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文:リズ・トーマス 写真:リズ・トーマス、ジョン・カー、ナオミ・フデッツ 訳・構成:TRAILS

新型コロナウイルスのワクチン接種が急速に進んでいるアメリカでは、ワクチンを接種してからトレイルを歩きだすハイカーもいるようだ。アメリカでは、海外からのハイカーも、可能な限りワクチン接種をしてから旅することを推奨している。

またリズは今年、スルーハイキングを予定しているハイカーに、以下のような準備を促している。

例年のスルーハイキングよりも自給自足の用意が必要であること。コロナウイルスに対する医療費や保険の準備をしておくこと。トレイル・エンジェルやトレイルタウンから例年のようなサポートを得られない場合のバックアップも計画しておくこと。ハイカーにとって、きわめて実践的なアドバイスだ。

ということで、今回のリズの記事では、2021年におけるアメリカでのスルーハイキングの実情や注意点をレポートしてもらった。

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PCTの南カリフォルニアを歩くハイカーたち。


「スルーハイキングをしない」ことが勧告されている。


今年の春先、以下に挙げるロングトレイル関連団体は、新型コロナウイルスを理由に「スルーハイキングをしない」ことを勧告する発表をしました。発表したのは、ATC (アパラチアン・トレイル・コンサーバンシー)、PCTA (パシフィック・クレスト・トレイル・アソシエーション)、CDTA (コンチネンタル・ディバイド・トレイル・コーアリション)、ALDHA-West (アメリカン・ロング・ディスタンス・ハイキング・アソシエーション・ウエスト) などの団体です。

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アパラチアン・トレイルの管理団体ATCのホームページでも、今年のハイキングを延期することを勧めています。

一方、PCTをはじめ国有林や国立公園内のすべてのトレイルで、パーミット (許可証) は発行されています。

新型コロナウイルスの感染拡大について、科学者たちの研究結果によれば、野外の活動であるハイキングは、コロナ期に私たちができる比較的安全なアクティビティのひとつです。

アメリカにおいては、ここ数カ月で急速にワクチン接種が実施され、渡航制限も解除されつつあります。しかし科学者たちは、ワクチンを接種した旅行者であっても、新型コロナウイルスの新たな変異種に感染し、それを広めてしまう危険性があることを警告しています。

スルーハイカーたちは、こういった状況に困惑しています。はたして、今年は海外でスルーハイキングをしてもよいのでしょうか。


スルーハイキングを始める前にワクチン接種を。


アメリカは、最近まで新型コロナウイルスの感染者数・死亡者数が、世界でもっとも多い国でした。しかし、今はとてもしっかりしたワクチン接種の体制が整えられています。

2021年4月19日までには、アメリカでは誰でもワクチン接種を受けられるようになる予定です。これにより、多くの人が安全に旅行やスルーハイキングを、できるようになりつつあります。

私の知っているハイカーのなかでも、ワクチンを接種して、すでに今年のスルーハイキングをはじめているハイカーがいます。

また、6月まで待ってロングトレイルを歩きはじめるハイカーもいます。というのも、それまでには希望する人全員が、ワクチンを接種することができるようになるからです。そしてウイルスに対するワクチンの効果も、より明確になってくるでしょう。

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2021年は、ロングトレイルをサウスバウンド (南下) するのがいいでしょう。

ただ6月のスタートになると、最長クラスの距離の長いトレイルは、ノースバウンド (北上) で踏破するこができなくなるでしょう。それによって、セクションハイキングになってしまったり、アリゾナ・トレイルやコロラド・トレイルのような短いトレイルを選ばざるを得なくなったりします。

このような状況なので、今年はサウスバウンド (南下) を選択する人が多くなると思います。とはいえ、2021年は、前年ほどスルーハイキングが難しい年にはならないと思います。


海外からのスルーハイカーは、ワクチンの事前接種を推奨。


海外からのスルーハイカーには、ハイキングをはじめる前にワクチン接種を受けることをお勧めします。

最新のガイドラインによると、ワクチンを接種した人は、病気になったり、ウイルスを広めたりする可能性が非常に低いことがわかっています。また最新のデータによると、ワクチンを接種した人は、ウイルスの変異を広げるリスクも少ないとされています。

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トレイルの管理団体は、大人数でのキャンプを避けるように勧告していますが、それはソーシャルディスタンスを保つためです。

CDC (アメリカ疾病予防管理センター) では、ワクチンを接種した人に対しても、海外渡航に関する次のようなことを勧告しています。

CDCでは「海外渡航の間に変異ウイルスにさらされる可能性があるため、フライト後3~5日後に検査を受け、短期間の隔離を行なうこと」と勧告しています。これに従えば、陰性の結果が出るまで、トレイルを歩きはじめることができません。ただし、「ワクチン接種が完了している場合は、ワクチンを接種していない旅行者に義務付けられている10日間の自主隔離は必要ない」とされています。(※1)

※1 CDCによるコロナ期における海外渡航者についてのガイドライン “International Travel During COVID-19” https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/travelers/international-travel-during-covid19.html


ハイキング前の隔離と、コロナ用の医療費と保険の準備を。


約1年前から、カリフォルニア州からニューメキシコ州までの各州では、他の州や国からの訪問者に対して、他の人と接触する前に10~14日間の隔離を行なうことを義務付けています。

他の国からのスルーハイカーは、ハイキングをはじめる前に、ホテルやAir BnB、短期賃貸物件で隔離できるよう、旅程に対して余裕を持った資金と時間を準備しておく必要があります。ハイキングのためのビザ申請に影響がでる可能性もあるため、アメリカでの滞在期間を延長する必要があるかもしれません。

幸いなことに、多くの海外からのハイカーは、スルーハイキングの前にアメリカで十分な時間を確保し、計画を立てようとしています。

通常の年であれば、海外発送に費用をかけて、ギアやハイキング用の食料を揃えていました。しかし、今年は10日間の隔離期間に、オンライン・ショッピングによって、ドア・ツー・ドアの配送 (および郵便物の受け取り) を利用できるので、これはある意味で理想的な方法とも言えます。

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ハイカーがトレイルヘッドでギアを乾かすのはよくあることです。しかし、今年はお互いに距離を置かなければなりません。

事前の隔離期間の間に、地図を見直したり、リサプライボックス (※2) を作ったり、ギアを整理して集めたりするにもいいでしょう。郵送が必要なリサプライボックスを、郵便局や宅配業者に取りに来てもらうこともできます。

ワクチンを接種せずにトレイルを歩きはじめるハイカーは、2週間分の隔離費用と、新型コロナウイルスで予想される医療費を用意しておいてください。アメリカの医療費は他の国に比べて非常に高いので、加入する旅行保険がコロナウイルス関連の費用をカバーしていることも確認してください。

※2 リサプライボックス:スルーハイキング中に必要となる食料やギアを入れた箱のこと。これを事前に、先の地点 (補給で立ち寄る町の郵便局やモーテルなど) に送っておく。


2021年のスルーハイカーが注意すべきこと。


スルーハイキングでは、デイハイキングや一般的なバックパッキングと異なり、人と交流することが多いです。

スルーハイカーは、補給のためやゼロデイを取るために、町に立ち寄らなくてはなりません。このような交流が、コロナウイルスの拡散につながる可能性があるのです。だからこそ、2021年にロングトレイルを歩くすべてのハイカーは、ワクチン接種の有無にかかわらず、次の3つのことが必要になります。

1. 例年のスルーハイキングよりも自給自足をすること。
2. ハイキングのための費用を多めに用意し、隔離期間や病気にかかった場合を想定して、スルーハイキングに必要な期間を多めに設定すること。
3. さまざまなサービスやトレイル・エンジェルを頼ることができない場合に備えて、可能な限りの計画やリサーチを行ない、バックアップ・プランを用意すること。

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2021年のスルーハイカーは、他の人と離れて補給する方法とゼロデイを取る方法を、考えなくてはいけません。

今年は多くのトレイル・エンジェルが、スルーハイカーへのサポートを行なっていません。これは、ワクチン接種の有無にかかわらず、今年のスルーハイカーが直面する問題です。

たとえば、有名なトレイル・エンジェルであるバーニー&サンディ・マン夫妻は、20年ほど前から何千人ものスルーハイカーに自宅を開放してきました。

彼らはハイカーを空港に迎えに行き、夕食と無料の宿泊場所を提供し、PCTの南の起点まで車で送ってくれていました。でも今は、ハイカーは空港からスタート地点まで行く手段を自分で探さなければなりません。これだけでも、より多くのお金と自助努力が必要になります。

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トレイルエンジェルの中には、2021年もハイカーのために水を提供している人がいますが、消毒液を入れた桶を用意して、ハイカーに対して補給の前後で使用するように求めています。

さらに2021年は、多くのキャンプ場、シャトルバス、ハイカーホステル、食料品店などが、閉鎖される可能性があります。実際、アパラチアン・トレイルにある200以上のシェルターと併設のトイレが閉鎖されています。シェルターのトイレについては、メンテナンスができておらず、溢れてしまう可能性があるのです。

コロナウイルスの影響で、トレイルタウンも経済的な打撃を受け、廃業してしまった場所もいくつかあります。ガイドブックには、どこの食料品店やギアショップが営業しているかといった、最新の情報が反映されていないこともあります。

そのため、2021年のスルーハイカーは、いつも以上にたくさんのことを調べておく必要があります。一度計画を立てた上で、さらにトレイルヘッドへの行き方や、どこでキャンプするか、食料や水をどこで調達するか、その他の宿泊場所など、バックアッププランも立てておきましょう。

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コロナウイルスの影響で、多くの零細企業が廃業に追い込まれました。


ガイドラインを遵守し、アメリカの実情を理解した上で歩く。


2021年のスルーハイカーは、コロナ期におけるアウトドア・アクティビティに関する倫理規定をまとめた、「レクリエイト・レスポンシビリティ」のガイドラインの内容をしっかり覚えておく必要があります。

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レクリエイト・レスポンシブル・コーアリションが作成したガイドライン。(https://www.recreateresponsibly.org/より)

ハイカーはマスクと手指の消毒剤を必ず携帯してください。ワクチンを接種していても、頻繁に手を洗うようにしてください。また、食べ物や調理器具、水筒、リップクリームなどを他のハイカーと共有してはいけません。他のハイカーと握手するのもやめましょう。水場やキャンプ場ではハイカーが集まることもありますが、2021年はそれすらリスクになります。

海外からのハイカーが気をつけるべきことは、アメリカでは誰もがワクチン接種を望んでいるわけではないということです。

アメリカ全体ではウイルスに対する集団免疫を獲得していくと思いますが、スルーハイカーはワクチン接種を拒否している人々と出会うこともあります。現地で出会った人が予防接種を受けたどうかは見分けられないので、ワクチンを接種せずに渡米したハイカーは、より気をつけなければなりません。

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2021年は、夏の後半に短いトレイルをスルーハイクするのに適しているかもしれません。中でも、コロラド・トレイルは良い選択肢です。

私は、ワクチンを接種したら、PCTを歩く予定でいます。ヨーロッパでのハイキングもしたいですが、ワクチンを接種してもヨーロッパには行かないと思います。

ヨーロッパでは変異株が拡散していて、病気にかかったり変異株を広げたりする可能性があるので、行くことはお勧めできません。また、公共交通機関を使って移動する必要がありますし、ヨーロッパのハイキングでは、多くの場合、共同の小屋で寝る必要があります。いずれも人混みにさらされることになるのです。

そのため、2021年は、アメリカの広大なトレイルを歩くほうが、より安全なのではないかと思っています。

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PCTのハイライトのひとつ、ワシントン州にあるナイフエッジ。

ワクチン接種がなかなか進んでいない日本とは状況が異なり、アメリカではワクチンによる集団免疫の獲得を前提に、アフター・コロナのハイキングが徐々に始まっている印象を受けるレポートであった。

今年、アメリカでのスルーハイキングを断念したハイカーにとっても、今回のリズのレポートは、来年以降の旅のプランニングにおいて、参考になる部分が多くあったのではないかと思う。

またロング・ディスタンス・ハイカーが、コロナ期において注意すべき点、事前に準備すべきことについては、アメリカだけでなく日本での旅において取り入れるべきものが多い。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

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(英語の原文は次ページに掲載しています)

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文・写真:リズ・トーマス 訳・構成:TRAILS

「冬のPCTセクションハイキング」。なんて甘美的な響きの言葉だろうか。

今回の記事は、リズが今年の2月に、PCT (パシフィック・クレスト・トレイル) の南カリフォルニアのセクションを歩いてきたレポートである。

コロナによるパンデミックの今、スルーハイキングは、地域をまたぎ、人との接触が増え、感染リスクが高まることから、各トレイルの管理団体も推奨していない状況だ。

PCTのアソシエーションも、「自分の住んでいる地域でのショートトリップ」を勧めている。

リズも現在スルーハイキングは計画しておらず、ここしばらくはPCTのセクションハイキングを楽しんでいるそうだ。

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砂漠地帯ならではの植物と風力発電が特徴的なテハチャピ。


冬のセクションハイキングの楽しさに目覚める。


今は南カリフォルニアは比較的涼しい気候なので、こないだ、このエリアにあるPCTの砂漠地帯でハイキング・トリップをしてきました。

南カリフォルニアは、通常、ノース・バウンド (北上) のスルーハイカーがここ通るときには、日中は37度を超える気温です。そのときは、水場もほとんど枯れています。木も少ないので、日陰で休める場所もほとんどありません。

しかし、こないだの2月にこのセクションをハイキングしてみたら、とても楽しむことができたのです。まだパンデミック中ですが、この冬、私はセクションハイキングの良さをあらためて知ることができました。

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2月にセクションハイキングした、PCTの南カリフォルニア。

私は、2009年にメキシコからカナダまで続くPCTをスルーハイクしました。2013年には、PCTの最速踏破記録に挑戦しましたが、この南カリフォルニアのセクションをすべて歩くことができず、チャレンジはうまくいきませんでした。

それ以来、2度目の全行程踏破のために、セクションハイキングを続けています。2014年にはワシントン州を、2019年にはオレゴン州と北カリフォルニアを歩きました。私は南カリフォルニアに住んでいるので、一年のなかでも涼しい時期に、残っている南カリフォルニアを歩いているのです。


冬は涼しく気楽に砂漠地帯を歩けると思っていたのだが……。


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テハチャピ周辺の風力発電施設。

こないだ私がハイキングしたのは、テハチャピの風力発電エリアからサンガブリエル山脈の麓までのセクションです。このときは、南下する方向で歩きました。

サンガブリエル山脈の少し手前に、アグア・ドルチェ (サーフリーズという有名なトレイルエンジェルがいる) があります。アグア・ドルチェはノース・バウンドの多くのハイカーが立ち寄る場所です。

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ほとんどのスルーハイカーが立ち寄る、アグア・ドルチェの町。

春が近づいてきていて、丘に生えている草木は青々としていました。登りの道を歩いていても暑くなく、水をたくさん背負う必要もありませんでした。でも一番嬉しかったのは、気温がかなり低いので、ヘビが自分の巣穴に閉じもこもっていてくれたことでした。

冬にハイキングをする場合でも、PCTの砂漠地帯のセクションは、比較的温暖な気候です。しかし、どんなときもそうですが、事前に天候を確認して、適切なギアを揃え、天候が荒れても対応できる準備をしておくことは大切です。

今回は、あまりに気温が低かったこともあり、予定よりも歩く距離を7mile (11km) 短くしました。スルーハイクであれば、町までヒッチハイクして荒天をやりすごすか、すぐにテントを張って体を温めるという手段をとっていたと思います。

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想像以上に寒かったので、レインジャケット、ダウンジャケット、ウィンドシャツ、ベースレイヤーの4枚重ねでハイキングした。

15年ほど前のことですが、このセクションで予想外の嵐に見舞われ、低体温症で亡くなったデイハイカーがいました。

天気の良い日に砂漠のハイキングに行こうと思っていても、山では気温の変化が激しく、天候の変化は私たちを容赦してくれません。このデイハイカーの話を思い出して、私はそのことを肝に銘じました。


PCTは、冬でもデイハイカーがたくさん歩く人気のセクションがある。


コロナ渦において、基本的に私はあまり人のいないトレイルを歩くようにしているのですが、今回のPCTは例外で、一般的に人気のあるトレイルです。

しかし、私がセクションハイキングした時は、天気の良い土曜日であったにもかかわらず、あまり人を見かけませんでした。数人のトレイルランナーを見かけましたが、おそらくセルフエイドのインディペンデントな、トレイルマラソンをしていたのだと思います。

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このセクションのハイライトのひとつ、ヴァスケス・ロックス。

人気のヴァスケス・ロックス・ナチュラル・エリアには、たくさんのデイハイカーがいましたが、みんなお互いに距離をとって歩くことができる状況でした。

今回のセクションハイキングでは、15mile (24km) くらいの距離を歩いていても、まったく人に会わないエリアが2カ所ありました。トレイルに人が少ないということは、野生動物を見る機会が多いということです。テハチャピ山地の尾根では、ミュール鹿の群れに遭遇して、とても驚きました。その日は、ハイカーには会わず、唯一見た生き物 (植物でも昆虫以外で) がミュール鹿でした。


セクションハイクを通じて、スルーハイクでは気づかなかったPCTの魅力を知った。


テハチャピの風力発電エリアからサンガブリエル山脈の麓までのセクションに、スルーハイカーが「つなぎの数マイル」とふざけて呼んでいる場所があります。

PCTをネックレスに例えると、国立公園や巨大な山々、壮大なランドマークが、宝石にあたります。それ以外の残りのトレイルは、「宝石をつなぐただの紐」というのが、「つなぎの数マイル」という言葉の意味です。

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ハイウェイ14の下を通る、通称ハイカートンネル。

セクションハイカーとして歩いていると、PCTらしい象徴的な場所ではないところにも、素晴らしさを感じるようになりました。

コロナ渦で、今まで以上に屋内で過ごすことが多くなりました。そんななかで私は、野外で大きな景色を見て過ごせる時間を、とても大切にしています。

ときどき思うのですが、スルーハイカーは、毎日のように絶景を見ることができるので、それに慣れていってしまいます。そのために、小さな山々の繊細な美しさに気づけなかったりするのです。

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ソルダッド・キャニオン・ロードの上にある緑豊かな山々。セクションハイキングだからこそ、こういう風景にも魅力を感じたりする。

でも今回、私はセクションハイカーとして、それぞれのセクションを新鮮な視点で見つめることができました。

5〜6月のギラギラと照りつける日差しよりも、丘の上に差す冬の光のほうが優しいことに気づきました。過去に自分がスルーハイクした時とは違う時期にPCTを訪れることは、奇抜な髪型に変わってしまった旧友を訪ねるような感じがします。根本は変わらないのですが、新しい人と友だちになった、そんな気がしました。


砂漠エリアで、涼しいを通り越して、まさかの吹雪に氷点下。


モハベ砂漠にあるカリフォルニア用水路は、スルーハイカーの間では有名 (というか悪名高い?) です。モハベ砂漠は、スルーハイカーがここを通る5月から6月頃は、日中の気温がは37℃以上まで上がります。このセクションは、それほど高いナビゲーションスキルがなくても歩けるのですが、日陰が少なく、水場も少ないのです。

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ハイカータウン付近に広がっていた美しい雨雲。

モハベ砂漠のあるセクションでは、多くのスルーハイカーは、トレイルエンジェルが運営するホステル「ハイカータウン」に泊まり、日中は仲間とくつろいだり、これからの行程の準備をしたりします。

