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TRAILS編集部crewの根津による『TOKYO ONSEN HIKING』、第12回目。

今回の温泉は、山梨県は都留市 (つるし) にある『泰安 (たいあん) 温泉』。

温泉という名前はついているが、明治時代から地元の人に親しまれてきた、歴史ある「銭湯」だ。


スタート地点の田野倉駅と登山口の間にある桂川。

TOKYO ONEN HIKINGのルールはこれ。

① TRAILS編集部 (日本橋) からデイ・ハイキングできる場所
② 試してみたいUL (※1) ギアを持っていく (※2)
③ 温泉は渋めの山あいの温泉宿がメイン (スーパー銭湯に非ず)

都留市というと、南側の道志エリアにある山々がメジャーだが、今回はあえて北側の山域に足を運んでみることにした。

高川山 (標高976m) は、秀麗富嶽十二景にも選ばれているため、絶景も期待できるに違いない。


富士急行線に乗って、富士山には行かずに途中下車。


今回乗車する「富士急行線」は、大月〜河口湖をむすぶ路線だ。僕もこれまで何度も利用したことがあるが、富士山目当てのことが多く、途中下車することはほとんどなかった。

ある意味、このエリアは僕にとっての空白地帯でもあり、いつか訪れてみたいと密かに思っていたのだ。


田野倉駅〜泰安温泉までのコースタイムは、約5時間20分。高川山から近ヶ坂峠 (ちがさかとうげ) までは、ほとんどが破線ルートで、道も不明瞭なので要注意。


富士急行線「田野倉駅」。駅前に自販機あり。歩いて10分のところにコンビニもある。

ちょうどいい山と温泉はないものだろうか……といろいろ調べてみて見つけたのが、高川山と泰安温泉だった。

スタートは、田野倉駅。下車する人はまばらで、僕のほかはジャージ姿の小学生か中学生が2〜3人いたくらいだった。

桂川をわたり、中央高速道路をくぐり、30分ほどで登山口へとたどり着いた。


中央自動車道をくぐる。なんだかアメリカのトレイルのよう。


そよ風が吹き抜ける尾根を、つたうように歩いていく。


登山道に入るとしばらくは上り坂だ。勾配もそこそこあり、つづら折りになっているところもある。

今朝の天気予報によると、今日の予想最高気温は30℃だ。へばってしまわないように、つとめてゆっくり歩くようにした。


登山口からは鬱蒼とした樹林帯がはじまる。

ふと前方を見やると、巨大な岩が鎮座していた。岩場でもないのになぜかここにだけ巨岩がある。看板には、弁慶岩とだけ書かれていた。

突如として現れる、巨大な弁慶岩。

さらに進むと、また巨岩が見えてきた。岩の下には観音様の石仏が数体立ち並んでいる。端っこの石碑には馬頭観音と彫られていた。昔から使用されていた道なのか信仰の道なのかはわからないが、この道はただの登山道ではないのかもしれない。


馬頭観音に手を合わせて、安全祈願。

馬頭観音を過ぎると、尾根に出た。

歩いていると、サーッサササーーッという葉擦れの音が聴こえてくる。普段、気にもとめないような、この柔らかで不規則な音が、ことのほか気持ちよく感じられた。

風が通り抜ける尾根道だからこそ味わえるBGM。新緑も美しかったが、僕は景色以上に、このそよ風が作りだしている空間に心地よさを感じていた。


高川山へとつづくこの尾根道こそが、今回のハイライト。


ミニマムなULギアのセットで、お手軽ランチ。


高川山の山頂は、これまでの樹林帯からは想像できないほどの展望で、360度のパノラマが広がっていた。

山頂でランチをとろうと思ってはいたものの、ハンモックに適した木がなく、陽射しも強かったので、もうちょっと進むことにした。


高川山 (標高976m) の山頂からの眺め。残念ながら、正面に見えるはずの富士山は雲で覆われていた。

ほどなくしてちょうどいいスポットがあったので、ランチをとることに。真夏日ということもあり、僕は、サクッと食べてハンモックで昼寝! と決めていた。

今回は手の込んだ料理はせずお湯をわかすだけ、そう思ってクッカーとストーブはミニマムなセットにした。

クッキングギアは、すべてEVERNEWのもの。クッカーはTi 570Cup、ストーブはTi Alcohol Stove、五徳はチタン十字ゴトク。

クッカーは、『EVERNEW / Ti 570Cup』(エバニュー / チタン570カップ)。無駄を排除したフタ無しのULクッカーで、重量は55g。

ストーブは、『EVERNEW / Ti Alcohol Stove』(エバニュー / チタンアルコールストーブ)。中央部と側面の両方から炎がでる高火力モデルで、重量は34g。エバニューで統一したことで、相性も抜群だった。

ストーブはシンプルな構造ながら火力が強く、五徳を組み合わせると、大きめのポットにも対応できる。

食事のあとは昼寝タイム。今回使用したハンモックは、『COCOON / Ultralight Hammock』 (コクーン / ウルトラライト・ハンモック)。

重量が240gと軽量ながら、全長が325cmと長く、幅も148cmと少し広めなので、寝たときにゆとりがあるのがいい。僕はサイドスリーパーなのだが、横向きになってもこのハンモックは圧迫感がなく快適なのがうれしい。


COCOONのUltralight Hammockは、リッジラインが付いているのも特徴。今回は、手ぬぐいとキャップをかけておいた。

あとは温泉まで下山するのみ。とはいえ、行程としてはあと2時間近くあるので、行動食として持ってきたTRAILS INNOVATION GARAGEのトレイルミックス『MYOM (Make Your Own Mix)』で、さらにチャージ。今回は、暑い日にピッタリのミネラル豊富なベリー系を中心にチョイスして持ってきた。

食欲をそそるドライフルーツをたくさん入れた『MYOM (Make Your Own Mix)』。


明治4年開業。地元の人に愛されている、憩いの場としての銭湯。


高川山からの下山ルートは、想像以上に不明瞭だった。山と高原地図 (昭文社) を見ると、高川山から近ヶ坂峠 (ちがさかとうげ) は破線ルート。特に、向峠から近ヶ坂峠の区間は倒木やザレ場もあるので、体力や地図読みに自信のない人は、無理して突っ込まないほうがいいだろう。

一方で、下り基調の尾根歩きは気持ちよく、歩きごたえもあるので、ある程度の登山経験がある人にとっては、達成感が味わえる。


破線ルートの尾根を軽快に下っていく。

ラストの近ヶ坂往還は、江戸時代に、絹の道として甲府と谷村 (やむら) を結ぶ交易の道として栄えたそうだ。当時、辺りには霊泉が湧いていて、「近ヶ坂温泉」は湯治場としてもにぎわったという。

もしかして、泰安温泉はそれと関係があるのかも……そんなことを思いながら、温泉へと向かった。


富士急行線「谷村駅」から徒歩3分。


料金は大人430円。定休日は、第1・3月曜日。

4代目のご主人いわく、泰安温泉は明治4年開業とのこと。その昔、近くに泰安寺というお寺があり、それが名前の由来になっている。ちなみに現在、近ヶ坂温泉は源泉しか残っておらず、特に関係はないようだ。

1階に休憩室があるのだが、2階にはさらに大きな休憩室があり、ここでカラオケを楽しむことができる (現在はコロナのためあまり使用していないとのこと)。

隣接するお蕎麦屋さん「錦」(にしき) から出前もとれるそうで、メニューも置いてあった。いわゆるお風呂だけが目的の銭湯ではなく、ここでのんびり過ごすことができる場所なのだ。だからこそ、地元の人からも憩いの場として親しまれているのだろう。


2階の大広間ではカラオケを楽しむことができる。

もともと製材屋さんということもあり、お湯を薪 (まき) で沸かしているのも特徴のひとつ。薪で沸かすと、お湯が柔らかい、カラダの芯まで温まる、という人も多いそうで、これ目当てで来る人もいるのだとか。


泰安温泉こだわりの薪ボイラー。

僕も、薪で沸かしたお風呂にじっくり浸かった。隣には、生薬 (薬効を持つ植物の葉や茎、根を用いた薬) の入った薬湯もあり、何往復かしているうちに、1日の疲れがサーッと引いていった感じがした。


浴場は、こぢんまりとしていて落ち着く雰囲気。この隣に薬湯があり、神経痛や疲労回復などの効能があるとのこと。

次に来るときは、もっと早い時間からおじゃまして、出前も頼んでのんびり過ごしたいと思う。


下山後に目にした、田んぼに映る山々。

いい意味で銭湯らしくない銭湯というか、なんだか親戚の家みたいな印象を受けた。

ハイキング後にのんびりくつろぎたい、そんな人にはうってつけだ。

さて、次の『TOKYO ONSEN HIKING』はどこにしよう。

※1 UL:Ultralight (ウルトラライト) の略であり、Ultralight Hiking (ウルトラライトハイキング) のことを指すことも多い。ウルトラライトハイキングとは、数百km〜数千kmにおよぶロングトレイルをスルーハイク (ワンシーズンで一気に踏破すること) するハイカーによって、培われてきたスタイルであり手段。1954年、アパラチアン・トレイルをスルーハイクした (女性単独では初)、エマ・ゲイトウッド (エマおばあちゃん) がパイオニアとして知られる。そして1992年、レイ・ジャーディンが出版した『PCT Hiker Handbook』 (のちのBeyond Backpacking) によって、スタイルおよび方法論が確立され、大きなムーヴメントとなっていった。

※2 実は、TRAILS INNOVATION GARAGEのギャラリーには、アルコールストーブをはじめとしたULギアが所狭しとディスプレイされている。そのほとんどが、ULギアホリックの編集長・佐井の私物。「もともと使うためのものなんだし、せっかくだからデイ・ハイキングで使ってきてよ!」という彼のアイディアをきっかけにルール化した。

文:根津貴央 写真・構成:TRAILS

What’s TODAY’S BEER RUN? | 走って、至極の一杯となるクラフトビールを飲む。ただそれだけのきわめてシンプルな企画。ナビゲーターは、TRAILSの仲間で根っからのクラフトビール好きの、ゆうき君。アメリカのトレイルタウンのマイクロブルワリーで、ハイカーやランナーが集まってビールを楽しむみたいに、自分たちの町を走って、ビールを流し込む。だって走った後のクラフトビールは間違いなく最高でしょ? さて今日の一杯は?

* * *

『TODAY’S BEER RUN』の第4回目!

案内役は、毎度おなじみ黒川裕規 (以下、ゆうき) 君だ。

彼は現在、パタゴニアのフード部門である『パタゴニア プロビジョンズ』で食品やビールを担当している。前職がヤッホーブルーイングということもあり、ビールの知識も豊富。そもそも根っからのビール好きで、10年以上前からクラフトビールを個人的に掘りつづけている。

ちなみに、TRAILS編集部crewの根津とは6年来のトレイルラン仲間で、100mileレースも走るタフなトレイルランナーでもある。

そんな彼と今回一緒に走っていくのは、渋谷にある『TAP&CROWLER』(タップ&クロウラー) 。クラフトビールの “量り売り” に特化したユニークなお店だ。いったいビールの “量り売り” とはどんなものなのか?

クラフトビールのために走る『TODAY’S BEER RUN』、今回もお楽しみください!

※ 『TODAY’S BEER RUN』のルール:①日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』からお店まで走って行く ②『TODAY’S BEER RUN』のオリジナル缶バッジを作る ③ゆうき君おすすめのお店で彼イチオシのクラフトビールを飲む

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スタート前のゆうき君 (右) とTRAILS編集部crewの根津。起点となる『TRAILS INNOVATION GARAGE』にて。


GARAGE to タップ&クロウラー


スタート地点は、東京は日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』。

この場のコンセプトである「MAKE YOUR OWN TRIP = 自分の旅をつくる」を体験してもらうべく、まずは恒例の『TODAY’S BEER RUN』オリジナル缶バッジづくりから。

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MYOGができる『TRAILS INNOVATION GARAGE』 (従来は土日オープンだったが、現在は新型コロナウイルス感染防止のためクローズ中) で、オリジナルの缶バッジを作るゆうき君。

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オリジナルのバッジが完成!

4月に入り、東京の桜は満開。春らしい気候で、まさにTODAY’S BEER RUNに絶好の季節がやってきた。

オリジナルの缶バッジをキャップにつけるやいなや、僕たちはタップ&クロウラーへと駆け出した。

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日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』からスタートして、渋谷にある『タップ&クロウラー』へ。


今回のルート


GARAGEを出発した僕たちは、こんなルートで『タップ&クロウラー』に向かうことにした。

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日本橋から渋谷まで約11km。ゴール直前、代々木公園に立ち寄ってパークランを楽しんだ。

ビール飲みたさに一目散にお店に行くことも考えたけど、走っていろいろ巡ったあとのほうが、よりビールのご褒美感が出るはず! ということで、皇居、新国立競技場、代々木公園と、いくつかのスポットを経由するルートを考えた。

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代々木公園は、走るにはもってこいのロケーション。

代々木公園では、春を楽しんでいる人がたくさん。広大な芝生では、くつろぐ親子や、ヨガをする人、散歩している人など、みんな思い思いに春を満喫していた。僕たちもそんな人たちにまぎれてランニングを楽しんだ。


約11kmを颯爽と走って、タップ&クロウラーにゴール!


この季節は、11kmを走るくらいが、ほどよい心拍数と発汗量で、ビールを飲むにはうってつけだな。そんなことを思いつつ『タップ&クロウラー』に到着。

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『タップ&クロウラー』は、渋谷駅から徒歩6分、宇田川町の路地裏にある。

お店があるのは、奥渋谷というのか裏渋谷というのか。宇田川町のなかでも一本路地を入った場所にある。

隠れ家的な雰囲気があって、落ちついてのんびりクラフトビールを楽しむには良さそうだ。

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店内はシンプルなつくり。奥にはテイクアウト用ボトルのショーケースもある。


日本全国のブルワリーの樽生が飲めて、持ち帰れる。


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店長の勝間さん。オープン前は、下北沢のタップ&グロウラーに勤めていた。※営業時はマスクをしていますが、今回は取材のために特別に外してもらっています。

「こないだはどうもです!」と、店長の勝間さんに挨拶するゆうき君。

ちょっと前にプライベートで飲みに来ていたというゆうき君。実は、店長の勝間さんと共通の知人がいることもあって、飲みながらいろいろ話し込んでいたのだとか。

入店してまず目に入ったのが、壁一面にかけられている本日のタップリスト。

店長の勝間さんに聞いたところ、定番として常時出しているタップはなく、その時々で、いいと思ったものセレクトして仕入れているという。

しかも、そのほとんどが日本のマイクロブルワリー。各ブルワリーの定番と呼ばれるようなビールもあまり入れておらず、かなりエッジの効いたラインナップになっているのだ。

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常時18〜20タップ。定番があまりないので、一期一会が楽しめる。

そして、なんといってもここの特徴は、クラフトビールの量り売り。クロウラーと呼ばれるアルミ缶があって (これがかっこいい!)、好きな缶のサイズを選んで (現在は32オンス [約1リットル] 缶のみ提供)、そこに自分の好きなビールを入れて持ち帰ることができるのだ。

もとをたどると、2018年3月に下北沢にクラフトビールの量り売り専門店『タップ&グロウラー』がオープン。その姉妹店として2020年11月に、この渋谷の『タップ&クロウラー』がオープンした。

ここ数年で、グロウラーと呼ばれるビール専用の水筒は認知されるようになってきた。でも、この『タップ&クロウラー』が使用するのはグロウラーならぬクロウラーと呼ばれるアルミ缶なのだ (グロウラーで好みの量をテイクアウトすることも可能)。なぜ缶なのか? 店長の勝間さんに聞いてみた。

勝間さん:「理由のひとつは、渋谷は観光客が多くお土産感覚で買ってもらいたいからです。そしてもうひとつは、この辺りは行楽客も多いので、公園とかでチルする人たちに気軽にクラフトビールを楽しんでほしいんです」

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ビールを缶詰めするマシン (アメリカ製)。町工場にありそうな佇まいの機械だ。


ゆうき君のイチオシの「TODAY’S BEER」


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今しか飲むことができない、ダブルネームのコラボビールをチョイス。

ゆうき君の今日のイチオシはこれ。

『TAP&CROWLER × Be Easy Brewing with ANNIN』(タップ&クロウラー × ビー・イージー・ブルーイング ウィズ アンニン)

ゆうき:「これは、タップ&クロウラーと青森のブルワリー、ビー・イージー・ブルーイングが、コラボして作ったオリジナルのクラフトビール。

スタイルとしてはMILK SHAKE IPAっていう、IPAから枝分かれしたものなんだよね。一般的なIPAよりも苦みが控えめで、乳糖も加えているから少し甘みがあってクリーミー。IPAだとちょっと苦手という人でも飲みやすいのが特徴かな。

あと、その乳糖を杏仁豆腐と結びつけるっていうアイディアがまた独特で面白いよね」

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苦味が少なく飲みやすい。ビールが苦手な人にもおすすめ。

実際に飲んでみると、たしかに飲みやすい。特に走ったあとにゴクゴクと飲めてしまう。

MILK SHAKEって聞くとちょっと甘ったるい印象も受けるけど、味自体はスッキリしていて、後味として杏仁豆腐とバニラのフレーバーが広がる感じがした。旨味があって、おつまみがなくても、これ単体で楽しめるビールだった。

そして、飲んですぐに、このビールをTRAILS編集部crewへのお土産にしよう! と思った。

というのも今回、東京は緊急事態宣言が明けたとはいえ、まだまだ予断を許さない状況。それで、ゆうき君と僕の2人だけでの『TODAY’S BEER RUN』となったからだ。

まさにタップ&クロウラーの量り売りスタイルは、このご時世にピッタリだ。

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クロウラー (アルミ缶) にビールを入れる工程。まずは、酸化を防ぐべく二酸化炭素を充填してからビールを注ぐ。

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つぎに、缶詰めマシンで密閉。

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これで完成! オリジナルのラベルも貼ってくれる。現在は、32オンス (約1リットル) だけ提供中。缶代は1つ100円 (税別)。

クラフトビールの缶詰めの工程を見るのは、これが初めて。

いまさっき僕が飲んで、気に入ったビールを、目の前で缶に詰めてもらえるなんて、めちゃくちゃ新鮮な感覚だ。

単に美味しいクラフトビールを飲むだけではなく、それ以外の体験の場としてもすごく楽しめるお店である。

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つねに新しいことを仕掛けているのも特徴のひとつ。今年は、近所のビアバーと一緒に、第1回目となるスタンプラリーイベントも開催。

勝間さん:「夏には、フローズンビールや、ランドル (※) を使ったビールも提供する予定ですので、ぜひ飲みに来てください! あと、いまちょうど渋谷・原宿エリアのビアバー8店舗をBar Hoppingしながら巡るスタンプラリー、BEER PARTY SHIBUYA 2021を開催中なので、チャレンジしてみてください」

今後もどんどん新しいことをやっていくみたいなので、これからも楽しみだ。

※ ランドル:アメリカのブルワリーDogfish Head (ドッグフィッシュ・ヘッド) が開発した、ビールフィルター装置。このフィルターに、ホップやフルーツを入れて、そこにビールを通すことで、樽生ビールにホップやフルーツのフレーバーを付けたすことができる。

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今回も、走ったあとのクラフトビールは最高でした!

