摩周・屈斜路トレイル (MKT) | スルーハイキング・レポート(後編)
文・写真:根津貴央 構成:TRAILS
2020年10月1日、北海道の道東に誕生した『摩周・屈斜路 (ましゅう・くっしゃろ) トレイル』(MKT)。
この、ロング・ディスタンス・ハイキングの旅ができる新しいトレイルを、TRAILS編集部crewの根津が、オープン直前にいち早くスルーハイキングしてきた。今回は、そのトリップ・レポート後編だ。
MKTがあるのは、TRAILSが『NIPPON TRAIL 北加伊道・クスリの道』でディープな旅をした屈斜路湖エリア。思い入れの強い場所でもある。
前編でも触れたが、MKTのコンセプトは『火山と森と湖の壮大なカルデラをたどる道』。火山活動によってできた2つのカルデラ湖「摩周湖」と「屈斜路湖」を、渡り歩くようにトレイルが続いている。
摩周湖は、摩周ブルーと呼ばれる日本一の透明度をもつ湖。屈斜路湖は、日本最大のカルデラ湖 (※1)。そんな2つの湖のまわりにできた独特な自然のなかを歩き、かつてアイヌの人々が通っていた湖畔の野湯 (のゆ) に浸り、湖畔に野営する、という稀有な歩き旅ができるトレイルなのだ。
この後編では、屈斜路湖を舞台にしたDAY2の模様をお届けするが、野湯あり、アイヌの歴史あり、野営ありと、DAY1の摩周湖や硫黄山の景色とはまた異なる魅力がつまったセクションになっている。
※1 屈斜路カルデラ:約40万〜3万年前にかけて、火山活動が繰り返され、地面が落ち込むことで生まれた、日本一大きいカルデラ。東西に約26km、南北に約20kmという大きさは世界有数の規模。しかも、屈斜路湖は日本最大のカルデラ湖でもある。ちなみに、日本で2番目に大きいのが阿蘇のカルデラ。
日本最大のカルデラ湖「屈斜路湖」の湖畔を歩く。
摩周第一展望台〜屈斜路プリンスホテルまで、全長44kmのトレイル。DAY2は、砂湯キャンプ場〜ゴール地点の和琴キャンプ場までの13km。
DAY2は、DAY1でテント泊をした砂湯のキャンプ場からスタート。ほぼ1日、屈斜路湖の湖畔を歩くトレイルだ。
約13kmの行程のなかに、湖、温泉 (野湯)、アイヌの人々の文化、とさまざまな魅力が詰まったセクション。
このセクションにある「池の湯」という温泉 (野湯) は、つい50年ほど前まで、ここで暮らすアイヌの人々のお風呂として日常的に利用されていた。このアイヌの集落から温泉までをつなぐ、かつての生活道は、MKTの一部にもなっている。
この旧生活道を抜けるとアイヌの集落「屈斜路コタン」(※2) があり、さらに和琴半島へとトレイルは続いていく。和琴半島には、砂湯のキャンプ場とはまた異なる最高のキャンプ場がある。近くには「露天風呂」もあり、テント泊をしながら温泉に浸かれるという極上のフィナーレの夜を迎えられるのだ。
アイヌの人々が通っていた野湯「池の湯」へ。
砂湯を出発し、約3kmほど屈斜路湖畔沿いのロードを歩いてトレイルへと入る。
300mほど進むと、突如、湖に面した大きな露天風呂が現れる。
屈斜路湖と接していることもあって、湖を一望できる絶好のロケーション。トレイル上にこんな野湯があるなんて、もう最高じゃないか。
アイヌの人々にゆかりのある「池の湯」。苔や藻が増殖して、ながらく立ち入り禁止状態だったが、MKTのために地元の人が整備をして復活させた。
ちょうど小雨が降ったり止んだりで肌寒いこともあり、僕は迷うことなく、併設されている更衣室で着替えて、ざぶんと浸かった。
実はこの「池の湯」は、つい50年前までアイヌの人々が利用していた野湯なのだ。
TRAILS編集部crewは以前、『NIPPON TRAIL 北加伊道・クスリの道』の旅で、屈斜路に住むアイヌのコタン (集落) の方々を訪ね、当時の話をうかがった。
