ジェフ・キッシュのHIKER LIFE with PNT | #11 パシフィック・ノースウエスト・トレイルのスルーハイキング (その7)
(English follows after this page.)
文・写真:ジェフ・キッシュ 訳・構成:TRAILS
What’s HIKER LIFE with PNT? | パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT ※)は、アメリカでもっとも新しいNational Scenic Trail(※)。いまだ手つかずのウィルダネスが現存する稀有なトレイルだ。そこにはハイキングの自由があり「ロング・ディスタンス・ハイキングの良いレガシーが今も残るトレイルだ」とジェフは言う。この連載では、ジェフを通して日本では希少なPNTにまつわるトレイル情報やカルチャーをお届けしていく。
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いよいよ、ジェフによるPNTのスルーハイキング・レポート (全7回) も最終回! 約2カ月、1,930kmの旅も、ついにフィナーレを迎える。
ジェフはこれまで、ディレクターという立場からPNTの魅力を伝えてきてくれたが、この全7回の記事では、ハイカー・ジェフとして旅のエピソードを綴ってもらった。他のメディアでは読めない、日本語による貴重なPNTのレポートだ。
今回ジェフが歩くのは、PNTの西側のラストセクション。ロッキー山脈やカスケード山脈を抜け、西に進むと、PNTは太平洋へと接する。
それまでの山岳風景から一変して、田園、海、町の景色が広がるようになる。今までと違うPNTの景色を楽しみながら、PNTの旅をかみしめるジェフ。
ジェフの人生を変えたPNTスルーハイキング。そのラストセクションのレポートを、お楽しみください。
オリンピック国立公園北部の稜線を歩く。
※ パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT):正式名称は「The Pacific Northwest National Scenic Trail」。アメリカとカナダの州境付近、ワシントン州、アイダホ州、モンタナ州の3州をまたぐ1,200マイル(1,930キロ)のロングトレイル。歴史は古く、1970年にロン・ストリックランドによって考案された。そして約40年の歳月を経て、2009年にNational Scenic Trailに指定された。現時点において、もっとも新しいNational Scenic Trailである。
※ National Scenic Trail(ナショナル・シーニック・トレイル):自然を保護し、楽しみ、感謝することを目的に、1968年に制定されたNational Trails System Act(国立トレイル法)によって指定されたトレイル。他にも、National Historic TrailやNational Geologic Trailなど複数のカテゴリーがあるが、中でもNational Scenic Trailは、壮大な自然の美しさを感じ、健康的なアウトドアレクリエーションを楽しむためのトレイルである。一番最初に選ばれたのは、ATとPCT。現在全米にある11のトレイルが、National Scenic Trailとして認定されている。
PNTのラストセクションが始まる。
ハイ、ジェフです! 僕のPNTスルーハイキング・レポート最終回をお届けするよ。
僕は、カスケード山脈を東側に見ながら、スカジット渓谷でPNTスルーハイキングのラストスパートをはじめた。
スカジット渓谷には、スカジット川という川が流れている。このスカジット川は、カナダに端を発し、国境近くのロス・レイクを通って、このエリアの海に注ぎ出ているんだ。この川の名前は、この地域の先住民であるアッパー・スカジット族に由来しているんだ。ちなみに、アッパー・スカジット族は、いまもこの近くに住んでいるんだよ。
ワシントン州北部の海岸沿いには、高速道路5号線が南北に走っていて、この道はベリンハムと、シアトル、ポートランド、ロサンゼルス、サンディエゴなどの大都市を南北に結んでいる。この高速道路の下をPNTが横切っているんだ。