取材中、近所の会社員の方が、休憩時間に量り売りビールを買いに来ていたのが印象的だった。

グロウラーを持っていない人も、ここででならクロウラー (アルミ缶) で気軽に持ち帰りができるので、おすすめだ。

さて、次はどこのクラフトビールを飲みにいこうかな。

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TRAILS編集部crewの根津による『TOKYO ONSEN HIKING』、第11回目。

今回の温泉は、埼玉県は比企郡 (ひきぐん) ときがわ町 (まち) にある『玉川温泉』。

温泉旅館風情ただよう名前だが、「昭和レトロな温泉銭湯」というキャッチコピーというかコンセプトを掲げた、一風変わった温泉なのだ。

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仙元山 (標高298.9m) 付近からの眺め。

TOKYO ONEN HIKINGのルールはこれ。

① TRAILS編集部 (日本橋) からデイ・ハイキングできる場所
② 試してみたいUL (※1) ギアを持っていく (※2)
③ 温泉は渋めの山あいの温泉宿がメイン (スーパー銭湯に非ず)

このエリアは比企丘陵と呼ばれていて、今回のルート上に山の名前はあるものの、基本的には丘である。

つまり、山登りではなく、丘歩き。散歩の延長で楽しめる温泉ハイキングなのだ。


民家のすぐ裏にある裏山。


そもそも玉川温泉は、山と高原地図 (昭文社) をじーっと眺めていてたまたま見つけた温泉だ。

最寄りの駅まで歩くには遠すぎるという、やや不便な場所にあるため、これまで見逃していたのだ。でも、帰りはともかく、行きに関しては小川町駅から山をつたいながら行けそうだった。

まあ山とは言っても、メインとなる仙元山の標高はたかだか298.9m。これまでの温泉ハイキングのなかでも、ダントツに低い標高である。

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小川町駅〜玉川温泉までのコースタイムは、2時間40分。仙元山は2つあるが、1つ目のほうが標高298.9m。帰りのアクセスが不便だが、玉川温泉から約2kmのところに日影バス停があり、そこから小川町駅まで約10分。

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駅前にコンビニがあるので、そこで必要な食べ物や飲み物は購入できる。駅前商店街でのみちくさもおすすめ。

東武東上線の小川町 (おがわまち) 駅からスタートし、小川町の駅前商店街を抜けて、仙元山の麓へと向かっていく。

コースタイムどおり20分でたどり着く予定だったが、商店街の入口にあるお団子屋さんを素通りすることができず、さっそく寄り道。

みたらし団子と草もちを買い、満足げにほおばりながら歩いていたら、倍近くの時間がかかってしまった。

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小川町駅から歩きはじめて、遊歩道に入る手前からの仙元山の眺め。


庚申塔あり、城跡ありの、ただならぬ丘。


住宅地をとおり、とある民家の裏手から山道がはじまっている。入口の木製看板には、「仙元山遊歩道」と書かれている。

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小川町の町並みを背にして山のなかへと入っていく。

登山道ではなく遊歩道。そうだ、今日は登山じゃないのだ。遊歩なのだ。僕のなかに潜在している登る気持ちをすべて取っ払って、今日は遊ぶように歩くのだ。なんだか山に入る前から楽しくなってきた。

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ただの丘なんだけど、そこはかとなくワイルドな雰囲気がただよっている。

山のなかを進んでいくと、思ったほど整備されていないことに気づく。遊歩道とはいえ、木道とか木の階段があるわけではない。どちらかというと、けもの道のような雰囲気だ。でも、こっちのほうが僕にとってはむしろ遊歩っぽく感じられて、歩くほどに気持ちが昂ぶる。

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庚申塔が何十個も立ち並んでいる百庚申。

30分ほど歩いて小高い広場にでると、あたり一面に無数の石碑が並んでいた。なんだなんだ? と思って看板を見ると、これはすべて庚申塔 (こうしんとう) で、百庚申と称されているとのこと。

江戸時代に立てられたもので、中国の道教から生まれた庚申信仰によるものだそうだ。

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基本的に樹林帯だが、飽きのこない道がつづいている。

百庚申をあとにしてすぐのところに、今度は「青山城跡」という城跡が現れた。堀切 (ほりきり ※1) 跡や、本郭 (ほんぐるわ ※2) 跡などが今なお残されていて、それらをたしかめながら歩いていく。

※1 堀切:敵の侵入を防ぐための掘。
※2 本郭:郭とは城の囲いのことで、本郭とは本丸、城の中核のことを指す。

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2つ目の仙元山の山頂。石碑や石灯篭があり、厳かな雰囲気。ちなみにこの巨大な碑は、大正時代に冨士講の信者が建てたのだとか。

実は、ここを含めた比企エリアは、戦国時代、上杉氏や北条氏の戦の舞台であったため、数多くの城跡が残っている。

スタート前は、完全にみくびっていたが、ここはそんじょそこらの丘ではないのだ。


春の陽気に包まれながら、うららかなULクッキング。


山城を攻略するハイカー? のごとく歩いている僕も、腹が減っては戦ができぬ、ということで、ランチタイムを取ることにした。

春のハンモックはいい。なぜかって、宙に浮いていて背中側が涼しいから、春の陽気にピッタリなのだ。しかも、短パンだとハンモックの生地のひんやり感も味わえて、なおさら気分がいい。

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パラシュート素材を用いているため軽量で丈夫な、Hummingbird HammocksのSingle+。

今回のハンモックは、『Hummingbird Hammocks / Single+』(ハミングバードハンモック / シングルプラス)。

小さすぎず、大きすぎず、それでいて重量はたったの210g。パッカブル仕様だからスタッフザックを失くすこともなく、安心して出し入れできるのもいい。

のんびり揺られながら、TRAILS INNOVATION GARAGEのトレイルミックス『MYOM (Make Your Own Mix)』をほおばる。

事前に天気予報で気温が上がることはチェック済み。きっとフルーツが食べたくなるだろうと思い、甘みと酸味のバランスが絶妙な白いちじくをたくさん入れてきた。

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食物繊維が豊富なオーガニックの白いちじくをたっぷり入れた『MYOM (Make Your Own Mix)』。

クッカーとストーブは、素朴さをテーマにセレクト。もともと、今回は丘のハイキングということもあって、気取らず楽しもうと思っていた。

だから、クッカーもストーブも、シンプルであることはもちろん、形状も寸胴な感じがマッチしていると考えたのだ。

それで選んだクッカーが、『VARGO / Ti-Lite Mug 900」(バーゴ / チタニウム・ライト・マグ900) だ。バーゴらしいチタン製のマグで、900mlの容量がありながら重量は121g。たっぷりのお湯がわかせるので、今回、食事以外にコーヒーを2杯も飲めて、個人的には大満足。

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クッカーは、VARGOのTi-Lite Mug 900。ストーブは、BatchstovezのGram Weenie Pro。

ストーブは、『Batchstovez / Gram Weenie Pro (バッチストーブ / グラム・ウィーニー・プロ)』。20gの超軽量アルコールストーブである。

サイドバーナーゆえ、Ti-Lite Mug 900のような大きめのマグにもちょうどよく (炎がはみ出ない) 、効率よく湯沸しができる。燃焼っぷりを見てもらうとわかると思うが、ちっちゃいながらも、パワフルなのもいい。

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たかだか20gのアルコールストーブだけど、見よ、この火力の強さを。

ひとしきりランチを楽しんで、いざ温泉へ。緩斜面を下るのみということで、余力が残りまくっていた僕は、一気に駆けおりた。

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温泉にドボンしたくて、ダッシュ!


山から出ると、目の前に昭和の温泉が現れた。


実はこの下山ルートは、山と高原地図には載っていなかった。もちろんグーグルマップにも載っていない。でも地図を見ていて、玉川温泉までおりれそうな感じがしたのだ。

実際はというと、2つ目の仙元山の山頂から、玉川温泉へとつづく明瞭なルートがあった。しかも途中に玉川温泉の看板もあった。

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下山口の真ん前に、突如として現れた昭和レトロな温泉銭湯『玉川温泉』。

そして、なんと温泉は下山口の目の前に現れた。もはや、この温泉に行くためだけのルートといっても過言ではない感じだ。

しかもこの昭和感。

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ダイハツのオート三輪、ミゼットがお出迎え。

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館内にある玉川商店では、昔なつかしのおもちゃやお菓子が所狭しと並んでいる。

館内に入ると、昭和感というか、もはや雰囲気がどうこうではなく、タイムトラベルしたかのような心地になる。

昭和生まれの年配の人に人気かと思いきや、副支配人の神津 (こうづ) さんいわく「最近は若者に昭和レトロブームが来ていて、週末は10代〜20代の女性も本当に多いんですよ」とのこと。

玉川食堂という館内の食事処では、メニューにナポリンタンが主役の洋食プレートや、給食でおなじみの揚げパンもあり、昭和なフードメニューも人気だそうだ。

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「和 (なごみ) 湯」は、昭和の銭湯を彷彿とさせる富士山の絵を眺めながら温泉を楽しむことができる。

お風呂は、岩風呂がある「昭 (あきら) 湯」と、富士山の絵が描かれた風呂がある「和 (なごみ) 湯」があり、週ごとの男女入れ替制になっている。

今回は、「昭湯」の岩風呂に入ったのだが、露天の気持ち良さはもちろんのこと、地下1,700mから湧き出るph10のアルカリ性単純温泉は、湯上りの肌がすべすべして爽快。ハイキング後にうってつけだった。

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「昭 (あきら) 湯」の岩風呂は、広くて開放的。

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実に広々としていて、人里離れた温泉宿に来たかのよう。

さらに、大広間でカラオケも楽しめたり、図書室で本を読みながらくつろぐこともできたりと、温泉だけ入って帰るのがもったいないくらい。

次に来るときは、温泉以外もたっぷり味わいたい!

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丘とは思えない、素晴らしいトレイルがたくさんあった。

ハイキング後の温泉っていうのは、メインディッシュの後のデザートみたいなイメージかも知れないが、今回はどちらも主役という感じがした。

なんなら、温泉を楽しんでからハイキングに行くというのもありかもしれない。

さて、次の『TOKYO ONSEN HIKING』はどこにしよう。

※1 UL:Ultralight (ウルトラライト) の略であり、Ultralight Hiking (ウルトラライトハイキング) のことを指す。ウルトラライトハイキングとは、数百km〜数千kmにおよぶロングトレイルをスルーハイク (ワンシーズンで一気に踏破すること) するハイカーによって、培われてきたスタイルであり手段。1954年、アパラチアン・トレイルをスルーハイクした (女性単独では初)、エマ・ゲイトウッド (エマおばあちゃん) がパイオニアとして知られる。そして1992年、レイ・ジャーディンが出版した『PCT Hiker Handbook』 (のちのBeyond Backpacking) によって、スタイルおよび方法論が確立され、大きなムーヴメントとなっていった。

※2 実は、TRAILS INNOVATION GARAGEのギャラリーには、アルコールストーブをはじめとしたULギアが所狭しとディスプレイされている。そのほとんどが、ULギアホリックの編集長・佐井の私物。「もともと使うためのものなんだし、せっかくだからデイ・ハイキングで使ってきてよ!」という彼のアイディアをきっかけにルール化した。

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話・写真:河西祐史 取材・構成:TRAILS

What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。

何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。

そんな旅のスタイルにヤラれた人を、自らもPCT (約4,200km) を歩いたロング・ディスタンス・ハイカーであるTRAILS編集部crewの根津がインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。

* * *

第7回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、河西祐史 (かさい ゆうし) さん。

河西さんは、2010年にスルーハイクしたアパラチアン・トレイル (AT ※1) を皮切りに、パシフィック・クレスト・トレイル (PCT ※2)、コンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT ※3)、タホ・リム・トレイル (TRT ※4)、ヘイデューク・トレイル (※5)、パシフィック・ノースウエスト・トレイル (PNT ※6) など、毎年のようにアメリカのトレイルをスルーハイクしてきた。

日本人で、河西さんほどアメリカのトレイルを歩いているハイカーはいないだろう。しかし河西さんは『踏破』という言葉を使わないようにしている、という。「遊び」の話が、「挑戦」の話にすり替わってしまうのを嫌うのだ。

そんな河西さんは、スルーハイクのたびに、驚くほど寄り道をしている。トレイル沿いの町に立ち寄るといったレベルではなく、トレイルとまったく関係ない町にも、バスや電車、レンタカーを使ってサイドトリップへと出かけてしまう。

とにかくアメリカを自由に楽しんでいる、ロング・ディスタンス・ハイカーなのだ。

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河西さんと言えばハンモック。これはPCTの時のもので、ハンモックは、ByerのAmazonas Moskito Hammockというすでに廃番のモデル。タープは、ZPacksのオーダーメイドで、DCF (キューベンファイバー) 製。


30代になって、「遊び」にテーマが欲しくなった。


—— 根津:河西さんは、2010年、当時37歳の時に人生初のロングトレイルとしてATを歩きましたよね。もともとロングトレイルへの憧れとか興味があったんですか?

河西:「その頃は、ちょくちょく近場で1泊2日くらいのキャンプをしたりしてたんです。20代の頃はどんなことでも楽しかったんですけど、30代になって物足りなくなってきたというか、なんのテーマ性もない遊びがつまらなくなってきたんですよね。

カヌーでユーコン川を半年くらいかけて下るとか、自転車でアメリカを横断するとか、なにか大きなテーマがほしいと思っていて。

ATのことは、2000年代の初めに、NHKで放映していたATのドキュメンタリー番組をたまたま見て知りました。森の中をキャンプしながら歩く旅があるんだなぁと思って、興味を持ちました」

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雨が多くて有名なATでは、渡渉も経験した。

—— 根津:遊びのテーマとしてはいろんな選択肢があったわけですが、その中でロングトレイルを選んだと。

河西:「さかのぼると、学生時代は、カヌーや自転車、バイク、クルマなど、いろいろな手段で旅をしてたんです。でも次第に、自分のスタイルがどんどん歩くほうに寄っていったというのは自覚しています。

旅先では自然と移動が歩きになりましたし、たとえば自転車だと道路を離れられないじゃないですか。さまざまな遊びの中で、自然の中を歩くのが一番おもしろいと感じるようになってきてはいたんです。

NHKの番組を見た後も、いろいろブログをチェックしているなかで、またATの情報が出てきて。それを見た時に、これだったら仕事さえ辞めれば行けるなと思ったんです」

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湖畔にて。正面に見えるのは、ATのゴール地点であるカタディン山。

—— 根津:行きたい!というより、行ける!って感じだったんですね。

河西:「まあ逆を言うと、今はユーコン川を半年下るのは厳しいなと思ったんですけどね。スルーハイクするかどうかも決めてなくて、とりあえず長期間歩いて楽しければいいかなって思って、行くことにしました」


ゴールにたどり着くことが目的ではない。やっぱ途中がおもしろい。


—— 根津:僕は2012年にPCTをスルーハイクしていた時に、河西さんと会いました。当時の河西さんは、いつの間にかNBAを観戦していたりと、トレイルとは関係ないところに遊びに行ってる印象が強かったです。ATはどうだったんですか?

