国産カスタム・フライロッドのパイオニア MACKY’S CREEK(マッキーズ・クリーク) – その3 <証言録> 「ARTIST」というロッド(竿)
文・構成:TRAILS 写真:文・構成:TRAILS 写真:宮坂雅木、TRAILS
What’s BRAND STORY?/ 優れた製品を開発するメーカーには、それを実現させるだけの「他にはない何か」があるはず。でも普段の僕らは、つい新製品ばかりに注目しがちです。そこでBRAND STORYでは、編集部がリスペクトするあのメーカーの「他にはない何か」を自分たちの目で確認し、紹介したいと思っています。
Why MACKY’S CREEK?/ 1980年創業のMACKY’S CREEK (マッキーズ・クリーク ※1)。オーナーは、「マッキーさん」の愛称で親しまれている宮坂雅木 (みやさか まさき) 氏。フライフィッシャーの間では、言わずと知れた国産カスタム・フライロッドのパイオニアである。そんなマッキーズ・クリークが、2022年8月31年、42年の歴史に幕を下ろした。「MACKY’S CREEK」という場、およびマッキーさんが作り出したカスタム・フライロッドの製品シリーズ「ARTIST」が日本のフライフィッシングシーンに与えた影響とは。
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マッキーズ・クリークの足跡を辿りなおし、その生い立ちから独自性、存在意義までを紐解いていく今回のBRAND STORY。本来は1ブランド1記事が原則だが、今回は日本のフライフィッシングシーンにおける歴史的とも言える瞬間にTRAILS読者のみなさんにも立ち会っていただきたく、全6回にわたる特別企画としてお届けする。
今回の「その3」は、関係者の<証言録>の第1回。マッキーさんが作り出したカスタム・フライロッドの製品シリーズ「ARTIST」は、フライロッドの分野で何を革新したのか、その深層に迫る座談会をお届けする。
座談会のメンバー紹介
今回集まっていただいたのは、マッキーズ・クリークとARTISTのことをよく知る常連さん5名と、マッキーさんと創業前から親交があり、その後、創業と同時にマッキーさんとはロッド・ビルディング (※2) からマッキーズ・クリークの製品広告まで、幅広くマッキーさんと制作をともにしてきた柴田哲也さんの計6名。
みなさん、フライフィッシングをこよなく愛する方々であり、且つ、マッキーズ・クリークという場、およびマッキーさんが作り出したカスタム・フライロッドの製品シリーズである、ARTISTに特別な愛着を持つ方々である。そして、今回はスペシャルゲストとしてマッキーさんご本人にもお越しいただき、またとない特別な場となった。
マッキーズ・クリークの仲間たちが集合。
—— みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございます。本日はスペシャルゲストでマッキーさんご本人にもお越しいただきました。
田中啓一 (以下、田中):マッキーさん、どうもお久しぶりです。お元気ですか?
マッキーさん:ええ、元気ですよ。
山田貴志 (以下、山田):今日は久しぶりだから、家で昔のものを探してきたんですよ。これマッキーさんが写っている、雑誌の広告です。覚えていますか? 買う時に恥ずかしかったのですが、マッキーさんが写っていたので頑張って買ったんです (笑)。
マッキーさん:この写真は懐かしいねぇ。50代かな。中禅寺湖だね。
—— 昔話でさっそく盛り上がってますが、みなさん今日はよろしくお願いします。
ARTISTロッドの美しさ (様式美):ロッドの塗り
—— まずは、「ARTISTロッドの美しさ」をテーマに、座談会をスタートします。今日は、ARTISTのロッド・ビルディングにも携わっていた柴田さんにリードしていただきます。
柴田哲也 (以下、柴田):はい (笑)。よろしくお願いします。
—— ARTISTロッドと言えば、ハンドクラフトによるカスタムロッドであることが特徴です。塗りに関しては、大量生産のロッドであれば1回で済ませるところを、美しさと強度のために、2回も3回も塗ると。