そして、夜になったらグループになって歩き出し、16mile (26km) 先にある、コットンウッド・ブリッジにある最初の水場を目指します。用水路に沿い歩いていくナイトハイクは、ハイカーの恒例行事でもあり、ハイカー同士の絆を深めるイベントでもあります。

ただ、今年の2月に私がこの用水路のセクションを歩いた時は、そのようにハイカーのグループで歩くようなことはないとわかっていました。きっと私は一人になるだろうし、あと日中にハイキングしたいとも思っていたからです。

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前方に見えるテハチャピ山地の嵐が、雪と風をもたらした。

今回は37℃の灼熱にならないことを喜んでいたのですが、まさか日中でも吹雪や氷点下の気温になるとは思っていませんでした。しかも時速30mile (48km) 以上の風が吹いていたため、体感ではさらに寒く感じました。

テハチャピの山麓は風が強い場所なので、それで風力発電の基地にもなっています。その風のせいで、テントを設営しているときに、スタッフサックが飛ばされて、失くしてしまいました。PCTハイカーにとっては、普通は酷暑のセクションであるのに、こんな状況になるなんて、なんだかおかしく思えてきました。


セクションハイクでは、スルーハイカーの「トレイル・レッグ」は手に入らない。


私が感じたスルーハイクとセクションハイクの違いのひとつは、セクションハイクでは、長距離を毎日歩いても平気な体にはならないということです。

多くのスルーハイカーは、PCTの400mile (640km) 地点 (用水路があるエリア) まで来た頃には、いわゆる「トレイル・レッグ (トレイル脚)」になっています。スルーハイカーの体は、毎日歩くことに適応していくのです。

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気づくと、山の上は嵐で覆われていた。

私はパンデミック中であっても、トレーニングとして、運動やデイハイキングをしていましたが、それだけでは「スルーハイカー・レベル」の体はつくれません。それを実現するには、トレイルでの生活を数週間続けるしかないのです。

また、春の後半からスタートするスルーハイキングと、冬のセクションハイキングのもうひとつの違いは、日照時間の長さです。どのみち、スルーハイキングしているときほど、自分の体も強くないのですが、冬のセクションハイキングでは、午後5時半に日が沈むと、もうその日のハイキングは終わりとなってしまうのです。

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シエラパロナ山の近くで目にした夕焼け。

いつもとは異なる季節にロングトレイルを歩くことで気づくことや、セクションハイキングならではの魅力が伝わってくるレポートだった。

スルーハイクにこだわらず、自由にハイキングを楽しむリズの姿を見て、ハイキングのモチベーションが高まった人もいるのではないだろうか。

コロナ期におけるルールやマナーを徹底しながら、いかにハイキングを楽しむか。2021年はそれが問われる年になるだろう。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

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文・写真:リズ・トーマス 訳・構成:TRAILS

パシフィック・クレスト・トレイル (PCT) の定番イベントであるPCT DAYSが、今年の夏に開催する予定であることが、2021年の年初に発表された。

しかし、このイベントも開催延期もしくはキャンセルの可能性があることも添えられており、状況の見通しは依然厳しい。PCTアソシエーションも、「ロング・ディスタンス・ハイキングは2022年に延期してほしい」という旨のメッセージを発信している。

2020年は、COVID-19 (新型コロナウイルス) により多くのリアルのイベントは中止に。そのようななか、さまざまなオンラインイベントの試みもあった。ロング・ディスタンス・ハイキングや海外のロングトレイルに関心のあるハイカーのなかには、北米のトレイルやメディアが発信している、オンラインイベントやLIVE配信を見ていた人もいるだろう。

今回リズがレポートしてくれるのは、そういった「コロナ期のハイカーイベント」である。アメリカでは、ハイカー・コミュニティにおいて、どのようにイベントが開催され、どのようなテーマが話し合われ、またどのようにコミュニティの絆を維持しているのだろうか。

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リアルイベントで自身の体験を語るリズ。2020年からはこれがオンラインに切り替わった。


ハイカーにとって、ハイカーイベントは「ファミリーの集まり」。


ロング・ディスタンス・ハイキングのコミュニティのハイカーたちは、毎年イベントで集まるのを楽しみにしています。ハイカーのイベントは「ファミリーとの再会の場」なのです。こういったイベントで、山の上や吹雪の中で出会った仲間、あるいは食べ放題ビュッフェなどで仲良くなった友だちたちと、再会することができるのです。

イベントでは毎年、何百、何千mileも旅をしたハイカーたちが、ハイカー向けのセミナーで教えたり、ハイキングのフェスティバルでスピーカーとして登壇してくれたりします。またアパラチアン・トレイル (AT)、パシフィック・クレスト・トレイル (PCT)、コンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT) を踏破したハイカーは、トリプルクラウン・アワードの表彰が行なわれます。

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2019年のトリプルクラウンアワードにて、表彰されたトリプルクラウナーたち。photo by Naomi Hudetz

しかし2020年、アメリカではCOVID-19 (新型コロナウイルス) の影響で、リアルのハイキングイベントは中止になりました。では、こういった制限があるなかで、ロング・ディスタンス・ハイカーはどんな方法でイベントを開催しているのでしょうか?


「新しいやめ方」についてのウェビナー (ウェブ・セミナー) を開催。


2020年の春に、多くのトレイル関連団体がCOVID-19を理由に、スルーハイカーに向けてハイキングは控えてください、という要請を出しました。国立公園は閉鎖され、ほとんどの国立公園では敷地内のトレイルを歩くことは禁止されました。

大半のロングトレイルでは、ハイカーはヒッチハイクで小さな田舎町に補給に行く必要があります。そのため専門家は、ハイカーが、病院のない田舎町にウイルスを拡散させてしまうことを懸念していました。

そこでALDHA-West (※) では、いち早く「新しいやめ方」というテーマのウェビナー (ウェブセミナー) を開催しました。このウェビナーでは、COVID-19のために早々にハイキングを断念しなければならなかったハイカーが、その経験を語ってくれました。

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2020年は、ALDHA-West初のオンラインイベントを開催。現在もアーカイブを視聴可能 (詳しくはコチラ) (https://www.aldhawest.org/より)

※ ALDHA-West (The American Long Distance Hiking Association West):ロング・ディスタンス・ハイカー、および彼らをサポートする人々の交流を促進するとともに、教育し、推進することをミッションに掲げている団体。ハイキングのさまざまな面における意見交換フォーラムを運営したり、ハイカー向けの各種イベントを開催したりしている。


スルーハイキングを断念したハイカーが、リアルな気持ちを語り合う。


このウェビナーでは、COVID-19のためにトレイルを途中離脱した3人のハイカーによるパネルディスカッションが行なわれました。

その3人のハイカーを紹介します。一人目は、コニー・マレン・モーエン aka ハッピー。彼女はノルウェー出身のハイカーで、スルーハイキングのために長い間ずっと貯金をして、そして仕事を辞めて、PCTを歩いていました。

二人目は、シャーマン・マニンガス aka ハッピーフィート。彼はアメリカ人のハイカーで、テ・アラロアのスルーハイクを断念して、ニュージーランドからアメリカに帰国することになりました。

三人目は、フィマ・ゲルマン aka トライポッド。彼は、春のロックダウンにより、3度目のPCTスルーハイキングを断念することになりました。

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コニー・マレン・モーエン aka ハッピーのイベント。photo by ALDHA-West

ハッピーフィートとハッピーにとって、トレイルを離れることは悲しいだけではなく、お金のかかることでもありました。ハッピーフィートは、ニュージーランド (テ・アラロア) からアメリカへすぐに帰れる飛行機に乗らなければならず、スルーハイクのために貯めていたお金の大部分を使ってしまいました。またハッピーも、アメリカからノルウェーへの緊急の帰国のため、借金をして航空券を買って、ノルウェーに戻ったのです。

どのハイカーも、急遽ハイキングを断念したことによって発生した金銭面のダメージよりも、夢を中断せざるを得なかったことを悲しんでいました。ただハイカーたちがウェビナーで強調して言っていたのは、トレイルはずっとそこにあるということ、そして自分たちが正しい決断をしたということでした。

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シャーマン・マニンガス aka ハッピーフィートのイベント。photo by ALDHA-West

ハイカーたちは、自分たちの強い想いに反してトレイルを離れなければならない悲しみについて語っていました。しかし、そのウェビナーを見て、みんな同じなんだと感じたのです。

私たちはみんな、ハイキングができないことにがっかりしていたのです。私たちの多くは、夏のスルーハイキングの計画をキャンセルしなければならないことも、すでにわかっていました。

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フィマ・ゲルマン aka トライポッドのイベント。photo by ALDHA-West

COVID-19が広がっているなか、どのようにハイキングプランを立てたらよいのか、どのように体を守ったらよいのか。そういったことについて、参加者はウェビナーのチャット機能を使って、いろいろと意見交換をしていました。自分と同じように感じている人がいることを知ることで、たとえ別々の場所にいたとしても、ハイカーは同じコミュニティにいるんだという実感を得ることができました。


「黒人のスルーハイキング」というテーマのウェビナーも開催。


2020年の夏、ニュースの中心は、人種問題に関する緊張の高まりや、それに伴う抗争に関するものでした。これは、多くの人々にとっても重要なテーマとなりました。

トレイルやアウトドアは、歴史的にもそうですが、現在の人種差別的な政策や慣行にも影響を受けています。たとえば、AT沿いにあるシェナンドー国立公園やグレート・スモーキー国立公園など、1930~60年代には、黒人が白人と同じエリアでキャンプをすることを認めていなかった国立公園もあります。

7月、ALDHA-Westは、3人の黒人トリプルクラウナーがアメリカのロングトレイルをハイキングした経験を語るオンラインイベントを開催しました。

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「黒人のスルーハイキング」について語るオンラインイベントを初開催。photo by ALDHA-West

エルシー・ウォーカー aka シャルドネは、スルーハイカーになる前は、長距離の自転車旅にハマっていました。そんな彼女がAT、PCT、CDTをすべて踏破し、2018年に初の黒人トリプルクラウナーとなりました。

ウィル・ロビンソン aka アクナは、軍隊経験者で、メレルのスポンサー・アスリートでもあります。彼は2019年に、黒人男性として初めてトリプルクラウンを達成したハイカーです。

このウェビナーの司会を務めたアマンダ・ジェイムソン aka ズールは、2016年に『バックパッカー・マガジン』でスルーハイキングのテーマを担当をしていた人です。彼女のハイキングに関するレポートは、私の著書『ロングトレイル』でも紹介しています。

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左から、エルシー・ウォーカー aka シャルドネ、ウィル・ロビンソン aka アクナ、アマンダ・ジェイムソン aka ズール。現在もアーカイブを視聴可能 (詳しくはコチラ)

このウェビナーは、アウトドアの世界における人種というテーマや、アメリカの黒人スルーハイカーは白人スルーハイカーとは異なる経験をしている、といったことについて語られました。多くの白人ハイカーにとっては、これらの視点でハイキングを考えるのは初めてのことでした。

このウェビナーには、1,000人以上もの人が参加しました。スルーハイカーだけではなく、一般のアウトドア好きの人もたくさんいました。これだけ多くの人が参加してくれたという事実は、コロナ期に私たちハイカーがそれぞれ離れた場所にいながらも、ハイキングを通じて、この国で起きている難しい問題について対話し、おたがいの絆を深めることができるのだ、ということを教えてくれました。


2021年も、オンラインのハイカー・イベントを引き続き開催。


今年 (2021年) の春も、引き続き移動や旅行の規制は続く予定です。そのため、ハイキングシーズンに向けた事前の各種セミナーも、オンラインで開催されます。COVID-19の前年は5つの州でそれぞれイベントが開催されていましたが、今年はウェビナーで開催されます。

2021年のイベントでは、4つのテーマのウェビナーが予定されています。興味関心によってカテゴリー分けされていて、参加者は2つのトピックを選択して、セッションに参加することができるようになっています。

ウェビナーの利点は、世界中、誰でもどこからでも参加できることです。ぜひ日本のハイカーにも参加してもらいたいです。参加登録はまだ始まっていませんが、下記サイトで受け付けます。

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ALDHA-Westのウェブサイトで、イベントの申し込みを受け付けている。(詳しくはコチラ) (https://www.aldhawest.org/より)

このウェビナーは、以下4つのカテゴリーがあります。

[1]「スルーハイク入門」
ハイキングシーズンに入る前の時期に、よく開催される定番コンテンツです。このウェビナーでは、補給、ナビゲーション、ギアの軽量化、Leave No Traceのアウトドア倫理などのトピックについて、パネリストが話をします。

[2]「アフィニティ・スペース(クローズドな対話の場)」
このウェビナーでは、ブレイクアウト・ルーム (ウェブ上の小部屋) が用意され、次のようなテーマについて語り合います。たとえば、スルーハイキングにおける女性特有の心配事や、黒人や有色人種がアメリカをハイキングすること、といったテーマです。大勢の前では質問をするのに気をつかうトピックについて、このウェビナーは同じ境遇の人たちと話す機会が提供されます。

[3]「上級者向けスルーハイキング」
ハイカー向けのセミナーをオンラインで実施できるメリットのひとつは、たくさんのトピックを手軽に提供することができることです。以前は、入門編からトレイルの詳細情報、上級者向けのコンテンツまで、8つ以上のトピックを紹介するのに、8時間しか時間がありませんでした。そのため、上級者にとっては入門編を聞いていて飽きてしまうこともありました。今年はオンラインイベントとして、天気図の読み方、ウルトラライト (UL) ギアの自作、経験者向けのルートなど、中〜上級者向けのトピックに特化したウェビナーを1回開催します。

[4]「各トレイルの詳細情報」
このウェビナーでは、それぞれのトレイルに特化した多くのセッションが行なわれます。AT、PCT、CDTから、ヘイデューク・トレイルやグレート・ディバイド・トレイルなどのあまり知られていないトレイルまで、ハイカーは興味のあるトレイルを選ぶことができます。もしかしたら、日本でのハイキングの話をしてくれるトレイルリーダーを見つけることもできるかもしれません。


さいごに


2021年の夏以降に、ハイキング関連のリアルのイベントが許可されるかどうかは、まだはっきりしていません。

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PDT DAYSは、2021年8月に開催予定であることを発表。コロナの状況により10月に延期もしくはキャンセルの可能性もある。7月末までに最終決定をするとのこと。(https://www.pctdays.com/より)

今年の夏には、オレゴン州カスケード・ロックスのアウトドアフェスティバル、PCT DAYSが、開催できることを待ち望んでいます。また、毎年秋に開催されているコロラド州でのALDHA-West Gatheringが実施され、トリプルクラウナーたちが受賞プレートをイベント会場で受けとれることを願っています。

2020年はハイカーにとって未曾有の年になりました。再び仲間と一緒にハイキングできる日が来たら、これほど嬉しいことはないでしょう。

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2019年の『Gathering (ギャザリング)』での集合写真。photo by Robert Curzon

2021年も、COVID-19については、残念ながら楽観できる状況ではない。それでも、旅への欲求は抑えることなく膨らませておきたいし、ハイカーとのつながりも感じていたい。

2020年にスルーハイキングを予定していたハイカーの悲しさは、想像を超えるものがあっただろう。

しかしその感情は、ほとんどのハイカーが抱えていたものであり、その気持ちが共有可能であること、それをリズのレポートは教えてくれた。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)

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リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#29 / 「with コロナ」のハイキング (前編) 〜守るべき6つのガイドライン〜

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「withコロナ」のロングトレイル(後編) | 海外のロングトレイル

(English follows after this page.)

文・写真:リズ・トーマス 訳・構成:TRAILS

新型コロナウイルスは、ロング・ディスタンス・ハイキングのあり方も変えてしまった。PCT (パシフィック・クレスト・トレイル) では、すでに来年2021年のスルーハイキング・パーミットも発行しないと発表した。

新型コロナウイルスの感染者が世界最多のアメリカにおいて、ハイカーたちは今、何をしているのか?

前編では「with コロナ」のハイキングにおいて守るべきルールについて紹介した。

この後編では、リズと友人のハイカー・ラリーボーイが、人との接触を最小限にしながら試みたハイキング・トリップのレポートをお届けする。

2人とも、補給で小さな町に降りて人と接触をしないこと、を意識してプランニングしたが、結果的に人との接触を避けられない事態に遭遇してしまう。このコロナ期のハイキングからリズが学んだことは何だったのか。

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シエラ・ハイ・ルート (SHR) のスカイ・パイロット・コルからの景色。


ルート1 / シエラ・ハイ・ルート (SHR) をベースにした、ループコース。


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リズが用いたシエラ・ハイ・ルート (SHR) のマップ。SHRのセクションを利用したループコースを歩いた。

私は、新型コロナウイルスのなか、地元のエリアから出ないようにオフトレイルのSHRをベースにしたループコースをハイキングしてきました。このルートは1990年代初頭にロッククライマーのスティーブ・ローパーが開拓し、同名のガイドブックに記載されています。

このルートのアプリはありませんが、ジャスティン・リクター a.k.a. トラウマ (※) が、デジタルマップにそのルートを描いてくれたので、私はそれを印刷して持ち歩きました。またこのルートをGPXファイルにして、バックアップのナビゲーションとして使用するために、携帯電話のアプリに取り込んでおきました。

私は最近2カ月の間に、SHRをベースにしたオフトレイル・ループを4回ほど歩きました。いずれも3〜5日の行程です。毎回、1日中、誰にも会わないことも多かったです。なので、私は誰もいない湖畔でキャンプをしていました。

※ ジャスティン・リクター a.k.a. トラウマ (Justin Lichter a.k.a. TRAUMA):2006に約1年間(356日)で約16,000kmを歩いてトリプルクラウンを達成したハイカー。2007年に南アルプス、およびニュージーランドのサウスアイランドを、2009年にはアフリカ大陸をサポート無しで約2,900km歩く。2011年にはヒマラヤレンジ約3,200km、2013年にはメキシコのコッパーキャニオン約800kmをハイクトリップ。2002年以降、約56,000kmを超える距離をハイキングした世界中から注目を集めるハイカー。TRAILSのアンバサダーでもある。


ガイドラインに則った、補給を必要としない短いループハイク。


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SHRのシークレット・レイクのそばでのテント泊。

SHRを一連のループとしてハイキングしようと思いついたのは、フラミンゴというスルーハイカーがきっかけでした。フラミンゴはシエラから車で数時間のベイエリアに住んでいます。

『レクリエイト・レスポンシビリティ』のガイドライン (詳細は前編の記事を参照) では、新型コロナウイルスの間は、住んでいる州内における補給を必要としない短いループハイクのほうが、スルーハイクよりも良いとされています。フラミンゴは、SHRを一連のループとしてセクションハイクすれば、新型コロナウイルスの状況下で長いルートを楽しめると考えたのです。

でも、最近のSHRのハイキングでは、人との接触を避けるように計画しても、避けられないケースがあることがわかりました。


人との接触を避けるつもりが、ヒッチハイクをすることに。


私は人気の高いモスキート・パスの登山口からスタートし、標高12,000ft (約3,600m) のモノ・パスに向かいました。その後、トレイルを離れ、モノ・レッセスにあるハンギング・バレーを横断してSHRに合流しました。SHRで2日過ごした後、イタリア・パス・トレイルに合流しました。

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イタリア・パスの下にある湖。

地図では、モーガン・パスを越えると、車に戻るための別のトレイルに接続できるはずでしたが、最近、岩崩れがあってトレイルを通れないことがわかりました。崩壊エリアを越えるためには、強度の低いロープを使って、裂けた箇所を渡らなければなりません。