河西:「まあ、いろいろ行きましたね。ATって、2回電車に乗れる機会があるんですけど、2回とも東海岸まで出て何日か遊んでました。

あとは夏のすごく暑い日に、こんな日に歩いてられるか! ってことで、ハイカーの仲間と一緒に、レンタカーを借りて東海岸のビーチにも行きましたね。

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ATのスルーハイク中に、仲間のハイカーと遊びに行ったマートルビーチ。

そこはマートルビーチっていう、サウスカロライナ州の有名なビーチで。冬は閑散としているけど、夏だけ大騒ぎするような場所なんです。

そもそも自分としては、大西洋自体見たことがないわけですよ。アメリカ好きとしては、一度は見てみたいっていうのもありましたし、バカ騒ぎのビーチも、自分からすればそれこそがアメリカなわけで。行けるチャンスがあれば行かないわけがないんです」

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ATを歩いている時に立ち寄った湖畔。手前にたむろしている連中は全員スルーハイカー。

—— 根津:2012年に歩いたPCTは、なぜまたNBAを観に行ったんですか?

河西:「あの時は、ロサンゼルス・クリッパーズの試合でした。90年代にド底辺にいた弱小チームだったんですけど、当時ちょうど強化策がうまく行って勝てるようになり、ファンとしては狂喜乱舞なわけですよ。

PCTをスルーハイクしている途中、ここから試合会場まで1日でいけるな! と気づいた時があって。それで急遽行くことにしたんです。

おかげで、ずっと負けつづけていたチームが強豪チームに生まれ変わる瞬間を、この目で見ることができたんです。オレは、あの試合を生で見れて幸せでしたよ」

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PCTのスルーハイクでは、途中トレイルを離れて、ロサンゼルスにあるステイプルズ・センターへ。クリッパーズの本拠地でビール片手に試合観戦!

—— 根津:寄り道を楽しんでいるのが河西さんらしいです。

河西:「やっぱり途中がおもしろいんですよね。ゴールにたどり着くことが目的ではないじゃないですか。

だからオレは『踏破』って言葉を使わないようにしてるんです。ロングトレイルを歩いてきた話をすると、大変なことに挑戦して歩き切ってきたという話にすり替えられちゃうことが多いんですよね。

1日1日で見れば、そりゃしんどい日もありますけど、まあやっぱりトータルで見るとずば抜けておもしろいですからね。

踏破がしたいんじゃないんです。半年休みとって半年遊ぶっていうのを、ただただ満喫したいんです」

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ATの有名なフェス『TRAIL DAYS』のハイカーパレードにも参加した。


アメリカのトレイルをまとめた『おもしろそうリスト』は、つねにパンパン。


—— 根津:アメリカのトレイルばかりを歩いてますけど、アメリカへのこだわりがあるんですか?

河西:「昔から、アメリカへの憧れは強烈にありますね。アメリカのお国柄とか文化はすごく好きですよ。特別、何かきっかけがあったわけではないんですけど、まあこれは世代じゃないんですかね。自分の世代は、みんな少なからずアメリカへの憧れみたいなのはあると思います」

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PCTをスルーハイクしている時に、TRTを歩いているグループにたまたま出会い、そのサポートクルーに食事をごちそうになった。これぞトレイルマジック!

—— 根津:これまでもかなり歩きまくってきましたけれど、まだアメリカのトレイルで行きたいところはあるんですか?

河西:「自分が行きたいと思うアメリカのトレイルをまとめた『おもしろそうリスト』は、つねにパンパンですよ (笑)。

一回歩いたトレイルでも、季節をずらすおもしろさもありますし。あと、歳をとったらとったなりのおもしろさがあるはずで。ATにしてもPCTにしても、次は何歳で行こうかなっていうのはあります。

だから、アメリカ以外に手をつける余裕がないですね」

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2017年にスルーハイクしたヘイデューク・トレイル。アメリカには、まだまだ歩きたいトレイルが山ほどある。


This is LONG DISTANCE HIKER.



『 半年間の長い遊び 』

ロング・ディスタンス・ハイキングを、冒険でもなく、挑戦でもなく、ただの遊びだと胸を張って言える人は、実際はそういないんじゃないだろうか。特にスルーハイクした人は、その自分の行為に、何かしらの価値や意味を見出したくなるものだ。

でも、河西さんは「半年休みを取って半年遊べるっていうシステムを、フルに使いたい」と表現する。彼にとってロング・ディスタンス・ハイキングは、正真正銘、遊びなのだ。だから、毎日毎日がおもしろくてしようがないと言う。

トレイルを軽々と離れてビーチに行ったり、NBA観戦に行ったり。次のロング・ディスタンス・ハイキングでは、どこでどうトレイルを離れるのか。その番外編がすごく気になるのだ。

根津貴央

※1 AT:Appalachian Trail (アパラチアン・トレイル)。アメリカ東部、ジョージア州のスプリンガー山からメイン州のカタディン山にかけての14州をまたぐ、2,180mile (3,500km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

※2 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

※3 CDT:Continental Divide Trail (コンチネンタル・ディバイ・トレイル)。メキシコ国境からニューメキシコ州、コロラド州、ワイオミング州、アイダホ州、モンタナ州を経てカナダ国境まで、ロッキー山脈に沿った北米大陸の分水嶺を縦断する3,100mile (5,000km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

※4 TRT:Tahoe Rim Trail (タホ・リム・トレイル)。カリフォルニア州とネバダ州にまたがるタホ湖を一周する170mile (274km) のトレイル。

※5 ヘイデューク・トレイル (Hayduke Trail):ユタ州南部、アリゾナ州北部の砂漠地帯を横断する812mile (1,307km) のルート。ほとんどの部分がオフトレイルであり、セクションハイクにしてもスルーハイクにしても危険であり、過酷極まりない。

※6 PNT:Pacific Northwest Trail (パシフィック・ノースウエスト・トレイル)。アメリカとカナダの州境付近、ワシントン州、アイダホ州、モンタナ州の3州をまたぐ1,200mile(1,930km)のロングトレイル。現時点において、もっとも新しいNational Scenic Trailである。

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TRAILS編集部crewの根津による『TOKYO ONSEN HIKING』、第10回目。

今回の温泉は、陣馬山のふもと、栃谷 (とちや) 集落にひっそりと佇む『陣谷温泉』。

陣馬山の「陣」と栃谷の「谷」をあわせたこの温泉は、きっとこの山域に根ざした温泉なのだろう。

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相模湖駅から歩きはじめて20分くらいの地点から。相模湖や相模原の山々が見える。

TOKYO ONEN HIKINGのルールはこれ。

① TRAILS編集部 (日本橋) からデイ・ハイキングできる場所
② 試してみたいUL (※1) ギアを持っていく (※2)
③ 温泉は渋めの山あいの温泉宿がメイン (スーパー銭湯に非ず)

この陣馬山一帯は、都心からアクセスが便利で、デイハイキングはもちろんトレイルランニングにも人気のエリアだ。

それもあって、ついついピストンで都心側に戻りがちだが、今回のように反対側に降りてみると、あらたな出会いが生まれる。こんなところに、こんな温泉があったのか! そんな驚きと発見に満ちたハイキングとなった。


神社の端っこから登山道がはじまる。


当初は、陣馬山経由で温泉に降りていくルートを、なんとなくイメージしていた。でも、この辺りを歩いたことのあるTRAILS編集部crewの小川が、「矢ノ音 (やのね) あたりは広葉樹が多くてハンモックにもうってつけ!」なんて言うものだから、がぜん気になってしまった。

しかもただの地名だと思って矢ノ音を調べてみると、標高633mの山で、藤野15名山のひとつでもあったのだ。

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相模湖駅〜陣谷温泉までのコースタイムは3時間。陣谷温泉〜藤野駅は徒歩で約50分。バスも運行しているが本数は少ないので要確認。

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相模湖駅の駅前には、喫茶店も多いので、モーニングを食べるのもおすすめ。また、与瀬神社の手前にコンビニ (セブンイレブン) があるので、そこで必要なものは購入できる。

相模湖駅を出ると、駅前にはバスのロータリーが広がっていた。ハイカーや観光客らしき人もちらほらいたが、みんな石老山 (せきろうさん) 方面に向かうバスに乗るようだった。

僕は踵 (きびす) を返し、登山口へとつづく舗装路を西へと進んだ。地図上では、与瀬 (よせ) 神社が登山口になっているようだった。

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与瀬神社の参道。


低山とは思えない明るさと開放感。


てっきり登山道のわきに神社があると思ってたのだが、神社の境内をつっきって山へと入っていくようだった。

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相模湖駅から国道20号 (甲州街道) を10分ほど歩き、そこから右に折れて与瀬神社へと入っていく。

せっかくだからと、まずは安全祈願から。かたわらに無人のおみくじコーナー (1回200円) があった。今日の運勢を占うべく引こうと思ったのだが、あいにく小銭を持ち合わせていなかった。まあ入れなくてもバレないか……というやましい気持ちも浮かんだが、バチが当たると思い踏みとどまる。

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与瀬神社には、日本武尊 (ヤマトタケルノミコト) が祀られている。

この境内のすみっこから登山道がはじまっていた。この木々に囲まれた神社の雰囲気からして、しばらくは陽の当たらない樹林帯をもくもくと歩くんだろうと思っていた。

それがだ。早々に、陽がさんさんと降りそそいできた。

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少し登ったところにある展望スポット。相模原の町並み、相模湖、石老山などが一望できる。

べつに樹林帯が終わったわけではない。最初に言っておくと、今回のルートは最初から最後までずっと樹林帯だ。なのに、めちゃくちゃ明るいのだ。

スタート直後の登りがひと段落すると、休憩用のイスとテーブルがあって、そこからは相模湖と、石老山をはじめとした相模原の山々が一望できる。

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矢ノ音の手前の尾根歩き。ずっと歩いていたくなる気持ち良さ。

途中、大明神山の周辺はスギがメインの樹林帯だが、それを抜けて尾根にとりつくと広葉樹にかわり、あたりがパーッと開ける。

この尾根がまためちゃくちゃ気持ちいい。道標には「矢ノ音まで300m」と書かれていたが、そんなこと言わずに1kmでも2kmでもつづいてほしいと切に思ったほど。

ここの標高は600m程度だが、気分的には標高1,000mくらいの稜線を歩いている感じだった。

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矢ノ音 (標高633m) の山頂。


シンプル、軽量、美しいULギアで、のんびりランチ。


たしかにこれはハンモックには最高だな! 僕はやや興奮気味に、ベストポイントを探しながら歩く。

もはや張り放題といった雰囲気だったが、そのなかでもスペースが広く、寝たときの眺めが良さそうなところを見つけ、そこにハンモックを設営することにした。

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WARBONNET OUTDOORSのTraveler Single。重量は318g。この景色と馴染むカラーリングも良い。

今回のハンモックは、『WARBONNET OUTDOORS / Traveler Single』(ウォーボネット・アウトドアーズ / トラベラー・シングル)。

ハンモックキャンピングのためのハンモックブランドだけあって、寝心地と使い勝手が抜群。リッジラインに小物類もかけておけるし、このまま1泊したいくらい。

できるだけ、なにもせずにのんびりしたかったので、TRAILS INNOVATION GARAGEのトレイルミックス『MYOM (Make Your Own Mix)』を頬張りながら、小一時間ほど包まれていた。

今回は、MYOMもランチの一部にしようと考えていたので、ナッツ類のなかでも特にカロリーの高いピーカンナッツを多めにした。

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ハイカロリーのピーカンナッツをたっぷり詰めた『MYOM (Make Your Own Mix)』。

さて、今回のクッキングギアはというと、まず前提としてメイド・イン・ジャパンをテーマにしてみた。たまには日本製にこだわってみるのもいいじゃないか、と思ったのだ。

まっさきに思いついたのは、『Sanpo’s Fun Lite Gear / sanpo CF stove』(サンポズ・ファン・ライト・ギア / サンポ CF ストーブ) だった。

作り手であるサンポさんは、日本を代表するアルコールストーブ・ビルダーのひとりであり、TRAILS編集部とも長い付き合いの仲間でもある。そんなサンポさんの代表作のひとつが、これなのだ。

空き缶とカーボンフェルト (CF) を用いた、五徳とセットのアルコールストーブ。CFがロウソクやアルコールランプでいう芯になるので、着火も簡単だし、燃焼も安定していて扱いやすいのがいい。しかも、消化蓋がついていていつでも消化できるため、燃料もムダにならないというスグレモノ。

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ストーブは、Sanpo’s Fun Lite Gearのsanpo CF stove (重量50g)。クッカーは、Jindaiji Mountain WorksのHillbilly Pot 550 (重量80g)。

これに合わせるクッカーとして選んだのが、『Jindaiji Mountain Works / Hillbilly Pot 550』(ジンダイジ・マウンテン・ワークス / ヒルビリー・ポット 550)。

パッと見は洗練されていて今風だが、実はビールの空き缶ポットのオマージュでもある。以前この連載記事でも、ミニブルデザインのハイネケンの空き缶ポットを紹介したが (詳しくはコチラ)、そんな古き良きULを意識したアルミ製クッカーなのだ。ハンドルレスの潔いデザインは、スタッキングにも便利。今回はお湯を沸かすだけだったが、そもそも炊飯も想定して作られているので、次回はごはんも炊いてみたい。

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sanpo CF stoveは、カーボンフェルトにアルコールを染み込ませて使用。付属の消化蓋を使えば、好きなタイミングで消化できる。

たっぷり休んだあとは、温泉目指して気持ちのいい尾根を下っていく。あまりにも素晴らしい道だったので、いつの間にか僕は走りはじめていた。

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ちょうどいい傾斜で、走りやすい。左側には、相模湖も見える。


真新しい檜風呂は、香り豊かで、まさに極楽。


下山道が終わりに近づくと、栃谷集落が見えてくる。相模湖駅をスタートして、山を越えてたどり着いたこの地域に、いったいどんな温泉があるのだろうか。

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下山道から徐々に見えてくる栃谷集落。

舗装路に出るとすぐのところに、大きなゲート看板が。昭和の温泉街を彷彿とさせる懐かしい看板だ。それをくぐった突き当たりに、お目当ての陣谷温泉がある。

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不思議とテンションが上がる、陣谷温泉のゲート看板。

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山深いところにポツンと佇む陣谷温泉。

この集落に住むご夫婦で営んでいるというこの温泉宿は、開業して50年ほど経つという。

このあたりにまだ舗装路がなかった頃に、陣馬山の登山者に食事を提供しはじめたのがきっかけで、その後、旅館業も手がけるようになったとのこと。

コロナの影響は大きかったそうだが、これを機にと、2020年の春に古くなってきた檜風呂を総入替えして、一新させたとのこと。

そのため、浴槽の檜はとても美しく、肌ざわりもよく、浴場は華やかな檜の香りでいっぱいだった。

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実は、絶景檜風呂としても有名で、知る人ぞ知る温泉でもある。日帰り入浴の料金は1,000円。不定休なので平日は要連絡。

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お風呂からの眺め。目の前には栃谷川が流れている。

また、根っからの囲碁好きのご主人は、旅館業を営むに当たって、囲碁ルームを作りたい! という夢があったそうで、それも実現させたのこと。

今では、企業、大学などの囲碁・将棋サークルの合宿やイベント、大会なども、この囲碁ルームで開催されているそうだ。

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ご主人の悲願でもあった囲碁ルームは壮観。

僕は、囲碁も将棋もてんでダメなのだが、絶景檜風呂からあがって1局打つ、そんな贅沢な楽しみ方も、いつかやってみたいものだ。

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この栃谷川にかかる橋をわたったところに、陣谷温泉がある。

明るく開放的な山歩きを楽しみ、そして栃谷集落の温泉宿でのんびりする。デイハイキングながらも、秘境の旅感が存分に味わえた1日だった。

都心からこの山域に来たら、ピストンではなく栃谷集落側におりるべし!

