TRAILS環境LAB | 松並三男のSALMON RIVER #10 川鮭の伝統保存食「鮭の新切り」の新しい食べ方
文・写真:松並三男 構成:TRAILS
What’s TRAILS環境LAB? | TRAILSなりの環境保護、気候危機へのアクションをさまざまなカタチで発信していく記事シリーズ。“ 大自然という最高の遊び場の守り方 ” をテーマに、「STUDY (知る)」×「TRY (試す)」という2つの軸で、環境保護について自分たちができることを模索していく。
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『TRAILS環境LAB』の記事シリーズにおいてスタートした、松並三男 (まつなみ みつお) くんの連載レポートの第10回目。
松並くんは一昨年パタゴニアを退職し、山形県鮭川村に家族で移住した。そして鮭川村の鮭漁の現場で、「鮭」をテーマに環境問題に取り組んでいる。この連載を通じて、僕たちも環境保護の「STUDY」を深めていく。
鮭川村には、昔から川鮭の伝統保存食として「鮭の新切り (ようのじんぎり)」というものがある。
鮭の新切りは独特の臭みがあるが、「活き締め」を取り入れたり、熟成の工程も見直すことで、味を向上させ、この郷土食の文化を残していくチャレンジをしている。今回は、その新しい「鮭の新切り」の試作品をつくる工程をレポートしてもらった。
自然環境の点でも、鮭の新切りの文化を残すことは意味がある、と松並君は捉えている。川鮭を食べる文化を残すことは、川漁師を活かすことにつながる。その川漁師は、川の状況や変化を誰よりも熟知している人たちであり、結果として川の環境を守ることにつながるからだ。
TRAILS編集部が試作品を食べさせてもらった内容も、今回の記事でその一部をレポートしている。
ローカルのスキー場で、仲間とパウダーセッション。
みなさんこんにちは! 今年はいい雪降りました。僕が住んでいる鮭川村は、全国でもトップクラスの豪雪エリアです。
ローカルスキー場のナイターで、鮭川の仲間と連日のパウダーセッション! 今年の雪は最高でした。
仕事あがりに保育園の迎えや家事をこなし、寒波のたびに近所の仲間とローカルスキー場のナイターでスノーボードをしていました。仲間だけで貸し切り状態のローカルパウダーセッション。蹴り飛ばした粉雪に飛び込んでは奇声を発し、横乗り特有のシアワセな空気感を楽しみました。
鮭川村の伝統保存食「鮭の新切り (ようのじんぎり)」。
塩抜き中の鮭の新切り。まるで絵に描いたかのような鮮やかな婚姻色が浮かびます。雪が降る頃に流水で塩を抜きます。
さて、本題です。今回は、鮭川村の伝統保存食「鮭の新切り (ようのじんぎり)」に関する新しい挑戦を紹介します。
まず、鮭の新切りについて簡単におさらいします。これは、川を遡上した鮭の内臓を抜き、たっぷりの塩に漬けて保存し、雪が積もるころに流水で塩抜きし、軒下で寒風干しにした鮭川村の伝統食です。
「じんぎり」の言葉の由来となった切り方。昔は白く塩が吹くくらいしょっぱくて、それが夏の農作業の塩分補給にもなっていたそうです。
「新切り」の言葉の由来は、キセル用の葉たばこを入れるケース「じんぎり」に似ていることからと言われています。
上の写真がこの由来となった鮭の切り方で、農作業時にこれを腰にぶら下げて、汗をかいたときの塩分補給やおかずとして、少しずつかじって食べていたそうです。
伝統食の新しい挑戦「鮭の新切りオーナー制度」。
今シーズンはこの伝統保存食の新しい食べ方への挑戦「鮭の新切りオーナー制度」を実施しました。
この取り組みは、若手鮭漁師の矢口春巳 (はるみ) さん (以下、春巳さん) が作る鮭の新切りセットを、オーナーになってくれた人に食べてもらい、フィードバックをいただくことで、共に美味しい食べ方を目指すという取り組みです。(詳細はこちらhttps://yamagata-okoshiai.net/8030/)
新しい鮭の伝統食に挑戦した矢口春巳さん。まだ40代で、鮭漁メンバーの中では最年少。
春巳さんは、昨年亡くなった父の跡を継ぐかたちで鮭漁メンバーに加わりました。
鮭漁師だった春巳さんの父は、「鮭川村の強みは、村名の由来となっている鮭川を遡上してくる “鮭” だ!」という想いで20年前に有志団体「サーモンロードの会」を立ち上げた人物。新切りの販売、子どもたちとの稚魚放流活動など、鮭川村の鮭のPRに尽力してきた人でした。
鮭漁で使うウライに入った鮭をすくう春己さん。鮭漁師だった亡き父の背中を追っています。
春巳さんのお父さんは、鮭をテーマに神奈川から移住したばかりの僕を、鮭川の川漁仲間に紹介してくれた人でもあり、川の未来を語れる川の師匠のひとりでした。春己さんはそんな父の背中を見て育ち、使命感をもって今年から鮭漁メンバーに加わった新人鮭漁師です。
僕としても少しでも、そんな春巳さんの力になりたいという想いで、彼の挑戦をサポートすることにしたのです。
川鮭を美味しく食べることが、川を守るためにできる最初の一歩。