命の危険を冒すつもりはありませんでした。でも、引き返して車に戻るために十分な食料もない。一番安全な方法は、近くの登山口まで歩いて、ヒッチハイクで車に戻ることでした。

私は今回、人との接触を避けるためのルートを計画し、準備してきたつもりでした。一方で、スルーハイキングというものは柔軟性が必要であって、思い通りにいかないことがあることもわかっています。


コロナ期は、通常よりも徹底的な事前リサーチが不可欠。


私は4種類の地図と、ガイドブックから該当ページだけ切り取ったものを持っていました。さらにあらかじめ、最近そのルートを踏破したハイカーにメールを送っていました。でも私は、難しいオフトレイルのセクションにばかり目がいっていました。

そのため、このセクションは簡単な部分だと思って、トレイルの説明をちゃんと読まず、通行可能だと思い込んでいたのです。

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テントから眺める夕暮れ。

私はヒッチハイクをして見知らぬ人の車に乗ったので、その後2週間隔離されることになり、ハイキングすることができませんでした。そして家に帰ってから、崩壊したトレイルを避けて車に戻ることができるオフトレイル・パスのことを読みました。

新型コロナウイルスの時期にハイキングをするなら、事前のリサーチに特に気をつけなければならないことがわかりました。隔離期間が終わったら、もっとちゃんとリサーチした上で、SHRのループに戻るつもりです。


ルート2 / ラリーボーイが歩いたグレーター・イエローストーン・ループ (GYL)


新しいルートをハイキングするハイカーのなかには、補給でトレイルタウンに行く代わりに、食料をあらかじめデポしたりすることもあります。

また、家族や友人に頼んで、バンに乗ってついてきてもらうサポート型のスタイルを取るハイカーもいます。

ハイカーが大都市のウイルスを小さな町に持ち込まないようにするには、トレイルタウンとの接触が少ないほうが良いのです。でも一方で、トレイルタウンの経済は観光に頼っているため、小さな町にとってハイカーが来ることは嬉しいことでもあります。

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グレーター・イエローストーン・ループ (GYL) を生み出したラリーボーイ。

ラリーボーイは、トレイルの運営組織がハイカーにトレイルから離れるように要請しているのに、PCTのルートを歩いてしまうという失態をしないように気を付けていました。

そこで彼はグレーター・イエローストーン地域 (彼の住まいから2〜3時間以内) で800mile (約1,300km) のルートを作りました。春にペッパーフレークというスルーハイカーがつくったルートをもとに、コンピュータのマッピング・ツールを使って自分のルートのプランニングをしました。

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グレーター・イエローストーン・ループ (GYL) は、800mile (約1,300km) のループコース。ワイオミング州とモンタナ州にまたがっている。


人との接触を避けるためのルートと手段。


ラリーボーイは、交通手段を使わなくていいように、あえてループコースにしました。彼はヒッチハイクをしたり、ホテルやホステルに泊まったりする必要がないように、ルートを設計したのです。

トレイルタウンの人々との接触を最小限に抑えたいと考えていたので、事前にルートに沿って食料と、靴下やバッテリーなどのギアを保管しておく場所を決めていました。彼はその計画プロセスを「バックパッキングというより探検みたいだな」と言っていました。

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GYLの800mileの道中、毎日ように見えるグランド・ティトン。

彼はスタート前に、トレイルヘッドの近くに食料やギアを保管しました。彼の目標は、できる限りつつましく、他の人間と接触することなく森の中で何カ月も過ごすことでした。

森の中での孤独なハイキングをはじめて2カ月後、新型コロナウイルスの中でのハイキングで人との接触を避けようとしていたラリーボーイの計画は順調でした。


グリズリーベアに襲われて、病院搬送。


でも、予期せぬケガでハイキングは中断しました。彼が、とある角を曲がっている時にグリズリーベアに遭遇したのです。それは、100万分の1の確率の出来事です。

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クマとの遭遇は、この近くのアブサロカ山脈の中で起こった。

グリズリーベアは爪で彼の頭と胸を引っ掻きました。ラリーボーイが10分間死んだふりをした後、クマは去っていきました。

ラリーボーイは胸から大量に出血していました。彼は、新型コロナウイルスの間は人との接触を避けたかったにも関わらず、治療のためにルートを外れて町に行かなければなりませんでした。

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クマは、ラリーボーイ愛用のハットにもダメージを与えた。

ラリーボーイは人との接触を最小限にするようにルートを設計していましたが、結局、病院に行くためにヒッチハイクをしなければなりませんでした。

でもワイオミング州の地元の人々が、ボランティアで彼を受け入れてくれました。そして、彼の出血がおさまり37針の縫合を受けている間、彼の世話をしてくれたのです。


いくら準備しても、想定外のリスクが起こることを受け入れる。


ラリーボーイは緻密な計画を立てていたものの、これほど深刻な事態になることを想定していませんでした。

クマに襲われることは、実際に起こる可能性は低いのです。彼は、クマの多いこの国でのハイキングのために、最善の方法をすべて実行してきました。クマに襲われた時の対処法を何十回も練習しました。ハイキング中は音を立てていました。クマ用スプレーを持ち歩き使い方も知っていました。でも、それだけでは十分ではなかったのです。

スルーハイクでは、常にうまくいかないことにでくわします。幸いにも、ラリーボーイは新型コロナウイルスに感染しておらず、数週間後には別のルートをハイキングする予定だそうです。どんなに予防策を立てていても、常にリスクがあることを受け入れなければならないのです。

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たまに、イエローストーン川に架かる橋を渡って、イエローストーン国立公園に入ることもできる。


さいごに


新型コロナウイルスは、ロング・ディスタンス・ハイキングのあり方を変えてしまいました。先日、パシフィック・クレスト・トレイル・アソシエーション (PCTA / PCTの運営組織) は2021年のスルーハイキング・パーミットを発行しないと発表しました。

再び、以前のようにスルーハイキングができるようになるまでに、数年かかるかもしれません。私たちが新型コロナウイルスから学んだことがあるとすれば、それは私たちが過去にスルーハイキングをしていたことがどれほど幸せだったかということです。

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トレイルに咲く野草。

すべてのスルーハイカーは、ハイカーの仲間たちのことはもちろん、見知らぬ人と知り合いになれることを恋しく思うでしょう。私はトレイルエンジェルや、見知らぬ人の家に招かれてくつろげることが恋しくなっています。

レストランで食事をしたり、新しい場所を見たり、家から遠く離れた場所を旅することが懐かしいです。スルーハイカーが今シーズンにロングトレイルの体験を味わうなら、この『ルート』を歩くことが適しているのかもしれません。

どんなに人との接触を避けるために計画を立てても、2020年の生活においては、人に頼らざるを得ないリスクが存在します。

どんなに計画を立てても、うまくいかないこともあります。間違いを犯すこともあります。他の人との接触を最小限にするように計画されたルートであっても、ロングトレイルをハイキングするのと同じように、予測不可能なことがあることを私は学びました。

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既存のトレイルとは異なるオフトレイルを歩く上では、より注意が必要となる。

たとえ、ラリーボーイと私がこの夏ハイキングをしなかったとしても、家から出なかったとしても、思うようにいかないことはあるのです。

裏庭のはしごから落ちたり、ベーグルを切っているときに手を切ったり。どちらの状況でも手当てが必要だったでしょう。車の運転も同じです。事故に遭う危険があります。でも、そのリスクを軽減するためにシートベルトを着用しているのです。

2020年のハイキングにおいて、私たちがリスクを軽減する方法は、計画を立てて準備することしかありません。

ループをハイキングし、レクリエイト・レスポンシビリティのガイドラインに従うことで、他の人との接触を最小限に抑えることができるのです。

2020年のハイキングは探検のようなものであり、ひとつのミスがこれまでよりも大きなリスクを招きます。

結論としては、新型コロナウイルス前と比べて、私たちは何も問題が起きないようにするためのさらなる努力が必要になるということです。

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再びシエラ・ハイ・ルート (SHR) のセクションを歩く予定のリズ。

PCTが、来年のスルーハイキング・パーミットを発行しないと発表したことは、覚悟をしていたことではあるが重いニュースであった。

僕たちは変わらずに、旅を求め、見知らぬ場所や人に出会うこと、遠くの友人に再会することを欲している。

今回のリズのレポートは、そんな僕たちにコロナ期における旅のあり方や心構えを教えてくれた。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

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(英語の原文は次ページに掲載しています)

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「withコロナ」のロングトレイル(後編) | 海外のロングトレイル

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文・写真:リズ・トーマス 訳・構成:TRAILS

新型コロナウイルスの感染者が世界最多のアメリカにおいて、ハイカーたちは今、何をしているのか?

メジャーなトレイルにおいてスルーハイキングが難しいことは、以前の記事『「withコロナ」のロングトレイル(後編) | 海外のロングトレイル』でも紹介した。

そんな「with コロナ」の状況下で、ハイカーたちはいったいどこに歩きに行っているのか? そしてどうやって楽しんでいるのか?

そんな疑問から今回、アメリカのハイカーの今、をリズにレポートしてもらうことになった。

前編では「with コロナ」のハイキングにおいて守るべきルールについて、後編ではシーンの最前線にいるハイカーが、2020年に歩いたルートとその歩き方について、を紹介。

さすがアメリカというアウトドア業界の連携の迅速さ、ハイカーのリテラシーの高さを感じられる内容になっています。まさにアメリカのハイキングシーンの現在を知ることができるレポートです。

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リズが歩いたシエラハイルート。


新型コロナウイルスとスルーハイカー。


アメリカでは新型コロナウイルスが感染拡大により、2020年3月までに多くの都市や州でロックダウンが実施されました。

すでに歩き始めていたPCTのスルーハイカーたちは、ハイキングを続けてもいいのか、やめるべきなのか、迷っていました。

アリゾナ・トレイルをはじめとした、春スタートのトレイルを歩こうとしているハイカーは、常識的にもルール的にも、ハイキングはできないことがわかりました。なぜなら、歩いたとすれば、感染が田舎のエリアにも広がる可能性があるのと、その町には外からの感染者を受け入れられるほどの規模の病院はないからです。

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リズもマスクをする機会が増えた。

現在、アメリカでは70万人以上の感染者と1万3000人近くの死者が出ていて、コロナウイルスの感染数は世界で最も多いと言われています。2020年のスルーハイキング・シーズンは、これまでとは異なるように見えますが、コロナウイルスによってハイカーたちが歩くことをやめたわけではありません。

この記事では、2020年に、アメリカのスルーハイカーたちがどのようにして、新しいルートを見つけ、ハイキングを楽しんでいるかを紹介します。


今年は、ロングトレイルはスルーハイキング自粛を要請。


4月までに、各地域のトレイルや国立公園が閉鎖されました。何カ月もかけて計画を立て、パーミット (許可証) も取得していたPCTスルーハイカーたちは、スルーハイキングをやめざるをえませんでした。

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PCTAのウェブサイトのトップページには、ポップアップウィンドウでの注意喚起も行なわれた。 (https://www.pcta.org/より)

これは特に海外からのハイカーにとっては酷な決断であり、しかも多くのハイカーは帰国するために、直近の高額なフライトチケットを購入しなければなりませんでした。

アパラチアン・トレイル・コンサーバンシー (ATC) とパシフィック・クレスト・トレイル・アソシエーション (PCTA) は、2020年のスルーハイカーにトレイルから離れることを求める声明を出しました。ATCは、デイハイカーにさえも近づかないことを求めました。

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ATCのウェブサイトのトップページも、一時期は、新型コロナウイルス仕様になっていた。 (https://appalachiantrail.org/より)


アウトドアを楽しむための6つのガイドライン。


ただし5月末には、ウイルスの広がりが緩やかになってきたこともあり、レクリエーション団体の多くは、COVID-19によって、今年の夏はアウトドアに興味を持つ人がかなり多くなるだろうと考えていました。それは、ウイルスは屋内よりも屋外のほうが20倍も拡散しにくいとされているためです。

そして、人々が外出するにあたり、安全にアウトドアを楽しむためのガイドラインを設定すべく、レクリエイト・レスポンシブル・コーアリション (Recreate Responsibly Coalition) というグループが結成されました。

国立公園局、国立森林局、土地管理局、REI (アメリカに数多くの店舗を持つアウトドアショップ)、自然保護団体、ハイキングやトレイルの組織、サイクリングの組織によって立ち上げられたこの組織は、影響力を持つ人たちと協力しながら6つのガイドラインを設けました。

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レクリエイト・レスポンシブル・コーアリションのガイドライン。(https://www.recreateresponsibly.org/より)

① 下調べをする (Know Before you Go):もし目的地が閉鎖されている場合は、行かないようにしましょう。混雑している場合は、予備の計画を立てておきましょう。
② 事前に計画を立てる (Plan ahead):施設の閉鎖にそなえ、昼食を準備し、手指の消毒剤や顔を覆うものなどの必携品を持参しましょう。
③ 地元で楽しむ (Explore locally):長距離の移動は控え、地元の公園やトレイル、公共スペースを利用しましょう。訪れた先に自分たちがおよぼす影響にも配慮しましょう。
④ フィジカルディスタンスを保つ (Practice physical distancing):共に行動するグループは少人数にしましょう。鼻や口を覆い、他の人との距離を取るようにしましょう。病気の場合は、外出しないようにしましょう。
⑤ 安全に行動する (Play it safe):ケガのリスクを減らすために、リスクの低い活動をしましょう。捜索救助活動も医療資源も逼迫しています。
⑥ 痕跡を残さない (Leave No Trace):公有地や河川、地元の人や地域社会を尊重しましょう。ゴミはすべて持ち帰りましょう。

このガイドラインに基づき、PCTAは、スルーハイキングはまだ控えてほしいが一般的なハイキングは許可する、と発表しました。要は、トレイルタウンでの補給や宿泊を必要としない旅、たとえばピストンのハイキングやループコースのハイキングであればOKということです。


コロナ期にオフトレイルを選ぶハイカーたち。


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先進的なハイカーが歩くルートのひとつ、グレイター・イエローストーン・ループ。

アメリカのハイキングシーンの最前線にいるハイカーたちは、このガイドラインを満たすために、自宅から数時間でハイキングできる、ルート (※) やオフトレイルの周回コースを選んでいます。

ルートやオフトレイルのハイキングによって、ハイカーは藪漕ぎとナビゲーションのスキルを習得し、人混みから離れ、人とも出会わずに過ごすことができるようになるのです。

自然の中でひとりになることは、人との接触を避ける方法なのです。

この記事の後編では、コロナウイルスへの感染を避けるために、先進的なハイカーたちが2020年に歩いている2つのルートについて説明します。

また、ルートを歩くハイカーが他の人との接触を最小限にするための方法についても説明します。

最後に、2020年のルートを歩くハイカーにとって最も重要なことのひとつは、できる限り綿密な計画を立てることです。そして、どんなに努力しても接触は避けられないかもしれないと認識することです。

※ ルート:ルートとは既存のトレイルではなく、既存トレイルの一部や、ダートロード、そして荒野を進むオフトレイルなど、いろいろな種類の道が入り混じっている、オリジナルの道のこと。基本的に標識 (または、ルートの名前だけ書かれているもの) がないので、ハイカーは自力でのナビゲーションが必要。詳しくはコチラの記事を参照。

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「with コロナ」の状況下でも工夫次第でハイキングはできます。

新型コロナウイルスによって、スルーハイキングができない状況は、まだしばらく続くだろう。

でもそんな中でも、いち早くアウトドアを楽しむための組織を立ち上げ、明確なガイドラインを設定したのは、さすがはアウトドア大国アメリカだ。

そのなかでもハイキングシーンの先端にいる尖ったハイカーたちは、ガイドラインを守りつつも、コロナの状況に合わせて実験的なハイキングを楽しんでいるようだ。

後編では、そんな先進的なハイカーの実例をもとに、そのルートと歩き方をリズに紹介してもらう。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

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(英語の原文は次ページに掲載しています)

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リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#29 / 「with コロナ」のハイキング (後編) 〜人との接触を最小限にする方法〜

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「withコロナ」のロングトレイル(後編) | 海外のロングトレイル

(English follows after this page.)

文・写真:リズ・トーマス 訳:トロニー 構成:TRAILS

アメリカの尖がったハイカーたちは、今どこを歩いているのか。ハイキング・カルチャーの最前線のエッジで起こっていることを、リズにレポートしてもらいました。今回はそのレポートの後編です。

前編では、既存のトレイルとは異なるオリジナルの「ルート」とは、どのような道なのか、またその面白さは何なのか、ということをお伝えしました。TRAILS編集部でもNIPPON TRAIL (※) で同じような試みをしていますが、アメリカと日本の違いも前編では見えてきました。

今回の後編では、どのようにロング・ディスタンス・ハイキングのオリジナルの「ルート」を作っているのか? をお伝えします。そのプロセスのかなり細かな部分まで、つまびらかに語ってくれているインタビューです。

前編のラストで、ルートづくりにおいて、孤独や冒険を味わえることを意識していると語ったメリッサ。今回は、具体的にどんな目標を掲げてルートを作っているのか? という話からスタートします。

※ NIPPON TRAIL:アメリカのハイキング・カルチャーをリスペクトしながらも、日本のローカルをフィールドに、ロング・ディスタンス・ハイキングの旅を楽しむTRAILS独自のプロジェクト。既存の登山道やトレイルにとらわれることなく、山も町も川も自由につなぎながら旅をする。TRAILS編集部がその土地に魅了された初期衝動だけでなく、その後にリサーチやインタビューを重ね、その地をロング・ディスタンス・ハイキングしたい根源的な衝動は何か? まで掘りさげる作業を繰り返し行なっている。

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モハベ砂漠にあるルート。


「長距離」 「何度も歩きたくなる」 「明確なテーマ」 が、ルートづくりのキーファクター。


—— リズ:もう少しだけ、ルートを作る上での目標を教えていただけますか?

メリッサ:もちろん。でも、その回答だけで丸一日かかってしまいますよ!

私たちの一番の目標は、長い距離のルートを作ることです。

次に、何度でもハイキングしたくなるようにすること。そのために、本当に徹底的に調査しなければなりません。特にブレットは、調査から完成するまで何千時間も費やしています。そうやって何カ月もかけて作っています。

そして、何度でも行けるルートを作ることを目指しているのです。経験豊富なハイカーも満足するような、歩くために必要なものや情報を、私たちは提供してあげたいと考えています。彼らがそこに行く前にそれらの情報があるように、あるいは自分自身でやらずに済むようにしてあげたいのです。

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今回インタビューを受けてくれた、シンブリシティのメリッサ “ ツリーハガー ” スペンサー。

また、必ずテーマを決めています。いくつか例を挙げると、「ローエスト・トゥ・ハイエスト」は、アメリカ大陸の最低標高から最高標高へと進むことがテーマになっています。

ときには、その土地の特徴をテーマとして選ぶこともあります。たとえば「モゴロン・リム・トレイル」は、何百マイルもの長さの断崖絶壁を巡るルートです。この崖は、コロラド高原の境界線になっています。

「スカイ・アイランド・トラバース」は、アリゾナのスカイアイランド (孤立した山地) をすべて縦断しますが、これもまた地形の特徴にもとづいたルートです。

私たちはロング・ディスタンス・ハイキングのルートを設計しているので、ほどよい間隔で補給地点の町に簡単にアクセスできるようにしています。公有地や国有地以外の場所を歩く時間を最小限にするようにもしています。トレイルタウンまでのヒッチハイクをなるべくしないで済むようにするには、公有地の町のほうがよいからです。

また、私たちはきちんと法を守ったルートにするように努めています。不法侵入になってしまわないように。実現するのが難しいこともあるのですが。でも、とても美しい景色があっても、それよりも道路の上にルートを引くことを優先することもあります。

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アリゾナ州にあるスカイ・アイランド・トラバースの紹介ページ。(http://simblissity.net/より)


砂漠地帯を通るため、水場があることが最も重要。


—— リズ:地図を作るときに最も重要なことは何ですか?