これが今回の学びだ。さて、次の『TOKYO ONSEN HIKING』はどこにしよう。

※1 UL:Ultralight (ウルトラライト) の略であり、Ultralight Hiking (ウルトラライトハイキング) のことを指す。ウルトラライトハイキングとは、数百km〜数千kmにおよぶロングトレイルをスルーハイク (ワンシーズンで一気に踏破すること) するハイカーによって、培われてきたスタイルであり手段。1954年、アパラチアン・トレイルをスルーハイクした (女性単独では初)、エマ・ゲイトウッド (エマおばあちゃん) がパイオニアとして知られる。そして1992年、レイ・ジャーディンが出版した『PCT Hiker Handbook』 (のちのBeyond Backpacking) によって、スタイルおよび方法論が確立され、大きなムーヴメントとなっていった。

※2 実は、TRAILS INNOVATION GARAGEのギャラリーには、アルコールストーブをはじめとしたULギアが所狭しとディスプレイされている。そのほとんどが、ULギアホリックの編集長・佐井の私物。「もともと使うためのものなんだし、せっかくだからデイ・ハイキングで使ってきてよ!」という彼のアイディアをきっかけにルール化した。

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文:根津貴央 写真・構成:TRAILS

What’s TODAY’S BEER RUN? | 走って、至極の一杯となるクラフトビールを飲む。ただそれだけのきわめてシンプルな企画。ナビゲーターは、TRAILSの仲間で根っからのクラフトビール好きの、ゆうき君。アメリカのトレイルタウンのマイクロブルワリーで、ハイカーやランナーが集まってビールを楽しむみたいに、自分たちの町を走って、ビールを流し込む。だって走った後のクラフトビールは間違いなく最高でしょ? さて今日の一杯は?

* * *

『TODAY’S BEER RUN』の第3回目!

今回の案内役も、もちろんこの人、黒川裕規 (以下、ゆうき) 君だ。

彼は現在、パタゴニアのフード部門である『パタゴニア プロビジョンズ』で食品やビールを担当している。前職がヤッホーブルーイングということもあり、ビールの知識も豊富。そもそも根っからのビール好きで、10年以上前からクラフトビールを個人的に掘りつづけている。

ちなみに、TRAILS編集部crewの根津とは6年来のトレイルラン仲間で、100mileレースも走るタフなトレイルランナーでもある。

そんな彼のお気に入りのお店のひとつが、今回紹介する『Pigalle Tokyo』(ピガール トウキョウ) だ。聞けば、ヨーロッパのビールが中心の「ヨーロッパの伝統と最先端が交錯する」お店とのこと。なんともそそられるフレーズじゃないか。

クラフトビールのために走る『TODAY’S BEER RUN』、今回もお楽しみください!

※ 『TODAY’S BEER RUN』のルール:①日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』からお店まで走って行く ②『TODAY’S BEER RUN』のオリジナル缶バッジを作る ③ゆうき君おすすめのお店で彼イチオシのクラフトビールを飲む

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起点の『TRAILS INNOVATION GARAGE』に、ゆうき君 (右) と根津が集合。


GARAGE to ピガール トウキョウ


スタート地点は、東京は日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』。

この場のコンセプトである「MAKE YOUR OWN TRIP = 自分の旅をつくる」を体験してもらうべく、まずは恒例の『TODAY’S BEER RUN』オリジナル缶バッジづくりから。

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MYOGができる『TRAILS INNOVATION GARAGE』 (従来は土日オープンだったが、現在は新型コロナウイルス感染防止のためクローズ中) で、オリジナルの缶バッジを作るゆうき君。

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オリジナルのバッジが完成!

最近寒くておうち時間が増えていた2人も、『Pigalle Tokyo』の名前を入れた『TODAY’S BEER RUN』オリジナルの缶バッジをキャップにつけると、スイッチオン! 俄然、クラフトビールを目指して走りたくなってきた。

ヨーロッパのクラフトビールを飲むべく、いざ『ピガール トウキョウ』へ。

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日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』からスタートして、三軒茶屋にある『ピガール トウキョウ』へ。


今回のルート


GARAGEを出発した僕たちは、こんなルートで『ピガール トウキョウ』に向かうことにした。

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日本橋から銀座、六本木を経由して、三軒茶屋へ。ゴール直前、世田谷公園に立ち寄った。距離にして約14km。

距離にして約14km。思ったより遠いな……と一瞬だけ日和ったものの、でも今の季節的にもこのくらい走ったほうが、クラフトビールを欲するだろうし、美味しさも倍増するはず!

そう思いながら銀座、六本木を気持ちよく走り抜ける。そして渋谷を過ぎるとあっという間に寄り道スポットに設定していたゴール付近の世田谷公園に到着。高々とわき上がる噴水のまわりをゆるくジョグしつつ、お店へと向かった。

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交通量の多い道路から自然豊かな世田谷公園へ。噴水と緑を満喫しながらのジョグ。


喉カラカラで、ピガール トウキョウにゴール!


約14kmをのんびり2時間くらいかけて走って、三軒茶屋にあるピガール トウキョウに到着。

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『ピガール トウキョウ』は、三軒茶屋駅から徒歩3分の路地裏にある。

ぼんやりしてると、気づかず通り過ぎてしまいそうなところにお店がある。一見、雑貨屋さんのようでもあり、洋食屋さんのようでもある。

でも、この路地裏にひっそりと佇んでいる感じが、とても魅惑的に思えた。

入口は狭いが、そのドアを開けると、想像以上に奥まで空間が広がっている。華やかな装飾もあり、なんだか夢の世界の扉を開いたかのような心地がした。

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エントランスのドアを開けると、別世界。映画のワンシーンのよう。


ヨーロッパの伝統と最先端が交錯するビアバー & 酒屋


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オーナーの山田夫妻。ヒデさん (右) とチエさん。フレンドリーでとても話しやすいご夫婦だ。

「ヒデさん、チエさんどうもです!」と、ゆうき君。

そう、このヒデさんとチエさん (山田夫妻) が、ピガール トウキョウのオーナーだ。僕らを見るなり開口一番、「え? 本当に走ってきたの? 日本橋から? (笑)」とチエさん。かしこまった挨拶はなく、フレンドリーなやり取りからはじまり、なんだか僕も行きつけのお店に来たかような感じがした。

聞けば、ヒデさんはもともとドイツパンのパン職人だったそうで、パンを求めてヨーロッパによく行っていたのがヨーロピアンビールにハマったきっかけとのこと。

ヒデさん:「ずっとヨーロッパカルチャーが好きだったんです。音楽だったり映画だったり旅行だったり……たまたまその中にビールもあって。ヨーロッパのビアパブに行くようになってわかったのは、みんな別にビールの話をするわけでもないんだけどそこにはビールがある、という感じなんです。そういうパブをやりたかった。そういうカルチャーを作りたくて、このお店をはじめました」

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クラフトビールだけではなく、ヨーロッパのカルチャーがギュッと詰まった店内。

ヒデさんとチエさんは、毎年研修と称して、1カ月間くらいヨーロッパに足を運んでいる。ヨーロッパの伝統的なブリュワリーと最先端の新しいブリュワリー、両方のタイプのお店を巡る旅をしているのだ。

ビールのオリジンであるヨーロッパの歴史と伝統を深く学びつつ、最新のトレンドもキャッチアップする。そして自ら直接作り手さんとコミュニケーションをとって、そこで仕入れてきたビールやそれにまつわる情報を、お店に来たお客さんに届けている。

伝統と最先端。ヨーロッパのビールならではの奥の深さやバリエーションの豊かさ、その変遷を、楽しんでほしいと思っているのだ。

2010年にビアパブとしてオープンしたピガール トウキョウは、2014年に酒販免許を取って酒屋としての側面も持つようになった。ボトルショップ併設の飲食店は今でこそ珍しくはないが、当時はほぼなかった。他店に先駆けてそれに着手したのは、ヒデさんの「クラフトビールを一時的なブームで終わらせるのではなく、ふだんの日常生活にクラフトビールを根付かせたい」という強い思いがあったからだ。

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トイレのドアは、まるで、どこでもドア! ここを開けると異世界が広がっている。

そして、ピガールのこだわりはビールだけではない。実はトイレも有名なのだ。

飲食店で店内とトイレが別空間になりがちなため、トイレでおもしろいことをやりたかったそうだ。最初は、フォトグラファーによる写真展を開催した。そのとき音楽も必要だとなって、トイレ専用のスピーカーを設置。ヨーロッパのブルワリーをはじめ知人にトイレミックスなるプレイリストを作ってもらって流すようになった。

「トイレから世界につながる!」そんな場所として、お客さんもここを楽しんでいるし、これを目当てに来る人もいるそうだ。


ゆうき君のイチオシの「TODAY’S BEER」


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ここに来るといつもオーダーするという、ピガール定番のイングリッシュ・ビター。

ゆうき君の今日のイチオシはこれ。

『Morland Brewery / Old Speckled Hen』(モーランド・ブルワリー / オールド・スペックルド・ヘン)

ゆうき:「これはイングリッシュ・ビターって呼ばれる、イギリスのビアパブで飲まれているエールビールで、ペールエールの一種なんだ。ペールエールって、今の日本の場合アメリカン・ペールエールが主流だけど、もともとはイギリスのこのスタイルなんだよね。これをピガールさんはオープンした時から定番ビールとして樽で出しているっていうのが、超レア。日本だとここくらいと言っていいほど珍しいと思う」

モーランド・ブルワリーは、1711年に創業した超老舗の伝統あるブルワリー (2000年にグリーン・キング傘下になった)。このオールド・スペックルド・ヘンは、1979年に誕生して人気を博した。

ペールエールというと、華やかなホップの香りのイメージを持っていたが、それはあくまでアメリカン・ペールエールの話。

イングリッシュ・ビターは僕も初めてだったが、麦の甘みとホップの苦味が感じられる、とてもやさしい味わいだった。この寒い季節にすごくマッチしていて、寒くても飲みたくなるビールという感じがした。

ちなみに、前回の記事で紹介した麦酒倶楽部ポパイのリアルエールは、特殊な製造方法を用いたエールビールで常温かつ無炭酸が特徴だったが、今回のは定番のイングリッシュ・ペールエールだ。

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シンプルな味わいが特徴で、ずっと飲みつづけても飽きがこない。

ゆうき:「ビアパブとひと口に言っても、アメリカとイギリスでは楽しみ方は少し違うかもしれない。アメリカのクラフトビールに強いパブは、ビールをいろいろ変えて飲み比べてその味わいや製法の違いを楽しんだりするけど、イギリスの昔ながらのパブの場合は、同じビール、たとえばこのイングリッシュ・ビターとかを立ち話をしながら、何杯も飲みつづけてたりするんだよね」

チエさん:「うちの常連さんたちは、まさにそういう感じですね。今日は何していたの? とか、飲みながらそういう世間話をみんなしているんです」

ヒデさん:「ビールの話もしますけど、それ以外の話もたくさんしますね」

ちょうど、ピガールのオープン当初から通っている常連の女性がいたので、ピガールの好きなところを聞いてみた。

常連さん:「ビアギーク感がいい意味でないのがいい。居心地がいいんですよね。私なんて、ぜんぜんビール飲みじゃなかったのに、ここに来るようになって飲むようになりました (笑)。ビアパブが好きというよりは、ピガールファンです!」

チエさん:「ビールに限らず、カルチャーが好き!っていうお客さんが多い気がしています」

僕も、ピガールに来た第一印象は、圧倒的な居心地の良さだった。それは、ピガールというビアパブが、ビールを提供するだけのお店ではなく、ビールを通じてその背景や周辺にあるカルチャーを伝えるとともに、人とのコミュニケーションを大切にしているからなのだろう。

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『TODAY’S BEER RUN』に乾杯! とにかく居心地が良くて、1回来たら通いたくなるはず! HPもぜひチェックを。https://www.pigalle.tokyo/

今回、東京は緊急事態宣言のさなかということもあり、ゆうき君と僕、2人だけでの『TODAY’S BEER RUN』となった。

残念ながら来ることができなかった他のTRAILS編集部crewは、さぞかし悔しがっていることだろう。そこで、ヒデさんにアドバイスをいただき、お土産ビールを買っていくことに。ヒデさんオススメの3ボトル、きっとみんな喜んでくれるはずだ。

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お土産ビール & サイダーは、この3種。左から、スウェーデンの『O/O Brewing / Katten』(オーオーブルーイング / カッテン)、ベルギーの『DE RANKE / XX Bitter』(デ・ランケ / イクスイクスビター)、イギリスの『Oliver’s / Fine Perry Medium Rolling Blend』(オリバーズ / ファインペリー・ミディアムローリングブレンド)。

今回も、走ったあとのクラフトビールは最高でした!

ビール好きはもちろん、ビール好きじゃなくても通いたくなるお店。そんな印象のビアパブだった。

コロナ期ということもあり、なかなかお店まで行けない人も多いと思う。そんな人は、ピガールの『自転車デリバリー』や『オンラインショップ』のサービスを利用してみてはいかがだろうか? きっと、それを通じてピガールの良さを感じることができるはずだ。

さて、次はどこのクラフトビールを飲みにいこうかな。

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話・写真:筧啓一 取材・構成:TRAILS

What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。

何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。

そんな旅のスタイルにヤラれた人を、自らもPCT (約4,200km) を歩いたロング・ディスタンス・ハイカーであるTRAILS編集部crewの根津がインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。

* * *

第6回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、筧啓一 (かけい けいいち) さん。

筧さんは、定年退職を迎え、60代になってからパシフィック・クレスト・トレイル (PCT ※1) の約4,200kmを、約6カ月 (174日) かけてスルーハイキングした。

しかも、スルーハイキングすると決めた定年退職の3年前の時点では、キャンプの経験もなかった。60代になれば当然、体力も衰えてくる。それでもなお、長い旅に向かわせた衝動とはなんだったのか。

筧さんのお話は、旅に出るのは遅すぎることはない、強い衝動が自分のなかに生まれれば、人はいくつになってもロング・ディスタンス・ハイカーになれることを教えてくれるものだった。

※1 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

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PCTで5回くらい経験した、テントを張らないカウボーイキャンプ。星空を見ながら寝るのが最高だったとのこと。


PCTハイカーの講演がきっかけで、忘れていた15歳のときの記憶の箱が開いた。


—— 根津:60過ぎまでキャンプすらしたことのなかった筧さんが、なぜまたPCTをスルーハイキングしようと思ったのですか?

筧:「きっかけは、2009年6月に聞いた、日本人初のPCTスルーハイカーとなった日色さん (※2) の講演です。

そこでPCTの存在を知りました。メキシコ国境からカナダ国境までつづいていて、しかもその間には、美しい自然で有名なカリフォルニアのシエラネバダも含まれていました。

講演が終わって自宅に戻るや否や、日色さんのブログを読み漁ったら、もう素晴らしい景色のオンパレードで。これは行くしかない! と思いました」

※2 日色健人 (ひいろ たけと):2003年に日本人で初めてパシフィック・クレスト・トレイル (PCT) をスルーハイキングしたハイカー。現在は、市議会議員。『LONG DISTANCE HIKER #01 日色健人 | 日本人初のPCTスルーハイカー』にも登場してもらった。

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2012年、PCTをスルーハイキングしている時に撮影したシエラの風景。この景色の中を歩きたかったのだ。

—— 根津:それが原体験というか、すべてのはじまりだったのですね。

筧:「それが実は、15歳のときに原体験があるんです。父親がカナダのバンクーバーに赴任していたこともあって、私は14〜17歳の3年間、バンクーバーに住んでいました。それで15歳のとき、中学2年生の夏休みのタイミングで家族で旅行に出かけたのです。

クルマでオレゴン、カリフォルニアと南下していってヨセミテにも立ち寄りました。そこで、ウォッシュバーン・ポイントという絶景ポイントから見たハーフドームと、その奥に広がるシエラネバダの景色の美しさに、子ども心に衝撃を受けたのです」

—— 根津:もしかして、中学時代の大事な体験を大人になって忘れてしまっていた?

筧:「すっかり忘れていて (笑)。それが、日色さんの話がきっかけで、当時の思いが鮮明に蘇ってきたのです」

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1965年、筧さんが15歳の時に家族旅行で訪れた、ヨセミテ国立公園のウォッシュバーン・ポイント。両親に挟まれて真ん中にいるのが筧さん。

—— 根津:当時のことで、ほかに覚えていることはありますか。

筧:「近くにバックパックを背負って歩いている人が2〜3人いて。こんなところを歩けるのか! 自分もいつか歩いてみたい! と思いました。当時抱いた憧れや夢を、定年を前にした年齢にして思い出したんですよ」


少年時代の夢を、定年後に実現することを決意。


—— 根津:日色さんの話を聞いたのが59歳のときでした。そこからどのような準備をしたのですか?