僕が春巳さん応援する理由は、彼が次世代の鮭漁を担う鮭漁師だからです。
僕が川漁師を応援するのは、彼らが誰よりも川を知っていて、魚たちが住みやすい環境を守る役割があるからです。
現代の食生活では、川を遡上した鮭をはじめ天然の川魚を食べる機会はほとんどなくなってしまいました。それに伴い、川漁師の高齢化と後継者不足は深刻な状態です。
川は、海と比べると漁法や漁期に関するルールも多く、世襲制といった閉鎖的に見える要素も確かにありますが、だからこそ守られてきたことも事実です。
水源となる広葉樹の森、生物多様性、それらを繋ぐ川と人のバランス。素晴らしい自然環境が育む鮭川の鮭を、多くの人に食べてもらいたいです。
川漁師がいなくなってしまうと、最前線で川の変化に気づける人がいなくなり、不必要なダムや護岸整備など、魚たちの住処を奪う無秩序な開発に繋がってしまうことも考えられます。何より、日本が誇る美味しい天然魚の存在を知る人がいなくなることは、僕にとっては非常に悲しく、避けたいことです。
では、どうしたらいいのか。その答えは単純で、川鮭を美味しく食べることです。鮭川で食材として扱う鮭は、鮭を増やすために採卵、放精されたあとの鮭です。人の手で尽き、命を繋いだ魚を正しく扱うことは、川のためにできる最初の一歩だと思っています。
5種類の試作品をセットにした、鮭の新切りセット。
今回オーナーになってくれた人に送ったセットは、これまでの製造方法をベースに塩分濃度や切り方が異なる3種類と、新しい食べ方のジャーキー2種類(塩味と醤油味の味付けをして燻製したもの)、計5種類の試作品です。
試作品を作るにあたっては、水揚げ時の血抜き処理を徹底し、伝統食の新切りについてもこれまで漁師ごとに感覚的に作られてきた工程 (塩抜きの時間など) も記録しました。
そして今回、実はTRAILS編集部のみなさんもオーナーになってくれました! ここで、TRAILSからのフィードバック内容を紹介します。
TRAILS編集部crewのトライ。
今回、僕たちTRAILS編集部crewも、オーナー制度に応募しました。送られてきたセットにはレシピも入っていたので、それを参考にして実験してみました。
根津が試した「じんぎり鍋」。
小川が試した「じんぎり和風マリネ」と「じんぎり入りなめこ」。
お酢で和えた和風マリネ (左) と、なめこと合わせたじんぎり入りなめこ。
佐井&カズが試した「じんぎりおにぎり」。
茹でた鮭の新切りをおにぎりの具にした、シンプルなじんぎりおにぎり。
みんなで感想を話し合ってみて、いちばん最初に調理して食べるなら、やっぱり伝統料理の「じんぎり鍋」が王道かなという印象でした。そのまま食べられるジャーキーも、手軽だし山に持っていくことができるのも便利という意見でした。
今回は、TARILS編集部それぞれで違うレシピを試してみました。根津は、王道の「じんぎり鍋」を銀山街道ALEと一緒に。佐井&カズは、「じんぎりおにぎり」を作って、息子たちに川鮭のことや伝統食のことを伝える食育としてもよい素材だ、という感触を得たよう。小川は、「じんぎり和風マリネ」と「じんぎり入りなめこ」にくわえて、ハイキングにジャーキーを持って行き、行動食としても使えることも実感しました。
そして松並くんには、良い点はもちろん、気になっことや改善点なども率直に伝えました。TRAILSとしても、これで終わりではなく、今後も「ようのじんぎり」をいろいろ実験していきたいと思います!
フィードバックから得た気づきと、これから。
今回一番人気が高かったのが、このジャーキー (塩味) でした。
「美味い!」という声はもちろんですが、独特の香りや販売の課題、その解決に向けたアイデアまで、ポジティブなアドバイスとしていただけて、おかげさまで次シーズンに向けて非常に有益な情報を得ることができました。
また今回のオーナー制度を通じて、僕自身が強く感じたのは情報発信の必要性でした。
どんな人が、どこで、どう扱っているのか、美味しく食べてもらうための努力や鮭のストーリーを伝えることで、食べる意味は変わります。
一番わかりやすいのは、漁期に現場で一緒に魚を見てもらうことなんですが、情報ツールが充実した今だからこそ、できることはまだまだあるはずです。
ということで、次のシーズンは、動画? 鮭の教科書? 体験ツアー? 発信力のある地元若者の巻き込み? などなど、より多くの人に知ってもらうためのアクションにもトライしていきます!
伝統保存食である「鮭の新切り」がどう進化していくのか。これからが楽しみ。
今回の取り組みで、また新たな気づきと学びを得た松並くん。伝統保存食「鮭の新切り (ようのじんぎり)」の食べ方はもちろん、伝え方のアイディアも生まれたようだ。
TRAILSも今回、初めて鮭の新切りを食べてみて、さらに興味を抱いたので、松並くんとともに、あらたな食べ方を模索していきたいと思う。
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