メリッサ:私たちのルートは南西部の砂漠地帯を通るので、適度な間隔で水場があることが何よりも重要です。

もしかしたら、これが私たちの仕事で最も困難かつ時間のかかることのひとつかもしれません。新しいルートをテストする際に、脱水症状で死んでしまうのは避けたいですからね。

ちなみにブレットは、地図や衛星写真を見ながら水場を探すことに、かなりの時間を費やしています。

—— リズ:ルートの作成プロセスを教えてください。

メリッサ:まず、地図で全体像を見て、テーマを考えます。

次に、より詳細な地図を入手します。すでにトレイルがあるかどうかを調べるのです。そして公有地と私有地の問題点を洗い出し、さらに詳細を見ていきます。

ブレットは衛星データを見ることに膨大な時間をかけていますが、おそらく大半の時間がここに費やされているでしょう。

彼は、狩猟用のアプリをはじめ、水場を見つけるためにさまざまなアプリも見ています。さらに、人工衛星の写真と、森林局や土地管理局が行なっている小川の研究内容や湧水の研究内容を照らし合わせます。

衛星データに表示されている湧水や、風車などの牧場主の設備なども探します。また、水場につながっているような獣道も探します。なぜなら、そこには獣道ができるほど動物にとって十分な水があるからです。

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メリッサのパートナーであり、シンブリシティの創設者であるブレット・タッカー。モゴロン・リム・トレイルにて。

特定の水場を頼りに、水がほとんどないエリアに探索へ行くのには、確固たる自信が必要です。そのため、最初の水場に水がない場合も想定し、彼は何時間もかけてバックアップとなる水場も探します。

それから彼は、さまざまなハイキングのウェブサイトをチェックし、ハイカーがいつ水場に行ったか、その水場について何か書いていないかを確認します。

一年のうち、どの時期に水が手に入るのか? どんな水だったのか? ルートをマッピングする時に大変なのは、特に南西部において、どうすればここで誰も死なずにすむかを突きとめる作業なのです。


過去の書物はいっさい参考にしない。


—— リズ:50年代や70年代の古いガイドブックを、どの程度参考にしていますか? 今はなくなってしまっているトレイルも、そういった本に載っていたりしますよね。以前読んだ、デスバレーのオフトレイルルートについて書かれたクラシックな本には、ローエスト・トゥ・ハイエストの一部が載っていました。

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アメリカの最低標高と最高標高をつなぐ、ローエスト・トゥ・ハイエストの紹介ページ。(http://simblissity.net/より)

メリッサ:本に書いてあることは全くと言っていいほど参考にしていません。特に水場に関しては、気候変動の影響があるので、数年前にデジタルで出版されたものであろうとあてにしていません。

でも時々、古い出版物からルートの一部として使えるような情報を得ることがあります。

たとえば、デザート・トレイルは何十年も前に作られました。こういった古いルートは、最近発表された資料にはあまり情報が載っていません。

そこで、最近デザート・ルートをハイクした有名なハイカーである、「バック30s」と「ダートモンガーズ」の2人に連絡を取ったりしました。

そして、過去に出版されていたルートと現状が一致しているかどうか、ハイカーが何かメモを取っているかどうかを確認します。

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公有地の状況と照らし合わせながらマッピングした、ウィンター・スルーハイク・ルート。


「机上」と「実地」、両軸で徹底的にリサーチする。


—— リズ:訪れるべきランドマーク、水場、トレイルタウンなどの重要な要素を特定した後、マッピングのプロセスはどのように続くのですか? ルートのテーマがありながら、どのようにそれらを結びつけるのですか?

メリッサ:それらが終わった後、地図ソフトでルートを描きます。その後、実際にルートをハイクしたり、他の人にハイクしてもらいます。

地図で見ていた時とは必ず違いがあるので、これは重要なプロセスです。私たちがハイクをしているとき、ブレットは分岐点や興味深いものがあった場所で足を止めて、メモを取っています。

—— リズ:スルーハイカーが補給で使うような、町の情報はどのように入手するのですか?

メリッサ:ルートが通過する町を実際に訪れること、これは私のミッションのひとつです。補給品やホテル、コインランドリーなどのリストを作り、町の人と話をします。

そこで町の雰囲気を掴むのです。たとえば、現在ニューメキシコ州北部のルートを作成しているのですが、地図上では、ハイカーが補給するのに最適な町があります。

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ルートの多くは砂漠地帯ゆえ、補給地の街の存在は欠かせない。

コンパクトだし、町中をヒッチハイクしなくても、すべてのハイカーが気軽にサービスを受けることができるし、ハイカーが必要とするものはすべて揃っています。

でも実際にそこに行くと、完全に観光地なのです。レイザーという四輪駆動のバギーに似た車がダートロードを走っていて、トレイルは砂埃まみれ。ハイカーとしてこの町に行っても、歓迎されないのです。

私が行かなかったら、このことには気づけなかったでしょう。グーグルで見る限りだと、レストランがたくさんあって、ホテルの値段もちょうどいいし、町の近くまで公有地があって出入りも楽だし、本当に良さそうなんです。でも、ここはみんなに行ってほしいような場所ではないのです。

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モゴロン・リム・トレイルの概要マップ。


デジタル時代に即したリーズナブルな価格。


—— リズ:あなたたちがルート作りに費やした何千時間分の労力を考えると、地図の価格は非常にリーズナブルです。私はもっと値段を上げるべきだと思っています。この背景にある哲学は何ですか?

メリッサ:ブレットは、マップセットやルートの情報の価格を高くすると、結局、ハイカーがそれを盗むようになってしまうと思っているのです。

一方で、誰かがニューメキシコ北部のルートをカルトポ (CalTopo:無料の地図アプリ) に掲載したために、今では私たちがアップデートした情報を見ずに歩いている人たちがいます。彼らは私たちが作った水場情報や、タウンガイドも持っていません。

たしかに、もっと値上げしてもいいのかもしれませんが、デジタルの世界ではバランスが大事なんです。

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ハイカーは、水場や町をはじめとした情報が網羅された地図があってこそ、スルーハイキングを楽しむことができる。

—— リズ:最近では、お金を稼いだり、ルートを作って生計を立てたりするには、アプリを作ることが一番の方法だとされています。あなたはどう思いますか?

メリッサ:私たちは、地形を照合できる地図技術を持っているアプリ会社と協働しています。一般の人は実際のGPSのトラッキングデータにはアクセスできないため、ルートの情報を盗めないという点では、とても役に立っています。また、私たちのタウンガイドをオンラインで利用できるようにすることも検討しています。


支持される理由は、適正な情報量と優れた正確性。


—— リズ: マップセットとデータブックの善し悪しは、何で決まるのでしょうか。世の中には、情報が不足しているマップセットやデータブックもあります。

一方で、あなた方のマップセットは、ハイカーが必要とするすべての情報が網羅されていて、しかも使いやすいという評判です。なぜハイカーは、あなたのマップセットとルートが他のものよりも優れていると思うのでしょうか?

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シンブリシティの地図販売ページ。デジタル版をダウンロードすることも、アナログ版を郵送してもらうことも可能。(http://simblissity.net/より)

メリッサ:私たちのプロセスは時代とともに進化してきました。今では、私たちのシステムはインターネットを通して世界に接続されています。インターネット上には、細かなことまでたくさん載っているので、いろいろ気になってしまうものです。

私たちの地図には、ちょうどいい量の情報だけがあるのです。分岐や水場についての情報が多すぎることもなく、少なすぎることもありません。ブレットは、6つの情報源をチェックして、ハイカーが必要な情報を入手できるようにしています。

私たちはデジタルの時代を生きているのが現実なのですから、携帯電話で地図を見れば、分岐点などでいちいち次にどうすべきか悩む必要もありません。

私たちのタウンガイドの情報は、ヨギー (PCTをはじめとしたロングトレイルのガイドブックを作っているハイカー) のPCTタウンガイドブックと同じようなレイアウトにしています。

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既存のトレイルをスルーハイクするハイカーにおなじみの、ヨギーズブックス。(https://www.yogisbooks.com/より)

なぜなら、私はタウンガイドがどうデザインされるべきかをヨギーから学んだからです。私たちのトレイガイドでも、ハイカーが手っ取り早くアクセスしたいと思う情報だけを、ピンポイントで載せるようにしています。

私たちの仕事で一番大事なことは正確性です。コンピュータ上で描くルートと、実際に歩いて作ったルートとでは、ズレがあるんです。デジタルだけで作るルート地図は、実際はほとんど使いものにならないんです。

コンピュータ上でルートの距離を測ったり、トレイルや道路の等高線を引いたり、荒野の経路を考えたりしても、実際に外に出ると、小さな折り返しが多かったり、茂みや倒木の中を歩くこともあります。

最適な経路を選んだつもりでも、コンピュータで引いたものよりも実地での距離は10%長くなります。これは1日のハイクで考えると、20mileを超えるほどの誤差になります。500mileや1000mile以上のハイクだったら、なおさらです。


最後に。


—— リズ:最後の質問です。いつかまた既存のトレイルをハイクすることはありますか?

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リズが、仲間と一緒に砂漠地帯にあるサンディエゴ・カウンティ・トレイルを歩いた時の写真。

メリッサ:私たちのルートには、既存のトレイルと繋がっているものがあります。

たとえば、ノーザン・ニューメキシコ・ループはコンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT) に、グランド・エンチャントメント・トレイルは、アリゾナ・トレイルに少しだけ繋がっています。

でも正直なところ、それらの既存のトレイルをハイキングしていると、早く帰りたいという気持ちになってしまうんです。

とはいえ、私は他の人と一緒にハイキングをするのが好きなんです。大抵の場合、友人は何かしら理由をつけて、既存のトレイルを歩きたがります。今年はいろいろあって行けるかわからないけど、アリゾナ・トレイルに行くかもしれません。

—— リズ:最後に、ハイカーに向けて話しておきたいことはありますか?

メリッサ:たくさんの人が私たちのルートをハイキングして、フィードバックをくれます。それは私たちにとって、大きなやりがいになります。そして、私たちがどれだけ苦労して良いルートを作ろうとしたかを理解してもらえた時は、やってきたことが報われたように感じます。

—— リズ:インタビューさせていただいてありがとうございました。あなたとブレット・タッカーの仕事ぶりには感銘を受けました。たった2人であの有名なハイキングルートの数々を作っているなんて信じられません。

メリッサ:本当に大変なプロセスです。でも楽しいんです。これが私のキャリアとして認められるようになったら、本当に幸せです。

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ローエスト・トゥ・ハイエストを歩くリズのハイキングパートナーたち。暑さ対策で日傘をさしている。

アメリカのハイキング・カルチャーのエッジにいる、尖がったハイカーたちは、既存のトレイルに飽きたらず、人が少ないオフトレイルを歩いているよ。そんな話をリズから聞いていた。そのときに「シンブリシティ」の話もしていた。

アメリカでオフトレイルというと砂漠地帯が多くなり、そうすると水の補給問題に直面する。だからこそ信頼性のある情報をきちんとリサーチをしている、「シンブリシティ」は価値があり、人気を得ているのだ。

既存のトレイルからはみ出したいと思っているハイカーたちに、「シンブリシティ」のようなエッジーな作り手が、ハイキング・カルチャーへの新たな刺激を投入していることが非常に興味深かった。TRAILS編集部も次のNIPPON TRAILヘ早く出かけたいという刺激を受けた。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)

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(English follows after this page.)

文・写真:リズ・トーマス 訳:トロニー 構成:TRAILS

アメリカの尖がったハイカーたちは、今どこを歩いているのか。ハイキング・カルチャーの最前線のエッジで起こっていることを、今回はリズにレポートしてもらいました。

TRAILS読者であれば、アメリカのロングトレイルといえば、ジョン・ミューア・トレイル (JMT)、アパラチアン・トレイル (AT)、パシフィック・クレスト・トレイル (PCT)、コンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT) あたりを、パッと思い浮かべるのではないでしょうか。

アメリカ国内でも、これらの人気は年々高まっていますが、尖がったハイカーたちは新たなフィールドを見つけて遊びはじめています。たとえば、PCTハイカーたちの間では、「Next PCT」として、よりウィルダネスの多いパシフィック・ノースウエスト・トレイル (PNT) を選ぶハイカーもいます。

今回の記事ではそういった既存のトレイルではなく、自分のオリジナルの「ルート」を作り、旅するハイカーたちを紹介します。それは日本でTRAILS編集部が、「NIPPON TRAIL」 (※) の旅で実践してきたアプローチとも似ています。

前編ではその「ルート」の実態および魅力について、後編では「ルート」の作り方および今後について、をテーマにお届けします。

※ NIPPON TRAIL:アメリカのハイキング・カルチャーをリスペクトしながらも、日本のローカルをフィールドに、ロング・ディスタンス・ハイキングの旅を楽しむTRAILS独自のプロジェクト。既存の登山道やトレイルにとらわれることなく、山も町も川も自由につなぎながら旅をする。TRAILS編集部がその土地に魅了された初期衝動だけでなく、その後にリサーチやインタビューを重ね、その地をロング・ディスタンス・ハイキングしたい根源的な衝動は何か? まで掘りさげる作業を繰り返し行なっている。

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アリゾナ州〜ニューメキシコ州をまたぐ全長480mileのモゴロン・リム・トレイル。


ロング・ディスタンス・ハイカーが行き着く「トレイル」ではなく「ルート」という道。


最近、経験豊富でスキルのあるロング・ディスタンス・ハイカーが、既存の「トレイル」ではなく、別の「ルート」を歩くようになってきています。

既存のトレイル同様、このルートも、ロング・ディスタンス・ハイキングの冒険のひとつです。

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既存のトレイルではない、オフトレイルを歩くリズ。

既存のトレイルとの違いをひと言で言い表すのは難しいのですが、多くのルートは、以下のいずれかが欠けています。

1. ルートを維持・整備してくれるトレイルの管理団体やボランティア団体がある。
2. ほとんどの地図に、トレイルの公式名称がきちんと載っている。
3. きちんと道がある。(「ルート」の場合は、荒野や藪の中を歩くオフトレイルを進むことがあります)

ルートは通常、既存トレイルの一部や、ダートロード、そして荒野を進むオフトレイルなど、いろいろな種類の道が入り混じっています。

しかもルートは、基本的に標識 (または、ルートの名前だけ書かれているもの) がないので、ハイカーは自力でのナビゲーションが必要で、既存のトレイルを歩くスルーハイキングよりも、注意深く進まなければなりません。


アメリカで有名なルートーメーカー「シンブリシティ」。


自分で独自のルートを作るハイカーはたくさんいます。なかでもアメリカのハイキングコミュニティで最も有名なルートメーカーは、トレイルネーム「シンブリシティ」の名で知られる、ブレット・タッカーです。

彼は、自身のトレイルネームにちなんで名付けられた「シンブリシティ」という、ルートと地図を開発するビジネスを立ち上げています。

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ブレット・タッカーが立ち上げたシンブリシティ。(https://www.simblissity.net/より)

シンブリシティが今までに作ったルートには、以下のようなものがあります。

■ ローエスト・トゥ・ハイエスト・ルート:バッドウォーターからホイットニー山までの130mile。 (アラスカ、ハワイ以外の48州の最低地点から最高地点まで)
■ グランド・エンチャントメント・トレイル:アリゾナ州フェニックスからニューメキシコ州アルバカーキまで、1200mileの砂漠のルート。
■ スカイ・アイランド・トラバース:アリゾナ州にある、標高の低い砂漠に囲まれた、高山植物の「孤島」である10の高地を経由。
■ モゴロン・リム・トレイル:アリゾナ州からニューメキシコ州までの480mile。
■ ノーザン・ニューメキシコ・ループ:ニューメキシコ州北部のサンタフェから高峻な山々を上り下りする500mileのループ。

ブレット・タッカーが新しいルートを作ったと発表すると、ハイキング・コミュニティの中では大きなニュースになります。そして有名なハイカーたちは、新しいルートを誰よりも先にハイクしようとするのです。

彼のルートには、オンラインのファン・コミュニティがあります。PCTやCDTのFacebookグループが情報交換の場となるのと同じように、これらのコミュニティに所属するハイカーたちも、水場やトレイルタウン、トレイルのコンディション、ナビゲーションの難しいエリアなどの情報を共有しています。

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ブレット・タッカーは、砂漠地帯で十分な水を運ぶことがどれだけ重要なことかを知っている。


シンブリシティのメリッサ・スペンサーが語る、オリジナルの「ルート」作り。


私は運よく、シンブリシティの地図作成プロジェクトにおけるブレット・タッカーのパートナー、メリッサ “ ツリーハガー ” スペンサーにインタビューすることができました。

メリッサは、シンブリシティの「広報担当の副社長」と名乗っています (シンブリシティには社員が2人しかいません)。

彼女は自身のハイキングの実績をまったくアピールしませんが、実は素晴らしいハイキングの実績があるハイカーです。いろいろなロングトレイルを実際に歩いていて、PCTでは愛犬・セージと一緒に旅をしていました。また南西部の難関ルートも歩いた経験があります。

彼女は、「アメリカで最も素晴らしいロング・ディスタンス・ハイキング・ルート」だと多くのハイカーが認めるようなルートを、どのような目標を持って作っているか、話をしてくれました。

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今回、インタビューを受けてくれたメリッサ “ ツリーハガー ” スペンサー。


既存のトレイルとは異なり、「標識」は絶対に作らない。


—— リズ:まず最初に、ルートとトレイルの違いは何だと思いますか?

メリッサ:デイ・ハイキングをしながら、ずっとこの質問について考えていました。考えれば考えるほど、違いはないと思うようになりました。

たとえば、パシフィック・ノースウエスト・トレイル (ナショナル・シーニック・トレイルであり、標識もトレイルの運営組織もあります) では、私たちのルート以上に藪漕ぎが必要です。

ビッグフット・トレイルには何の標識もありません。藪漕ぎもあります。でも、これはナショナル・レクリエーション・トレイルになる予定になっています。

オレゴン・デザート・トレイルにはトレイルの運営組織があります。(ただし、ここはルートと考えられていて、ほとんどの区間が山や野原です)

ニューメキシコ州のCDTもトレイルではない区間が大部分です。(しかし、トレイルの運営組織があり、標識もあります)

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ロー・トゥ・ハイ・ルートを歩く、リズ、ナオミ、ケイト。

仮にトレイルとルートの違いが標識や藪漕ぎ、トレイルの運営組織の有無ではないとしたら、何が違いを生むのか私にはわかりません。

シンブリシティではいくつかのルートに「トレイル」という名前をつけていますが、これは紛らわしいのかもしれません。(例を挙げると、「グランド・エンチャントメント・トレイル」はシンブリシティのひとつのルートの名前です)

ひとつ言えるのは、私たちのルートには標識は絶対に作らないということです。

私たちのルートは実際にそこにあるのだけれど、そこにあることを誰も知らないようにしたいと思っているのです。ハイカーが盲目的にある場所からある場所へと歩くのではなく、地図を見て、考えてもらいたいのです。


より孤独感があり、より冒険的な旅をすることができる。


—— リズ:ルートにあってトレイルにないものは何だと思いますか?