マッキーさん:フライフィッシングはオシャレなものですし、ハンドクラフトで作るわけですから、ロッドもキレイなほうがいいじゃないですか。
柴田:マッキーさんは、塗りの美しさと強度の両立のために、試行錯誤を繰り返してきましたしね。最初の下塗り、1回目の塗りをちゃんとやらないと、2回、3回目の塗り、仕上がりもキレイにならないんです。
ガイドをとめたワインディングスレッドに1回目の塗料がちゃんと染み込んでいないといけない。塗料の溶剤が飛んで、痩せる分も考慮しないと隙間が出来てしまう。そして補正しながら2回目、3回目の塗装に。それができるのはハンドクラフトだからこそですね。量産する場合は、そこまでできないので、たっぷり塗ってもっこりさせて1回で済ませることになります。
山田:私のこのロッドも、すごくキレイな赤色で塗ってくれています。私が60歳になったときにつくってもらった、世界に1本しかないロッドです。
キレイな赤い色が出てるのは、もともと黒のロッドを一度白く塗って、その上から赤をのせているからなんですよね。ただ黒のロッドに赤を塗っただけだと、こんなにキレイな赤にはならないんです。
—— 塗りの美しさと強度を両立するための工夫においては、塗り方だけではなく塗料自体にもこだわっていたと聞きました。
柴田:マッキーさんは、塗りでもだいぶ試行錯誤していましたから。日本の塗料メーカーと協力してエポキシの開発もしました。株式会社ナガシマと開発した、エポキシハンドレッドコートです。当時日本製のものはなかったですからね。それまでは、アメリカから輸入しては試すというのを繰り返していました。
あと試行錯誤で大変だったのは、いかに溶剤2種を1対1で混ぜるかという点です。そうしないとうまく固まらないんです。粘度があるから、スプーンでは正確に計量できない。注射器も1回目はいいけど使用後が困る。機械天秤はかなり面倒でしたし。最終的には、100分の1まで計量できるデジタルスケールが登場したおかげで、簡単にはかれるようになりました。
マッキーさん:あれは助かったねぇ。考えたら眠れないくらいつらかったもんねぇ。だって、組み立てて、あとは塗ればいいっていう状態で、でも失敗したらゼロからやり直さないといけない。3回も4回もやるともう泣きたくなる。
お客さんからもよく電話がかかってきました。塗料が固まんないんですけどどうすればいいですか、と。すると喜んで教えちゃうよね。ざまみろ、こいつも苦労しているんだなーと (笑)。
—— うまく塗るための機械もマッキーさんが自作していたんですよね?
柴田:そうですね。たとえばこれなんかも、マッキーさんが自作した道具です。木製の台にモーターを取り付けて、回転させながらブランクを塗るマシンです。塗るときは筆がブレないよう、手を台で固定するのもポイントです。このマシンは、塗装してロッドビルディング用品として販売していた時期もあるんです。
ARTISTロッドの美しさ (様式美):グリップで使用するコルク
—— また、ARTISTロッドといえば、リリース当時からグリップの美しさでも知られていますよね。
柴田:グリップに使用しているコルクには、ランクがあるんです。そのなかでも一番いいやつをピックアップして、アメリカから取り寄せていました。
しかも実は、そこからさらに選別しているんです。何千個も仕入れるわけですが、それを1個1個見ながら、ABCのランクをつける。
最上級は、ウルトラA。たぶんみなさん見たことないくらいのコルクですよ。グリップには、円形のコルクを11個か12個使うんですが、削っても筋が出てこないんです。ツルッツルで気持ち悪いくらいですよ (笑)。
—— グリップ成形のための機械も自作したと聞きました。
マッキーさん:ミシン用のモーターを使用した卓上旋盤を作りました。板に板ヤスリを張って手動で削ることもできますが、この機械を使用すると、よりラクに美しく仕上げることができます。
ARTISTロッドの美しさ (様式美):デザイン性
—— ARTISTロッドを語る上で誰からも出てくるのが、当時の国産ロッドと一線を画した洗練されたデザイン性です。もともとグラフィックデザイナーだったマッキーさんのセンスや経験が影響しているのでしょうか。