高速道路5号線の沿線は、PNTの中で最も開発が進んだ人口密度の高い地域で、地形もトレイル沿いのなかで最もフラットなエリアなんだ。カスケード山脈からオリンピック山脈を越えると、トレイルは、険しい山岳地帯から、郊外の田園地帯へと一変する。
PNTは、モンタナ州、アイダホ州、ワシントン州の3州をまたぐ1,200mile (1,930km) のロングトレイル。今回のレポートでは、ワシントン州のセドロ・ウーリー〜ゴール地点のアラバ岬までの292mile (約467km) を紹介してくれた。
ウィルダネスから離れ、観光客のたくさんいるエリアへと入っていく。
僕は、パサイテン・ウィルダネス、ノース・カスケード国立公園、マウント・ベイカー・ウィルダネスの長いセクションを、途中で補給地に立ち寄ることなく歩きつづけた。このエリアを抜けて、低地の海岸部分に入ると、また歩きつづける元気が出てくるんだ。
なぜなら、このエリアでは1日分以上の食料を持ち歩く必要がなく、毎日レストランでの食事ができるんだ。それに、フラットな土地だから距離を伸ばすのも簡単だし、快適な場所から遠く離れることもない。
PNTはここでは開発の手が入っていない公有地をうまく利用していて、アナコルテス・コミュニティ・フォレスト・ランドや、島々に点在するいくつかのワシントン州立公園を横切っているんだ。
デセプション・パス・ステート・パークにある先住民の彫刻。
橋を渡れば、フィダルゴ島、そしてウィッドビー島へと、歩いていくことができる。2つの島を結ぶデセプション・パス・ブリッジは、PNT全体のなかでもっとも訪問者の数が多い場所なんだ。この橋は、1日に2万台もの車が通り、歩いて橋を渡る観光客も数百人いるんだ。
高いアーチ型の橋からは、西にサリッシュ海とオリンピック半島、東にベイカー山とスカジット渓谷を見渡すことができる。この橋では他にも、断崖の上から魚を狙うハクトウワシやミサゴの姿や、眼下にはイルカ、クジラ、アシカ、カワウソなどの海洋哺乳類を見ることもできるんだ。
フェリーに乗って、ポートタウンゼントの町へ。
ウィッドビー島とオリンピック半島を結ぶフェリーにて。
ウィッドビー島とオリンピック半島の間には橋がないため、ほとんどのハイカーは、ワシントン州のフェリーを利用することになる。このフェリーは、9kmのアドミラルティ海峡を一日中定期的に往復しているんだ。
フェリーのデッキには食事をとれるバーがあって、天気が良ければオープンデッキからオリンピック半島、ベイカー山、レーニア山などの景色も見えるから必見だよ。
フェリーは、ポートタウンゼントの町に到着する。この町は、ハイカーがオリンピック国立公園の中心部を横断する前にある、最後の町だ。加えて、オリンピック国立公園を横断するための許可証を取得するために、PNTハイカーが最後に電話をかけられる場所でもあるんだ。
僕はフアン・デ・フカ海峡を見渡せる地元のビアバーを見つけ、隅の静かなテーブルで地図を広げた。そしてオリンピック国立公園のウィルダネス・インフォメーション・センター (WIC) に電話して旅の相談をしたんだ。すると、WICはルート上のキャンプサイトを探してくれて、電話で許可証を発行してくれたよ。
オリンピック山脈東部の高地をハイキングしていると、ワシントン州のカスケード山脈の大きな火山が見えてくる。遠くに見えるのはレーニア山。
ここにあるワールドクラスの景色を楽しむには、この国立公園すべてを歩く必要はない。とにかく、マーモット・パスからの景色が本当に素晴らしいよ。このエリアでは、PNTは、マウント・ミステリー、マウント・デセプション、ウォリアー・ピークといった名前を持つ、ゴツゴツした高山の山々に囲まれてトレイルがつづいている。
ハイカーは、Leave No Traceのルールを守っていれば、オリンピック国立公園の境界まではどこでも好きな場所でキャンプすることができる。でも国立公園内では、許可証に記載したスケジュールを守り、指定された場所でキャンプをしなければならない。
オリンピック国立公園に広がる、素晴らしい自然と景観。
オリンピック国立公園のなかは、ずっと素晴らしい景色がつづいているよ。コンスタンス・パスからの眺めはバックホーン・ウィルダネスに匹敵し、PNTがこの国立公園の奥深くに進むにつれ、風景はさらにワイルドになっていく。