筧:「まず必要なことや足りないことを考えました。スルーハイクするためには約半年もの期間と歩き切る体力が必要でした。しかもこれまでキャンプの経験すらなかったので、できるようにならないといけないし、山の道具もイチから揃えなくてはなりませんでした。

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PCTの絶景をイメージしながら、イチから準備を進めていった。

そう考えると、歩くのであれば時間が充分にとれる定年後しかないなと。とはいえ当時の59歳という年齢を考慮すれば、体力が衰える前、できるだけ早い時期には歩きたい。

日色さんの話を聞いたのが2009年6月。2011年3月が定年だったので、そこまでにギアを揃えて、定年後の1年間でしっかり準備して、2012年4月からPCTを歩く、という計画を立てました」

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PCTを歩くためにギアもすべて買い揃えた。テントはTarptent (タープテント) のRAINBOW (レインボウ)、バックパックはULAのCIRCUIT (サーキット) 。

—— 根津:もうすべてイチからというかゼロから準備しないといけない感じでしたね。実際は、どんなことから準備をはじめたんですか?

筧:「まずは定年までに、テントや寝袋、バックパック、シューズなどの装備を揃えていきました。シンプルで壊れにくいことを重視しつつも、やはり年齢も年齢なので、そこを考慮して軽さも大事にしました。

シューズは、足腰が弱っていることも考えると、歩きつづけるために大事なアイテムなので、特に慎重に選びました。足へのフィット感、ホールド感を入念にチェックして、中足骨の疲労骨折がおきにくいものを選びました。

定年後の1年間は、テント泊を含めたハイキングの経験を積む期間にあてました。2011年6月には、八ヶ岳山麓スーパートレイル約200kmを9泊10日でハイキング。同年10月には、北アルプスの立山~五色ヶ原エリアを3泊4日で歩きました」

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2011年10月、北アルプスの立山~五色ヶ原を3泊4日で歩いた時には、雪山も経験することができた。


定年した翌年の4月、ついにPCTのスタート地点に立った。


—— 根津:そして2012年に、抱いていた夢が現実のものとなったわけですね。

筧:「2012年4月25日の正午、ついにPCTのスタート地点に立つことができました。

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メキシコ国境の前にある、PCTのスタート地点 (南端) にて。

ただ歳が歳なんでね。頑張りすぎて体を痛めてしまったら、途中でリタイアするしかなくなってしまう。だから、歩行速度は時速2.5~3mile (4〜4.8km)、1日の行動時間は、7時間前後と決めていました。

朝スタートする時には、『よし、頑張らないぞ!』と気合いを入れてスタートするんです。頑張ろうと思うと、早足になったりして疲労がたまってしまうので。

食料補給地では可能なかぎり、リラックスするためにモーテルに泊まり、きちんとレストランで食事をして、しっかりと栄養補給をしていました。それでもトレイル上でのカロリー摂取が思うようにいかず、スタート時72kgだった体重がゴール時には59kgまで落ちてしまっていました」

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PCTの最高標高地点、フォレスター・パス (標高約4,000m) にて。自分のペースを守り、着々と進む筧さん。

—— 根津:灼熱の砂漠地帯を越えると、ようやくヨセミテのエリアが近づいてきます。15歳のときに憧れた景色はどうでしたか?

筧:「序盤の砂漠地帯は、想定していた水場が枯れていたりして、けっこうキツかったですね。これまで経験したことのない不安や恐怖がありました。なので、水があればとにかく水筒を満タンにして、つねに3リットル以上は持つようにしていました。

シエラネバダの玄関口であるケネディ・メドウ (※3) に着いた時は、ようやくホッとすることができました。ここからは水の心配をしなくていいなと。

そしてケネディ・メドウを過ぎて、遥か彼方にシエラネバダの花崗岩の白い山々が視界に入った時は、感激のあまり思わず涙が……。47年越しの夢が、現実のものになろうとしている瞬間でした」

※3 ケネディ・メドウ:PCTの南の起点から702.2mile (約1,123km) 地点にある地名。PCTハイカーにとっては砂漠地帯が終わるポイントであり、シエラネバダの玄関口でもある。

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スルーハイク時には寄ることができなかった思い出の地に、スルーハイクの2年後に再訪した筧さん。当時と同じ構図で撮影。背景には昔と変わらないヨセミテのハーフドーム。


This is LONG DISTANCE HIKER.



『 少年時代の夢を
  60代になって実現させた』

15歳の時に夢見たことを、60歳を過ぎてから実現させるだなんて、そんなハイカーはそうはいるまい。僕だったらとうに諦めていただろう。

しかも筧さんは、ずっと夢を追いかけて努力をつづけてきた、というわけではなく (実は夢を忘れていた)、日色さんの話を聞いたばかりに行きたくなってしまったので、ぜんぶ彼のせいなんです、と冗談めかして語る。

大抵のハイカーは長く歩くことへの興味・関心に自覚的だ。その自覚がなく、行きたくなったから行ったという筧さんのピュアな感性がたまらなくカッコいい。もしかしたら生まれながらの、いわゆるナチュラルボーン・ロング・ディスタンス・ハイカーなのかも知れない。

根津貴央

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TRAILS編集部crewの根津による『TOKYO ONSEN HIKING』、第9回目。

今回は、奥武蔵エリアの最高峰としても知られる武甲山 (ぶこうさん) の麓にある、その名も『武甲温泉』。

武甲山とセットで楽しまないわけにはいかないであろう温泉だ。

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武甲山 (標高1,304m) の山頂。

TOKYO ONEN HIKINGのルールはこれ。

① TRAILS編集部 (日本橋) からデイ・ハイキングできる場所
② 試してみたいUL (※1) ギアを持っていく (※2)
③ 温泉は渋めの山あいの温泉宿がメイン (スーパー銭湯に非ず)

武甲山はこの連載初の独立峰ということもあり、山頂から眼下に見える町並みが新鮮で、横瀬町 (よこぜまち) をはじめとした秩父盆地の景色が最高だった。

一方で、盆地にいる時は、堂々たる武甲山がいつも目に入る。この切り離すことのできない山と町の世界感を存分に味えたハイキングとなった。


鳥居を起点に、表参道を歩いていく。


武甲山といえば、何を思い浮かべるだろう。奥武蔵の最高峰 (標高1,304m) 、ピラミッドのような山のカタチ、石灰岩採掘あたりだろうか。

地図を見ると、横瀬町からのメインの登山ルートには「表参道」と記されている。僕は以前からそれが気になっていた。

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スタート地点の一の鳥居 (駐車場あり) までは、西武秩父線「横瀬駅」からタクシーで12分。一の鳥居〜武甲温泉までのコースタイムは6時間5分。

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一の鳥居には駐車場があり、そこから登山道がはじまっている。

ご存知の人も多いだろうが、武甲山の山頂には『武甲山御嶽 (おんたけ) 神社』が鎮座している。

もともとここは、御嶽神社を参拝するための道だったのだ。それが現在、ハイキングコースとして整備されて多くの登山客が歩くようになった。

僕は今回、ハイキングをしつつ、信仰の山、信仰の道を楽しみたいと思ったのだ。

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山頂までつづく表参道には、神々しい雰囲気が漂っていた。


登山道というよりは、信仰の道。


歩きはじめると、一定の間隔で石碑みたいなものが道沿いにあることに気づく。

なんだろうと思って見てみると、一丁目、二丁目、三丁目といったぐあいに、順々に丁目が記されている。

これは「丁目石」と呼ばれるもので、山の上にある寺社仏閣を目指して信仰登山する人のために設けられた道標のこと。武甲山は、山頂が52丁目だ。

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ピンと張りつめた空気のなか、表参道を歩きはじめる。

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数字が記された丁目石。1丁目からはじまり、52丁目で山頂となる。

さらに、途中には祠もいくつかあり、都度その前で手を合わせるのが僕のなかでのルーティンになっていた。

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祠の前で安全祈願をする。

まさしくここは信仰の道なんだ、と思いながら歩みを進めていく。いつの間にか、山に来て自然を楽しむという感覚よりも、その自然のエネルギーや恵みに感謝する気持ちが強くなっていった。

ときおり傍に座って、自然に抱かれながら、TRAILS INNOVATION GARAGEのトレイルミックス『MYOM (Make Your Own Mix)』を口にした。いつも以上に、このトレイルミックスが美味しく感じる。

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冬のハイキングではお腹がすかないことが多い。ただエネルギーは使っているので補給は不可欠。そこで今回は、甘さと酸味が食欲をそそるドライフルーツをメインにしたTRAILS INNOVATION GARAGEの『MYOM (Make Your Own Mix)』。

ずっと上りなので決してラクなコースではないものの、「丁目石」を数えながら歩いていると、気がつけば山頂にある御嶽神社にたどり着いていた。

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武甲山御嶽神社。山頂にこんなに立派な鳥居があるとは。


レトロを意識してチョイスしたULギアで、優雅なランチタイム。


お参りを済ませ、第一展望台へ。眼前には秩父盆地がバーッと開けていて、その町並みを眺めていると、山頂にいるというよりは秩父盆地に包まれているかのような、なんだかとても心地よい気持ちになった。

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山頂から望む秩父盆地。

この素晴らしい山頂で、お昼にでもしよう! ということで、ランチタイムがスタート。

いつもはお湯をわかすだけのことが多いのだが、今回は冬まっただなかということもあり、この季節にピッタリの料理をつくることにした。

使用したクッキングギアはこれだ。

アルコールストーブは、『BRASSLITE / TURBO 2D』(ブラスライト / ターボ2D)。とても珍しい真鍮製のクラシカルなデザインが特徴的。知らない人も多いかもしれないが、その名のとおりBRASS (真鍮) にこだわったブランドだ。超軽量というわけではないが、レトロな佇まいが絵になる。

クッカーは2つ使用した。1つは『BRASSLITE / TRAIL BAKER』(ブラスライト / トレイルベイカー)。屋外でパンを焼くために作られたギアで、まさにアメリカのプロダクト! といった感じ。これをもう1つのクッカー、『trangia / MINI SET』(トランギア / ミニセット) のポットと組み合わせてみた。

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アルコールストーブはBRASSLITEのTURBO 2D (実測75g)。クッカーはtrangiaのMINI SETのポット (実測79g)。

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BRASSLITEのTURBO 2Dの燃焼風景。まっすぐに立ち上がる美しい炎が特徴的。スライド式のスリーブ搭載で、ここで空気量を制御することで火力調整ができる。

パッと見、トレイルベイカーがどこにあるかわかりづらいが、ポットのフチ3箇所に引っ掛けて内側に吊るしているのだ。今回はこの構造を利用して、蒸し器として使ってみようと考えた。冬のハイキングということで、アツアツの肉まんを食べたかったのだ!

冬らしい張りつめた空気がただようなか、ポットからぼわっと湯気が立ち上る。蒸かしたての肉まんを頬張ると、そのジューシーさもさることながら目の前が蒸気でつつまれほっこりする。なんとも多幸感に満ちた瞬間だった。

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BRASSLITEのTRAIL BAKER (実測47g) をtrangiaのMINI SETのポットに組み合わせた。これを蒸し器として使用し、肉まんを温めた。

食後は、快晴のもとで、しばらくハンモックに揺られるという贅沢な時間を過ごすことに。使用したハンモックは、『BYER / PARACHUTE TRAVELLER HAMMOCK』(バイヤー / パラシュート・トラベラー・ハンモック) というすでに廃番のモデル。

そもそも2000年頃に編集長の佐井が307gという軽さに惹かれて購入したものだが、現在も十分軽量なハンモックだ。生地の幅が広く包まれる感じが気持ちよく、くわえて、このレトロな雰囲気もグッとくるじゃないか。

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BYERのPARACHUTE TRAVELLER HAMMOCK (実測307g) は、包み込んでくれるので安心感がある。茶色だらけの冬山に映えるカラーリングも良し!


硫黄泉、炭酸泉、大広間と、身も心も癒される温泉へ。


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山頂からシラジクボへと向かうルートは、ススキが多く生えていて、明るく開放的な道がつづいていた。

のんびりランチタイムを過ごしていると、午後に入って急に寒さが増してきたので、急いで温泉に向かうことにした。

スタート地点の一の鳥居から舗装路を2時間近く歩くことになるが、ピラミッド型の武甲山を背に、たまに振り返りながら散歩気分で歩くのも悪くはない。ちょっと面倒だと思う人は、タクシーを呼んでもいいだろう。

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地元の人からも愛されている秩父湯元・武甲温泉。

武甲温泉は、1996年 (平成8年) に本オープンした温泉施設で、登山客はもちろん地元の人からも愛されている憩いの場だ。

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大広間はこの広さ! お風呂上がりにここでのんびり休憩することができる。

お風呂は、露天風呂、ジェットバス付き大浴槽、炭酸泉があり、それぞれ堪能させてもらった。露天風呂はとても開放的だし、大浴槽はジェットバスが体をほぐしてくれる。1,000mg/ℓの高濃度炭酸を含む炭酸泉は、独特の効能があるらしく、実際入ってみたがとてもリラックスすることができた。

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大浴場にあるジェットバス付き大浴槽と炭酸泉。

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露天風呂は広くて開放的。単純硫黄泉がカラダにしみわたり、癒される。

平日は1日利用で700円 (中学生以上)、土日祝祭日は900円 (中学生以上)と、この値段で1日楽しめるのもいい。手打ちそばをはじめとした地のものを使った料理も自慢だそうで、早めにハイキングを切り上げてここでのんびり過ごすのも最高だろう。

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麓から見える武甲山。

信仰の山をたっぷり味わい、その麓で地元の人々に愛される温泉に浸かる。秩父と聞くとちょっと遠い印象もあったが、都心から日帰りで十分楽しむことができた。また、ふらっと遊びに行きたい。

さて、次の『TOKYO ONSEN HIKING』はどこにしよう。

※1 UL:Ultralight (ウルトラライト) の略であり、Ultralight Hiking (ウルトラライトハイキング) のことを指す。ウルトラライトハイキングとは、数百km〜数千kmにおよぶロングトレイルをスルーハイク (ワンシーズンで一気に踏破すること) するハイカーによって、培われてきたスタイルであり手段。1954年、アパラチアン・トレイルをスルーハイクした (女性単独では初)、エマ・ゲイトウッド (エマおばあちゃん) がパイオニアとして知られる。そして1992年、レイ・ジャーディンが出版した『PCT Hiker Handbook』 (のちのBeyond Backpacking) によって、スタイルおよび方法論が確立され、大きなムーヴメントとなっていった。

※2 実は、TRAILS INNOVATION GARAGEのギャラリーには、アルコールストーブをはじめとしたULギアが所狭しとディスプレイされている。そのほとんどが、ULギアホリックの編集長・佐井の私物。「もともと使うためのものなんだし、せっかくだからデイ・ハイキングで使ってきてよ!」という彼のアイディアをきっかけにルール化した。

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文:根津貴央 写真・構成:TRAILS

NIPPON TRAIL #07「摩周・屈斜路トレイル + 釧路川」の後編は、釧路川をパックラフトで渡っていく “リバートレイル” 編である。

今回4人のTRAILS編集部crewは、2つのタンデム艇 (2人乗り艇) で、釧路川源流部をパックラフティングすることにした。

前編でもお伝えしたように、今回のプランのベースは、以前にTRAILS編集部crewで描いた『北加伊道・クスリの道』にある (詳細はコチラ)。

それは、中標津から始まって、北海道の雄大な大地を歩き、広大な地平線、火山がつくったカルデラ、アイヌの文化と歴史に触れながらハイキングをし、そのまま日本を代表する川のひとつである釧路川をリバートレイルとして旅していくプランだ。

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僕らの『北加伊道・クスリの道』のモチーフのひとつに、北海道の名付け親であり探検家である松浦武四郎 (※1) という人物がいる。

彼は幕末の蝦夷地 (えぞち) 調査において、その土地に住んでいたアイヌの案内人を伴い「丸木舟」(※2) に乗って釧路川と屈斜路湖に訪れている。

2人で乗ってシングルパドルで漕いでいくパックラフトのタンデム艇は、武四郎の旅における「丸木舟」を想起させてくれる存在でもあった。僕たちにとっては、パックラフトのタンデム艇は、『北加伊道・クスリの道』をより深く体験できるアイテムであったのだ。

今回僕らは、1日目に摩周湖のふもとの美留和から硫黄山 (アトサヌプリ)、川湯温泉、屈斜路湖とハイキングし、2日目にバックパックに詰め込んでいたパックラフトを膨らませ、屈斜路湖から注ぎ出す釧路川に入っていった。

※1 松浦武四郎 (まつうらたけしろう):江戸時代末期〜明治初期に活躍した、三重県松阪市出身の探検家。計6回の蝦夷地(明治以前の北海道・樺太・千島の総称)探検を実施し、詳細の解明に貢献した。

※2 丸木舟:1本の木をくり抜いてつくる舟のこと。アイヌの人々は丸木舟を移動や漁の際に使用していた。

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今回使用したパックラフトは、Oryx (左) と旧Explorer 42 (右) の2艇 (いずれもアルパカラフト)。