柴田:このパラボリック・スペシャルのデザインなんて、私はそばにいながら、完成するまで作っているのすら知らなかった。
このオリジナルのグリップや洗練されたラッピングのデザインが、マッキーさんの頭の中にはあったんですよ。これがすごいなと。僕は到底できません。
マッキーさん:まあ仕事にしてましたからね、デザインというものを。
田中:ARTISTロッドは、デザインに関しては、丁寧な作りと装飾を廃したシンプルさがいいですよね。ミニマルでありながら安っぽくない、血の通ったデザインと材料。それはマッキーさんの人柄や人間的なセンスによるものでしょう。
ARTISTロッドの使いやすさ (機能美):グリップのサイズ
—— ARTISTロッドは美しさだけではなく、使いやすさも秀でていました。次は、こちらの側面にフォーカスしたいと思います。
今井泰行 (以下、今井泰):マッキーズ・クリークは、グリップをいろいろ試せるのがいいですよね。お店でいろんなサイズ、デザインのものを握ってみて、自分に最適なものをオーダーできるわけですから。
私の場合は、湖で釣ることが多いこともあって通常より少し太めにしてもらいました。湖でのシューティングの際にグーッと握るときに、ある程度の太さがあったほうが力が入りやすいからです。
—— もともとマッキーさんは、日本人の手の大きさに合わせて、あえて海外のロッドより小さなグリップにしたとお話しされていました。なぜそのようにしたのでしょうか。
マッキーさん:当時国内で流通していたロッドはイギリスやアメリカのロッドメーカーが主流だったわけです。ところが日本人は欧米人よりずっと手が小さいでしょ。だから日本人のサイズに合わせて作りました。
柴田:マッキーさんは、グリップの直径を大体21〜22mmの間にしていました。この薬指と小指のあたりでキュッと握るわけですから。剣道の竹刀の握りもそう。打ち込むときに握るだけ。おさまりやすく握りやすいサイズが、21〜22mmだったんです。
今井武人 (以下、今井武):グリップはいろいろ試させてもらいました。僕は手が逆に大きいので、グリップを太くしたらカッコ悪くなってしまって。それで、細くても別に距離が落ちるわけでもないので、カッコいいほうがいいと思って結局そのままスタンダードなものを使いました。
マッキーさん:ロッドの強度や長さもそうです。大体20cmくらいの魚を狙う日本の渓流と、30cmいわゆる尺のサイズやそれより大きいのがいっぱいいるアメリカのクリークでは、おのずとロッドの強度や長さも変わってくるんです。
同じ3番のロッドでも、日本であれば少し強度を下げて、長さも短めにしてもいいでしょうし。そうなると、デザイン的にリールシートも少し短い方がしっくりくるだろうと。
ARTISTロッドの使いやすさ (機能美): ブランクの種類とガイドの数
—— マッキーさんは、使い手や使うシーンに合わせて、アメリカからさまざまなメーカーのブランクを仕入れていたと聞きました。
今井武:僕はマッキーズ・クリークを知る前は他の釣具店に行っていたのですが、ブランク自体は、聞いたこともないようなメーカーのものでした。でも、マッキーさんのとこは、オービスとかウィンストンとかセージとか、いろんな有名メーカーのものを取り扱っていましたね。
—— 使いやすさを追求するべく、ガイドの数に関しても、かなり工夫をしていたようですね。
柴田:ガイドの数は7フィートだったら8個とか、大体一般的な数があるんですが、マッキーさんは、もう1個増やしてみたりする。それのほうが、ラインの追従性がよくなるんです。増やせば重くなるけど、大した重さではないし、それより追従性が高いほうがいいだろうと。
冨岡:使いやすさでいうと、私はブランクの途中に30cm、40cm、50cm、60cmの印を入れてもらいました。これがあると、魚を釣ったときに、そのサイズがすぐ測れるんです。手っ取り早いし、映えますし。湖でも、川でもよく使っていますね。
お気に入りのロッドとその理由
このパートの最後に、みなさんのお気に入りのロッドについて、語ってもらった。
マッキーさんが作り出したカスタム・フライロッドの製品シリーズであるARTISTのなかでも、みなさんそれぞれが特に気に入っている1本である。
お気に入りの理由は各人さまざまであるが、いずれも背景にはARTISTロッドの美しさと使いやすさへの支持の高さが通底している。
