UL MAKER MOVEMENT

take less. do more. 〜 ウルトラライトとMAKE YOUR OWN GEAR by グレン・ヴァン・ペスキ | #06 新しい素材の実験と徹底した合理化から生まれたULシェルター「スピンシェルター」。

2025.06.04
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(English follows after this page.)
文・写真:グレン・ヴァン・ぺスキ 訳・構成:TRAILS

Gossamer Gearのファウンダーであり、ウルトラライト (UL ※1)、MAKE YOUR OWN GEAR (MYOG)、およびULガレージメーカー (※2) のゴッドファーザーである、グレン・ヴァン・ペスキ (以下、グレン)。そのグレンによる「ウルトラライト (UL) × MYOG」に関する連載の第6回。

なぜ「ウルトラライト × MYOG」か?両者は分かちがたく結びついており、その本質を理解することが、現在のハイカーやMYOGer、ガレージメーカーが共有すべき新たな知恵になるはずだからだ。(本連載に込めたコンセプトは、第1回の記事を参照。記事はコチラ

グレンは、ウルトラライトとMYOGに関する「リビング・ディクショナリー (生き字引) 」の筆頭であり、その本質を伝える語り手として、グレン以上の人はいない。それは、いち早くULガレージメーカーを立ち上げた先駆性、プロダクトや思想の革新性や独自性において、他と一線を画しているためである。

今回の第6回では、Gossamer Gearがアウトドア業界で初めて使用したファブリックである、スピンネイカーの生地で作った「スピンシェルター (Spinnshelter)」の開発ストーリーを語ってもらった。

「スピンシェルター」は、252gという軽量さで、高い耐候性を備えたULシェルターの名品のひとつである。開発のきっかけは、インテグラルデザインのULシェルターである「シルシェルター」。これをさらに軽量化しながらも、より耐候性を高いシェルターへとアップデートできないかと試作しはじめたのが、スピンシェルターのはじまりであった。

※1 ウルトラライト (UL): ここではウルトラライト・ハイキング (Ultralight Hiking) を指す。

※2 ガレージメーカー:英語ではCottage manufactures (コテージ・マニュファクチュアラー) とも呼ばれる。

ULTRALIGHT GARAGE MAKER MOVEMENT

TRAILSのプロダクト「ULTRALIGHT CLASSICシリーズ」や「MYOGer NIGHT」に込めた、僕たちが熱狂した実験的でイノベイティブなウルトラライト (UL)というカルチャー。それは2000年代以降に起きた、トレイルカルチャーにおける「メーカームーブメント (MAKER MOVEMET ※3) 」であり、僕たちハイカーに道具の進化にとどまらない知恵をも与えてくれた。新たに「ULTRALIGHT GARAGE MAKER MOVEMENT」を合言葉に、シーンを盛り上げるブースターのひとつとして記事シリーズをお届けする。

※3 メーカームーブメント (MAKER MOVEMET): 2000年代以降、インターネットや新しいテクノロジーの普及とともに、ツールの民主化が広がり、製造業全般に世界中で起きたイノベイティブな潮流。これをクリス・アンダーソン (元・WIRED誌の編集長) が自身の著書『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』で、「メーカーズムーブメント (メイカーズムーブメント)」という概念で定義した。

「あなたは悪名高い人です。」


雪のなかでスピンシェルターで野営した際の写真。

イギリスのUL (ウルトラライト) の友人からメールが届き、その件名に「あなたは悪名高い人です」と書かれていました。

メールには、イギリスのライターが書いた記事が添えられており、当時、流行り始めていたウルトラライト・ハイキングに飛びつく危険性について書かれていました。その記事には、私がBackpacking Light (BPL ※4) のライアン・ジョーダンとアラン・ディクソンと一緒にワイオミング州ウィンド・リバー山脈に行ったときの、雪で覆われたタープの中にいる3人の写真が載っていました。


BPLのライアン・ジョーダンたちと、雪のなかのULキャンプ。

この時のトリップは、たしかライアンが企画したもので、極端なまでに軽量なトリップでした。負けん気が強かった私たちは、出発前にモーテルの部屋で装備を徹底的にチェックしていました。食料を含め、私たち3人のバックパックの重量は、3つ合わせて45ポンド (20.4kg) 以下でした。