「昔は家に五右衛門風呂しかなくて、週にいっぺんくらいは池の湯に入りに行ったんです」。そんなエピソードとともに、池の湯までの道も子どもの頃の楽しい思い出として残っている、と話していたことが強く印象に残っている。
池の湯から屈斜路コタンの間 (約4km) の大半は林道で、これこそが、アイヌの人々が「池の湯」まで行き来していた道であり、かつての生活道である。
まっすぐな一本道で、歩いていて気持ちがいい。昨日からずっと曇天 (ときどき小雨) だったが、ここへきてようやく太陽が顔を出してくれた。
大きな倒木がトレイルを塞いでいたが、休憩スポットとしてはちょうどいい。僕は倒木をよじのぼり、その上に座って休むことにした。
休憩中に食べたのが、TRAILS INNOVATION GARAGEのトレイルミックス『MYOM (Make Your Own Mix)』。オーガニック100%で、素材の味を存分に楽しむことができる。
トレイルから町へ。屈斜路コタン (集落) と松浦武四郎。
アイヌの人々が今なお住んでいるコタン (集落) にたどり着く。通りに面したところに、宿とカフェ、民族資料館があり、あとは民家が点在する小さな集落だ。
屈斜路湖側には芝生で覆われた広いスペースがあり、長方形の立派な石碑が建てられていた。
何か文字が刻まれているようだ。近づいて見てみると、こう記されていた。
“ 汐ならぬ 久寿里の湖に 舟うけて 身も若がえる ここちこそすれ ” 安政五年五月 松浦武四郎ここに来る
これは、北海道の名付け親である松浦武四郎 (まつうらたけしろう ※3) が、江戸末期に屈斜路湖を訪れた際、この絶景を眺めて詠んだ歌だ。
武四郎は、江戸時代末期〜明治にかけて活躍した探検家で、6度にわたって蝦夷地 (えぞち) を探査した。その際、アイヌの人々とともに旅をした。僕も、アイヌの人々が暮らす集落と屈斜路湖を目の前にして、この歌が詠われたときの景色を想像した。
※3 松浦武四郎(まつうらたけしろう):江戸時代末期〜明治初期に活躍した、三重県松阪市出身の探検家。計6回の蝦夷地(明治以前の北海道・樺太・千島の総称)探検を実施し、詳細の解明に貢献した。
この石碑からほど近いところには、アイヌ民族資料館がある。建物の前には、何かを象徴するかのように、丸太を規則的に積み上げたオブジェのようなものがある。
これは、子熊の檻 (アイヌ名:エペレセツ) で、その昔、アイヌの人々が子熊をここで大切に育てたのだという。
アイヌ民族資料館。入口に並ぶ7本の列柱は宇宙の時間を象徴する聖数7を意味し、円形ドームは天円地方宇宙の建築構造を表す。
トレイル上にこういう施設があると、つい気になって見たり触れたりしてしまうもの。ロング・ディスタンス・ハイキングを楽しんでいる過程でその土地の文化や歴史に触れることによって、さらにこのトレイルとこの土地に愛着がわいてくる。
弟子屈 (てしかが) 名物「いもだんご」を食べて、今日2つ目の野湯へ。
屈斜路コタンを後にして農道入口を右折すると、いよいよ、スルーハイキングのゴールまであとひと息。1時間ちょっとで、和琴キャンプ場に着くだろう。
天気が好転したこともあり、景色は最高だ。ジャガイモやトウモロコシ、ビート (てんさい。主に家畜の飼料になる) などを栽培する畑が一面に広がっていて、まさしく北海道といった感じ。
しかも、その先には屈斜路湖の外輪山が連なっていて、それも一望できる。いつかあの外輪山もつないで歩いてみたい、そんな願望がムクムクと湧き上がってくる。
広大な風景に見とれていたら、いつの間にか和琴半島に着いていた。
宮崎商店は、きっとスルーハイカーのオアシスとなることだろう。
野営地に行く前に、まずは買い食いだ。
ここに来たら、宮崎商店に寄らないわけにはいかない。お目当ては「いもだんご」。
甘じょっぱい味付けが、疲れたカラダにしみわたる。弟子屈産のジャガイモのねっとりとした食感と味わいは、やみつきになるウマさ。
ちなみに、ここ弟子屈町の特産品といえば、じゃがいも。でんぷん質と糖度が高く、ホクホクして甘いのが特徴だ。
小腹が満たされたところで、つづいては、和琴半島で人気の野湯へ。本日2回目の露天風呂だ。
この温泉、どうやら最近、少しリニューアルされたらしく、深さが増し、より快適になったみたいだ。というのも、宮崎商店でたまたま会った常連さん風のおじさんが言っていたのだ。ちなみに僕は、こういう地元の人の話は信じるタイプだ。
和琴温泉露天風呂は大小の岩がたくさんあり、野趣あふれる感じ。
先客の年配の方に挨拶をして、いざ野湯へ。
ちょっと熱めの温度 (たぶん42〜43℃くらい) が、陽が陰ってきて肌寒くなってきたこの時間帯にちょうどいい。肩までどっぷりと浸かりながら、2日間のスルーハイキングおつかれさん! と自分で自分をねぎらった。
野営をしながら、ローカルフードで最後の晩餐を楽しむ。
今回のスルーハイキングの最後の晩餐は、マルちゃんのダブルラーメン (※4) と、ミックス野菜、そして温泉玉子 (※5) だ。
ラーメンと野菜は、昨日、川湯温泉を通った時に、北海道が誇るコンビニ「セイコーマート」で買ったもの。そして、温泉玉子は、これまた昨日、硫黄山レストハウスで仕入れたもの。
トレイルの途中で食材が買えるのは、旅の事前準備が少なくて済むし、その時の気分で好きなものをチョイスできるので、すごくありがたい。
※4 ダブルラーメン:東洋水産が北海道のみで販売しているラーメン。名前のとおり、1袋2人前。味はみそ・しお・しょうゆの3種類がある。
※5 温泉玉子:硫黄山レストハウスで販売されているゆでたまごで、川湯温泉の源泉でゆでられていて、硫黄の香りがするのが特徴でもある。
夕食は、マルちゃんのダブルラーメン、ミックス野菜、そして硫黄山でゲットした硫黄の匂いただよう温泉玉子。
今回の調理器具一式はこちら。使用した火器は、アルコールストーブだ。選んだ理由としては、もちろん軽量化という側面もあったけど、どちらかというと静かに過ごしたいという気持ちが強かった。
一人でのスルーハイキングだったし、この摩周・屈斜路トレイルの自然にじっくり浸りたいという思いもあり、できる限り音を出さず、ひとり静かにありのままの自然を楽しもうとしたのだ。
クッカーは、VARGO (バーゴ) の「Ti-Lite Mug」(チタニウム・ライト・マグ)、重量111g。ストーブは、FREELIGHT (フリーライト) の「FREVO R」(フレボ R)、重量7g。
たった2日間のスルーハイキングの旅ではあったけれど、ロング・ディスタンス・ハイキングの魅力が凝縮された2日間だった。
2020年10月1日、北海道に誕生した新しいトレイル『摩周・屈斜路トレイル (MKT)』。
今回の前編・後編の2回にわたる、本邦初のスルーハイキング・レポートでは、TRAILS編集部がこのエリアに感じたポテンシャルの大きさを伝えてきた。
他にはない屈斜路カルデラならではの、カルデラ湖や火山をはじめとした大自然の魅力はもちろん、山から町へ、町から山へ、山と町をつなぎ、野営をしながら旅をするロング・ディスタンス・ハイキングのエッセンスが詰まったトレイルだ。
ぜひ、あらためて『NIPPON TRAIL 北加伊道・クスリの道』のトリップ・レポートも読み返してもらえると嬉しい。
また僕らはこのトレイルを、釧路川のリバートレイルとつないで旅することに、大きなポテンシャルを感じ、ワクワクし続けてきた。
しかし、このリバートレイルとの接続実験は、気がはやって、なんと真冬の極寒期に決行してしまった。今度はちゃんと緑の季節に行こうということで、今回あらためてTRAILS編集部で、MKTと釧路川をフィールドに『ハイキング & パックラフティング』の旅をしてきた。
そのトリップ・レポートは、11月上旬に公開するので、ぜひお楽しみに。
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