「これは、ブランクを何回も工場にやり直ししてもらって生まれたロッドです。ガイドを仮止めして、ラインを通して、何回も、何十回も、何千回も振ってテストして。自分も少し関わった思い入れのあるロッドですね。
自分が思ったようにラインが落ちてくれるか、フライを目指したところにコントロールできるかにこだわって作ったものなので、とにかくキャスティングがしやすい。かなり使用頻度が高く、どこの川でも使える愛用ロッドです」
「グリップも含めて仕様をオーダーして作ってもらったものです。グリップは痩せて黒くなって相当使い込んでますね。これはすごくバランスが良くて、万能竿という印象です。長さが8フィートあると、広めの川で少し先を釣りたいというときに重宝します。キャスティング性能も抜群です。きちんと飛びますし、ファーストアクションが良く、パシッと決まります。
デザインに関しては、丁寧な作りと装飾を廃したシンプルさが好きですね。それでいて、継ぎを容易にするドットを付けるなど機能面もしっかりしているんです」
「ARTISTブランドではないですが、これはマッキーさんオリジナルのバンブーロッドです。マッキーズ・クリークに通っていて、マッキーさんが「今度は竹竿つくるんだ!」って言ってたのを聞いて、発売時にすぐに買ったものです。
一番使用頻度が高いですね。7フィートの3番なので、小さめの川ですごく使いやすいんです。小さい魚を釣ったとしても、ブランクが柔らかめで結構しなるので、魚の大きさに関係なく楽しめるんです」
「マッキーズ・クリークの常連さんたちは、60歳になるとオリジナルの赤いフィッシングベストがプレゼントされるんです。私が60歳になった時は、マッキーさんがこの赤いロッドも作ってくれたんです。これは世界で1本だけですね。
僕の好みで、継ぐ際に便利な合わせマークをつけてもらいました。釣り場で、ガイドを覗きながらまっすぐにするのが嫌なんです。スッと入れて、パッと釣りたいんですよ (笑)。このロッドは、小さいものから大きいものも釣れるので実用的です」
「芦ノ湖でよく使っているロッドです。もう30年くらい愛用していますね。僕は非力なんですが、当時、湖で8番を使ってみたら一日振り続けることができなくてダメで。雑誌には、湖といえば6番か8番と書かれていて、じゃあ7番はなんであるのか? と不思議に思っていて。そしたらマッキーさんのところに7番があったから買ってみたんです。G7だけの、このグレーのブランクがまたかっこいいんですよね。
グリップは、マッキーズ・クリークでいくつか握ってから太さを決めました。湖でのシューティングの際にグーっと握るときは、ある程度の太さがあったほうが力が入りやすいんです。それで少し太めにしました」
「マッキーさんの直筆で、ブランクに「tomy’s favorite」と入れてもらった思い入れのあるロッドです。北海道にいったら、ひたすらこれを使っています。投げたときの感触がとにかく気持ちいいんです。反動がグーーーンと伝わってくるのがすごく好きなんです。
ブランクには魚を釣ったときに、そのサイズがすぐ測れるように、30cm、40cm、50cm、60cmの印を入れてもらいました。」
マッキーさんが作り出したカスタム・フライロッドの製品シリーズ「ARTIST」の魅力の核心は、それまでマスプロダクトが主流だった世界に、ハンドクラフトによる高い「美しさ (様式美) と使いやすさ (機能美)」を実現したことであった。
また新しいプロダクトをつくるために必要なものがあれば、海外からでも取り入れたり、自らで試行錯誤して作りだそうとするパイオニア精神が背景にはあった。
しかし、マッキーズ・クリークが特別なのは製品だけではなく、マッキーズ・クリークという場所 (お店・工房) にもあった。次は、場としてのマッキーズ・クリークについての証言録をお届けしたい。
<国産カスタム・フライロッドのパイオニア MACKY’S CREEK(マッキーズ・クリーク)>
その1 フライフィッシングの歴史 〜 「MACKY’S CREEK」誕生前夜
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