このとき、ストームが来る予報でした。グリーンリバーからビッグ・サンディ、そしてタワーズ圏谷を通ってウィンド・リバーを横断する途中に、ストームとぶつかるだろうと。そして、実際、テキサス・パスを越える前夜にストームに遭遇しました。

実際のところ、私たちは問題ありませんでした。皆タープの使い方に習熟していて、濡れずに、暖かく、安全にキャンプしていました。その後、タープを撤収し、テキサス・パスを越えて歩き続け、ストームの後半にはタワーズ圏谷の近くでキャンプをしました。

※4 Backpacking Light: バックパッキングライト。頭文字をとって通称BPLと呼ばれている。 ULハイキングの情報を発信する米国のウェブサイト。ハイカーが集う各種フォーラム (掲示板) では、UL黎明期からグラム単位でのきりつめた軽量化のアイディアなども盛んに議論されていた。

インテグラルデザインのシルシェルターを、より軽く、より耐候性を高く。


スピンシェルターのテストの風景。

荷物を軽量化したい人にとってタープは魅力的ですが、使うスキルをきちんと習得する必要があります。私が初めてタープを使ったのは、1976年に自転車でアメリカ横断の4,200mile (6,700km) の旅をした時でした。そのときに、2.2オンスのリップストップナイロンでタープを自作しました。それをその夏にハンモックで寝るときに使ったのですが、しっかり雨や雹 (ひょう) を防いでくれました。

そこで、バックパック「G4」 (過去の記事はコチラ)を作った後、2000年代初めにG5とG6のバックパック (過去の記事はコチラ) を作っているときに、進化したマテリアルを使って、シェルターにも取り組み始めていました。


スピンシェルターの開発のきっかけとなったインテグラルデザインのシルシェルター(「山より道具」より https://ulgoods.exblog.jp/194246/ )

この分野における初期のアイコニックなプロダクトの1つが、インテグラルデザイン (Integral Designs) のシルシェルター (Silshelter) です。重量は12.9オンス (366g) で、軽量化のために、新しいシルナイロン (シリコンコーティングのリップストップ・ナイロン) を使用していました。

私はこシェルターを持っていましたが、初期のデザインは開口部が大きいため、このシェルターをストームに耐えられるように張るには工夫が必要でした。

このシルシェルターよりも、もう少し耐候性が高いものを私は作りたいと思いました。また私は身長が高いので、もう少し長さがあるものを作りたかったのです。

アウトドア業界で使われていなかった素材「スピンネイカー」の実験。


ヨットのセイル (帆) の生地であるスピンネイカーを使用。

G5とG6のバックパックを作る際に、より軽量なマテリアルも見つけていたので、それを使ってみたいと思っていました。その素材であるスピンネイカー (※ヨットのセイル [帆] に用いられる軽量で丈夫な生地) をシェルターに使うにあたって、当初は防水性に課題がありました。

バックパックでは、パックライナーを使って防水していたので、生地自体の防水性は必要ありませんでした。この生地のもともとの用途である帆には完全な防水性は必要ないので、そもそも防水に適した生地としては作られていないのです。

コンテンダー・セイルクロス (Contender Sailcloth)、チャレンジ・セイルクロス (Challenge Sailcloth)、ディメンジョン・ポリアント・セーリング (Dimension-Polyant sailing) など、様々なところからセイル生地を取り寄せました。


スピンネイカーを使ったシェルター開発の実験。

当時のテストは非常に簡素なものでした。サンディエゴの自宅のプールで数ガロンの水を生地に流し込み、その生地を束ねてプールのフェンスにかけて、水漏れの様子を観察していました。

生地の軽量さはすばらしく、取り寄せたサンプルのなかには、1平方ヤードあたり1オンス (34 g/㎡) 以下のものもありました。しかしシェルターとして十分な防水性を備えたものがないことが課題でした。

自分の体に合わせた固有性と、徹底的に合理的な機能を追求したミニマムな設計。


筆者の慎重に合わせた、全長が長く、全室が広い設計。

設計に関しては、私の身長 (193cm) に十分な長さがあり、またギアを置くための前室を作りたいと考えていました。

最終的に、前方から出入りできる「Aフレーム」のようなデザインにすることにしました。そして足元に向かって高さと幅が狭くなるようにしました。


足元の方にかけて狭くなる構造。また足元部分も結露対策も含め開閉できるように。

入り口側の高い位置にトレッキングポールを1本、足元側の低い位置はトレッキングポールよりも低いため、少し離れた位置にトレッキングポールを立てて、シェルターの先端を上に引き上げるようにしました。