コンスタンス・パスを登り、ツイン・ベンチマーク・ピークに向かって稜線を歩いた後、トレイルはドーズウォリップス川に下り、北西に向かってさらにオリンピック国立公園の奥へと進んでいく。
キャメロン・パスからの北側の眺め。
ドーズ・メドウズでは、ハイカーはルート選択をしなければならないけど、好きに選べばOKだ。
オフィシャルなPNTのルートは、西に進み、ヘイデン・パスを登り、エルワ・リバーに下りて北へと進む。もうひとつオルタナティブ・ルートがあって、その道はロスト・パス、キャメロン・パス、グランド・パスを越えて北上し、オブストラクション・ポイントまで下ってから再び登っていくルートになっている。
僕は後者のオルタナティブ・ルートを選んだ。登りがかなり多くなったけど、このルートを選んだことで、他にはない景色を楽しみながら、最高に気持ちのいいハイキングができたよ。
オリンピック国立公園の北端近くにある高山の牧草地。
このオルタナティブ・ルートには、ハリケーン・リッジ・ビジターセンターがあるのも良いね。ここでは素晴らしい景色が見られることに加えて、小さなレストランもあって、軽食の持ち帰りもできるんだ。
補給をしたいハイカーは、このハリケーン・リッジからヒッチハイクで、近くのポート・アンジェルスに行くことができる。でも僕は、ここで停滞してはいけないと思って、先に進むことにした。
絶景に囲まれた高山地帯のハイ・ディバイドを歩く。
僕が歩いた年は、エルワ・リバーにあったダムの撤去工事が行なわれていた。工事の影響でこのエリアは閉鎖されていたんだけれど、パークレンジャーに聞いたら、「工事が終わる夕方なら歩けるよ」と教えてくれたんだ。
ちなみに、この数年後に、ダム撤去の効果はとても大きかったことがわかった。生態系が回復したことで、サケをはじめとする川の固有種が戻ってきたんだ。
オリンピック国立公園の数ある川のひとつに架かる丸太の橋。
オリンピック・ホット・スプリングスに到着すると、僕はそこを独り占めすることができた。ここには、石を積み上げたプールがあって、まわりは素晴らしい原生林に囲まれていた。温泉に浸かって体がほてりすぎたら、温泉の流れに沿って下って近くのボルダー・クリークまで行けば、涼むこともできるんだ。
PNTは、オリンピック・ホット・スプリングスからアップルトン・パスを越え、人気のあるハイ・ディバイドとセブンレイクス盆地のエリアまで伸びている。
この高山地帯でのキャンプには、ベアキャニスターが必要だ。ただ、このエリアはたった1日で横断できるから、スルーハイカーの多くは、このエリアに入る前にキャンプをして、日中に横断してしまって、またエリアを出てからキャンプをしているよ。そうすれば、ずっとベアキャニスターを背負いつづける必要がなくなるからね。実際、僕もそうしたよ。
オリンパス山は、オリンピック国立公園においてもっとも標高が高い。PNTハイカーは、ハイ・ディバイドとボガチエル・ピークから、オリンパス山の素晴らしい景色を見ることができる。
ハイ・ディバイドでは、南にオリンパス山、北にセブンレイクス盆地の素晴らしい景色を見ることができる。ここでは、オリンピック・ブラックベアをよく目にすることができるんだ。この珍しいアメリカグマの亜種は、隣接する個体群よりも大きく、国立公園内にたくさんあるベリー類をよく食べているんだ。
世界最大級の樹種がある熱帯雨林。
ハイ・ディバイドを過ぎると、PNTは太平洋に向かって最後の下りに入る。高山帯を過ぎると、眼下の谷間から、大型のルーズベルト・エルクの群れが不気味な声で鳴いているのが聞こえてきた。ルーズベルト・エルクとは、1909年にオリンピック国立公園となった土地を最初に保護したセオドア・ルーズベルト大統領にちなんで名付けられた、北米最大のエルク (アメリカアカシカ) なんだ。
さらに下っていくと、PNTは、高さ95m、直径7mにも達する巨木群がある温帯雨林に入っていく。オリンピック西部熱帯雨林は、アメリカでもっとも雨の多い地域のひとつだから、古代の巨木がここで大きく成長するのもわかる気がするよ。この地域は「チャンピオン・ツリー」と呼ばれる世界最大級の樹種があることでもよく知られているんだ。
古い木製のシェルターが、PNT沿いにある原生林の大きさを感じさせてくれる。