メリッサ:ルートのほうがチャレンジングなのかもしれません。より冒険的な体験ができます。でも大抵の場合、ルートはハイカーが体験したいことに合わせてカスタマイズされています。

たとえば、ビッグフット・トレイルは、国内で最も松の木が密集している場所を見ることができます。ベンド・エール・トレイルは、オレゴン州ベンドのすべての醸造所に立ち寄ります。ヘイデューク・トレイルは、南西部のすべての国立公園を訪れます。つまりルートは、行きたい場所や見たいものに合わせて作られているのです。

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モゴロン・リム・トレイルを歩くブレット・タッカー。

加えて、私たちが作ったルートは、より孤独感を高めてくれます。でも、孤独は必ずしもみんなにとって必要なものではありません。孤独を求めるかどうかは、その時の人生における状態にもよると思います。

私がPCTをハイクした時は、その時に自分が求めていた分だけの、ちょうどよい人との交流がありました。一方で、十分に孤独を楽しむ時間もありました。

もしブレット・タッカーのルートに挑戦するのなら、人に会いたいという理由でハイキングするのはやめたほうがいいでしょうね。

—— リズ:私もそう思います。数年前、私はあるルートをスルーハイキングしている間、ひたすら孤独を求めていました。でも今は、新型コロナウイルスのために長い間家にいて、友人に直接会うことができないので、人との交流があるトレイルをハイキングしたいと思っています。

あなたの考えをお聞きしたいのですが、PCTやCDTのような整備された既存のトレイルではなく、ルートを選ぶのはどのようなハイカーなのでしょうか?

過去にPCTやCDTをハイクした経験があり、よりワイルドでナビゲーションの難しいコースを探しているハイカーでしょうか? それとも、これまでにロング・ディスタンス・トレイルのハイキングをしたことがない人でしょうか?

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モゴロン・リム・トレイルのユニークな風景。

メリッサ:実は、意外な組み合わせなのです。まず、大多数の人はスルーハイキングのスキルが高いハイカーです。他のロング・ディスタンス・トレイルを経験したことのあるスルーハイカーは、今までとは異なる、新しい冒険を探していることが多いと思います。

一方で、ルートが通っているエリアからも多くの人が来ています。その人たちはルートの存在を知ると、そのルートが自宅の裏庭にあるので、とても興味を持つのです。

モゴロン・リム・トレイルでは、独自のルートを作っている地元の人たちに会いました。彼らは、私たちがすでに持っているその土地に関する情報に、興味津々でした。

これらのルートをハイキングしている人のなかには、フェニックスに住んでいて、アルバカーキに行くルートや、その逆のルートに興味を持っているという人がかなりいます。

彼らは、私たちが作成した地図を見たい、グランド・エンチャントメント・トレイル (モゴロン・リム・トレイルと接続している) をハイキングしたい、と思っているのです。なぜなら、そのルートが自分たちの裏庭を通っているからです。

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砂漠地帯を貫くグランド・エンチャントメント・トレイル。(https://www.simblissity.net/get/より)


大切なのは、経験豊富なスルーハイカーが、何度でもリピートしたくなること。


—— リズ:多くの人が思っている以上に、自分でルートを作るハイカーはたくさんいます。なかでも、あなたとブレットは専門的にルートを作成し、ルートをデザインする人たちのなかでは最高レベルだと考えられています。

ハイカーが他のルートよりもシンブリシティのルートに惹かれる理由は何だと思いますか? ウェブサイトとマップセットがあるからでしょうか? 地図の質でしょうか? それとも目的地の質でしょうか?

メリッサ:私たちがルートを作成する時の大きな目標に、「繰り返し訪れたいものにする」というものがあります。そうすることで、訪れる人たちにハイキングに必要なツールをすべて持つようになってほしいのです。

ハイキングルートを作っている人のほとんどは、週末や夏の冒険など、自分自身のためにルートを作っています。私たちは、自分たちの作るルートが、経験豊富なスルーハイカーにとっても何度も楽しめるものにするために、とても長い時間を費やしているのです。

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モゴロン・リム・トレイルにある湖。水場の情報は事前に収集しておくことが不可欠。

—— リズ:ルートをデザインする上での目標は何ですか?

メリッサ:私たちは、自分たちしか興味のないポイントを巡るような、周回コースにはしたくはありません。つねに論理的に考え、多くの人が興味を持ちそうなランドマークを通るようにしています。

できるだけ、ルートは自然の道を通るようにしています。というのも、ほとんどの人は舗装路を歩きたくないと思っているからです。私たち自身の目標がそこに基づいているのは確かで、人々が何を求めているのか、仮説を立てています。たとえば、孤独もそのひとつです。

もちろん、ルート上の景色がどれだけ美しいかということも重視しますが、だいたいは人が少ないところになりがちです。

シンブリシティのルートを歩く人のなかには、すでにロングトレイルを歩いたことがある人もいるでしょうし、メジャーなトレイルよりも深い孤独を求めている人もいるでしょう。だからこそ、シンブリシティ・ルートに惹かれるのだと思います。

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「ルート」では、既存の「トレイル」では味わいにくくなった冒険や孤独を楽しむことができる。

—— リズ:私は、コンチネンタル・ディバイド・トレイル・コーアリション (CDTの運営組織) で仕事をしながら、学校でナショナル・シーニック・トレイルがどのようにコースを決めているのか研究していました。そこで感じたのは、トレイルのコースを決定するのはとても政治的だということです。

たとえば、PCTはマウントレーニア国立公園を通っています。ここは美しい場所ですが、公園内で最も美しい場所というわけではありません。最も美しい場所は、すでにたくさん人が訪れるのです。つまり、他の方法では集客できないエリアに足を運んでもらう手段が、PCTだったのです。

あなたたちが作っているルートは、トレイルの運営組織ではできないような場所に人々を連れて行く自由があると感じますか?

メリッサ:ルートを作る人ならば誰でもなんらかの目標を持っています。トレイルの運営組織もそうです。

PCTの場合、PCTAとフォレスト・サービスは、トレイルの勾配が馬にとって急すぎないようにしようとしました (そのため、PCTのほとんどの部分は勾配が10%以下になっています)。アリゾナ・トレイルでは、勾配とトレイルの幅が自転車に適したものであることが重要でした。

シンブリシティのルートは徒歩での移動に重点を置いているので、川を渡ったり荒野を越えたりといった、ちょっとした冒険ができるのです。

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リズとケイトが歩いたデスバレー。現在も、古い鉱山の町の名残りがある。

最近では、ロングトレイルの情報も増え、歩く人の数も急増し、スルーハイキングの敷居は年々下がってきています。

その一方で、既存のトレイルでは、大自然の中を誰とも合わずに自分一人だけで歩いて旅をする、という経験がなかなか味わえなくなってきているのも事実です。

だからこそ、尖がったハイカーたちが冒険や孤独を求めて「ルート」を志向するのは、当然の結果なのかもしれません。

後編では、この「ルート」が具体的にどういうプロセスで生まれ、マップをどう作成しているのかをお届けします。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

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(英語の原文は次ページに掲載しています)

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(English follows after this page.)

文:リズ・トーマス 写真:ライアン・リン 訳・構成:TRAILS

「Guthook App」(ガットフック・アプリ) のGPS地図アプリの登場とその普及は、この10年のあいだで、アメリカをはじめとしてロング・ディスタンス・ハイキングの方法を変えた大きな出来事のひとつです。

本邦初公開のGuthookの開発者インタビューでは、前編でアプリ開発の経緯を中心に話を聞きました。

今回の後編では、ロング・ディスタンス・ハイカーにとって、地図とコンパスに加えて「Guthook」アプリがMUSTアイテムとなっていった背景と、Guthookの未来について聞いてみました。

PCTの人気を一気に押し上げた『Wild』の影響と、「Guthook」アプリの普及がどのような関係にあるのか。「Guthook」は、開発においてハイカーのリアルなニーズをどのように掴んでいるのか。

現在のアメリカのロング・ディスタンス・ハイキングのシーンがどのように形成されたのかといったことや、またハイカーとアプリとの関係を考える上でも、とても興味深い内容になっています。

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いまやスルーハイカーにとって、スマホと「Guthook」アプリはMUSTアイテムとなっている。


「Guthook」アプリの登場によってスルーハイカーが増えた?


—— リズ:スルーハイキングの人気急増に、『Wild』(※1) と『Instagram』がどれくらい影響をおよぼしたと思いますか? また、どちらがあなたのビジネスの成長につながりましたか?

ガットフック:スルーハイキングが人気になったのは、間違いなく『Wild』とInstagramの影響です。また、アプリをリリースした時期 (※2) はとても良いタイミングで、『Wild』の追い風に乗ることができてラッキーでした。

※1 Wild (ワイルド) :シェリル・ストレイドによる、PCTを舞台にしたベストセラー書籍『Wild』。2014年に映画化され (邦題は「わたしに会うまでの1600キロ」) 、PCTの知名度が一気に上がった。

※2 Guthook Appのファーストプロダクトは、2012年にリリースしたPCT (iOS版) だった。

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PCTを舞台にしたベストセラー書籍『Wild』。

—— リズ:『Outside』 (※3) や『Guardian』(※4) の記事で、Guthookアプリのおかげでスルーハイキングの人気が高まっていると書かれていましたが、それについてはどう考えていますか?

ガットフック:私たちのアプリの影響で、多くの人がハイキングするようになったとは考えづらいですよね。

このアプリを見て「ロング・ディスタンス・ハイキングっていいね、やってみようかな」と言う人はいないでしょう。

Guthookアプリによって最近ロング・ディスタンス・ハイカーが増えたという話は、現実に即しているわけではありません。

たしかに、人々がトレイルに行くのをこのアプリが後押しした、とは言えると思います。でも、『Wild』を有名にしたTV番組の「オプラズ・ブック・クラブ (※5)」のような影響力はまったく持っていません。

※3 Outside (アウトサイド):1977年創刊のアメリカを代表するアウトドア雑誌。もともとはアウトドアに特化した内容だったが、徐々に領域が広がり、現在は旅行、スポーツ、健康、フィットネス、環境、スタイル、文化など、多岐にわたる。

※4 Guardian (ガーディアン):『The Guardian』はイギリスの新聞だが、ここではそのアメリカ版 (オンライン) のことを指している。

※5 オプラズ・ブック・クラブ (Oprah’s Book Club):アメリカの人気タレント、オプラ・ウィンフリーが、彼女の番組「オプラ・ウィンフリー・ショー (The Oprah Winfrey Show)」の中で始めた、おすすめ本コーナーのこと。

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オプラズ・ブック・クラブのウェブサイトでの書評。(http://www.oprah.com/book/より)

—— リズ:アプリは良くないとか、スルーハイカーは地図とコンパスだけを使うべきだと言う人もいます。でも、あなたは当初から、アプリに加えて地図とコンパスを携帯すべきだと強く推奨してきましたよね。

ガットフック:はい、そうです。当初から地図とコンパスとの併用が重要だと考えていて、ホームページにも明記しています。

—— リズ:アプリがハイキングに悪影響を与えている、と言ってくるソーシャルメディアやメールでの質問や反対意見に、あなたはどう対応していますか?

ガットフック:インターネットはそういうものですよね。人生は短いので、そういったことに怒っている人の意見にあまり悩まされることはありません。

私は人々からのフィードバックをきちんと受け止めますし、議論することも好きです。でも、暴言を吐くことには興味がありません。

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一番最初にリリースしたPCTのアプリのアイコン。

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PCTのAndroid版 (1st Edition)。


ハイキング専用アプリの会社での働き方


—— リズ:ハイキング専用アプリの会社で働きながら、あなたは普段どのように過ごしているのですか? 実際にハイキングをしていますか? また季節による違いはありますか?

ガットフック:特に今は新型コロナウイルスの影響で、1日9~10時間はパソコンの前でプログラミングをしたり、メールに返信したりしています。

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ガットフックはもちろん、同僚でありCOO (最高執行責任者) のアリスも、プログラミングを手がけている。

アプリを改善したり、データ管理システムの改善に取り組んだりしています。また現在トレイルを歩いている人もいるので、その人たちのために技術的なサポートが必要な問題に対処したりしています。くわえて、何か新しいことができないかと考えています。

特にここ数カ月は仕事を分業化したので、私は基本的には100%プログラミングに専念しています。他の多くのことは、共同経営者であるポールとアリスに任せています。

また従業員も数人います。顧客対応できるスタッフがいるおかげで、私はユーザーの技術サポートをする時間を減らして、プログラミングをする時間を増やしています。最近では、週末は普通の人と同じようにハイキングをしていますよ。

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今では、数多くのロングトレイルのアプリがリリースされている。

—— リズ:ガットフック・アプリの開発には、季節的なサイクルがあるのでしょうか? それは新型コロナウイルスの前にもありましたか?

ガットフック:ハイカーがトレイルを歩いている間にアプリの内容をあまり変更したくなかったので、夏はコーディングのペースを落としていました。しかし南半球やフロリダ、アーカンソー、アラバマなど、アプリ内のトレイルが増えるにつれ、結局は季節による仕事の違いはなくなってきましたね。


ハイカーとのリアルな交流も大事にするアプリ会社


—— リズ:あなたは、「PCT Days」(※6) やダマスカスで開催されるAT (アパラチアン・トレイル) の「Trail Days」(※7) のようなトレイルコミュニティの大きなイベントに必ず参加していますよね。ハイカーと会うことは、あなたにとってどのような意味があるのですか?

ガットフック:自分の普段の楽しみのひとつです。イベントで私たちは、技術サポートを多くのハイカーに対面で行なっています。

「PCT Days」での最初の1〜2回は、ほとんどの時間「私たちが誰か知っていますか? と聞いてばかりでした。

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イベントでは、ハイカーと直接話し、リアルなニーズを収集することを大事にしている (右端がガットフック)。

その後、初めて「Trail Days」にブースを出したときは、予想以上に多くの人が集まってきました。私たちはアプリの説明をたくさんしなければいけないと思っていたのですが、多くの人が私たちのことをすでに知ってくれていたのです。

今では、こういったイベントに参加して、ハイカーからフィードバックをもらったり、アイデアを聞いたりしています。

※6 Trail Days (トレイルデイズ):毎年5月に、AT (アパラチアン・トレイル) にあるバージニア州・ダマスカスで3日間にわたって開催されるイベント。アメリカ全土だけではなく世界中からロング・ディスタンス・ハイカーが集結する、アメリカ最大かつ世界規模といっても過言ではないハイカーの祭典。スルーハイカーが練り歩く、ハイカー・パレードが名物コンテンツ。

※7 PCT Days (パシフィック・クレスト・トレイル・デイズ):毎年8月に、PCT (パシフィック・クレスト・トレイル) にあるオレゴン州・カスケードロックスで3日間にわたって開催されるイベント。ゲームをしたり、プレゼンテーションを聴いたり、くじ引きでギアをゲットしたり、出展ブランドの新作ギアをチェックしたりと、さまざまなコンテンツがある。近年、徐々に規模が大きくなっているハイカーフェスティバル。

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オレゴン州・カスケードロックスで開催されている「PCT Days」。

—— リズ:アプリメーカーがトレイル・フェスティバルにブースを出すことはあまりないですよね。実物のモノを作っているわけではないアプリメーカーが、トレイルのイベントで存在感を発揮しているのがとても面白いですね。他の出展社は、バックパックやテントなどのギアを作っているメーカーばかりですからね。

ガットフック:私たちのようにスルーハイカーの仲間たちと密に連携しているアプリメーカーは、他にはあまりないと思います。

ハイカーと話したり、ぶらぶらしたり、おしゃべりしたり……他のアプリメーカーの多くは、おそらく、それを見て無駄な時間だと言っているのではないでしょうか。

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バージニア州・ダマスカスで開催されている「Trail Days」には、世界中からスルーハイカーが集結する。


「Guthook」の今後


—— リズ:人々はアプリが今後どうなっていくことを期待しているのでしょうか。

ガットフック:アプリ開発において大事なのは、アプリの一般的なユーザーよりも、自分たち自身の方がワクワクしていることです。

それが将来的にアプリを使っているユーザーに対しても、とても役立つものになっていくことを望んでいます。

私たちは今、アプリ内でより広いエリアの情報を表示できるようにしています。それによって1地点の「点」の情報だけではなく、マップ上の「面」の情報としては「このエリアは火事で閉鎖しています」といった情報を表示できるようになります。

また「このエリアは、グレート・スモーキーマウンテン国立公園です。この場所について知っておく必要がある情報があります」といった情報も表示できるようになります。

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現在の「Guthook」アプリも十分使いやすいが、さらにユーザビリティを上げようとしている。

以前は火事エリアの最初と最後に1つの地点情報を表示していました。しかし、私はその効果に満足していませんでした。

これは私にとって楽しく新しいチャレンジです。ユーザーにとって本当に役に立つ情報を、使いやすく提供するために、アプリ内の情報をどうやって配置するか。そういったことを本質的に理解する必要のある、これまでとは異なる技術的な挑戦なのです。

—— リズ:新型コロナウイルスは、これまでの夏とは異なる過ごし方をするという意味で、アウトドアで遊ぶことにについて、いろんな創造力が必要になりました。あなた自身は、なにか面白い旅をする予定はありますか?

ガットフック:夏のアウトドア・アクティビティについていうと、私は夏の間はずっとメイン州に滞在して、遊んでいます。

僕のガールフレンドが元シーカヤックガイドなので、彼女と一緒にカヤックをすることにハマっています。シーカヤックで一泊以上したことがないので、この夏の終わりにアカディア (北米東部大西洋岸) の近くで一週間のパドリング・トリップを計画しています。

私はメイン・アイランド・トレイル (シーカヤックのルート) という従来のロングトレイルとは異なるトレイルを探索しています。これは一般的なロング・デイスタンス・ハイキングのためのトレイルとは異なります。

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メイン州にあるCutler Coast Trail (カトラー・コースト・トレイル)は、ガットフックの地元のトレイルのひとつ。

メイン・アイランド・トレイルは、メイン州の海岸沿いにある、たくさんの島を、キャンプしながら旅する「ウォーター・トレイル」です。どのように移動するかは自分でルートを決めて、自分が好きなように旅を選ぶことができます。

スルーハイカーは、自分で特に自覚をせずに、すばらしいアイディアを思いつくことができます。私も久しぶりにこのような特別な体験をしました。

今はバックパッキングやロング・ディスタンス・ハイキングをして過ごしている時間は、そのほとんどは私にとってまったく新しいものではありません。それは古い友人のような存在なんです。その一方で、今、私は新しいことに挑戦していて、私にとってまったく新しい発見があるんです。

—— リズ:お時間をいただきありがとうございました。ガットフック・アプリがどのようにして誕生したのか、そしてあなたが冒険家からアプリ開発者になった経緯を知ることができて、とても面白かったです。

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ハイカーがリアルタイムで情報更新できるのも、「Guthook」アプリの特徴のひとつ。 (https://atlasguides.comより)

本邦初公開の「Guthook」アプリの開発者インタビュー、いかがでしたでしょうか。

まさに、ロング・ディスタンス・ハイカーによるロング・ディスタンス・ハイカーのためのアプリ、であることがまっすぐに伝わってくる内容でした。

今後、「Guthook」アプリがさらに進化していくなかで、ロング・ディスタンス・ハイキングという旅の体験がどのように変わっていくのでしょうか。今後もその動向をウォッチしていきたいと思います。

最後に、ガットフックも言っていますが、ロング・ディスタンス・ハイキングの旅に出る際は、いざという時のことも考えてアプリだけではなく、地図とコンパスとの併用を徹底しましょう。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)

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(English follows after this page.)