『北加伊道・クスリの道』のセクションとしての摩周・屈斜路トレイルから釧路川へ


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『北加伊道・クスリの道』は、北根室ランチウェイ(71.4km)の西の終点・美留和から摩周・屈斜路トレイルを経て、釧路川へとつなげていく。総延長は約170km。今回は、DAY1 (美留和〜砂湯) 、DAY2 (砂湯〜釧路川〜美留和橋) という行程で旅をした。

屈斜路湖畔に住んでいたアイヌの人たちは、この土地に湧く温泉を病気やケガの「クスリ」(薬と同じ意味)と呼んでいた。

そして屈斜路湖は「クスリ・トゥ (湖)」、釧路川は「クスリ・ベツ (川)」と呼ばれていた。つまり、この一帯がクスリの地であったのだ。

それを僕らは「クスリの道」と名付け、そこをハイキングとパックラフティングでつないでいく旅を考えた。

『北加伊道・クスリの道』を見出したとき、『摩周・屈斜路トレイル (MKT)』はまだ構想段階であったが、今年の10月に、摩周湖から屈斜路湖をむすぶルートが正式にトレイルとしてオープンした。

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1日目の野営地である砂湯から、屈斜路湖の湖畔にある釧路川が流れ出るポイントへ。

今回、僕らは以前にスルーハイクした北根室ランチウェイ (※3) からの旅のつづきを楽しむべく、美留和駅からハイキングをスタートした。

そして屈斜路湖までを『摩周・屈斜路トレイル』に沿って歩き、釧路川が流れ出る源流ポイントからはこのトレイルを離れ、釧路川の “リバートレイル” として旅を延伸した。

僕たちにとっては、パックラフトはハイキングの延長にある旅の道具である。何より摩周湖、屈斜路湖、そして釧路川のある北海道の道東は、高低差が少なく、まさにハイキング & パックラフティングに最適なフィールドだという確信があったのだ。

※3 北根室ランチウェイ:中標津町〜弟子屈町をつなぐ71.4kmのロングトレイル。2020年10月8日に閉鎖の発表があったが、TRAILSとしては、また違った形でもこのトレイルが残りつづけることを願っているし、どうあるべきか、何ができるのか、日々模索している。ちなみに、北根室ランチウェイのステージ5〜6の摩周外輪山のルートは、既存の登山道にもなっているため現在も歩くことができる。


バックパックからパックラフトを取り出し、釧路川の始まりの地に立つ


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プットインポイント (漕ぎ始めの地点) を目の前にして、笑みがこぼれる僕たち。松浦武四郎もこの湖畔に立ったとき、あまりの美しさに「風景言ん方なし (いわんかたなし)」と絶賛したという。

『摩周・屈斜路トレイル』のルート上に、釧路川が注ぎ出す最初の地点がある。

諸説はあるが、屈斜路湖は、アイヌ語で喉口(湖の水が流れ出る口)を意味する「クッチャラ」に由来するという説がある。つまり、釧路川が流れ出る場所ということだ。そのクッチャラの地に、僕たちは立っていた。

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小川 & 根津が乗艇するOryx。舟本体の専用チューブの中に荷物を収納できる仕様 (カーゴフライ) になっている。

トレイルから湖畔にあるプットインポイント (漕ぎ始めの地点) に辿り着いた僕たちは、バックパックからパックラフトを取り出した。

バックバックに入っていたキャンプ用ギアも、丁寧にパッキングしなおし、パックラフトに載せて運んでいく。

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佐井 & カズが乗艇する旧Explorer 42。空気を入れているふたり。

小川が所有するカナディアンカヌータイプ (※4) のパックラフトであるOryx (2019年発売) は、舟の本体が1人艇よりも約1m長く、積載量も約2倍。現在1人艇でもオプションアイテムとしてスタンダードになっている、カーゴフライという舟本体の専用チューブの中に荷物が入る仕様になっている。

佐井が所有するのは、アルパカラフトの初期からあるシンプル & ウルトラライトなタンデム艇であるExplorer 42 (佐井のは旧型モデル)。シートは2人分あるものの、Oryxより約60cm短く小ぶりで、今となっては「長い1人艇」といったサイズ感だ (OryxとExplorer 42の詳細なギアレビュー記事は、後日公開するのでお楽しみに)。

※4 カナディアンカヌー:カヌーとはパドルを使って漕ぐ小型の舟のことで、シングルブレードパドルを用いるカナディアンカヌーと、ダブルブレードパドルを用いるカヤックに大別される。カナディアンカヌーは、もともと北米のインディアンが湖沼における移動に使用してしていたもの。安定性に優れ、人はもちろん荷物の積載能力が高いのが特徴。そのためツーリングに適している。

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釧路川に入る前に、まずは屈斜路湖の静水でタンデム艇ならではのシングルブレードパドルの操作性をチェック。

まずは手慣らしも含めて、屈斜路湖の静水の場所を少し漕ぐ。お互い息を合わせつつ、右へ左へと方向転換。さらに旋回もしたりして感触を確かめる。うまく連携しないと思った方向に進まないのだが、でもそこにバディとチームプレーで進んでいくタンデム艇ならではの面白さがある。

これはかなり楽しい旅になりそうだ。


手つかずの自然が残る、釧路川の源流部を旅する


屈斜路湖から、いざ釧路川へ。プットインポイントのすぐ隣にある眺湖橋 (ちょうこばし) から釧路川は流れ出している。

眺湖橋は摩周・屈斜路トレイルのルートになっている橋で、その地上のトレイルの下をくぐり抜ける形でリバートレイルがスタートする。

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この眺湖橋から釧路川がはじまる。

橋をくぐるとあっという間に、原生林に囲まれた異世界だ。手つかずの自然は野性味にあふれ、人の住む世界とは隔絶された場所のようだった。

カヌーイストの野田知佑も、この釧路川の源流部を「日本で最も人間臭のない川」と著書で表現していた。まわりは深い湿地があり、人が往き来することも難しい。だから人の気配がこれっぽっちもない。あるのは川と植物と動物だけ。

武四郎が残した『久摺 (くすり) 日誌』には、鮭やヲヘライベ、ヲツトイ (いずれも魚の名前) などたくさんの魚が釧路川を泳いでいた記録があり、より原始的な姿の釧路川を想像させてくれる。

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水面が鏡のように反射することから名付けられた「鏡の間」と呼ばれる泉。

川の水は驚くほど透きとおっていて、パックラフト上からでも澄んだ水のなかを川底まで見ることができる。しかも水中には、バイカモ (梅花藻) などの水草や川藻も豊かに茂っている。

それはあたかもこの釧路川源流部の自然が水中、水上に関係なく広がっていて、僕たちを包み込んでいるかのようだった。

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水が透き通っていて、宙に浮いている心地がした。


絶えず蛇行する川を、タンデム艇でくぐり抜けていく


釧路川の源流部は、直線が少なく、絶えず蛇行を繰り返している。しかも、水上には倒木、水中にはストレイナー (※5) があり、それらを慎重に避けていかなければならない。

※5 ストレイナー:川にある障害物のこと。たとえば、流木やテトラポット、漂流物など。今回の釧路川の源流部の場合は、ほとんどが倒木である。

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釧路川の源流部は、人はもちろん人工物も目にすることがなく、自然にどっぷり浸かることができる。

でも、これがなかなか楽しいのだ。ジャングルのなかを分け入って、そしてくぐり抜けていく感じが、メロウな旅に冒険のスパイスを加えてくれる。

約160年前、松浦武四郎は、屈斜路湖に到着すると丸木舟で湖をまわり、帰路も舟で釧路川を下って戻っていったという記録がある。

まさに武四郎が屈斜路湖から釧路川へ至ったルートを、いま僕たちはたどっている。

石狩日誌
松浦武四郎の『石狩日誌』(1860年 刊)。アイヌの案内人が漕ぐ丸木舟に乗って調査する自分をイラストで描いている。(国立国会図書館デジタルコレクションより)

僕たちは、自分たちが乗っているタンデム艇を丸木舟になぞらえて、なかば妄想の中を旅していた。

もはや僕が表現するまでもなく、釧路川の様子を武四郎は表現してくれていた。

「ここからは一まず小舟で下ることにした。川の流れが曲がりくねっているので、舟のへさきが南にむくかと思うとすぐ東に、また北に、あるいは西にといった具合である。〔中略〕その夜は、テシカガ(注 弟子屈町)に一宿した」 (『久摺日誌』より)

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両岸から倒木が出ているため、それにぶつからないよう、2人で連携して漕ぎながらよけていく。

僕らも蛇行する川の両岸から倒木が出ているため、それにぶつからないよう、2人で連携して漕ぎながらよけていく。

北海道の原生林のなか、メロウにシングルパドルを使いながら、澄んだ流水に乗って進んでいった。

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川の流れが緩やかで、メロウに旅することができる。


唯一の急流「美留和の瀬」を抜けるとゴールの美留和橋


今回のゴール地点である美留和橋の手前には、釧路川のこのセクション唯一の急流「美留和の瀬」 (※6) が待ち構えている。

ここまで、さながら釧路川探訪の気分で漕いできたが、前方から水しぶきをあげる瀬の音が聞こえてきた。蛇行を繰り返してきた川は、瀬の前から直線区間に入り、一気に瀬に突入していく。

タンデム艇は、1人艇と比べると小回りが効きづらいので、普段ならなんてことない瀬も、ちょっとだけアドレナリン多めで下ることになる。

※6 瀬:川の流れが速く水深が浅い場所。瀬の難易度にはクラス (グレードや級など表現はまちまち) があり、I〜VI (1〜6級) まで。数字が大きいほど難易度が高い。

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美留和の瀬を楽しみながら下る佐井 & カズ。

先を行くOryxに乗った小川・根津組は、真っ直ぐに瀬の流れに乗っていった。後ろを漕いでいたExplorer 42に乗った佐井・カズ組は、瀬の流れから外れて、ややルートが乱れた。岸沿いの波消しブロックにぶつかったが、その後立て直し無事にクリアー。なかなかスリリングで楽しいラストパートだ。

美留和の瀬を越えてすぐのところにある美留和橋をくぐり、左岸に上陸。ここで今回の旅を終えた。単なる旅という以上に、武四郎が訪れてから160年後の調査の旅、そんな気もちょっとだけしたのだった。

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美留和橋のそばにあるカヌー発着場に上陸。かなり急な斜面なので2人がかりで一気に引き上げる。

TRAILSが思い描いた、北根室ランチウェイから摩周湖、屈斜路湖、そしてリバートレイルとして釧路川をつなげて、ハイキングとパックラフティングで旅するというアイディア。

それは、前回 (2019年1月) のNIPPON TRAIL #06で『北加伊道・クスリの道』として具現化したが、その時は北海道らしい厳冬期に行なった、リサーチと実験の要素が強い旅だった。

そんな僕らが通っていたこの摩周湖、屈斜路湖のエリアに、今年10月『摩周・屈斜路トレイル』が誕生した。TRAILSも縁あって構想段階から関わらせてもらっていた。当初は屈斜路湖一周のルートなどが検討されていたが、結果的には僕たちが望んでいた通り、北根室ランチウェイと接続するルートとなった。

そして今回、気候の心配をせず気軽に楽しめるこのシーズンに、あらためてTRAILSがずっと思い描いていた釧路川もつなげた旅をした。

この屈斜路をはじめとした道東エリアは、旅のフィールドとしてのポテンシャルがまだまだある。そして何より、ここ北海道は、TRAILS的にはハイキング & パックラフティングのホームだと思っている。だから僕たちは、今後も通いつづけることになるだろう。

review

どこを旅するかよりも、どう旅するか。

これまでいろんなロングトレイルを歩いてきて、自分なりに気づいたことがある。

それは、僕がロングトレイルという “道” よりも、ロング・ディスタンス・ハイキングという “行為” が好きということだ。

単に、ロングトレイルを歩きたいという衝動だけだったら、今回であれば『摩周・屈斜路トレイル』の起点から終点までを忠実に歩き切って、その旅は終わっただろう。

でも今回僕たちは、ロング・ディスタンス・ハイキングをしたいがために、このトレイルを訪れた。

町から山へ、山から町へ、あらゆる道をつなぎ、野営を繰り返しながら旅するロング・ディスタンス・ハイキング。

だからこそ、釧路川をリバートレイルとして下るアイディアも思い浮かんだ。決して奇をてらったことをやりたくて思いついたことではない。ロング・ディスタンス・ハイキングを考えたときに、普通に出てきたアイディアだ。

「どう歩きたいのか、どう旅したいのか」。まずは、それをぼんやりでもいいから思い描いてみること、それがロングトレイルを楽しむための秘訣だと、僕は思う。

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NIPPON TRAIL #06 北加伊道・クスリの道 〜【前編】旅のテーマを探りに、道東の屈斜路湖へ

文:根津貴央 写真・構成:TRAILS

NIPPON TRAILの第7弾は、「摩周・屈斜路トレイル + 釧路川」だ。

今回の旅は、前回の『北加伊道・クスリの道』の続編にあたる。北根室ランチウェイをきっかけに摩周湖、屈斜路湖、そしてリバートレイルとして釧路川をつなげて、ハイキングとパックラフティングで旅するというアイディアに、TRAILS編集部crew一同が盛り上がった。

前回の『北加伊道・クスリの道』は、僕らの初期衝動を深めるため、北海道らしい厳冬期に行なったリサーチと実験の要素が強い旅であった。今回はそれまでのリサーチと実験をベースに、緑の季節に決行した純粋に楽しむことにフォーカスした旅である。

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この摩周湖、屈斜路湖のエリアに今年の10月にオープンしたのが、『摩周・屈斜路トレイル』である。

僕たちも構想段階から関わらせてもらっていた。当初は屈斜路湖一周のルートなどが検討されていたが、結果的には僕たちが望んでいた通り、北根室ランチウェイと接続するルートとなった。そして今、気候の心配をせず気軽に楽しめるこのシーズンに、あらためてTRAILSがずっと思い描いていた釧路川もつなげた旅をすることにしたのだ。

ちなみにパックラフトは、アルパカラフトの2種類のタンデム艇 (2人乗り艇) 、旧Explorer 42とOryxの2艇を、ギアテストの要素も含めて使ってみた。

今回のスタート地点は、美留和駅。TRAILS編集部crew全員が歩いたことのある北根室ランチウェイの西の起点から、旅の続きを始めることにした。1日目はここから硫黄山 (アトサヌプリ)、川湯温泉をとおって砂湯キャンプ場までをハイキング。

2日目は、パックラフトをハイキングの延長線上にある道具と捉えている僕らは、屈斜路湖から流れ出す、釧路川の源流部をリバートレイルとしてパックラフトで川下りをした。

この前編では、1日目のハイキングの旅をお届けする。


TRAILS編集部crew4人によるハイキング & パックラフティングの旅がはじまる。


『北加伊道・クスリの道』のセクションとしての摩周・屈斜路トレイル


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『北加伊道・クスリの道』は、北根室ランチウェイ(71.4km)の西の終点・美留和から摩周・屈斜路トレイルを経て、釧路川へとつなげていく。総延長は約170km。今回は、DAY1 (美留和〜砂湯) 、DAY2 (砂湯〜釧路川〜美留和橋) という行程で旅をした。

TRAILSがNIPPON TRAILとして見出した『北加伊道・クスリの道』。

NIPPON TRAILは、TRAILS編集部crewによる “MAKE YOUR OWN TRIP = 自分の旅をつくる” 楽しみであり、TRAILSらしい、日本におけるロング・ディスタンス・ハイキングの、旅の仕方を模索する取り組みである。

NIPPON TRAILでは、歩くエリアについて深く知りたい、より濃密な体験をしたい。そんな欲求から、そのエリアについて、過剰に掘り下げる作業をくりかえしている。

そして自分たちなりの「NIPPON TRAIL」という、ヤバい旅を探しながら歩いているのだ。

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松浦武四郎が残した屈斜路湖周辺の地図。このときは屈斜路湖は「クスリ湖」と表記されている。(松浦武四郎『久摺(くすり)日誌』より)

僕たちは、北海道の道東の地を何度も訪れるなかで、ここが北海道と呼ばれる前からアイヌの人々が暮らし、文化を育んできたことを知った。

蝦夷地 (明治以前の北海道・樺太・千島の総称) と呼ばれていたこの地は、1869年 (明治2年) に北海道と命名された。しかし、当時別の名称案として『北加伊道』もあった。

「カイ」という言葉はアイヌ語で「この地に生まれた者」を指し、すなわち『北加伊道』とは、「北にあるアイヌ民族が暮らす大地」という意味だ。

さらに、屈斜路湖畔に住んでいたアイヌの人たちは、この土地に湧く温泉を病気やケガの「クスリ」 (薬と同じ意味) と呼んでいた。屈斜路湖は「クスリ・トゥ (湖)」、釧路川は「クスリ・ベツ (川)」。つまり、この一帯がクスリの地であったのだ。

僕たちが歩いているのは、まさしく北加伊道であり、クスリの道にほかならない。そんな経緯からNIPPON TRAIL『北加伊道・クスリの道』とした。

今回の旅のオリジナルのアイディアである『北加伊道・クスリの道』の詳細については、ぜひ前回の記事も合わせて読んでもらえると嬉しい。


硫黄の匂いが町中にあふれる、トレイルタウン「川湯温泉」で前夜祭


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強酸性のお湯が特徴の川湯温泉は、『源泉100%かけ流し宣言』をしている温泉街として有名。

旅は、前夜祭からはじまった。

前日入りしたcrew一同が合流したのは、摩周・屈斜路トレイル (MKT) のトレイルタウン (※1) である川湯温泉。

昔から硫黄山 (アトサヌプリ) の噴気現象により地下水が熱せられ、温泉が湧きだしていたため、このエリア一帯は、アイヌの人々に「セセキベツ(湯の川)」と呼ばれていた。

温泉宿に、TRAILS編集部crewが集結。まずは乾杯からだ。

※1 トレイルタウン:ロングトレイル沿いにある町のこと。ハイカーにとっては欠かせない存在で、この町で食料を補給したり、宿に泊まって休んだりする。アメリカのトレイルのスルーハイカーのほとんどは、お気に入りのトレイルタウンがいくつかあるものだ。

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佐井、カズ、小川の3人は羽田発の夜の便で到着し、すでに現地入りして摩周・屈斜路トレイルのスルーハイクを終えたばかりの根津と合流。いい旅になることを願って、みんなでカンパイ!