僕は、ポートタウンゼントを出発してから265kmを歩いて、オリンピック国立公園を抜けた。空腹で、疲労もたまっていた僕は、PNTがハイウェイ101と交差する地点から北へ数kmのところにある,
フォークスという小さな町でPNTの最後の補給をしようと思っていた。
僕は町まで歩くつもりだったんだけど、ちょうどヘラジカの交通事故に対応するため来ていた警察の車に乗れることになったんだよね。夜中にハイウェイを歩くのは危険だと思ったのか、町まで送ってくれたんだ。
マーモットはPNTの全セクションにわたって生息しているが、オリンピック・マーモットは他のどこにも生息していない種である。
僕は、フォークスの町で、PNTの最後のセクションで必須となるベアキャニスターを買った。そのベアキャニスターのなかに、スコッチウイスキーの小瓶とチョコチップクッキーを詰め込んだんだ。ゴールした時にこれで祝おうと思ってね。
2カ月間を振り返りながら、ゆっくりと歩きながらゴールにたどり着く。
それから僕は海岸に向かい、スルーハイキングを終えるための最後の数日を歩きはじめた。PNT沿いのビーチハイキングは、ほとんどが砂の上を歩くだけでトレイルはない。ここは、とてもユニークな場所だね。
岬を安全に進むためには、潮見表や潮位を示す地図が、必要になる。海沿いの岩の多い断崖では、迂回するために、ロープやはしごを使って進むところもあるよ。
最後のセクションはビーチ沿いを歩くが、時折、ロープやはしごを使って岬を越えることもある。
海岸沿いの野生動物も独特なんだ。熱帯雨林と海が交わるこの場所では、クマやシカがビーチを歩き回り、ヒトデやイソギンチャクが岩場の潮溜まりに集まり、ラッコが波打ち際で遊んでいる。さらに海に目を向ければ、ハイカーは沖合でコククジラを見ることができるんだ。
砂浜と潮の満ち引きの関係で、ここでのハイキングはゆっくりとしたものになる。でも、僕にとって、この夏の長い旅の終わりに、ゆっくりとした時間を過ごすのは打ってつけだった。
太平洋岸にあるゴール地点。
この2カ月間、僕は人生で最も濃密で実りある経験をしてきたけど、その終わりを急ぎたくはなかったんだ。でも、良いことには終わりがあるもので、このPNTのスルーハイキングも、もう終わってしまう。9月19日、僕はアメリカ本土48州の最西端、パシフィック・ノースウエスト・トレイルの終点にたどり着いた。
この旅は一生に一度のものであり、その後、数年間の私の人生を形成する経験になるだろう。
PNTから初めて太平洋を見た瞬間。
PNTのスルーハイキングを終えたジェフ。この旅はジェフの人生を変えた。
この連載でお伝えしたように、ジェフはその後、PNTの運営組織のディレクターとして働くことになる。そして、今もPNTにコミットした人生を送っている。
この旅はジェフの人生にとっても大きな旅である。同時に、日本のハイカーにとっては、PNTの魅力を知ることができる貴重なレポートとなっている。まさに永久保存版のレポートだろう。
ジェフには、次回からはまた違った角度から、PNTについて紹介してもらう。PNTととも過ごすジェフのレポートを、これからもお楽しみに。
TRAILS AMBASSADOR / ジェフ・キッシュ
ジェフ・キッシュは、アメリカのロング・ディスタンス・ハイキングのコミュニティにもっとも強くコミットしているハイカーのひとりであり、最前線のトレイルカルチャーを体感し、体現している人物。ハイカーとしてPCTとPNTをスルーハイクしていることはもちろん、代表的なハイカーコミュニティであるALDHA-Westの理事を2年間務め、さらに現在はパシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT)の運営組織にジョインし、トレイルづくりに尽力している。これほどまでに全方位的にトレイルに深く関わっている人は、アメリカのハイキングシーンにおいても非常に稀である。そんなハイカージェフの、トレイルとともに生きるハイカーライフをシェアしてもらうことは、僕たちにとって刺激的で学びがあるはず。
(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)
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