ジェフ・キッシュのHIKER LIFE with PNT | #04 パシフィック・ノースウエスト・トレイルの「 “withコロナ” のフィールド安全対策」
(English follows after this page.)
文・写真:ジェフ・キッシュ 訳:トロニー 構成:TRAILS
What’s HIKER LIFE with PNT? | パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT ※)は、アメリカでもっとも新しいNational Scenic Trail(※)。いまだ手つかずのウィルダネスが現存する稀有なトレイルだ。そこにはハイキングの自由があり、「ロング・ディスタンス・ハイキングの良いレガシーが今も残るトレイルだ」とジェフは言う。この連載では、ジェフを通して、日本では希少なPNTにまつわるトレイル情報やカルチャーをお届けしていく。
* * *
パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT)では、アメリカの他のトレイルに先がけて新型コロナウイルスに対する「フィールド安全マニュアル」を作成した。
これはトレイル整備をするクルーたちを、現場でのウイルスの拡散や感染から守るための新しい行動指針だ。
このマニュアルは先進的な事例としてすぐに注目を集め、ほどなくアメリカ全土に広がった。森林局などさまざまな団体も、ジェフたちがつくったPNTのマニュアルを参照して新しいガイドラインをつくったのだ。
新型コロナウイルスに対してロングトレイルは、どのように向き合うべきか。そのヒントをジェフが届けてくれた。
ウィルダネスにあふれるPNT。ジェフが息子のアトラス君とハイキングした時のひとコマ。
※ パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT):正式名称は「The Pacific Northwest National Scenic Trail」。アメリカとカナダの州境付近、ワシントン州、アイダホ州、モンタナ州の3州をまたぐ1,200マイル(1,930キロ)のロングトレイル。歴史は古く、1970年にロン・ストリックランドによって考案された。そして約40年の歳月を経て、2009年にNational Scenic Trailに指定。現時点において、もっとも新しいNational Scenic Trailである。
※ National Scenic Trail(ナショナル・シーニック・トレイル):自然を保護し、楽しみ、感謝することを目的に、1968年に制定されたNational Trails System Act(国立トレイル法)によって指定されたトレイル。他にも、National Historic TrailやNational Geologic Trailなど複数のカテゴリーがあるが、中でもNational Scenic Trailは、壮大な自然の美しさを感じ、健康的なアウトドアレクリエーションを楽しむためのトレイルである。一番最初に選ばれたのは、ATとPCT。現在全米にある11のトレイルが、National Scenic Trailとして認定されている。
アメリカで最初のコロナ感染者が出たのは、PNTのあるワシントン州だった。
新型コロナウイルスの感染防止策を徹底した上で、僕もトレイル整備に取り組んでいるよ。
ハイ、ジェフです。みんな調子はどう? 今回は、新型コロナウイルスのパンデミックが広がっているなか、PNTでトレイルを維持するために、どんな取り組みを行なっているかを紹介するよ。
世界的なパンデミックにおいて、社会から離れた場所で、そのなかでも極めて僻地にあるバックカントリーのトレイルに身を置く。それはいいアイディアのように聞こえるかもしれない。でも、パシフィック・ノースウエスト・トレイル (PNT) と、その周りにある町や集落も、新型コロナウイルスの影響から逃れることはできないんだ。
PNTは、他のトレイルのようにダートロードが続くトレイルではない。PNTは、ありのままの状態に近い自然があり、そのなかで孤独を存分に味わえる場所として知られている。でもPNTを旅することができるのは、実際は多くの人々の助力があるおかげなんだ。PNTでは、パシフィック・ノースウエスト・トレイル・アソシエーション (PNTA) のスタッフやボランティアを含む、たくさんの人々が働いてくれているんだ。
アメリカで新型コロナウイルスの最初の患者が確認されたのは1月下旬。その場所は、PNT本部があるこのワシントン州だったんだ。しかもPNTの全長1,200mileのうち、900mileがワシントン州を通っているんだ。
当時、アメリカ政府はウイルスの深刻さを甘く見ていて、すぐにこの国からウイルスが一掃されると考えていた。だけど、3月上旬には、そうでないことが明らかになった。
イベントもトレイル整備も中止。どのようにトレイルを維持していけばよいのか?