文:リズ・トーマス 写真:ライアン・リン、ポール・ボドナー 訳・構成:TRAILS

アメリカのロングトレイルを歩くスルーハイカーにとって、もはやマストアイテムとなっているのが、『Guthook App』(ガットフック・アプリ / 別名、アトラス・ガイド・アプリ) というロングトレイル用のGPS地図アプリ。

この『Guthook App』の開発者が、実はリアルなPCTスルーハイカーであることは、日本ではほとんど知られていない。

今回の記事は、このアプリを開発した、ライアン・リン (トレイルネーム:ガットフック) というハイカーの、生い立ちと開発経緯に迫った貴重なインタビューだ。

『Guthook App』(iOS版) が誕生したのは、2012年のこと。

最初はPCTのアプリをリリース。その後、つぎつぎと他のロングトレイルのアプリも開発し、現在はアメリカの3大トレイルだけでなく、他のアメリカのロングトレイルもかなりカバーしている。

さらにアメリカ以外、ニュージーランドやオーストラリア、ヨーロッパのトレイルにも対応。

興味深いのは『Guthook App』がアプリ至上主義ではなく、アプリユーザーに対して、紙地図やコンパスとの併用を推奨していること。おそらくは、それも開発者自身がリアルなハイカーであることによるものだろう。

本邦初公開の、『Guthook App』開発者へのインタビューを、前編、後編にわけてお届けします。
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ガットフックのWEBサイト (https://atlasguides.comより)


はじめに


私は今回、Guthook App (ガットフック・アプリ / 別名、アトラス・ガイド・アプリ) の創業者のひとり、ライアン “ ガットフック ” リン氏にインタビューしてきました。

このアプリは、PCT (※1) からローカル・トレイルまで、ほとんどのスルーハイカーがロング・ディスタンス・トレイルで使用しているスマートフォンアプリで、これがあれば、水場やトレイルタウン、キャンプ場などの情報が簡単にわかります。

私はガットフックに、彼がスルーハイカーからアプリメーカーになった経緯や、ハイキングアプリ開発者の彼がどのような生き方をしてきたのかを、聞きたいと思ったのです。

※1 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

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ATをスルーハイクしている時の、ライアン “ ガットフック ” リン。


2010年にPCTをスルーハイクしたときに、iPhoneアプリを着想した


—— リズ:ガットフック、今日はありがとうございます。多くのスルーハイカーがあなたのルーツに興味を持っています。まずは、アウトドアを始めたきっかけを教えてください。

ガットフック:私は、ど田舎で育ちました。そこではハイキングが当たり前でした。大学に入学してからは、ハイキングやバックパッキングに夢中になりました。

そして、ワイオミング州のNOLS (National Outdoor Leadership School ※2) で1学期を過ごしました。その時に “ そろそろ本格的にアウトドアのキャリアを積もう ” と思ったんです。

その時点では、それが実際にどうなるのかはわかりませんでした。私はNOLSの後、大学を卒業してAT (※3) をハイキングしました。

※2 NOLS (National Outdoor Leadership School) :米国を拠点とする非営利の野外教育学校で、ワイオミング州のランダーに本部がある。環境倫理、アウトドア・スキル、野外医学、危機管理&判断力、長期遠征でのリーダーシップなどを教えることを目的としている。

※3 AT:Appalachian Trail (アパラチアン・トレイル)。アメリカ東部、ジョージア州のスプリンガー山からメイン州のカタディン山にかけての14州をまたぐ、2,180mile (3,500km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

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ATの北端、カタディン山にて。

—— リズ:ガットフック・アプリのアイデアは、どうやって思いついたのですか?

ガットフック:PCTの中間地点でポール (現在のビジネスパートナー) と出会ったんです。2人ともPCTをスルーハイクしていました。私たちは、どこかでスマートフォンのアプリについて話をしました。2010年のことです。

最初のiPhoneが誕生したのは2007年。だから、当時はまだすごく新しかったんです。アプリを作るというアイデアも新しく、みんな考えようとしていました。

—— リズ:2010年のPCTでは、他のハイカーもiPhoneを持っていましたか?

ガットフック:いいえ。その年、トレイルで出会ったハイカーの中でスマートフォンを持っていたのは、たった2人だけだったと記憶しています。でも本当は、もっとたくさんいたでしょう。

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ガットフックが2010年にPCTをスルーハイクした時に使用していたガイドブック。

—— リズ:私が2009年にPCTをハイキングしたとき、トレイルの序盤でiPhoneを持っている人に1人だけ会ったのを覚えています。その時は “ どうやって充電してるんだろう? ” と思っていました。

ガットフック:今ではもはやiPhoneを持っていること自体が普通になっているけど、誕生してからまだ10年も経っていないと思うと、本当に信じられません。


ガットフック・アプリ開発のきっかけ


—— リズ:あなたはPCTを歩き終えた後、何をしたのですか? PCTのアプリ開発に取り組もうと思ったきっかけは?

ガットフック:PCTを終えてからの3カ月間は、何をしていたかもあまり覚えてなくって、今後どうするかも決めていませんでした。

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共同創業者のポール・ボドナー。彼とは、2010年のPCTで出会った。

—— リズ:面白いですね。その感覚は、私が2010年にCDT (※4) を終えた時もまったく同じでした。

ガットフック:実際のところ、私をアプリ開発に駆り立てたのはポールではありませんでした。家族の友人で、コンピュータに詳しく、教育でコンピュータを使っている女性がきっかけだったんです。

彼女は私にアプリ開発にチャレンジしてみることを強く勧めてきたのです。それでポールのところに行って、“ おい、オレたちが話していたことを覚えているか? やってみようぜ ” と。それが始まりでした。

※4 CDT:Continental Divide Trail (コンチネンタル・ディバイ・トレイル)。メキシコ国境からニューメキシコ州、コロラド州、ワイオミング州、アイダホ州、モンタナ州を経てカナダ国境まで、ロッキー山脈に沿った北米大陸の分水嶺を縦断する3,100mile (5,000km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。


仕事をしながら、趣味としてアプリ開発に取り組む


—— リズ:学校では何を専攻していたのですか? それは、ハイキングアプリの開発者になるための素養になりましたか?

ガットフック:歴史を研究していました。ハイキングをするために大学を卒業したんです。

コードの書き方は、たくさんのウェブサイトや本、YouTubeで勉強していました。いまの時代のスキル習得方法ですよね。そしてアプリを開発するというのは、どこまでやっても、勉強になることがつねにあります。

何年かプログラミングをやってみて、ようやく「自分のやっていることが本当にわかった」と実感できるようになりました。自分のやっていることを完全に理解したと思うと、また別のことに取り組むんです。結局それがまったく新しいチャレンジになるのです。

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ATの最初のガットフック・アプリ (iOS)。

—— リズ:最初のプロトタイプを経て、本当に市場に適したものを開発するまでに、どのくらいの時間がかかりましたか?

ガットフック:プログラミングの初日からアプリのリリースまで、約1年でした。でも、私はまだしも、なぜ他の人がこのアプリを気に入ってくれるのかを理解できるようになるまでには、数年かかりました。

—— リズ:アプリ開発に取り組んでいた最初の数年間は、フルタイムで取り組んでいたのですか? それとも他の仕事をしなければなりませんでしたか? また、その期間、スルーハイクはできましたか?

ガットフック:2010年以来、完全なスルーハイクはしていません。ロングトレイル (※5) などのそれほど長くないトレイルのスルーハイクや、ATの大きなセクションのハイキングはしましたが、ほとんどの夏はサマーキャンプ (※6) で働いていました。

オフシーズンはイースタン・マウンテン・スポーツというアウトドアショップで働いていました。アプリの開発をしていたのは、平日の夕方や早朝と、休日です。図書館に行ってもキーボードを叩くばかりでした。

※5 ロングトレイル (Long Trail) :アメリカ・バーモント州にあるハイキングトレイルで、総延長は273mile (439kme)。米国最古のロング・ディスタンス・トレイルであり、1910年〜1930年の間にグリーンマウンテンクラブによって創設された。

※6 サマーキャンプ:一般的に夏季休暇の間に実施される、10代を対象とした教育目的のキャンプ。

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ATのシェルターにて。

—— リズ:それはすごいエピソードですね。その間、家族や友人はあなたがサマーキャンプで働くことについてどう思っていましたか? 有名大学を卒業して、サマーキャンプで働き、その他の時間はアプリの開発をする。家族は不思議に思ったのではないでしょうか。

ガットフック:アプリはギャンブルだと親もわかっていたのが、幸いしました。でも、それは可能性を秘めていました。

私の友人のほとんどは、私のことを普段はハイキングをしている人間だと思っていました。でも、私はこれまで一緒に歳を重ねてきた人たちと同じレールに乗ったことはありません。

当時、私は27歳でした。その年頃の人はみんな、自分自身のことをまだわかってないのだと思います。


アプリ開発がメインの仕事になる


—— リズ:どのタイミングで、アプリに十分な自信を感じて、サマーキャンプやアウトドアショップで働かないと決めたのですか?

ガットフック:アプリを買ってくれている人がたくさんいて、サマーキャンプで働かなくても家賃を払うのに十分な収入が得られることがわかったのです。

でも、それがはっきりするまでは、他の仕事を続けていました。私は、アプリ開発だけに専念するという選択肢を考えていなかったのです。

誰かが投資してくれるなんて想像できなかったので、外部からの投資を受けようと思ったこともありません。しかし2015年の夏には、これが単なる副業の趣味ではなく、ビジネスとして成立するフェーズになっていたのです。

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現在の、PCTのガットフック・アプリ。デザインも使い勝手も、かなり向上している。

—— リズ:私も自分の会社のTreeline Review (※7) で同じプロセスを体験しました。だからこういった起業家の最初の歴史はのめり込んで聞いてしまいます。他の人の軌跡を聞くのは面白いですね。

ガットフック:正直なところ、ここまで成長するとは想像もしていませんでした。最初から、季節労働をしながら、その合間に、このアプリで少しでも稼げたらと考えていたのです。

仕事と仕事の間隔は、少なくとも数週間〜1カ月あります。私はタイプ的に、アウトドア好きの季節労働者の多くがやっているようなライフスタイルは向いていなかったので、この仕事がうまくいってよかったと思っています。

※7 Treeline Review:リズ・トーマスが創設者の一人である、レビューサイト。リサーチとテストによる客観的なギアレビューにくわえて、数十のレビューサイトからのレビューを集約。

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2010年にスルーハイクしたPCTの、カナダ国境にて。ポール (左) とガットフック。

ガットフック氏の生い立ちと開発初期の経緯について聞いた、リズによるインタビュー前編。

アウトドアの仕事をしたいと思っていた青年が、スルーハイキングをきかっけに、当たり前のことを嫌い、それまでになかったビジネスにチャレンジし、そして成功していく。

そのストーリーは、多くのハイカーを惹きつけるものであり、またULのガレージメーカーにも似たチャレンジ・スピリットを感じさせてくれます。

後編では、ガットフックの現在と未来について、話が続いていきます。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

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リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#26 / How Thru-hiking has changed <前編> スマホ時代のスルーハイカー

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リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#26 / How Thru-hiking has changed <後編> GPS・通信技術の進化とハイカーの変化

(English follows after this page.)

文:リズ・トーマス 写真:リズ・トーマス、ジョン・カー、ダンカン・チェウン 訳:落合達也 構成:TRAILS

この10年でスルーハイカーのスタイルにどのような変化があったかを伝えてくれる、今回のリズのレポート。

テクノロジーの進化は、途方もない冒険だと思っていたロング・ディスタンス・ハイキングの旅を、多くのハイカーにとって自分にも実現可能な旅だと思わせてくれるようにしました。

ナビゲージョンや遠隔通信のテクノロジーは、それを象徴するもののひとつです。「Guthook」に代表されるナビゲーションアプリ。「SPOT」などの衛星通信を利用した緊急用デバイス。これらは、今やスルーハイカーのマストアイテムにもなっています。

後編では、そのような位置情報や衛星通信におけるテクノロジーの進化が、スルーハイカーにどんな影響を与えたかを語ってくれます。

安易にテクノロジーに頼ることへの警鐘も含めながらも、ロング・ディスタンス・ハイキングのシーンが、テクノロジーのおかげでどのように広がっていったかを俯瞰できるレポートです。

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コンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT) のスルーハイカーたち。


ナビゲーションアプリの光と影。


スルーハイカーがロングトレイルを歩くにあたって、道迷いは大きな恐怖のひとつです。ただこの5年間で、長時間使えるバッテリーや、Guthook (ガットフック ※1) のようなアプリを搭載した携帯電話によって、ロングトレイルにおけるナビゲーションは簡単になりました。

GPS端末は20年以上前から存在していましたが、高価だったり、重かったり、使い方が難しかったり、といった問題がありました。それに比べ、スマートフォンアプリは価格もリーズナブルで、大部分のスルーハイカーが持っているデバイスで使うことができ、なおかつ優れたユーザーインターフェースと使い勝手を備えています。

アプリを使えば、これまで以上に多くのハイカーが、街中をカーナビで走るのと同じくらい、手軽にバックカントリーを旅することができます。

※1 Guthook:ポール・ボドナーとライアン・リンという2人のハイカーが生み出したロングトレイルのGPS地図アプリ。ガットフックとは、ライアンのトレイルネーム。オフラインでも使用でき、スルーハイカー御用達。https://atlasguides.com

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GuthookのWEBサイト (https://atlasguides.comより) 。

しかし、アプリを使うことに関しては賛否両論があります。以前は、スルーハイキングをする上で、ハイカーには地図やコンパスを用いたナビゲーションスキルが必要でした。これらのスキルを習得するために、ハイカーはバックカントリーでかなりの時間を過ごし、それを通じてスキルを身につけたのです。

アプリによってスキルのないハイカーがロングトレイルを歩くようになってしまうのではないか、と懸念する意見もよく聞ききます。

携帯電話が濡れたり電池が切れてしまった場合、不幸な結末になるのは明らかです。携帯電話が動かなくなって、スルーハイキングを止めざるを得ない状況になってしまったハイカーがいたという話も、私は聞いたことがあります。

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PCTのGuthookアプリ。自分の位置はもちろん、水場やキャンプサイトや各種施設をはじめ、さまざまな情報が一目でわかるようになっている。

そのため、Guthookのアプリでは、ハイカーがトレイルで主にアプリを使うとしても、紙の地図を携帯し、その使い方も理解するようにと、警告をしています。

また、ナビゲーションアプリがあることで、自分のバックカントリースキルを過信してしまうハイカーもいます。そして地図とコンパスしか持っていなければやらないであろう、危険な行動をとろうとしてしまうこともあります。

たとえば、アプリの地図で正確な位置が表示されるからという理由で、雪に覆われたシエラに無謀に入っていってしまう可能性もあります。しかしアプリは、氷の斜面における滑落停止やトラバースに必要なスキルをサポートしてはくれません。

ただこの問題は、アプリとはまた別の新しいテクノロジーとも部分的に関係しています。そのテクノロジーは、ハイカーがロングトレイルを旅する方法を変えました。そのテクノロジーについて、これから説明します。


緊急用デバイスを持つ安心感が、スルーハイキングの敷居を下げた。


ハイカーが救助要請できるデバイス「SPOT」が登場した際、捜索救助チームへの救助依頼の電話が急増しました。

時には、救助が必要ない場合や、自力でなんとかできた場合でも、救助要請を出してしまう人もいました。緊急用デバイスがあることで、リスク回避をせずに、失敗と隣り合わせの状況を選んだりしてしまう傾向がある、と主張する人もいます。

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ウィルダネスに危険はつきもの。緊急用デバイスを過信することなく、良し悪しを理解した上で使いこなすことが重要だ。

しかし、緊急通信の道具は、ハイカーやその家族に安心感を与える役目もあります。私がPCTをスルーハイクした2009年は、砂漠で脱水症状になってしまったハイカーが何人かいましたが、自分たちが持っていたデバイスを使って、ヘリコプターの救助を呼んでいました。

ハイカーが転倒したり、身動きがとれなくなったり、足を骨折したりした場合、捜索救助デバイスを持っているかどうかが、生死の分けることもあります。この3年間で捜索救助のデバイスは進化していて、今はデバイスを使って救助チームとテキストでやりとりできるようになっています。

結果、ハイカーは具体的にどんな助けが必要かを説明できるようになりました。これによって、事態に合わせた適切なスキルと道具を持ったチームが、救助にあたることが可能になったのです。

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緊急用デバイスによって、レスキューチームとの細かなやりとりも可能になった。

双方向のテキスト送受信が可能な衛星メッセンジャーは、単なる優れた緊急デバイスであるだけでなく、スルーハイク中に家族や友人と連絡を取り合う上でも便利な道具です。

以前、シエラ・ハイ・ルートをスルーハイクした時、私と一緒にいたハイキングパートナーは、テキスト通信機能を使って仕事のやりとりをしていました。また別のときには、テキスト通信で事前にレストランにハンバーガーを注文しおいて、町に到着した時にちょうど出してもらうようにしたこともありました。

また、私がパシフィック・ノースウエスト・トレイル (PNT ※2) をスルーハイクした時、私のハイキングパートナーは、衛星メッセンジャーを使って彼女の夫と連絡を取り合っていました。

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今やスマートフォンはもちろん緊急用のデバイスも、スルーハイカーの必需品となった。

双方向のテキスト機能があるデバイスのおかげで、(仕事の電話のためにオフィスを離れられないということはなく) ハイキングの旅に出かけられる人が増えました。また、このデバイスを使うと、ハイカーが感じる孤独感や、ホームシックの気持ちが軽減されるため、スルーハイカーの途中リタイアを防ぐことにも役立ちます。

しかしもっとも重要なことは、これらのデバイスによって、ハイキングが安全なことだと感じる人 (あるいは、安心してそのハイカーをハイキングに送り出せる家族)を増やしているということです。これらすべてのことから、双方向メッセンジャーは、スルーハイカーの数を増やしているひとつの要因だと言えるでしょう。

※2 パシフィック・ノースウエスト・トレイル (PNT) :正式名称は「The Pacific Northwest National Scenic Trail」。アメリカとカナダの州境付近、ワシントン州、アイダホ州、モンタナ州の3州をまたぐ1,200マイル(1,930キロ)のロングトレイル。歴史は古く、1970年にロン・ストリックランドによって考案された。そして約40年の歳月を経て、2009年にNational Scenic Trailに指定された。現時点において、もっとも新しいNational Scenic Trail。


「Beyond the PCT」として、CDTの人気が高まってきた理由。


PCTの人気はどんどん高くなっています。そしてPCTを満喫したハイカーのなかには、今度は別のロングトレイルを歩きたいと思うハイカーも出てきます。

PCTを気に入った人たちは、次にCDTを選ぶのが一般的です。PCTとCDTはどちらも開けた眺望があり、西海岸の気候で、さまざまな種類の自然環境のなかを旅することができます。PCTが好きな人たちは「ATには眺望がない」という冗談をよく言うのですが、実際PCTのスルーハイカーが次にATを歩くことにした、という話はめったに聞きません。

LIZ13_11_The Sierra is one of the most beautiful parts of the PCT, but requires special gear and planning
PCTの開放的で広大な景観。

