TRAILS環境LAB | 松並三男のSALMON RIVER #11 川鮭の新しい増やし方の実験結果発表
文・写真:松並三男 構成:TRAILS
What’s TRAILS環境LAB? | TRAILSなりの環境保護、気候危機へのアクションをさまざまなカタチで発信していく記事シリーズ。“ 大自然という最高の遊び場の守り方 ” をテーマに、「STUDY (知る)」×「TRY (試す)」という2つの軸で、環境保護について自分たちができることを模索していく。
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『TRAILS環境LAB』の記事シリーズにおいてスタートした、松並三男 (まつなみ みつお) くんの連載レポートの第11回目。
松並くんは一昨年パタゴニアを退職し、山形県鮭川村に家族で移住した。そして鮭川村の鮭漁の現場で、「鮭」をテーマに環境問題に取り組んでいる。この連載を通じて、僕たちも環境保護の「STUDY」を深めていく。
今回は松並くんが、あらたに取り組んだ「発眼卵放流 (はつがんらんほうりゅう)」の実験結果発表だ。これは「魚がたくさん住める、自然豊かな川」を守っていくことを目指した試みである。
10〜12月に遡上した鮭が産んだ卵は、その後、卵がかえって3〜4月頃に群れで海へと降りていく。
鮭の場合、この孵化〜放流を今まではすべて人工的に管理していた。それを一部自然の力を取り入れて孵化させるのが「発眼卵放流」だ。はたして、実験結果はどうだったのだろうか。
鮭漁の現場風景。水揚げされた鮭のほとんどが、人工孵化事業に使われる。
渓流釣り、解禁!
こんにちは! 松並です。4月1日より、渓流釣りが解禁しました。今年は雪が多かったものの、気温が一気に上がり、すごいスピードで春が進んでいます。
会津桐の自作ルアーにてシーズン開幕。楽しい季節のはじまりです。
解禁直後は、まだまだ魚も動きが鈍くて渋い時期ではありますが、まずは自宅近くの秘密の源流に入水し、会津桐の自作ルアーでイワナに挨拶を済ませることができました。
サクラマス釣りや海釣りもこれから楽しくなるばかりで、春は気持ちが高まる季節です。
「発眼卵放流」は、自然豊かな川を守っていくことにつながる。
さて、本題です。鮭に関する僕のアクションは大きく分けて「食べること」と「増やすこと」の2つです。
直近2回の記事では、新レシピの開発や伝統保存食の新しい食べ方など「食べること」を紹介してきました。今回は、もう1つのテーマ「増やすこと」についての近況をレポートします。
鮭川の鮭ふ化場で育てられる稚魚たち。稚魚まで育てて放流するのが、日本における鮭の人工孵化事業です。
テーマは「発眼卵放流」です。この手法の詳細や取り組みについては、過去の記事 (TRAILS環境LAB | 松並三男のSALMON RIVER #06 自然豊かな川を守るための鮭の育て方の模索, TRAILS環境LAB | 松並三男のSALMON RIVER #08 この冬の川鮭チャレンジ、進捗レポート) で書きましたが、ここで簡単におさらいしておきます。
日本の鮭の人工孵化事業は1980年以降、稚魚まで育てて放流する方法が主流でした。それに対して「発眼卵放流」とは、受精後の卵に黒い眼が見え始める「発眼卵」の段階で川に埋め戻していく人工孵化の方法です。イワナやヤマメなどではよく行なわれている方法ですが、鮭に関してはまだ研究段階です。
卵にうっすらと黒い眼が見えはじめています。この段階で川に埋め戻していくのが「発眼卵放流」です。
大きなメリットとしては、稚魚まで育てる必要がないことによるコストと労力の削減ということが言われています。
でも、僕がこの方法を進める一番の理由は、実用化にあたり、野生魚と同じプロセスで稚魚が育つ必要があるため、豊富な餌や水質のいい河川環境が前提とされることです。つまり、この取り組みは「魚がたくさん住める、自然豊かな川」を守っていくことにもつながるのです。
できる限り人が手をかけない方法で、健全な河川環境を残し、それによって生じる恩恵を「食べること」につなげていくことが、僕の狙いです。
2020年12月、発眼卵を入れたボックスを川の中に設置。
鮭川では、これまで「発眼卵放流」が行なわれたことはありません。そのため、まずは発眼卵が川でしっかり稚魚まで育つかどうかを確かめるために、生残率を算出することにしました。
生残率を出すために使用するバイバートボックス (※) は、網状の虫かごを細工したものです。12月頃に発眼卵を入れて川に埋設し、順調に孵化すれば、稚魚は3月頃には浮上して網の隙間から旅立っていくという仕組みです (詳細はコチラ)。
※ バイバートボックス:ウィットロック・バイバートボックス (WVB:Whitlock Vibert Box) のことで、2人の研究者の名前が箱の名前になっています。自作品はそれを模倣したものなので、正確には「ハッチェリー・ボックス」または「インキュベーター・ボックス」といった呼び方になるかもしれませんが、一般的にはバイバートボックスと呼ばれているため、こちらで表記しました。
たとえば発眼卵を100個入れたボックスが、春になってすべて孵化してからっぽになっていれば、生残率は100%ということになります。
発眼卵放流を実施した場所は、鮭川の支流「泉田川」で、鮭ふ化場から1kmほど上流部にある産地直売所「鮭の子館」付近です。今回は条件がいいと思われる本流側に6カ所、本流との比較のために流れの小さな支流に1カ所、バイバートボックスを埋設しました。