3月の初め、僕たちはALDHA-West (※) との共同イベント「ノースカスケード・ラック」の企画を進めているところだった。これはPNTAが主催するイベントで、僕らの新オフィスで開催する最初のイベントとなるはずだったんだ。
※ ALDHA-West:正式名称は「The American Long Distance Hiking Association West」で、ロング・ディスタンス・ハイカーおよび彼らをサポートする人々の交流を促進するとともに、教育し、推進することをミッションに掲げている団体。ハイキングのさまざまな面における意見交換フォーラムを運営したり、ハイカー向けの各種イベントを開催したりしている。詳しくは、TRAILSのアンバサダーであるリズ・トーマスの記事を。ちなみに、ジェフとリズは旧知の仲でイベントで一緒になることも多い。
ALDHA-Westと連携して開催している「ラック」という教育イベント。
PNTAの各地域のコーディネーターは、トレイル整備のシーズンに備え、季節限定スタッフの大規模な採用を始めていた。ボランティア部門の研修生たちは、トレイル全体でボランティアができるように、一生懸命に準備を進めくれていた。また広報のマネージャーは、春に開催するたくさんのイベントの企画で忙しくしていた。
これらはPNTAにとって通常業務だった。でも、すべてが変わってしまったんだ。
クルーが集まるお馴染みの光景も、しばらく見ることができなくなってしまった。
3月中旬、僕たちは「ラック」の開催を中止することにした。そして、その先に予定していたすべてのイベントも、中止することにしたんだ。3月下旬には、州から「外出禁止令」が発令され、フルタイムのスタッフは全員在宅勤務に移行した。
新型コロナウイルスによって、僕たちがやらなくてはいけない大事なことも、この先の実施が危ぶまれるのは明らかになっていた。このパンデミックの中において、はたして僕たちは、トレイル整備を継続することができるのだろうか?
他のトレイルに先がけ「フィールド・セーフティ・マニュアル」を作成。
いくつもの問題が発生していたし、中断しているイベントや仕事もたくさんあった。そのなかで、僕はスタッフに、まずは新型コロナウイルスに対する「フィールド・セーフティ・マニュアル(フィールドでの安全対策マニュアル)」をきちんと一緒に作りあげよう、と伝えたんだ。
この時点で、僕たちと一緒に働いている土地管理者の人々は、新型コロナウイルスが今後の公有地での活動にどのように影響を与えるか、その内容に何も言及していなかった。でも今のうちに、きちんとしたプランを準備しておくことが、この先に活動の許可が下りたとき、従業員の安全を守る上でベストな方法だと思ったんだ。
僕たちが独自に作成した「新型コロナウイルス フィールド・セーフティ・マニュアル」。
次の1カ月間、僕たちのチームは、世界の保健医療の専門家がウイルスについてどのようにレポートしているかを、徹底的に調べたんだ。そして、トレイル整備の工程におけるあらゆる要素を精査して、脆弱性がないかを確認した。それをもとに、現場でのウイルスの拡散・感染からチームメンバーを守るための、新しい方針を作成したんだ。
これはエキサイティングな仕事だったよ。というのも、トレイル・クルーが自然のなかで働くということは特殊な状況で、それにもかかわらず僕たちの知る限りでは、その時点でまだ誰も新型コロナウイルスのための包括的なフィールド・セーフティ・マニュアルを作成していなかったからだ。
僕たちのマニュアルが、アメリカ全土に広がっていった。
4月までに、PNTAは「新型コロナウイルス フィールド・セーフティ・マニュアル」の草案を、周りで一緒に働いている人や、米国森林局の太平洋岸北西部地域事務所の代表者に共有したんだ。
そうしたら、このマニュアルはすぐに米国森林局内で注目を集め、他の森林局にも広がり始めた。当時、森林局は独自のリスク評価と安全基準の作成に取り組んでいて、他の提携団体も新型コロナウイルスの対処方法を模索していたところだったんだ。
トレイル整備の際は、マスクは必須。これもマニュアルで定めている。ちなみに、このマスクは僕のパートナーのお手製。
ほどなくして、全国のレクリエーション団体や自然保護団体から、僕たちのところに電話やメールが届くようになってさ。それで、僕たちが作成したマニュアルを、トレイル整備の仕事や、自然のなかでの仕事に復帰する自然保護の専門家たちがどのように活用しているかを教えてくれたんだ。
僕たちは、自分たちの仕事に満足していたし、関係者や同僚からも賞賛してもらえた。そして自分たちがつくったマニュアルに対する自信も深まっていた。だけど、一方で、現場でのテストはまだできていなかったんだ。6月初旬までには、現場作業をする季節限定スタッフに、今までと異なる指針で作業をしてもらう必要があったんだ。
驚くことに、アメリカ全土のさまざまなウィルダネスで、僕たちのマニュアルが参考にされるようになった。
万全のコロナ対策の準備をして、ついにトレイル整備を再開。
PNTAでは、トレイル整備の90%以上をトレイル近郊に住む若者たちと一緒に、8~10日間の「ヒッチ」(※) で行なっている。このヒッチのおかげで、メンテナンス・クルーはバックカントリーの奥深くまで行き、アメリカで最も人里離れた地域においても、トレイル整備という重要なタスクを遂行できるんだ。