ロング・ディスタンス・ハイキングにおいてトレイルタウンはハイカーのオアシスでもある。テント泊だけではなくこうやって地元の宿に泊まるのは、ローカルを味わう上でもうってつけだ。

NIPPON TRAILでは、自然のなかで野営するだけでなく、町や集落のカルチャーを楽しむために、旅のどこかで、かならず地元の宿に泊まるようにしている。

今回も、釧路港であがった秋刀魚や、北海道のオホーツク和牛、網走産のしじみなど、地のものを腹いっぱいいただいた。

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泊まったのは欣喜湯 (きんきゆ)。1941年に欣喜荘として創業した歴史ある温泉宿で、低・中・高、3つの温度に分かれた温泉浴槽が魅力のひとつ。


北根室ランチウェイの西の起点からスタート


今回、僕たちがスタート地点としたのは、美留和駅。北根室ランチウェイの西のゴール地点である。

2020年10月8日に閉鎖の発表があったが、また違った形でもこのトレイルが残りつづけることを僕たちも願っているし、どうあるべきか、何ができるのか、TRAILSとしても日々模索している。ただ、北根室ランチウェイのステージ5〜6の摩周外輪山のルートは、既存の登山道にもなっているため、今も歩くことができる。

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4人のバックパックには、パックラフティングとキャンピングのギアもパッキングされている。美留和駅の駅舎は、貨物列車の車両を再利用したユニークな佇まいだ。

摩周・屈斜路トレイルの摩周湖から美留和駅までの道は、北根室ランチウェイのルートとも重複している。僕らは過去に歩いた北根室ランチウェイの旅のつづきを歩くべく、西のゴールであった美留和駅からスタートした。

それはNIPPON TRAILにとって重要なストーリーであり、僕らの北根室ランチウェイへの思いとしても大切なことだった。

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スタート後しばらくはロード歩き。人もクルマもほとんど通らないまっすぐな道を歩いていく。

美留和駅を出発し、しばらくはロードを歩いていく。町と山をつなぐロング・ディスタンス・ハイキングにおいて、ロードはかならず通るもの。ただひとり無心でリズムよく歩いていくのもよいが、こうやって仲間と話しながら歩くのも楽しいものだ。

また、このセクションは、道東らしい広大な畑作地帯、酪農地帯であることも特徴のひとつ。とにかく開放感が半端ない。道もまっすぐに伸びていて、このままどこまでも行けそうな気がしてしまうほど。

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ランチ後の昼寝タイム。正面に見えるのは硫黄山 (アトサヌプリ) の南東面。

ロード脇のスペースで、僕たちはランチ休憩を取ることにした。地元の人にとってはなんの変哲もない普通の風景かもしれない。でも、僕たちにとっては特別な風景だったし、こんなところで寝そべってくつろげるのも、広大かつ人通りが少ないからであり、まさに北海道ならではだろう。

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行動食のポテトチップスを豪快にほおばる根津。


今なお噴気を上げつづける「裸の山」


川湯温泉駅を経由して、青葉トンネルへ。突如として、これまでの町の雰囲気や人里感がなくなり、大自然に放り込まれた感じがした。

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木々がトンネルのように茂っている青葉トンネルは、木漏れ日に溢れ、神秘的な雰囲気をまとっていた。

青葉トンネルを抜けると、さらに様相が一変。畑作地帯や酪農地帯が広がる道東のイメージとはかけ離れた、異世界に迷い込んだかのよう。

そこにあったのは活火山として有名な硫黄山 (アトサヌプリ) だった。前回の『北加伊道・クスリの道』のときも含め、何度も訪れたことがある場所なのに、この景色には毎回圧倒される。

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ゴウゴウと音を立てて噴気する硫黄山を目の前に、ただただ圧倒されるばかり。

硫黄山は、アイヌ語でアトサヌプリと呼ばれ、「アトサ=裸」の「ヌプリ=山」という意味なのだが、まさしく裸の山と呼ぶにふさわしい山容だった。

あちこちから立ちのぼっているのは水蒸気で、あたりには硫黄の匂いが充満している。いまにも噴火しそうなくらいの雰囲気だった。

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噴気の様子を間近で見ることもできる。こんなに近づいて大丈夫なのか? と不安になるくらい。

硫黄山の麓からは、つつじヶ原自然探勝路 (たんしょうろ) という道が川湯温泉までつづいている。

名前だけ見ると、ツツジが生い茂っている遊歩道のようだが、そうではない。ここ一帯は、硫黄山による火山ガスや強酸性の土壌の影響で、標高150mほどにもかかわらず、イソツツジやハイマツなどの高山性植物をはじめ、限られた植物しか存在しない。

かなり奇異な光景が広がっていて、そのなかを大きく蛇行するトレイルが通っているため、樹海のなかの迷路をさまよっている感じがした。

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硫黄山〜川湯温泉まで、約3kmにわたってつづく「つつじヶ原自然探勝路」。


屈斜路湖畔で味わう、焚き火キャンプとローカルフード


今日の宿泊地は、屈斜路湖の湖畔にある「砂湯」。湖畔の砂浜を掘ると温泉が湧きでてきて、お手製の小さな野湯を楽しむことができる場所である。

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日暮れ近くに砂湯に到着。屈斜路湖の外輪山に沈んでいく夕日が、ことのほか美しかった。

焚き火を囲み、最高の夜のはじまりだ。昨夜の前夜祭では、トレイルタウン・川湯温泉の宿を堪能したが、今日は打って変わって屈斜路湖の自然のなかの野営。この両方を味わえるのは、ロング・ディスタンス・ハイキングのフィールドとしてはベストだろう。

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こうやって焚き火を囲んでいるだけで多幸感でいっぱいになるのは、なぜなのだろう。

刻々と漆黒の闇が深まっていったが、焚き火を眺めているとそんな変化も気づかないほど、まるで時間が止まったかのような感覚におちいっていた。

さて、晩ごはんだ。

やっぱりここはローカルフードでしょ! ということで、事前に地元のスーパーで仕入れた、弟子屈産の「じゃがいも」と「コマイの一夜干し」(※2) を、まずは焼き始める。じゃがいもはホクホクだし、コマイの一夜干しは、旨みがつまった身で、ほどよい噛みごたえもあり、酒の肴としても最高だ。

※2 コマイ (氷下魚):日本近海、特に北海道の東側に生息するタラ科の魚。北海道ではなじみの魚である。

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近海で漁れたコマイの一夜干しは、旨味がギュッと凝縮していた。

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弟子屈産の「じゃがいも」のバター炒めは、濃厚で満足感高し。

北海道の自然のなかでの焚き火に、ローカルフード。これさえあれば、もう他には何もいらなかった。

明日は摩周・屈斜路トレイルと隣接する釧路川を、リバートレイルとしてパックラフトで下っていく。

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今回のTRAILS編集部crewの野営スタイルは、「ハンモック泊」と「タープ+パックラフト泊」。詳細なギアレビューは後日公開するのでお楽しみに。

『北加伊道・クスリの道』は、活火山、湖、野湯、アイヌの暮らし……。まさにこのエリアにしかない、自然とカルチャーを歩きながら、漕ぎながら感じていく旅だ。

前回の厳冬期にリサーチと実験をした『北加伊道・クスリの道』を、暖かい季節に旅するのは、想像した以上に爽快で最高だった。雪の景色も圧巻だったが、木々の緑と湖のブルーに溢れたトレイルも素晴らしい。

今回の旅では、実際にパックラフトをバックパックに詰め込みながら、1日目はハイキング & キャンプ。そして次回の後編では、バックパックに詰め込んだタンデム艇のパックラフトを膨らませ、湖畔のトレイルから、そのままリバートレイルである釧路川へとつなげて旅していった様子をお届けする。

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文:根津貴央 写真・構成:TRAILS

What’s TODAY’S BEER RUN? | 走って、至極の一杯となるクラフトビールを飲む。ただそれだけのきわめてシンプルな企画。ナビゲーターは、TRAILSの仲間で根っからのクラフトビール好きの、ゆうき君。アメリカのトレイルタウンのマイクロブルワリーで、ハイカーやランナーが集まってビールを楽しむみたいに、自分たちの町を走って、ビールを流し込む。だって走った後のクラフトビールは間違いなく最高でしょ? さて今日の一杯は?

* * *

『TODAY’S BEER RUN』の第2回目!

今回の案内役も、もちろんこの人、黒川裕規 (以下、ゆうき) 君だ。

彼は現在、パタゴニアのフード部門である『パタゴニア プロビジョンズ』で食品やビールを担当している。前職がヤッホーブルーイングということもあり、ビールの知識も豊富。

TRAILS編集部crewの根津とは6年来のトレイルラン仲間で、100mileレースも走るタフなトレイルランナーでもある。

ゆうき君は、そもそも根っからのビール好きで、10年以上前からクラフトビールを個人的に掘りつづけている。

当時は、クラフトビールは広く知られる存在ではなく、都内でもクラフトビールを飲めるお店はごくわずかだった。その頃、ゆうき君が通っていたのが今回紹介する『麦酒倶楽部 ポパイ』だ。

そんなゆうき君と根津の、クラフトビールのために走る『TODAY’S BEER RUN』をお楽しみください!

※ 『TODAY’S BEER RUN』のルール:①日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』からお店まで走って行く ②『TODAY’S BEER RUN』のオリジナル缶バッジを作る ③ゆうき君おすすめのお店で彼イチオシのクラフトビールを飲む

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起点の『TRAILS INNOVATION GARAGE』に、ゆうき君 (右) と根津が集合。


GARAGE to ポパイ


スタート地点は、東京は日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』。

この場のコンセプトである「MAKE YOUR OWN TRIP = 自分の旅をつくる」を体験してもらうべく、まずは『TODAY’S BEER RUN』オリジナル缶バッジを作る。

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MYOGができる『TRAILS INNOVATION GARAGE』 (従来は土日オープンだったが、現在は新型コロナウイルス感染防止のためクローズ中) で、前回同様オリジナルの缶バッジを作るゆうき君。

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オリジナルのバッジが完成!

『麦酒倶楽部 ポパイ』の名前を入れた『TODAY’S BEER RUN』オリジナルの缶バッジをつくって、準備は万端。

クラフトビールのビアパブの老舗であるという『麦酒倶楽部 ポパイ』を目指して、さっそくスタート! 今日は、どんなクラフトビールと出会えるんだろう?

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日本橋を颯爽と走りはじめる2人。根津が背負っているバックパックは、HARIYAMA Productions (ハリヤマ・プロダクションズ) の特注モデル (20L)。


今回のルート


GARAGEを出発した僕たちは、こんなルートで『麦酒倶楽部 ポパイ』に向かうことにした。

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日本橋から蔵前経由で両国にあるポパイへ。距離にして約5km。

GARAGEからの距離は最短ルートだと1.9km。かなりのご近所さんだ。こんな近くにクラフトビールが飲めるお店があったなんて。

でも1.9kmだけだと、走り足りずにクラフトビールの美味しさを十分に味わえない! 「もっと走った後のほうがビールがうまい」ということで、隅田川沿いを迂回してまわる、約5kmのリバーランのルートを走ることにした。

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川沿いは開放感があって気持ちいい。走るにもちょうどいい季節になってきた。


5km走って、両国のポパイにゴール!


当初は、このまま真っ直ぐ北に向かって浅草近辺を周遊しようかと思っていた。でも、ポパイのことをディグっていたら、ポパイから東に徒歩15分のところに、『両国麦酒研究所』というポパイ直営のブルワリー (醸造所) があることを知った。しかも、今年8月にできたばかりだという。

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両国麦酒研究所をチラ見。こだわりは「酵母」と「水」とのこと。美味しいビールを追究するため、酵母は市販品を買うのではなく自社で培養、水も純水装置を通している。

それを知ったからには、寄らないわけにはいくまい。ということで、浅草案は引っ込めて、両国麦酒研究所を覗きにいくことにした。

聞けば、ここで作られたオリジナルのビールは、すべてポパイ専用ということ。もう一刻も早く飲みたくなってきた僕とゆうき君は、急にピッチを上げてポパイへと向かった。

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東京都墨田区両国にある『麦酒倶楽部 ポパイ』。JR総武線「両国駅」から徒歩2分。


日本におけるクラフトビールの聖地


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店長の城戸弘隆さん。20代の頃、オルヴァルというベルギービールを飲んだ瞬間に感動したのが、クラフトビールの原体験だという。※現在コロナ対策で常時マスク & フェイスシールドを着用していますが、撮影の際だけ外してもらいました。

「こんにちはー!」と、ゆうき君さんが親しげに店員さんに挨拶。さすがゆうき君、ビール業界の方にも顔が広い。

迎えてくれたのは店長の城戸弘隆 (きど ひろたか) さん。ゆうき君は、クラフトビールが現在のように盛り上がる前から、お客さんとしてこの店に通っており、また前職時代にもお付き合いがあったそうだ。

城戸さんは、ビール好きが高じて2002年にポパイの門をたたいた。そして18年にわたってクラフトビールと向き合いつづけてきた人だ。

しかもこのポパイは、日本のクラフトビール業界のパイオニア的存在なのだそうだ。

当時の日本には、クラフトビールという言葉すらなく、地ビールと呼ばれていた時代。そんな頃からクラフトビールの文化を根付かせようとしてきたのが、このポパイなのだ。

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洋風居酒屋からクラフトビール専門のビアパブになったのは1995年のこと。

そもそもポパイは、1985年に創業者の青木辰男さんが、洋風居酒屋としてオープン。その後、1994年4月の酒税法改正 (※1) によって地ビールを製造するメーカーが増え、翌年の95年、ポパイはクラフトビール専門のビアパブに業態を変えた。

創業者の青木さんが、90年代のアメリカのビアパブをモチーフに、この店の内装なども考えてつくったのだそうだ。お店が醸し出す空気と、その歴史の長さから感じるのは、最近できたクラフトビールのお店とは一線を画す硬派な雰囲気。

それでいて店内は、年齢、性別関係なく、老若男女のお客さんで溢れ、とても親しみやすいお店となっている。近所のおじいちゃん、おばあちゃんも居酒屋感覚で訪れるそうだ。

一番の特徴は、そのタップ (ビールの注ぎ口) の数。トータル100タップで、常時70タップは稼働している。壁一面にタップが並んでいる光景は壮観で、何かのオブジェというか芸術品のようでもある。

※1 酒税法改正:1994年4月に行なわれた酒税法改正で、ビールの製造免許取得に必要な最低製造量が、それまでの2000キロリットルから60キロリットルに引き下げられた。従来は、ビールの製造が事実上大手メーカーにしか認められていなかったが、法改正により小規模な事業者も製造できるようになった。この規制緩和により全国各地に「地ビール」を製造するメーカーが誕生した。

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ポパイのタップ数は、なんと100! 数の多さを活かし、ストロングエール (アルコール度数が高く甘みがあるビール) という珍しいスタイルのビールもある。


ゆうき君のイチオシの「TODAY’S BEER」


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ビールのオリジンとも言える、リアルエールをチョイス!

