、大きなサイドポケット、パックフレームに折りたたんだスリーピングパッドをフレーム代わりにする背面パッドの仕様、歩くときに使用しないウェアやソックスを挿入して使えるショルダーストラップとウエストベルト等です。
左がG4 (容量72L))、右がG5 (容量46L)。
スピンネイカーの重量は、G4で使用したナイロンの約25%という軽さでした。しかし、バックパックにはそれほどたくさんの生地を使わないので、さらに重量を減らすための対策を考えました。
・エクステンションカラーの上部にある引きヒモをなくす。
・ショルダーストラップのウェビングテープを3/4インチ (19mm) から5/8インチ (16mm) に変える。
・ウエストベルトのウェビングテープを1.5インチ (38mm) から1インチ (25 mm) に変える。
・大きなサイドポケットは重いメッシュの代わりにスピネーカー生地を使用する。
・背面のフロントポケットのメッシュ生地を、より軽量なものに変える。
・ショルダーストラップとウエストベルトを細くする。
・より耐久性の高いオックスフォード布を使用していた部分を大幅に削減する。
スノー・ハイキングでのギアのテスト。
より軽い素材を使用するには、設計上のどこに負荷ががかかるかをより慎重に検討する必要がありました。
通常、バックパックは、ショルダーストラップとの接続部、特にショルダーストラップの上端とパック本体とが接続する部分に大きな負荷がかかります。ショルダーストラップほどではありませんが、ウエストベルトとパック本体と接続している部分も負荷がかかる箇所です。
摩耗に関しては、バックパックの表側はほとんどすべてダメージを受ける可能性がありますが、私はバックパックのボトム部分だけにフォーカスしました。バックパックを下ろして地面に置くときに、より耐久性のある生地が必要なのは、このボトム部分になるからです。
私は密集した薮 (やぶ) を歩くとき、繊細な生地のバックパックを守るために、バックパックを外して頭の上に持ち上げて、体は薮にこすりながら歩いたりしていました。ハイキングのときにこのようなことすることで、周りからは少し有名になってました。
G5のミニマル・バージョンとして誕生したG6 “Whisper”。行きすぎた軽量化の揺り戻しのMurmur。
極限までのULを目指したG6 (Whisper)。
G4の重量は 12オンス (340g *容量72L) でしたが、試行錯誤した仕様変更により、G5は約 6.4オンス (180g *容量46L) まで軽量化されました。
私はハイキングを繰り返し、経験を積むことで、ギアの選択を洗練させてきました。私は、何がうまくいって、何がうまくいかなかったかを、ハイキングをするたびにデータを収集していました。
BackpackingLight (BPL ※8)で主宰のライアン・ジョーダンがG5のレビューをしたとき、彼はG5はまだ重すぎると捉えていました。もっとシンプルなバージョンがあった方がよいと、彼は提唱していました。
車に貼っていたBackpackingLightのステッカー。
そこで私は、ウエストベルト、背面のスリーピングパッド・ホルダー、サイドポケットをなくした、非常にミニマルなバックパックを作りました。これがG6、別名Whisperです。このバックパックは、ごく短い期間しか作りませんでした。
G5と同じ青いスピンネイカーの生地で作られた G6 (Whisper) の重さは、わずか 3.6オンス (102g *容量33L) でした。
ライアン・ジョーダンの著作の表紙で、指一本で持ち上げていたバックパックが、G6 (Whisper)。当時のULの象徴であった。
私は2006年に PCTのセクション・ハイキングでG6を使いましたが、そのときのベースウェイトは2.89ポンド (1.3kg) でした。しかし、G6を使ったハイキング・トリップでは、毎回サイドポケットがないことをかなり不便に感じました。
Sub3 (ベースウェイト 3ポンド未満=1.4kg未満) のハイキングの実験。
私は、誰よりもバックパックの軽量化にこだわってきたと思います。しかし軽量化を押し進めると、機能が損なわれるポイントにぶち当たります。何かをするのにかかる手間と努力の量を表す「面倒さの要因 (fuss factor)」という言葉があります。少なくとも私にとっては、時々、軽量化した分、手間がかかってしまうことに、価値を感じられないことがあります。
TRAILS INNOVATION GARAGEに展示されているG6 “Whisper”とMurmur (写真左から2つ)。
私は最終的にG6にサイドポケットを縫い付けて、ハイキングで使いました。実際、私が所有している唯一のG6にはサイドポケットが付いています (サイドポケットのないオリジナルのG6は、TRAILS INNOVATION GARAGEに展示されています)。
このバックパックが最終的にMurmur (220g *容量36L)となり、最初は同じ青いスピネーカー生地で試作して、最終的に生産開始の段階では、さらに耐久性の高いロービック・ナイロンに変更されました。
※8 BackpackingLight (BPL) : 2000年に、ライアン・ジョーダンが立ち上げたULのコミュニティサイト。UL黎明期の議論の中心地となっており、ハイカーが集う各種フォーラム (掲示板) では、UL黎明期からグラム単位でのきりつめた軽量化のアイディアなども盛んに議論されていた。
Murmurは、その後仕様変更が重ねられながら、現在のGossamer Gearの製品ラインナップの中に残っている。
グレンが生み出したULバックパックの源流のひとつである「G4」。
G4で見出したULの原則である「マルチユース」と「目的にあった最軽量な素材の採用」を、さらに発展させたのが、G5 (180g / 容量46L) であった。バックパックは、より小さく、より軽くなった。
バックパックだけでなく、ハイキングに使用するギアを、より軽く、より少なくしていったことが、バックパックをUL化することとセットであったことが、ここでの大きなポイントであろう。
ハイキングで本当に必要なものは何か?自分にとって本当に必要な何か?グレンはその問いと実験と検証を、何度も繰り返してきた。決してバックパックを軽量にしただけではない。
まさにその実験と検証のプロセスのなかに、ウルトラライト (UL) の本質が宿っているのだろう。
(English follows after this page / 英語の原文は次ページに掲載しています)
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