コロナ禍におけるトレイル整備に向けて、今シーズン最初のヒッチでは、クルー・リーダー (クルー・メンバーの安全やバックカントリーでの仕事に強い責任感とリーダーシップを持つ、高度な訓練を受けた経験豊富な人たち) 全員を集め、トレーニングと認定を受けてもらった。これは僕たちにとっても、新しい安全基準をフィールドで実施することがどれほど困難であるかを知る機会にもなった。
※ ヒッチ (hitch):メンテナンス・クルーによる1週間を超える整備合宿のこと。PNTはもちろん、アメリカのトレイルでは一般的に実施されているイベント。
最初のヒッチのために、チームが集合したのはPNT上のベイカー・レイクだった。トレイルの中でも標高が低いこのエリアは、トレイル整備の作業に適した場所なんだ。というのも、この時期は高地の多くのトレイルが、冬に降った雪からようやく地肌をだしはじめたタイミングだからだ。
マスクを着用し、互いの距離に注意を払いながら、クルー・リーダーたちはこの人気のバックパッキングエリアの修復作業に取りかかった。彼らは、僕たちが作成した新型コロナウイルス・マニュアルの重要事項もテストしてくれた。このマニュアルは夏でも実用的なのか? ということを。
さまざまな困難を経て、ようやくみんなで集まってトレイル整備をできるようになった。
アメリカの最も美しいウィルダネスで、有意義な仕事をしているという誇り。
トレイル整備は過酷な仕事だ。ましてやマスクやその他の防護ギアを着用したままなら、なおさらだ。でも、PNTAのトレイル・クルーの運営方法ほど、チームの安全確保のために適している方法はないと思ったよ。
新型コロナウイルスの感染リスクを可能な限り排除し、トレイル整備に取り組んでいる。
PNTAのクルーは少人数制で、夏の間ずっと同じメンバーが専属チームとして生活を共にしながら活動するため、組織内での感染リスクは大幅に低くなっている。
またクルーのメンバー同士は、そもそも安全のためにお互い距離を取りながら仕事をする必要がある。仕事で鋭利な工具を運搬したり振り回したりするから、安全確保のために、感染防止のための距離も必然的に取ることになるんだ。
屋外での生活と作業は、屋内の循環する空気による感染リスクと比べると、そのリスクを軽減してくれる。さらに、激しい作業はクルーの身体と免疫システムを、健康かつ強くしてくれるんだ。
クルー・リーダーが、工具の使い方と整備の方法を指導しているシーン。
パンデミック下におけるトレイル上の生活や仕事では、今までに経験したことのないさまざまな要素がある。たとえば、ヒッチ前の健康診断をしたり、食事の準備などグループで活動するときに今まで以上に気をつけたり、避難・隔離の詳細なプランを用意しておく必要もある。
でも、こういった普段以上の注意を払うことによって、アメリカの最も美しいウィルダネスで、このような有意義な仕事をしていることを再確認できたんだ。
これを書いている間にも、クルー・リーダーたちは今シーズン3回目のヒッチのために、PNT中をクルーと一緒に回っている。マスクをつけたままではわからないだろうけど、僕はマスクの下には笑顔があふれていると信じているよ。
当たり前のようにお互いの距離をとるようになった、クルー・リーダーたち。
実は3月頃から、ジェフからTRAILS編集部への連絡が途絶えがちになっていた。アメリカの新型コロナウイルスの感染者数の多さ、そして凄まじい失業者の多さなどをニュースで知っていた僕たちは、真面目なジェフが悩みすぎていないか心配していた。
それは今回の記事を読んでもらってわかるように、まったくの杞憂だった。ジェフたちPNTスタッフは他のトレイルよりも早く、コロナとの具体的な向き合い方を考え、トレイルを存続する方法を模索していた。
今は日本からPNTに行くことは難しいが、誇りと愛情をもった人たちが作っているPNTを、いつか歩きに行きたいという思いが、僕たちのなかでさらに大きく膨らんだのは間違いない。
TRAILS AMBASSADOR / ジェフ・キッシュ
ジェフ・キッシュは、アメリカのロング・ディスタンス・ハイキングのコミュニティにもっとも強くコミットしているハイカーのひとりであり、最前線のトレイルカルチャーを体感し、体現している人物。ハイカーとしてPCTとPNTをスルーハイクしていることはもちろん、代表的なハイカーコミュニティであるALDHA-Westの理事を2年間務め、さらに現在はパシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT)の運営組織にジョインし、トレイルづくりに尽力している。これほどまでに全方位的にトレイルに深く関わっている人は、アメリカのハイキングシーンにおいても非常に稀である。そんなハイカージェフの、トレイルとともに生きるハイカーライフをシェアしてもらうことは、僕たちにとって刺激的で学びがあるはず。
(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)
関連記事
ジェフ・キッシュのHIKER LIFE with PNT | #02 パシフィック・ノースウエスト・トレイルでのファミリー・ライフ
TRAIL TALK #006 JEFF KISH / ジェフ・キッシュ(前編)
- « 前へ
- 1 / 2
- 次へ »
TAGS: