TRAILS 環境LAB

TRAILS環境LAB | 松並三男のSALMON RIVER #06 自然豊かな川を守るための鮭の育て方の模索

2020.11.27
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文・写真:松並三男 構成:TRAILS

What’s TRAILS環境LAB? | TRAILSなりの環境保護、気候危機へのアクションをさまざまなカタチで発信していく記事シリーズ。“ 大自然という最高の遊び場の守り方 ” をテーマに、「STUDY (知る)」×「TRY (試す)」という2つの軸で、環境保護について自分たちができることを模索していく。

* * *

『TRAILS環境LAB』の記事シリーズにおいてスタートした、松並三男 (まつなみ みつお) くんの連載レポートの第6回目。

松並くんは昨年パタゴニアを退職し、山形県鮭川村に家族で移住した。そして鮭川村の鮭漁の現場で、「鮭」をテーマに環境問題に取り組んでいる。この連載を通じて、僕たちも環境保護の「STUDY」を深めていく。

松並くんの今シーズンのテーマは、大きく2つ。1つは、前回の記事で紹介した、食べないことで無駄も生じてしまっている「川鮭の美味しい食べ方を見つけること」。そしてもう1つが、今回紹介する「鮭の育て方 (増やし方)」だ。

松並くんの連載4回目の記事 (詳しくはコチラ) で、日本国内の鮭の漁獲量について、彼はこう語っていた。

「2005年から鮭の漁獲量は減少し続けており、現在はピーク時の3分の1ほどまで落ち込んでいます。一定の放流量を維持しているのに、漁獲量が減るということが起きているのです」

松並くんは、鮭川村で今まさにこの課題に新しい手法で取り組もうとしている。それは今まですべて人の手によって行なってきた鮭を育てる方法の一部に、自然環境を取り入れる方法である。

この方法は、自然豊かな川があることが前提となっている。そのため、この方法を進めることが、「健全な河川環境」を守るアクションにもなるのだ。そんな想いをもって、松並くんはあらたな鮭の育て方に挑戦している。

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鮭川に遡上してくるこの鮭を、どう育てるのか? 松並くんの想いと取り組みをたっぷりと語ってもらう。


鮭漁の現場で、「活き締め」担当として奮闘する日々。


こんにちは松並です。毎度のことですが、まずは近況報告を。10月10日から今シーズンの鮭漁がはじまり約1カ月が過ぎましたが、1日も欠かさず毎朝6時半から鮭のウライ漁 (※1) に通っています。

釣りは日本海のサワラやブリがいい時期なのですが、この時期の僕は、毎朝鮭漁があるので鮭川からほとんど動けず。その合間をぬっての楽しみといえば、家族で近所の自然の中へ繰り出すこと。鮭が泳いでいるのを見に行ったり、栗拾いに行ってみたり、生活の中に自然の恩恵を感じられるのも、この地の暮らしの楽しみです。

※1 ウライ漁:ウライとはアイヌ語で「梁 (やな)」を意味し、川をせき止めて鉄製の籠を置き、遡上した鮭がそこに入るという漁法。

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鮭漁の合間に、家族と一緒に身近な自然の中へ。

鮭漁の現場での僕のおもな役割は、鮭漁メンバーに分配された鮭の「活き締め」をすること。協力してくれる大先輩たちの鮭をひたすら血抜き、神経締めを施させてもらい、「腹切り」と呼ばれる卵を抜いたあとの雌を引き受け、捌きつづける日々です。

これまで、この雌の鮭は一番利用しきれていなかったのですが、最近はあるシンプルな仕込みによって簡単かつ美味しく、無駄なく食べる方法が見えはじめ、今はその試作や仕込みの真っただ中です。

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現場に通い、血抜き、神経締めから、食べることに関する試行錯誤の真っただ中。

鮭漁のほうは、スタートから2週間ほどは渇水で鮭がほとんどあがらず心配していましたが、10月23日に待望の雨が降り、増水とともに一気にあがりはじめました。11月8日には小さなウライ (金属製のカゴ) にどうやって入ったのかと思うほどの水揚げ (100匹以上!) があり、このままいけば例年通りの水揚げが期待できそうです。


鮭を増やすための取り組みにおいて、現在ぶつかっている壁。


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手前の木枠が雌、奥が雄。鮭漁開始から約2週間後。一気にあがりはじめた。

鮭を増やすための取り組みは、江戸時代中期の「種川制」(現・新潟県村上市の「三面川」にて、川の一部に鮭の産卵場所を整え、鮭を保護する制度) からはじまりました。その後、1888年から現在のような人工孵化事業が開始され、1980年代に鮭資源を増やすことに成功し、現代まで人工孵化事業が行なわれてきました。

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人の手で採卵、受精、育成し、放流する。日本は鮭の人工孵化大国。

以前の記事 (TRAILS環境LAB | 松並三男のSALMON RIVER #04 僕が日本の鮭「シロザケ」をテーマにした理由) に鮭に関する基本情報を書きましたが、最近は一定の放流数に対して鮭の漁獲量が減少してきていて、人工孵化事業の新しい手法や鮭本来の自然産卵の重要性など、考え方に変化が見えはじめています。

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採卵数は20億粒前後と一定であるものの、漁獲量は減少傾向にある。

そして近年、自然の河川で産卵する野生魚 (以下、自然産卵魚) が資源量の維持に影響していることが言われはじめています。

実際に、漁獲量が減りつづける日本に対し、アラスカやロシアは好漁 (2019年) となっており、この要因のひとつとして、放流魚よりも自然産卵魚の割合が高いことが影響しているのではないか、ということが言われています。

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鮭川村の「鮭孵化場」。1980年に建設され、今もここで鮭の人工孵化事業が行なわれている。


野生か人工か? の二者択一ではなく、それぞれの良さを活かした方法にチャレンジ。


日本は小さな島国ですが、広大な国土を持つロシアやアラスカなどの大陸よりも多い放流数となっています (※2)。しかし、その状況にもかかわらず、日本の漁獲量が減少しているのは、孵化事業に偏りすぎているからではないか? そう疑問を抱くのは当然の流れです。

日本の研究において、人工孵化事業による放流魚よりも自然産卵魚の回帰率が高いという結果もでており (※3)、これまでの日本で軽視されてきた自然産卵魚の保護が求められはじめているのです。

では、どうしたらいいか? ということですが、日本ではこれまで人工孵化の成功により鮭資源を増やしてきた歴史があり、アラスカやロシアよりも国土の狭い日本の地理的特性、ダムや堰や開発により生息環境である川が分断されている現状を考えると、ある程度は人の手を入れて資源量をキープしていくことも必要と考えられます。

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近年は、一定の放流数に対して鮭の漁獲量が減少してきている。

自然産卵魚の保護に力を入れつつも、水系ごとに異なる地理的特性を活かし、さまざまな方法で命をつないでいくことが重要です。それにより、何らかの要因で資源量が減った時にもリスク分散ができ、それぞれの強みで補填しあうことができます。

※2 北太平洋におけるさけます資源状況と令和元年 (2019年) 夏季ベーリング海調査結果 http://hnf.fra.affrc.go.jp/event/sakehou/r02sakehou_02.pdf

※3 北海道千歳川におけるサケ野生魚と放流魚の回帰率の比較 https://www.fra.affrc.go.jp/bulletin/fish_tech/11-1/110102.pdf


自然産卵魚のサイクルに近い人工孵化「発眼卵放流」。


その一手として考えられている新しい人工孵化手法が、人工孵化事業と自然産卵魚の特性を活かした「発眼卵放流」です。古くから渓流のイワナ、ヤマメなどで行なわれている手法ですが、鮭ではまだ研究段階の手法です。

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白くなった死卵を取り除く作業。卵に黒い眼が見えはじめているが、この段階で川に埋め戻すのが「発眼卵放流」だ。

これは、採卵から受精まではこれまでの孵化事業と同じですが、稚魚まで育てずに発眼卵(受精後、卵の中で眼がはっきりと見える状態まで育ったもの)を川へ埋め戻していくという方法です。孵化から先は自然産卵魚と同じプロセスとなるため、魚を育てる手間やコストを抑えつつ、自然産卵魚に近い強い稚魚を増やすやり方です。

稚魚になる前に川へ戻す発眼卵放流は、今まですべてを人の手によって「孵化させて稚魚を育て放流する」ところまで管理してきたものを、その一部を自然の環境に戻すという方法です。

この手法についての研究を進める日本水産研究機構の飯田氏によると、自然産卵魚の保護には「隔離」と「融和」の2つの方策があるといいます。

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中央を流れる本流が鮭川で、右側の支流が孵化事業が行なわれている泉田川。ウライ (金属製のカゴ) も見えている。川幅のある本流にも、野生の鮭は数多く遡上し、自由に産卵できる「健全な河川環境」がある。

人工孵化事業を行なう河川と完全に自然の中で産卵・孵化させる河川をはっきりと分けていくという考え方が「隔離」方策で、国土が大きいアラスカなどではこの方策がとられていることが多いそうです。

これに対して人工孵化の方法をなるべく野生のサイクルに近い手法に切り替えながらも、一つの河川に自然産卵魚と人工孵化によって孵化する放流魚の両方が混在するのが「融和」方策です。

国土が狭く、ほとんどの河川で孵化事業が主体となっている日本では、この「融和」方策が有用なのではないかと考えられ、そのなかの一つの手法が「発眼卵放流」です。


鮭という魚をきっかけに、「自然豊かな川」を守っていく。


僕がこの手法を進める一番の狙いは、この手法の前提として「魚がたくさん住める、自然豊かな川」を守っていくことにもつながるからです。

自然産卵魚に近い形で、卵の状態で川に埋め戻していくということは、そこに稚魚が育つための河川環境がないと成立しないのです。

つまり、これを成立させるためには、堰などで海から上流まで分断しないことや、餌となる虫などがたくさんいること、魚の付き場や逃げ場となるような瀬や渕などの地形に変化があること、泥や砂がたまらず一定の水流があることなど、結果的にはさまざまな魚や生き物が住みやすい「健全な河川環境」につながっていきます。

これは当然、釣師としても最高に楽しい河川環境を意味します。この手法の研究を進める飯田氏も、真の狙いは「鮭という魚をきっかけに、川を開発から守り、魚がたくさん住める河川環境を取り戻していくことにある」といいます。この手法の最前線にいる研究者と想いを共有できたことも、これを進めていきたい理由の一つです。

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発眼卵放流を行なう予定の「泉田川」。鮭孵化場の前を流れ、適度な水量、流れ、石のサイズで、水質も素晴らしい。

雪深く、水源となる広大なブナの森に囲まれて穏やかに流れる鮭川は、全国で16河川しかない「最も水質がいい川」(※3) でもありながら、その地形も原始に近いかたちで残っており、人と自然のバランスが素晴らしい地域です。

さらに、人工孵化事業は鮭川の支流である泉田川でのみ実施されており、泉田川との合流点より上流のエリアには人工孵化による放流が行なわれていないため、自然産卵魚も数多く存在しています。発眼卵放流を計画している泉田川もまた、鮎やカジカなども数多く生息する素晴らしい水質の川です。

今年度は、これまでの人工孵化事業の余剰分で発眼卵放流をテストする予定のため、余剰が出ていない現段階ではまだ実施できるかはわかりません。うまくいけば12月上旬に川に卵を戻し、生残率(河川でどれくらい孵化できたか)を確かめる予定です。

※3 令和元年、国土交通省発表 https://www.mlit.go.jp/report/press/mizukokudo04_hh_000138.html

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鮭川の全景。画面右側の支流がウライ漁の現場。原始の地形が残り、周辺は水源となる広葉樹の森に囲まれている。


里山の人と自然の共生関係のような、適度な糧を得ていく生き方を目指して。


前回の記事で書いた「鮭を食べること」は、実はこの人工孵化事業「鮭を増やすこと」による副産物でもあります。人の手で採卵、受精させるため、必ず親となる魚が水揚げされます。

自然界の過酷な生存競争を勝ち抜いて産まれた川に戻り、人の手で子孫へと命をつなぎ終えたありがたい亡骸であるため、これを食材として無駄にせず、ありがたくいただくことは重要です。

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川を遡上してきた鮭の切り身。脂質の少ないこの魚を、いかに美味しく食べるかも試行錯誤中。

発眼卵放流はゴールではなく、人の都合に偏りすぎた手法から、里山の生態系のように人も自然の一部として適度に手を入れつつ、適度に糧を得ていく流れへのターニングポイントだと思っています。人が自然を支配しようとするのではなく、自然のリズムに人が合わせていくことができれば、結果的にはそれが無駄の少ない生き方となるはずです。

魚たちがたくさん生息する水辺を夢見て、今できる確かな一歩を踏んでいきたいと思います。

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人の手で命を繋いだ雄 (上) と雌。人の手が入る以上、ありがたく食べきるために、できることを考えていく。

松並くんにとって、減少してきた鮭の資源量を守ることは、自然豊かな川を守ることにつながっている。

孵化から稚魚へと育てる環境を、自然の川のなかで行なう「発眼卵放流」という方法は、自然豊かな川でなければ、できない方法である。記事の中でも書いてくれているとおり、この方法を進めることが、「健全な河川環境」を守るアクションにもなるのだ。そんな想いをもって、松並くんはあらたな鮭の育て方に取り組んでいる。

「発眼卵放流」については、うまくいけば12月上旬にその最初のテストが実施できるという。

もし実施できたとしたら、その内容と結果を次回の記事で紹介してもらおうと思う。

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WRITER
松並三男

松並三男

1983年、神奈川県生まれ。大磯町という海や川に恵まれたエリアで生まれたこともあり、幼少期から虫取りや魚釣りに夢中になる。中高と海釣り (ルアー) にハマる。その頃、海で大量のゴミを目にしたことをきっかけに環境に興味を抱き、日本大学生物資源科学部に入学。海洋環境学の研究に没頭する。卒業後は就職せず、海岸清掃と釣り中心の日々。その後「もっと海を良くしたい」という思いが強くなり、パタゴニアに入社。約10年にわたりさまざまな店舗で勤務する。2019年、川鮭と環境問題の関連性に注目し、それを追求すべく、山形県鮭川村に移住。鮭川村の地域おこし協力隊として働きながら、鮭をテーマに活動している。リアルタイムな活動は、鮭川村地域おこし協力隊 Facebookページより。https://www.facebook.com/sake.kyouryokutai Photo by Mitsuru Itabashi (バシフォト)

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