2016年に、PCTA (※3) はメキシコ国境からスタートできる1日あたりの人数を制限するルールを導入しました。これを「PCTだけでなくCDTも選択肢にしてください」というメッセージと捉えたハイカーもいました。ちなみにCDTは、パーミットも必要なく、スタートできるハイカーの人数制限もありません。

CDTを旅する際、これまではルートナビゲーションが高いハードルとなっていました。CDTは、いまだトレイルがすべては完成しておらず、道標も少なく、ルートが複数あります。しかしCDTのGuthookアプリの登場によって、そのハードルが下がりました。

2019年には、CDTはそれまでよりもスルーハイキングしやすいトレイルになりました。なぜかというと、その前年の2018年にCDTを管理・運営している団体が、多大な労力を費やしてトレイル全線にわたって道標や目印をつけてくれたのです。

「Embrace the Brutality (野蛮さを喜んで受け入れよう)」というキャッチコピーが裏で付けられていたCDTも、今では以前より多少は歩きやすくなったのです。

※3 PCTA:パシフィック・クレスト・トレイル・アソシエーション。PCTの管理・運営団体。

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昔に比べてCDTはかなり歩きやすくなり、スルーハイクするハイカーが増加。


地図や衛星通信におけるテクノロジーの進化は、オフトレイルの旅の可能性も広げた。


CDTを過去に歩いたことがあるハイカーや、よりワイルドなハイキングを求めるハイカーにとっては、自分で作ったルートを歩くことも、これまでよりも簡単にできるようになりました。

オフトレイルを歩く旅は上級者や熟練したハイカーには魅力的ですが、実験的なルートで旅をしようとする人はとても少数です。しかし、そういったルートの旅がより簡単になったのは、地図とナビゲーションのテクノロジーによるものです。

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インターネットを利用して、新しいトレイルを開拓する機会も増えた。

今では、自分でルートを描くのも、地図情報はすべてインターネットで入手できるので、詳細な地形が載った紙地図を用意する必要もありません。

Google Earthと衛星技術を使えば、地形図上には表示されないような小さな崖や滝などといった、ハイカーにとって障害となるような場所を拡大して見ることができます。

他の人が作成したルートのGPXファイルを、インターネット上で簡単に共有することもできます。またハイカーは自分で新しいルートのマップ情報を作成して販売することもできます。新しいルートの情報を知る上でまずは手にとっていたガイドブックは、いまは必ずしも必要なものではないのです。

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最近は、トレイルがはっきりしていないルートを歩くハイカーも多い。

最後にもうひとつ。SOS緊急ボタン付きの双方向衛星技術は、(少なくともアメリカでは) 新しいルートを冒険するリスクの一部を (すべてではありませんが) 取り除いてくれました。

ロワー48 (アラスカとハワイを除く48州) には、道路から37mile (59km) 以上離れた原生地域は存在しません。しかし救助は、難易度が高く、費用もかかり、また大規模なチームを必要とするものです。いまはその救助チームに、即座に助けを求めることができるようになったのです。


COVID-19の今、私が思うこと。


2020年3月、トレイル沿いにある田舎町へのCOVID-19の感染拡大を防ぐために、多くのトレイル団体が、スルーハイカーがトレイルを歩かないように要請を出しました。

世界は今、地球規模の不況にあるように思われます。このパンデミックは、多くのスルーハイカーを一瞬でストップさせました。いつ、人々が再びトレイルを安全に旅できるようになるかはわかりません。

世界的な不況がつづくことで、スルーハイクのための資金を貯めることが困難になり、ハイカーの数はさらに減ってしまうかもしれません。

スルーハイクの今後に関しては多くのことが未知数です。ハイカーの数は果たして増えつづけるのでしょうか?

ひとつだけ確かなことは、スルーハイキングも、山も、ロングトレイルも、私たちが再び自由に歩き旅ができるようになった時、必ずそこにあるということです。

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今しばらくはSTAY HOMEの時期。自然や山が逃げることはありません。収束したらまた旅に出ましょう。

リズが今回レポートしてくれたように、この10年でテクノロジーによって私たちの旅の可能性は大きく広がりました。

新型コロナウイルスの蔓延は、そのようなあたり前と思っていた、旅ができることのありがたさ、旅ができる前提となっていた環境を見つめ直す時間ともなりました。

今回の記事で最後にリズが書いてくれた言葉は、旅を愛する世界中のハイカーにとって共通の思いです。トレイルや自然は間違いなくずっとそこにあります。またハイキングできる日を楽しみに待ちましょう。Happy Trails!

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

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(英語の原文は次ページに掲載しています)

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文:リズ・トーマス 写真:リズ・トーマス、ジョン・カー、ダンカン・チェウン 訳:落合達也 構成:TRAILS

この10年でスルーハイカーのスタイルは、どのように変わってきたのか。

映画『WILD』の公開、スマホの普及など、スルーハイキングの旅のスタイルに影響を与えるものが、この10年のあいだに多く登場してきました。

アメリカのハイキングシーンの最前線に立ちつつ、その動向をつぶさに見つづけてたリズが、この10年のスルーハイキングの変遷をレビューする記事を届けてくれました。

前編では、ギア、映画、スマホなどのテック環境などさまざまな視点から、いかにスルーハイキングのカルチャーが広まっていったのかという内容をレポートします。

ちなみに、アメリカはロサンゼルス在住のリズは、今は当然ながらロング・ディスタンス・ハイキングの旅に出ることは叶わず、自宅で過ごしていることが多いそうです。そんな「STAY HOME」なリズのレポート、お楽しみください。

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パシフィック・クレスト・トレイル (PCT) のスルーハイカー。過去に開催されていたキックオフパーティーにて。


はじめに。


アパラチアン・トレイル (AT)、パシフィック・クレスト・トレイル (PCT)、 コンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT) をすべて踏破した「トリプルクラウン」ハイカーを表彰するALDHA-West (※) という団体があります。私はそこで以前に副理事長を務めていて、この10年間でスルーハイキングが以前よりもメジャーなものになってきた変化を見てきました。

※ The American Long Distance Hiking Association West(ALDHA-West):ロング・ディスタンス・ハイカー、および彼らをサポートする人々の交流を促進するとともに、教育し、推進することをミッションに掲げている団体。ハイキングのさまざまな面における意見交換フォーラムを運営したり、ハイカー向けの各種イベントを開催したりしている。

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2019年のトリプルクラウナーたち。トリプルクラウン・アワードにて。

今回の記事では、スルーハイキングがこれほどにも人気となった理由、ロング・ディスタンス・ハイキング・コミュニティの変遷、そしてロング・ディスタンス・ハイカーにとってそれがどんな意味を持つのか、についてレポートします。


スルーハイクは、ごく限られた人だけがする旅だった。


年齢や時代に関わらず、ロング・ディスタンス・ハイキングの存在を知った人の一定数は、トレイルを旅したいと思うものです。さらにそのなかの何割かの人が実際にロングトレイルを歩きます。

ロングトレイルのことは知っていても、実際に歩く人の割合は比較的少ないですが、実際に歩いたハイカーは、自分の経験を周りの人たちにシェアします。こうして、ハイカーの数が年々増えてきました。

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ロング・ディスタンス・ハイキングを知る手段のひとつが、書籍。リズは、2017年に『LONG TRAILS』を出版。

以前は、ロング・ディスタンス・ハイキングについて知るためには、本を読んだり、地元のハイキングクラブ主催のトークイベントに参加したりする必要がありました。

何十年もの間、スルーハイキングについて知ることのできる人は比較的限られていて、そのほとんどは、もともとハイキングに興味を持っている人でした。

ただ最近では、FacebookやInstagram、YouTubeなどのおかげで、スルーハイキングに触れる機会が増えました。とはいえ、それで実際にスルーハイクする人は少数ですが、ロングトレイルを知っている人の数は増えました。


スルーハイキングの夢がなかなか実現できない理由は?


過去数十年の間は、スルーハイキングを知ってそれにチャレンジしようと夢見ている人はいても、実際に実現できる人は少数でした。ロング・ディスタンス・ハイキングを始めるには多くの壁があるのです。でも最近では、それらのハードルはかなり低くなってきています。

ただ、ロング・ディスタンス・ハイキングを実際に実行するには、つねに阻む障壁があります。スルーハイカーになることを妨げる壁は、今後も残りつづけるものもあるでしょう。

どんな時代においても、スルーハイカーになるには、ハイキングするための時間の確保、数カ月分の旅の資金集め、家族からの許可、といった問題をクリアしなければなりません。

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PCTのオレゴンにある、カスケード・ロックス。以前は、スルーハイキングをすることに対して、家族の理解を得るのが難しかった。

最近では家族から許可をもらうことは、以前よりも少し簡単になったかもしれません。多くの人がスルーハイキングのことを知るようになれば、家族もハイキングをそこまで危険なものだと思わなくなっていくでしょう (さらに、今はテクノロジーのおかげで、スルーハイク中でも家族と簡単に連絡できるようになっています) 。

また体力の心配は、スルーハイクに対する一定の障壁となります。しかし、ウルトラライトギアのイノベーションのおかげで、もはやハイカーに70ポンド (31kg) もあるバックパックを背負う体力は必要ありません。

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ウルトラライトギアの普及によって、スルーハイキングの身体的なハードルも下がった。

より軽いギアを使うことで、重いギアを持っている場合よりも、1日に歩く距離をよりかせぐことができます。またスルーハイキングに要する時間も短くなります。つまりハイカーはお金も時間も、以前よりもセーブすることが可能になるのです。これもスルーハイクのハードルを下げる要因となります。

また、バックカントリーのスキルが十分でないため、スルーハイキングの夢を実現することができない人も多くいます。

スルーハイクの実現を阻む代表的な理由として、道迷いの不安や、緊急時に助けを呼べないことへの心配があります。しかし、GPS、ナビゲーションアプリ、ガーミンのinReach (SOS送信もできる衛星通信用デバイス) のような双方向の衛星通信などの技術により、安全性とナビゲーションに対する不安の多くは、劇的に減少しました。

View More: http://cavemancollective.pass.us/thru-hiking
リズの装備一覧 (一例)。

トレイルの道標も以前よりもよく整備されています。またテクノロジーによって、スキルの不足や不安も、昔よりも簡単に解消できるようになりました。これによって、多くの人にとってスルーハイクが身近なものになりました。

高度なナビゲーションスキルを持っている人だけでなく、バックカントリーの経験がそれほどない人も、テクノロジーの助けを借りれば、スルーハイクを夢見ることができるようになったのです。

テクノロジーは、実力が低くナビゲーションスキルも低いハイカーの大きな助けになるとよく言われます。しかし一方で、それを問題視している人もいます。この問題については、後編でまた詳しく説明します。


映画『Wild』やREIのキャンペーンで、女性ハイカーも急増した。


今も昔もスルーハイキングの人気が高いのは、学校を卒業したばかりの若者と、退職した年配の人たちです。1970年代のアパラチアン・トレイルに関する報告書でも、同じようにこの2つの年代層の人たちが登場します。

30〜50代の人たちは家庭を持ったり、キャリアを築くのに忙しく、多くの人がスルーハイクをする時間がつくれません。30〜50代でスルーハイキングする人の中には、離婚や失業、親友や家族の死といった大きな出来事を経験している人がよくいます。それがロングトレイルを歩くきかっけになっているのです。

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PCTを舞台にしたベストセラー書籍『Wild』。2014年に映画化され (邦題は「わたしに会うまでの1600キロ」) 、PCTの知名度が一気に上がった。

しかし、この10年の間でスルーハイカーの属性も変わりました。ある数字では、2014年から2015年にかけて、PCTとJMTのスルーハイカーの数が3倍になったという報告があります。まさにそれは映画『Wild』が公開された年です (2014年公開)。2012年に出版されたこの原作も、PCTハイカーの数が増える要因となりました。

興味深いことに、『Wild』にインスパイアされたのは主に30〜50代のハイカーです。そのなかには女性のハイカーもたくさんいました。『Wild』の公開前は、女性はおそらくPCTハイカーの4人に1人くらいの割合でした。しかし映画の公開後は、PCTハイカーの半分くらいが女性ハイカーとなりました。その頃は、もしかしたら男性よりも女性のほうが多いのではないかと感じられました。このように、『Wild』はスルーハイカーの数を増やしただけでなく、スルーハイカーの性別や年齢にも影響を与えたのです。

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PCTの運営組織であるPCTAでも『Wild』の特設サイトが設けられた。現在も閲覧可能。(https://wild.pcta.orgより)

2017年、大手アウトドアストアのREIは、より多くの女性にアウトドアに興味を持ってもらえるようにと、『Force of nature』というキャンペーンを始めました。2019年になると、スルーハイキングのコミュニティにも、徐々にその影響がでてきました。これまで以上に多くの女性がスルーハイキングをするようになったのです。

『Wild』の登場から約10年が経ち、いまやPCTは誰もが知っている名前になりました。ATは、ビル・ブライソンの著書『Walk in the Woods』が出版される前から、東海岸の多くの人に知られていましたが、PCTは『Wild』が出版される前はあまり知られていないトレイルでした。

現在は『Wild』がきっかけでハイキングをはじめたと語るハイカーに会うことも珍しくなりました。しかし『Wild』は、世間一般にPCTを認知させるとともに、特に10代や学校を卒業する若い人たちに、トレイルを旅するという発想を与えたのです。


スマホ時代のハイカー vs ブログ時代のハイカー


ここ5年、スマートフォンによって、スルーハイカーはリアルタイムの旅の様子を、多くの人に簡単にシェアすることができるようになりました。

以前は、旅の様子をシェアしようと思ったら、補給する町に訪れるたびに図書館を探す必要がありました。図書館でブログを書き、デジカメのデータを時間をかけてアップロードしていたのです。

そのために図書館の開館日に合わせて補給地に訪れたり、図書館に行くために町中を歩いたりしなければなりませんでした。また、定期的にブログの記事を投稿できたとしても、誰かが読んでくれるかどうかもまったくわかりませんでした。

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スマートフォンは、今ではスルーハイカーに欠かせないツールとなった。

以前とは違って、現在のハイカーはスマートフォンを使えば、いつでもInstagramの写真やエピソードを送ることができます。バックカントリーのテントの中であっても、不自由なくそういったことができるのです。

最近のユーザーたちは新しいInstagramアカウントを見つけることに慣れています。世界中の人たちがつねにInstagram上で面白いエピソードを探しているので、スルーハイカーはInstagramにアクセスすれば、自分のエピソードを簡単に他のユーザーにシェアすることができます。

2014年にトリプルクラウンを達成したハイカーの「ワイアード」は、熱狂的なファンのいる人気のブロガーでした。しかし彼女がエピソードを共有するためには、携帯電話のバッテリーを長持ちさせる必要がありました。

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女性のロング・ディスタンス・ハイカーとして有名な『ワイアード』のホームページには、さまざまなスルーハイキングの旅の記録がアップされている。 (https://www.walkingwithwired.comより)

彼女は外部バッテリーを持ち歩きましたが、当時の製品は重量も重く、高価なものでした。また、携帯電話のメモリーは長い動画を保存するのに十分な容量がなく、共有するストーリーのほとんどはテキストと写真でした。

ワイアードが人気だったのは、ユーザーに自分の体験を共有するために、旅において面倒なことも厭わずにやったからです。彼女は毎日ブログをアップするために、重い追加の道具を持って歩きました。また、彼女はブログを書くために毎日午後6時にはハイキングをやめていました。この当時と比べれば、いまはInstagramのおかげで、ハイキングを犠牲にすることなくユーザーと簡単につながることができるようになりました。

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リズも自分のSNSを用いて、旅の様子をアップしている。(リズのFacebookページより)

しかも今では、マイクや三脚、ビデオ撮影ができるハイスペックカメラといったV-log (Video Blog) 機器を、ハイキングで持ち歩くことも簡単になりました。ハイカーは1日歩き終えた後、毎晩テントからスマートフォン上でビデオの編集・制作をすることができます。YouTubeやNetflixのハイキング・ムービーも、一般的になりました。

普段の生活でInstagramやFacebookを使うことに慣れているハイカーは、自分の旅もSNSを使って簡単にシェアすることができます。SNSのプラットフォームは、個性や創造力が「ユーザーとの関係づくり」につながっているから、広まっていっているのです。

スルーハイキング自体はユニークな物語ではありませんが、普段の生活にはない、チャレンジや困難がたくさんあります。それがおもしろいストーリーになるのです。「ネット上で有名になる」ことを目指している人にとっては、スルーハイキングはファンを作りやすい方法でもあります。こういった側面からも、有名になることを熱望している一部のハイカーにとって、スルーハイキングは魅力的なのです。

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スルーハイキング中のハイカーたち。PCTのクレイター・レイクにて。

リズがレポートしてくれたように、ULギアやスマホはスルーハイクのハードルを下げてくれ、多くの人がロング・ディスタンス・ハイキングという最高の旅をできるようになりました。

今では、スマホが本格普及する前である2010年代前半のスルーハイクのスタイルを、想像することすら難しくなってきています。

後編では、テクノロジーの進化による弊害や、アメリカのロング・ディスタンス・ハイカーの最近の傾向について、レポートしてくれます。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

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(英語の原文は次ページに掲載しています)

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文:リズ・トーマス 写真:リズ・トーマス、ナオミ・フデッツ、ロートン・グリンター、シレーナ・デフォルト 訳:中村真奈 構成:TRAILS

今回、リズが紹介してくれるのは、冬の時期でも歩ける世界のロング・ディスタンス・トレイルです。

北半球では、冬は多くのエリアが雪に閉ざされてしまいますが、雪がない・少ないトレイルもたくさんあります。

夏だけでなく冬だって長い旅をしたいというハイカーもたくさんいるはずです。今回の記事には、そんな人にとって、とても貴重なトレイルの情報が、がっつり詰まっています。

冬でも歩けるPCTのセクションをはじめ、カリフォルニアの海岸エリアのトレイル、ハワイのトレイル、南半球のオセアニアのトレイル、そしてアーバン・スルーハイキングなど、それぞれ個性的なトレイルばかりです。

リズおすすめの冬のトレイルをお楽しみください。

Ocean view from the side of a mountain in Big Sur. Photo by Liz Thomas (1)
カリフォルニアの海岸に広がるビッグ・サーからのオーシャンビュー。


はじめに


冬だからといって、ロング・ディスタンス・ハイカーが歩けないわけではありません。多くのハイカーは、10〜3月のあいだであっても1週間以上の旅ができるような、雪のない (または雪が少ない) トレイルを探しています。

少し工夫は必要ですが、スキーやスノーシューを使わなくてもよい冬のトレイルはあります。今回の記事では、主にアメリカにおける冬のスルーハイキングの旅についてお話しします。

また南半球の有名なトレイルも2つ紹介します。北半球が冬の季節に、南半球では夏のハイキングができます。

そして最後にアーバン・スルーハイクについてお話しします。アーバン・スルーハイクであれば、世界中のほとんどの場所で冬でもハイキングができます。

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私は、冬もロング・ディスタンス・ハイキングを楽しんでいます。

まずはアメリカのカリフォルニアから。私はカリフォルニア在住のハイカーとして、ここに住んでいて一番好きなことのひとつが、冬にハイキングできる場所がたくさんあることです。もちろんシエラは雪に覆われていますが、冬も歩ける山や丘、渓谷、砂漠がたくさんあります。

南カリフォルニアの山が、どこでも晴れて暖かいわけではありません。気温が氷点下になることがあり、雪、あられ、みぞれ、雨などが降る可能性もあります。しかし10〜3月の例年の気候であったら、しっかり準備をすれば、以下に紹介するようなトレイルを旅することができます。ここに紹介するのは、カリフォルニアの私のハイキングスポットです。

私はスルーハイカーとして、つねにパシフィック・クレスト・トレイル (PCT) に惹かれています。PCTには、スルーハイカーが戻ってくるたびに得られる特別な興奮があります。 幸いなことに、PCTの南カリフォルニア部分の大部分は、冬でも雪が降っていないことが多く、歩きやすいフィールドです。


1. PCT Campo (Mile 0) to Paradise Café (Mile 151.8):151.8miles (244km)


01_PCT in January near Sawmill Mountain
カリフォルニア州にあるソーミル山近くのPCTを、1月に歩きました。

メキシコ国境のカンポ(0mile地点)〜 パラダイス・カフェ(175mile地点 ※)までは、冬の間ほとんど雪が降りません。しかし、まれににわか雪が降ったり、巨大な暴風雨が発生したりすることがあります。

ラグナ山のあたりは雪が積もることもありますが、それはたいてい短期間です。むしろ一般的なノースバウンド (北向き) のスルーハイカーが経験できないような、暑すぎず穏やかな気温のなかを歩くことができます。

パラダイス・カフェを過ぎると、PCTは、サン・ジャシント山に近づくにつれて、かなり標高が上がります。ピークでは標高11,000ft (約3,300m) にもなり、目まぐるしく天候が変わります。

サン・ジャシントは冬には非常に危険な場合があります。実際にスルーハイク・シーズンの前半の時期には、何人かのハイカーが命を落としています。そのため少なくとも冬の間は、パラダイス・カフェで旅を終えるのがいいでしょう。

※ PCTをはじめとしたアメリカのロング・ディスタンス・トレイルでは、場所を起点からの距離 (mile数)で示すのが一般的。


2. PCT Acton (Mile 444.5) to Highway 58 (Mile 566.4):121.9miles (196km)


02_The Sierra Palone mountains on the PCT near mile 500 in January
砂漠地帯であれば、たとえ雪が降ったとしてもまったく問題ありません。

PCTのなかでも低い標高にある砂漠地帯であれば、ハイカーは雪のない100mileのハイキングが楽しめるチャンスがあります。444.5mile地点にあるアクトンKOA (キャンプグラウンド) からテハチャピ / モハベのトレイルタウン近くのハイウェイ58までは、わずかな雪しかなく、歩くのに支障はありません。

私は最近このエリアをハイキングして、シエラ・ペロナ山脈のあたりに雪があるのを見ました。このエリアでもっとも標高が高い、尾根の分岐にあるコンクリートタンクの標高が5,296ft (1,600m) です。そこであっても多少の雪はありますが、危険を感じるほどではありませんでした。

PCTのトレイルは、リエブル山のあたりで標高5,700ft (1,700m) くらいまで登ります。PCTのスルーハイクで春にここを通ったときは、私の記憶ではこのあたりは非常に暑く、乾燥していました。水もほとんどありませんでした。しかし冬に歩いたときには、雪があって、気温も穏やかであり、それはとても不思議な感覚でした。そしてPCTハイカーが歩いていない時期であるため、キャンプ場もとてもすいていました。


3. San Diego Trans County Trail:140miles (225km)


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砂丘と岩柱の景色は、サンディエゴ・トランス・カウンティ・トレイルの特徴のひとつ。

サンディエゴ・トランス・カウンティ・トレイルは、ソルトン湖から始まって、太平洋にあるラ・ホヤ・ビーチまで通っています。ハイカーは、砂漠の荒野、PCT、郊外のトレイル、ラグーン(浅い海)、そしてビーチなどさまざまな景色を味わうことができます。

このトレイルは、パーム・スプリングスや音楽フェスのコーチェラの会場近くにある、アンザ・ボレゴ砂漠の端に位置するアルカリ湖が起点になります。

最初のセクションでは、アンザ・ボレゴ砂漠州立公園にある峡谷や岩柱のなかを歩きます。このルートを歩いていくと、アートのようにヤシの木でいっぱいのボレゴ・スプリングスの町にたどり着きます。この町は、国際ダーク・スカイ協会(※)に認定された町で、世界最高の天体観測場所のひとつでもあります。そのためプロアマ問わず多くの天文学者・愛好家に人気がある町です。

※ ダーク・スカイ・コミュニティ:国際ダークスカイ協会が認定している星空保護区のこと。

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アンザ・ボレゴ砂漠州立公園の岩柱を縫うように歩いていきます。

ボレゴ・スプリングスの先も、素晴らしいトレイルが続きます。砂漠の山々を抜けてPCTの64mile地点にところまでは、砂漠のなかの山々を通っていきます。その先はジュリアン(人気のあるPCT沿いの町)の近くにある、カヤマカ州立公園の高山帯を歩いていきます。そしてマツの木々のなかや、湖、高原地帯をとおって、カヤマカ山を登っていきます。この辺りで一番山頂の標高が高い山です。

高山帯から降りていくと、サンディエゴでとても人気のある滝があります。そのあとは、このエリアで人気のあるデイハイキング・コースであるケイジョン・ピークを横断していきます。そして舗装路やトレイルをつなぎながら歩いていくと、世界最大の都市公園のひとつであるロス・ペナスキートス・キャニオンへたどり着きます。最後はラグーン(浅い海)のトレイルを歩いて、太平洋の海にたどり着き、壮大なゴールとなります。

07_Torrey Pines Beach near the end of the Trans San Diego route
終盤、眼前に太平洋が現れ、壮大なフィナーレとなります。

サンディエゴ・トランス・カウンティ・トレイルではパーミット (許可証) は必要ありませんが、トレイルが舗装路とクロスする3つのポイントがあるので、そこにあらかじめ水をデポしておくことが重要なポイントです。

Facebookグループもあり、そこでこのエリアに住んでいないハイカーでも、地元の人とつながることができます。地元の人々のなかには、トレイルヘッドまで車で送ってくれたり、水を置いておいてくれたりする人もいるでしょう。


4. Hot Springs Trail:2,421mile (3896km)


Hot Springs Trail in the Sespe Wilderness by Liz Thomas
ホット・スプリングス・トレイルが通るセスペ・ウィルダネス。

ホット・スプリングス・トレイルは、アリア・ゾナーがつくった2,421mileのルートで、南カリフォルニアからアイダホ州のカナダ国境まで、100の天然&人口温泉をつないだトレイルです。

ルートには4つのセクションがあります。最初のセクションである320mileのコースト・コネクト・トレイルは、太平洋のサンタ・バーバラからシエラネバダ山脈までつづいています。このセクションは、秋、冬、春先の期間、歩くことができます。ただし、雨量によっては、川を渡ることが困難または危険な場合があります。

ホット・スプリングス・トレイルは、ナビゲーションスキルと忍耐を要するワイルドなルートです。しかし人が少ないことと、たくさんの温泉を訪れることできるのが、大きな魅力であるトレイルです。


5. Big Sur


Hiking in the oak forest in Big Sur. Photo by Liz Thomas (1)
ビッグ・サーにあるオークの森。

カリフォルニア海岸にあるビッグ・サーは、世界のなかでももっとも生物多様性の豊かなハイキング・エリアのひとつです。複数のウィルダネスエリア、7つの州立公園、2つの州立保護区を含み、さらにビッグ・サーと接続する数百mileのトレイルがあります。

ベンタナ・ウィルダネス協会のWEBサイトに最新の情報が載っているので、それを利用して自分なりのルートを計画することができます。

歩く時には、その時点でよいコンディションのトレイルをつなぎながら、自分のハイキング・トリップをつくることをおすすめします。このエリアではトレイルの一面に草木が茂ると、ほとんど歩くことができなくなります。そのためトレイルをふさぐ倒木を処理したりするために、小型のノコギリを携行したほうがよいです。ビッグ・サーでのハイキングにパーミット(許可)や予約は必要ありません。ルートは自分が好きな距離で設定することができます。

A banana slug in Big Sur. Photo by Liz Thomas (1)
たくさんの動植物がいるのも大きな特徴。これはバナナ・ナメクジ。

ほとんどのルートはビーチから始まり、ユッカ (青年の木とも呼ばれる植物) が生えた砂漠のようなエリアを通り、コケに覆われたオークの森、巨大なセコイアと温帯雨林を経て、絶滅危惧種のカリフォルニアコンドルが住むシャパラル山群まで通っています。

一部のロング・ディスタンス・ハイカーは、ビッグ・サーとコンドル・トレイル(ロス・パドレス・ナショナル・フォレスト)を通る、新しいルートを歩こうとしています。411mileの距離のルートです。高度なナビゲーション、藪漕ぎ、雪や洪水、数多くの渡渉に対応できるスキルが必要なトレイルでもあります。

Sunrise from camp in Big Sur. Photo by Liz Thomas
キャンプ場から眺める太平洋。

コンドル・トレイルでは険しい荒野を旅するため、道に迷いやすいです。私自身、このルートのいくつかの部分をハイキングしてみたのですが、これまででもっとも困難なハイキングのひとつでした。しかしスキルのあるハイカーにとっては、一生に一度の冒険ができる可能性があるトレイルです。


6. The Kalalau Trail:22miles (35km)


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カララウ・トレイルのWEBサイトより(https://www.kalalautrail.com)

ハワイにあるカララウ・トレイルはロング・ディスタンス・トレイルではありませんが、景色が美しく、トレイルは起伏に富み、強く印象に残るトレイルです。

このトレイルは、険しく切り立った崖の上にあるナ・パリ海岸へアクセスできる唯一のルートとなっています。このナ・パリ海岸のなかにある5つの渓谷、海岸に屹立する崖、滝などの景色のなかをトレイルが通っています。また潮の満ち干きの時間に合わせて、旅を計画する必要があります。私が聞いたところによると、経験豊富なハイカーでさえ、満潮時に崖のあいだで立ち往生してしまうこともあるそうです。

カララウ・トレイルでは、ハイキングのためのパーミットと、2つのキャンプ場に泊まるためのパーミットが必要となります。キャンプは指定されたエリアでのみ許可されています。短い距離にもかかわらず、世界でもっとも記憶に残るユニークなトレイルのひとつなのです。しかもハワイは一年中暖かいので、他では寒くて歩けない時期でもハイキングすることができます。


7. Ouachita Trail:222miles (357km)


Ouachita Trail views. Photo by Naomi Hudetz. jpg (1)
ワチタ・トレイルに広がる自然。

全長222mileのワチタ・トレイルは、アーカンソー州とオクラホマ州にある、人の少ない山々を通っているトレイルです。リトルロック空港 (ビル アンド ヒラリー クリントン ナショナル空港 [LIT]) を利用するのが便利です。また、トレイルヘッドにつながるバイク・トレイル (自転車専用トレイル) もあります。

ワチタ・トレイル自体は道標もしっかりあり、歩きやすいトレイルです。シェルターもたくさんあるので、そこで雨を凌いだり、さまざまな環境から身を守ったりすることもできます。このエリアは、夏はとても暑くなりますが、2月と3月は訪れるには絶好の季節です。

A 3-sided shelter on the Ouachita Trail. photo by Naomi Hudetz (1)
シェルターで寝泊まりすることができます。

このトレイルは、ワインディング・ステア山脈と、リッチ山を通ります。ワチタ・トレイルが、アメリカや世界の多くのロング・ディスタンス・トレイルと異なる点のひとつが、東西に延びるハイキングトレイルだということです。

トレイルの大部分はマツの森のなかを通りますが、途中には大きな渓谷や、地表に露出した岩、史跡などの風景もあります。気候に関しては、スキルのあるハイカーにとっては問題ありません。しかし2〜3月に訪れる場合は、雨が降ったり、また氷点下の気温になることもあるので注意してください。年間を通じて水は豊富なので、その点については心配する必要はありません。


8. Lone Star Trail:96〜129miles (154〜207km)


スクリーンショット 2020-03-24 9.36.41
ローン・スター・トレイルが紹介されているUSDA (United States Department of Agriculture) のWEBサイトより (https://www.fs.usda.gov/recarea/texas/recreation/hiking/recarea/?recid=71074&actid=51)

ローン・スター・トレイルは、テキサス州の中心部を東西に走る全長129mileのトレイルです。ここはオフシーズンの冬にハイキングできるだけではなく、早春または晩秋にも最適なトレイルです。東西96mileのトレイルですが、アディショナルで32mileのループ状のトレイルと接続しているので、さらに長く歩くこともできます。

トレイルは比較的フラットですが、トレイル沿いに自然に湧いている水はあまりありません。ただ地元でこのエリアの管理をしている人が、小川が流れているかどうかを教えてくれると思います。

またこのトレイルを歩いたことがる私の知り合いのハイカーが、トレイルヘッドまでクルマの送迎サービスをはじめてくれました。


9. Te Araroa:3,000 km


11_Felicia POD Hermosillo on the TA. By Lawton Grinter Disco
テ・アラロアのトラック。

ニュージーランドのテ・アラロア (TA) は、北半球のハイカーが冬に挑戦するためのトレイルとして人気が高まっています。テ・アラロアとは「長い小道」を意味する言葉で、北島の北端ケープ・レインガから南島の南端ブラフまで、その距離は3,000kmあります。

TAは、トレイル(ニュージーランドではトラックと呼ばれる)とロードを組み合わせたルートです。トレイルに沿って、シンプルな山小屋(ハット)がいくつもあります。カヤックで下らなければならない、川のセクションもあります。許可証と手数料が必要なのは、南島のクイーン・シャーロット・トラックのみです。ほとんどのハイカーは6カ月間有効なハット・パスを買って、トレイル沿いのハットで寝泊まりします。

10_An above treeline section in New Zealand. Photo by Lawton Grinter
広大な自然があり、なかには岩の多い険しいエリアもあります。

川の渡渉は、TAのもっとも大変な要素のひとつです。しかし天気の悪さもまたスルーハイカーにとってやっかいな要素です。さらに、PCTのようなトレイルに慣れている多くのハイカーにとって、精神的にもチャレンジングな箇所があります。というのも、多くのハイカーはTAのロードウォーキング・セクションを嫌うのです。多くのハイカーは、山のなかで過ごすことを望んでいるのです。

それでもなお、TAは世界中のハイカーを魅了しています。TAを歩く人なのかで、ウルトラライトハイカーはごく一部です。多くのハイカー、特にニュージーランド、オーストラリア、ヨーロッパ出身のハイカーは、トラディショナルな大型のバックパックを背負っている傾向があります。多くのスルーハイカーは、「TAの最大の魅力は、世界中に住んでいるたくさんのハイカーと友だちになれることだ」と言います。


10. Bibbulmun Track:1,003 km


Bibbulmun
ビブルマン・トラックのWEBサイトより (https://www.bibbulmuntrack.org.au)

オーストラリアでもっとも有名なロング・ディスタンス・トレイルといえば、1,003kmのビブルマン・トラックが挙げられるでしょう。このトレイルは、カラムンダ〜アルバニーまでのダーリング山地を縦断しています。ハイカーのみが利用できるトレイルなので、自転車などの心配をする必要もありません。

このトレイルを歩くハイカーは、毎日、町のなかあるいはシェルターなど、指定されたキャンプサイトに泊まる必要があります (もっともキャンプサイトには水のタンクと簡易トイレがあるため、ハイカーたちには好都合でもあるのですが)。

ビブルマン・トラックは、ジャラの森、カリーの森を抜け、海岸線までつながっています。最後は海岸線沿いの森や砂浜を通って歩きます。9〜11月はハイキングのメインシーズンです。野生の花が咲くシーズンでもあります。

ビブルマン・トラックは、オーストラリア西部において、主要な観光スポットとしても位置づけられており、インターナショナルなトレイルとしての意義もあるトレイルとなっています。しかしこのトレイルは、水場が少なかったり、ヘビが出たり、長年にわたる山火事で広い範囲が焼けてまったセクションがあったり、日差しが強かったり、さまざまなチャレンジが求められるトレイルでもあります。


11. Urban Trails:世界中どこでもどんな距離でも


12_Liz Thomas urban hiking in Tucson, Arizona in March on the Loop. Photo by Sirena Dafault
3月のアリゾナをアーバン・ハイキングした時のひとコマ。

世界のどこにいようとも、アーバン・スルーハイキングは、冬に何mileものハイキングを楽しめるユニークな方法です。市や町を通る、独自のルートを設定することで、自分にとって重要または興味のあるエリアを渡り歩くことができます。

ルートは長くても短くても、自分の好きなだけで構いません。寒くなったり天気が悪くなったりしたら、いつでもカフェに行って暖まることができます。歩道は通常、冬の間は氷が張らないように保たれているため、冬のハイキングに使うような登山靴やアイスアックスは必要ありません。

私の場合、毎晩、友だちの家やホステル、AirBnBに滞在するルートを計画します。そのため、私のルートは毎日新しいエリアに訪れることになり、途切れることもなければ (スキップする必要もなければ)、後戻りしたりする必要もありません。

私はこれまで、自分の街のすべての公園、すべての公共の階段、すべてのパブリックアートを結ぶルートを歩いてきました。この世界は探検する場所なのです。そして創造性と事前に計画する能力こそが、もっとも重要なスキルです。

13_Urban hiking in Bend, Or in February 2018
2月のオレゴン州・ベンド。雪がありましたが問題ないレベルでした。

私は、10〜11月、2〜3月に自分のアーバン・スルーハイキングをコンプリートしました。この時期は山には雪がたくさんあって、山で長期間のハイキングをするのは難しい季節です。

でも私は毎晩、屋内で寝ていたため4シーズン用テントを持ち運ぶ必要もなければ、雪や雨で目を覚ますこともありませんでした (この2つは、冬のハイキングにおいてもっとも頭を悩ますことでもあります)。しかもアーバン・スルーハイキングでは、1日の終わりに濡れたギアを乾かし、お風呂で暖めることさえ簡単です。

アーバン・スルーハイキングでは自然のエリアを歩くことはできませんが、町のトレイルであってもハイカーは驚くほど安らぎを得ることができます。毎日多くの時間をかけて目的に向かって行動することは、心を浄化することにも役立ちます。

欠点を挙げるとすれば、それはハイキングを遅れさせる誘惑がたくさんあることです。一日中たくさんのカフェやレストランに出会うため、立ち止まって楽しみたくなるのです。この理由で、アーバン・ハイキングは費用がかさみがちです。

でも、アーバン・スルーハイキングの最大の魅力の1つは、トレイルヘッドまでのアクセスが容易であることです。旅のスタートとゴールは、いずれも公共交通機関でアクセスできる場所を選ぶことができます。もしくは、スタートとゴールを自分の家の玄関に設定することも可能です。

毎年、私は多くのスルーハイカーと会いますが、みんな、冬にロング・ディスタンス・ハイキングができないことを残念がっています。でも、ちょっとした創造性と柔軟性があれば、どこだってロングトレイルになるし、バックパッキングもできるし、探検することもできます。あなたがすべきことは、計画を立て、準備し、ギアを集めて、そして歩きはじめることです。

14_Urban hiking in Bend, OR in February
アーバン・ハイキングの場合、ロードには雪がないケースが多いので難なく歩くことができます。

リズによる冬のロング・ディスタンス・ハイキングのおすすめは、いかがでしたでしょう。世界中でいろんなトレイルについてアンテナを張ると、こんなにも冬のロング・ディスタンス・ハイキングのバリエーションが広がるのかと、リズが持っている情報のリッチさに、僕たちも驚きました。

まだ雪解けまでは少し時間がありますし、また年間のハイキング・スケジュールをプランニングする際などに、今回の情報を活用してもらえると嬉しいです。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)

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