設置場所は、鮭川の支流「泉田川」の鮭ふ化場から1㎞ほど上流です。
余談ですが、隣接する産直施設「鮭の子館」は、鮭川村が鮭をPRするために約20年前につくった施設で、例年10月に行なわれる「さけがわ鮭まつり」の会場にもなっています。
冬でも駐車スペースがあり、川へのアクセスがいいこともありますが、この活動を多くの人に知ってもらいたいという想いも込めて、この場所を選びました。
2021年3月末、結果を確かめに現場の川へ行くと……。
2020年12月に埋設したときの本流側6カ所の様子。各ボックスにはピンクリボンの目印がつけてあります。また、このほか支流1カ所にも埋設しました。
うまく孵化していれば稚魚が旅立ったであろう3月末のある日、人工孵化事業を長年やってきた大先輩二人と一緒に現場に向かいました。
まず、メインとなる本流の設置場所へ向かったのですが、いくら探しても目印のピンクテープがまったく見当たらず、嫌な予感が……。あらためて設置時の写真を見返してみると、設置したエリアの地形が若干深くなっていて、どうやら埋設したボックスは流されてしまったようです。
2021年3月末に訪れた本流側の埋設場所。探しても、探しても、ピンクの目印は見当たりません。
「やってしまった……」。しばし放心状態で、さまざまな原因がぐるぐると頭をかけめぐります。
「春の増水を加味して、もっと浅瀬に設置するべきだった?」「回収するタイミングが遅かった?」「もっと途中経過を、マメに見に行くべきだった?」
いくら後悔しても、無くなってしまったものはどうすることもできません。放流した卵が、無事に孵化して旅立っていることを願うしかありませんでした。
こうなってくると、残りの1つ、流れの緩い支流のボックスに期待するしかありません。頼む、無事でいてくれ!
僕が立っている場所が、支流側に埋設した場所 (撮影したのは2020年12月)。思いがけず、この1箱が成果につながりました。
こちらは地形もさほど変わっておらず、近くまでいくと、目印のピンクテープを確認してひと安心。
ドキドキしながらボックスを引き上げると、なかには泥やゴミのようなものがぎっしり詰まっていました。
「うわっ、ダメかも……」と思いつつ、泥を振るい落としながら中身をあけてみると、元気に泳ぎ回る稚魚がたくさんいました。
「川に戻すだけでもちゃんと育つんだなぁ」。大先輩のこのひと言が、いちばん大きな成果。
バイバートボックスの中にいた発眼卵放流の稚魚たち。無事孵化して、生きていました!
うまく孵化したら旅立っていなくなっているはずだと思っていたので、これには驚きました。死んでしまった卵や稚魚はいなかったので、このボックスの生残率は100%でした。
ボックスの隙間が狭すぎて出られなかった可能性もあるので、構造に課題が残る結果ではありました。
でも、元気に泳ぐたくましい稚魚の姿を見た瞬間、シビれたというか、本当にうれしい瞬間でした。
泉田川沿いにある鮭川村の「鮭ふ化場」。1980年に建設され、今もここで鮭の人工孵化事業が行なわれています。
1980年以降、約40年にわたって従来の人工孵化を行なってきたこの地の歴史を思うと、発眼卵の状態で川に戻してもきちんと孵化することを実際に確認できたことは、大きな一歩となりそうです。
「川に戻すだけでもちゃんと育つんだなぁ」
稚魚を眺めながら発した、大先輩のこのひと言は、今回のチャレンジの中でいちばん大きな成果だと思っています。
今回、同行してくれた鮭漁の大先輩たち。発眼卵放流の結果を、しみじみと噛みしめていました。
自然の川で鮭が命をつなぐ「野生区」を検討中。
卵を生まれた川に戻し、孵化させる。冷静に考えれば当たり前の自然の営みです。しかし、現代社会は、鮭に限らずたくさんの生物たちに対して、この当たり前の自然の営みを軽視してきたように思います。
すべてを人の都合で支配しようとした結果、自然は破壊され、魚は減り、さまざまな不都合が生じ始めているのではないでしょうか。
発眼卵放流は、人の力に偏りすぎた方法を自然の営みに寄せていくための最初の一歩です。今回は、支流に設置した1箱のおかげで、鮭が元気に育つことを確認することができました。設置場所の検討、ボックスの改良など、来シーズンへの課題ははっきり見えています。
ちなみに次の一手として、人の手を一切加えずに鮭が自然の川で命をつなぐ「野生区」を設定できないかと考えています。
「野生区」という言葉は定義がないためこれが正しいかは定かではないのですが、鳥獣類でいう「自然保護区」「野生生物保護区」といった言葉と近い意味です。
「近い」としたのは完全な保護区とも少し異なるような気がしているためなのですが、簡単に言うと鮭川で今も相当数存在している自然の川で産卵している野生魚の存在をきちんと認識し、価値を置きたいのです。
これについては僕自身もまだ勉強中かつ漁協や関係者との連携や理解も必要なため、少し先の話になるのですが、いずれレポートしていきたいと思います。
厳しい生存競争を勝ち抜き、生まれ故郷に戻ってきた鮭たち。かつては当たり前だった、自然の営みに立ち返ろうと思います。
発眼卵放流で使用したボックス7個のうち6つが消失するという、予期せぬ事態に見舞われながらも、残り1個で見事、生存率100%という結果を手にした松並くん。
模索をつづけてきた、川鮭の新しい「増やし方」においても、大きく前進することができたようだ。
まだ実験段階ではあるが、今後の実用化に向けた取り組みや進捗も、随時レポートしてもらおうと思う。
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