風の抵抗を避けるため、長く傾斜した形の前室にしました。また端にベルクロを縫い付けて、風雨が入り込まないよう入り口を閉じられる設計にしました。

下のタイアウト部分にガイラインを取り付け、床の長さ (幅) を固定しているので、そのまま設営すれば、きちんと高さを出すことができます。またこれにより、シェルター内部の空間が広くなり、通気性を向上させることもできました。


ガルウイング式に跳ね上げるとタープのようにも使うこともできる。

シングルウォールのシェルターは結露しやすい、とよく言われます。私は比較的乾燥したアメリカ西部に住んでおり、ハイキングの場所も主にその西部のエリアでしたが、結露の対策も考えました。

シェルターの足元部分のデザインは、長年にわたり変化してきました。風を通すために、小さめの尖ったデザインにしようと考えていました。その後、生地とペグを最小限にするため、足の部分の両側の間に、平らなカバーを付けました。フレキシブルに使えるように、このカバーにベルクロを付けました。これにより状況に応じて、通気性を高めるために開いたままにしたり、耐候性を高めるために閉じたりすることができるようにしました。

252gという重量で高い耐候性を備えたULシェルターの完成。


2005年に制作されたULのビデオに登場するスピンシェルター。(「lighten_up!」より。https://vimeo.com/790518038)

このシェルターは、インテグラル・デザインのシルシェルターが起源にあるので、それに敬意を表してスピンシェルターと名付けました。スピンネイカーの生地を採用して、設計の改良を加え、アップデートしたものです。

初期の白いスピンシェルターは、2005 年に制作したウルトラライトのビデオにも登場しました。2001年9月から2003年3月の自分のギアリストには「GVP Gear Spinnaker Shelter」が入っており、重量は9.6オンス (272 g) と記載されています。この時期のトリップの写真にもこのシェルターが写っています。


G5やG6にも使われたブルーのスピンネイカー。

2004 年までには、G5とG6のバックパックに使用しているものと同じ、わずかですがより軽量なスピンネイカーに切り替えました。このブルーの生地の採用とデザインの改良により、スピンシェルターの重量は 8.9オンス (252g) まで軽量化されました。

今日の基準からすると簡素なデザインですが、その後何年もの間、これを設営するたびに、最小限の重量で得られるプロテクションの力に、驚きと喜びをを感じました。残念ながら、現在の自宅のコレクションにスピンネイカーはありません。きっと誰かにあげてしまったのでしょう。


常にフィールドでの実験を繰り返すグレン。

グレンが生み出したULジェルターの「スピンシェルター」。

今までの常識にとらわれない新しい素材の実験。細部にいたる徹底した合理性の追求から生まれた、削ぎ落とされた機能美。自分の体型に最適化したMYOGらしい固有性。そして、オリジナルへのリスペクトを込めた、健全な模倣とアップデート。

スピンシェルターには、それらのULとMYOGの要素がひとつのギアとして結実している。

(English follows after this page / 英語の原文は次ページに掲載しています)

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Glen Van Peski

Glen Van Peski

ゴッサマーギア (Gossamer Gear)のファウンダーであり、ウルトラライト (UL)、 MYOG、およびULガレージメーカーのゴッドファーザー。「take less. do more.」という言葉に、彼のウルトラライトのフィロソフィーが詰まっている。グレンはUL史において、ウルトラライトギアの最初期のULバックパックの「G4」、100g台のSUL (Super Ultralight) のバックパック「Whisper」、カーボンを採用したそれまでにない超軽量トレッキングポール「LT」、アウトドアプロダクトとしてそれまで使われてこなかったスピンネイカーを使用したバックパック「G5」やタープ「Squall tarp」等、いくつもの画期となるマイルストーンを刻んだギアを開発し続けてきた。ウルトラライトのコミュニティーへの伝説的な貢献から、トレイルネームは「Legend」と呼ばれている。

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