ゆうき君のイチオシはこれ。

『Real Ale Gravity Tap / カスクコンディション900イングリッシュペールエール』

ゆうき:「これはリアルエールというイギリスの伝統的な製造方法のビールなんだ。イギリスの地元の人が集まる昔ながらのパブで、近所のおじいちゃんとかが、お茶みたいに気軽に飲んでいるようなビールなの。

普通のビールと違って、樽 (カスク) でイーストが生きていて、樽の中で発酵による風味の熟成が進む、まさに生きたビール。ビールサーバーを使わずに樽から直接、もしくはハンドポンプっていう汲み上げ式の井戸のような仕組みの原始的なポンプを使って注ぐんだ。冷やさずに、常温 (※2) のまま飲むのも面白いところだね。

このビールが飲めるお店は、東京では少なくなってきてしまってるけど、もし扱っているお店を見つけたらぜひ味わってほしいな。

※2 常温:イギリスの地下室くらいの温度のことであり、日本でイメージする常温とは異なり、温度は低め。

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泡がほとんどなく、ぱっと見は麦茶か紅茶のよう。

ぱっと見も味わいも、たとえるなら麦茶みたいな感じなんだけど、実はこれが昔からある伝統的なビールで、イギリスのオリジンとも呼べるビールなんだよね。知らない人からすると、気が抜けてる! こんなのビールじゃない! と文句を言われちゃうんだけど、それがこのビールのスタイルなんだ。

ポパイでは、グラビティ (重力) とも呼ばれる、ビールサーバーとかにつながずに高いところから自重だけで注ぐ方法でビールを提供しているんだよね。グラビティだと炭酸ガスとかパイプを使わないから、無駄な泡や炭酸が抑えられて、雑味もない」

というわけで、聞いただけではいまいちわからないので、城戸さんに実演してもらうことにした。

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樽を傾けて注ぐ、グラビティというスタイル。

なるほど、こういうことか。 果たしてどんな味がするのか、楽しみで仕方がない。さっそく乾杯だ!

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ゆうき君 & 根津で訪れたのだが、現地であと2人が参戦!

なぜか急にメンバーが増えて、4人での乾杯になったことに気づいただろうか?

実は今回も、ランチームの『ゆうき & 根津』に対抗して、「クラフトビールは、走ってもおいしいし、走らなくてもおいしい」というTRAILS編集部crewの『カズ & 小川』も合流。

小川:「クラフトビールを飲みに、歩いて来たよ!」

まあ、走った後でも歩いた後でも、クラフトビールは最高だ! というわけで、4人で飲むことに。

ゆうき君のイチオシの「TODAY’S BEER」の味はというと……

カズ:「たしかに麦茶っぽい。ビールはすぐにお腹がいっぱいになっちゃうから最初の1杯くらいだったけど、これなら大丈夫だね。しかもさっき、ゆうき君が話してくれた歴史とか聞くと、カルチャーを楽しみながら飲めるよね」

小川:「そのビールならではのストーリーを知って飲むと楽しいよね。あと自分の場合、ぬるくなったビールは嫌いじゃなくて。家飲みしてる時とか、テーブルにずっと置いてあるビールを、ちびちび飲んでたりするんだよね」

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ゆうき君とTRAILS編集部crew。※コロナ対策でテーブルにはパーティションが常設されていますが、特別に許可をもらって撮影時だけ外しています。

ゆうき:「今のいわゆる流行りのスタイルとは違う、トラディショナルなビールを提供しつづけるお店は貴重だよね。TRAILSは、ブームとかに流されずに、本質的なことをきちんと伝えようとするメディアって印象があったから、こういうスタイルのビールを提供する店を紹介するのは面白いと思ったんだ」

そんなゆうき君のはからいに、TRAILS編集部crew一同も大満足。

ゆうき:「ちなみに、カスクコンディションを説明すると、カスクっていうのが主にグラビティで使用するビールの樽のこと。ガスで抽出する一般的なビールの樽はケグ。今回のビールは、このカスクの中で二次発酵させているんだよね。普通のビールは熱処理や濾過などをして発酵を止めているんだけど、これはしていない。そこの発酵の状態 (コンディション) を調整して出しているから、カスクコンディションって言うんだ」

最後に、店長の城戸さんにポパイの今後について聞いてみた。

城戸:「もともと先代の青木が、両国麦酒研究所を立ち上げる時に『両国の名物を作ろうぜ』って言っていて。今は、そこで製造しているビールはポパイでしか出していないですが、ゆくゆくはこの地元・両国の飲食店が普通に扱えるビールを作っていきたいですね。それがひとつの目標ではあります」

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『TODAY’S BEER RUN』に乾杯! 70タップを制覇すべく、これから足しげく通うことになるかも !?

今回も、走ったあとのクラフトビールは最高でした!

でも、その味わい以上に、クラフトビールにまつわるディープな話が、たまらなく興味深くて面白い。そして聞けば聞くほど、クラフトビールが好きになってくる。

これからも、そんな驚きと発見も期待しながら、『TODAY’S BEER RUN』をつづけていくつもりです。

さて、次はどこのクラフトビールを飲みにいこうかな。

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井原知一の100miler DAYS #04 | 走る生活(HK4TUC)

文・写真:根津貴央 構成:TRAILS

2020年10月1日、北海道の道東に誕生した『摩周・屈斜路 (ましゅう・くっしゃろ) トレイル』(MKT)。

この、ロング・ディスタンス・ハイキングの旅ができる新しいトレイルを、TRAILS編集部crewの根津が、オープン直前にいち早くスルーハイキングしてきた。今回は、そのトリップ・レポート後編だ。

MKTがあるのは、TRAILSが『NIPPON TRAIL 北加伊道・クスリの道』でディープな旅をした屈斜路湖エリア。思い入れの強い場所でもある。

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屈斜路湖といえば、この美しいコバルトブルー。

前編でも触れたが、MKTのコンセプトは『火山と森と湖の壮大なカルデラをたどる道』。火山活動によってできた2つのカルデラ湖「摩周湖」と「屈斜路湖」を、渡り歩くようにトレイルが続いている。

摩周湖は、摩周ブルーと呼ばれる日本一の透明度をもつ湖。屈斜路湖は、日本最大のカルデラ湖 (※1)。そんな2つの湖のまわりにできた独特な自然のなかを歩き、かつてアイヌの人々が通っていた湖畔の野湯 (のゆ) に浸り、湖畔に野営する、という稀有な歩き旅ができるトレイルなのだ。

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今なお噴煙をあげ続けている硫黄山は、異様な光景。

この後編では、屈斜路湖を舞台にしたDAY2の模様をお届けするが、野湯あり、アイヌの歴史あり、野営ありと、DAY1の摩周湖や硫黄山の景色とはまた異なる魅力がつまったセクションになっている。

※1 屈斜路カルデラ:約40万〜3万年前にかけて、火山活動が繰り返され、地面が落ち込むことで生まれた、日本一大きいカルデラ。東西に約26km、南北に約20kmという大きさは世界有数の規模。しかも、屈斜路湖は日本最大のカルデラ湖でもある。ちなみに、日本で2番目に大きいのが阿蘇のカルデラ。


日本最大のカルデラ湖「屈斜路湖」の湖畔を歩く。


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摩周第一展望台〜屈斜路プリンスホテルまで、全長44kmのトレイル。DAY2は、砂湯キャンプ場〜ゴール地点の和琴キャンプ場までの13km。

DAY2は、DAY1でテント泊をした砂湯のキャンプ場からスタート。ほぼ1日、屈斜路湖の湖畔を歩くトレイルだ。

約13kmの行程のなかに、湖、温泉 (野湯)、アイヌの人々の文化、とさまざまな魅力が詰まったセクション。

このセクションにある「池の湯」という温泉 (野湯) は、つい50年ほど前まで、ここで暮らすアイヌの人々のお風呂として日常的に利用されていた。このアイヌの集落から温泉までをつなぐ、かつての生活道は、MKTの一部にもなっている。

この旧生活道を抜けるとアイヌの集落「屈斜路コタン」(※2) があり、さらに和琴半島へとトレイルは続いていく。和琴半島には、砂湯のキャンプ場とはまた異なる最高のキャンプ場がある。近くには「露天風呂」もあり、テント泊をしながら温泉に浸かれるという極上のフィナーレの夜を迎えられるのだ。


アイヌの人々が通っていた野湯「池の湯」へ。


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右手に広大な屈斜路湖を眺めながら歩く。

砂湯を出発し、約3kmほど屈斜路湖畔沿いのロードを歩いてトレイルへと入る。

300mほど進むと、突如、湖に面した大きな露天風呂が現れる。

屈斜路湖と接していることもあって、湖を一望できる絶好のロケーション。トレイル上にこんな野湯があるなんて、もう最高じゃないか。

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アイヌの人々にゆかりのある「池の湯」。苔や藻が増殖して、ながらく立ち入り禁止状態だったが、MKTのために地元の人が整備をして復活させた。

ちょうど小雨が降ったり止んだりで肌寒いこともあり、僕は迷うことなく、併設されている更衣室で着替えて、ざぶんと浸かった。

実はこの「池の湯」は、つい50年前までアイヌの人々が利用していた野湯なのだ。

TRAILS編集部crewは以前、『NIPPON TRAIL 北加伊道・クスリの道』の旅で、屈斜路に住むアイヌのコタン (集落) の方々を訪ね、当時の話をうかがった。

「昔は家に五右衛門風呂しかなくて、週にいっぺんくらいは池の湯に入りに行ったんです」。そんなエピソードとともに、池の湯までの道も子どもの頃の楽しい思い出として残っている、と話していたことが強く印象に残っている。

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倒れた巨木の上で、木漏れ日を浴びながら休む。

池の湯から屈斜路コタンの間 (約4km) の大半は林道で、これこそが、アイヌの人々が「池の湯」まで行き来していた道であり、かつての生活道である。

まっすぐな一本道で、歩いていて気持ちがいい。昨日からずっと曇天 (ときどき小雨) だったが、ここへきてようやく太陽が顔を出してくれた。

大きな倒木がトレイルを塞いでいたが、休憩スポットとしてはちょうどいい。僕は倒木をよじのぼり、その上に座って休むことにした。

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休憩中に食べたのが、TRAILS INNOVATION GARAGEのトレイルミックス『MYOM (Make Your Own Mix)』。オーガニック100%で、素材の味を存分に楽しむことができる。


トレイルから町へ。屈斜路コタン (集落) と松浦武四郎。


アイヌの人々が今なお住んでいるコタン (集落) にたどり着く。通りに面したところに、宿とカフェ、民族資料館があり、あとは民家が点在する小さな集落だ。

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屈斜路コタンにあるアイヌの集落。

屈斜路湖側には芝生で覆われた広いスペースがあり、長方形の立派な石碑が建てられていた。

何か文字が刻まれているようだ。近づいて見てみると、こう記されていた。

“ 汐ならぬ 久寿里の湖に 舟うけて 身も若がえる ここちこそすれ ” 安政五年五月 松浦武四郎ここに来る

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広い敷地の中で、ひときわ目立つ松浦武四郎の歌碑。

これは、北海道の名付け親である松浦武四郎 (まつうらたけしろう ※3) が、江戸末期に屈斜路湖を訪れた際、この絶景を眺めて詠んだ歌だ。

武四郎は、江戸時代末期〜明治にかけて活躍した探検家で、6度にわたって蝦夷地 (えぞち) を探査した。その際、アイヌの人々とともに旅をした。僕も、アイヌの人々が暮らす集落と屈斜路湖を目の前にして、この歌が詠われたときの景色を想像した。

※3 松浦武四郎(まつうらたけしろう):江戸時代末期〜明治初期に活躍した、三重県松阪市出身の探検家。計6回の蝦夷地(明治以前の北海道・樺太・千島の総称)探検を実施し、詳細の解明に貢献した。

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アイヌ語でエペレセツと呼ばれていた子熊の檻 (おり)。

この石碑からほど近いところには、アイヌ民族資料館がある。建物の前には、何かを象徴するかのように、丸太を規則的に積み上げたオブジェのようなものがある。

これは、子熊の檻 (アイヌ名:エペレセツ) で、その昔、アイヌの人々が子熊をここで大切に育てたのだという。

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アイヌ民族資料館。入口に並ぶ7本の列柱は宇宙の時間を象徴する聖数7を意味し、円形ドームは天円地方宇宙の建築構造を表す。

トレイル上にこういう施設があると、つい気になって見たり触れたりしてしまうもの。ロング・ディスタンス・ハイキングを楽しんでいる過程でその土地の文化や歴史に触れることによって、さらにこのトレイルとこの土地に愛着がわいてくる。


弟子屈 (てしかが) 名物「いもだんご」を食べて、今日2つ目の野湯へ。


屈斜路コタンを後にして農道入口を右折すると、いよいよ、スルーハイキングのゴールまであとひと息。1時間ちょっとで、和琴キャンプ場に着くだろう。

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ビート畑が広がり、その先に見えるのは屈斜路湖の外輪山。

天気が好転したこともあり、景色は最高だ。ジャガイモやトウモロコシ、ビート (てんさい。主に家畜の飼料になる) などを栽培する畑が一面に広がっていて、まさしく北海道といった感じ。

しかも、その先には屈斜路湖の外輪山が連なっていて、それも一望できる。いつかあの外輪山もつないで歩いてみたい、そんな願望がムクムクと湧き上がってくる。

広大な風景に見とれていたら、いつの間にか和琴半島に着いていた。

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宮崎商店は、きっとスルーハイカーのオアシスとなることだろう。

野営地に行く前に、まずは買い食いだ。

ここに来たら、宮崎商店に寄らないわけにはいかない。お目当ては「いもだんご」。

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弟子屈名物のいもだんごは、どこか懐かしい味わい。

甘じょっぱい味付けが、疲れたカラダにしみわたる。弟子屈産のジャガイモのねっとりとした食感と味わいは、やみつきになるウマさ。

ちなみに、ここ弟子屈町の特産品といえば、じゃがいも。でんぷん質と糖度が高く、ホクホクして甘いのが特徴だ。

小腹が満たされたところで、つづいては、和琴半島で人気の野湯へ。本日2回目の露天風呂だ。

この温泉、どうやら最近、少しリニューアルされたらしく、深さが増し、より快適になったみたいだ。というのも、宮崎商店でたまたま会った常連さん風のおじさんが言っていたのだ。ちなみに僕は、こういう地元の人の話は信じるタイプだ。

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和琴温泉露天風呂は大小の岩がたくさんあり、野趣あふれる感じ。

先客の年配の方に挨拶をして、いざ野湯へ。

ちょっと熱めの温度 (たぶん42〜43℃くらい) が、陽が陰ってきて肌寒くなってきたこの時間帯にちょうどいい。肩までどっぷりと浸かりながら、2日間のスルーハイキングおつかれさん! と自分で自分をねぎらった。


野営をしながら、ローカルフードで最後の晩餐を楽しむ。


今回のスルーハイキングの最後の晩餐は、マルちゃんのダブルラーメン (※4) と、ミックス野菜、そして温泉玉子 (※5) だ。

ラーメンと野菜は、昨日、川湯温泉を通った時に、北海道が誇るコンビニ「セイコーマート」で買ったもの。そして、温泉玉子は、これまた昨日、硫黄山レストハウスで仕入れたもの。

トレイルの途中で食材が買えるのは、旅の事前準備が少なくて済むし、その時の気分で好きなものをチョイスできるので、すごくありがたい。

※4 ダブルラーメン:東洋水産が北海道のみで販売しているラーメン。名前のとおり、1袋2人前。味はみそ・しお・しょうゆの3種類がある。

※5 温泉玉子:硫黄山レストハウスで販売されているゆでたまごで、川湯温泉の源泉でゆでられていて、硫黄の香りがするのが特徴でもある。

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夕食は、マルちゃんのダブルラーメン、ミックス野菜、そして硫黄山でゲットした硫黄の匂いただよう温泉玉子。

今回の調理器具一式はこちら。使用した火器は、アルコールストーブだ。選んだ理由としては、もちろん軽量化という側面もあったけど、どちらかというと静かに過ごしたいという気持ちが強かった。

一人でのスルーハイキングだったし、この摩周・屈斜路トレイルの自然にじっくり浸りたいという思いもあり、できる限り音を出さず、ひとり静かにありのままの自然を楽しもうとしたのだ。

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クッカーは、VARGO (バーゴ) の「Ti-Lite Mug」(チタニウム・ライト・マグ)、重量111g。ストーブは、FREELIGHT (フリーライト) の「FREVO R」(フレボ R)、重量7g。

たった2日間のスルーハイキングの旅ではあったけれど、ロング・ディスタンス・ハイキングの魅力が凝縮された2日間だった。

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摩周・屈斜路トレイルのスルーハイキング、これにて終了!

2020年10月1日、北海道に誕生した新しいトレイル『摩周・屈斜路トレイル (MKT)』。

今回の前編・後編の2回にわたる、本邦初のスルーハイキング・レポートでは、TRAILS編集部がこのエリアに感じたポテンシャルの大きさを伝えてきた。

他にはない屈斜路カルデラならではの、カルデラ湖や火山をはじめとした大自然の魅力はもちろん、山から町へ、町から山へ、山と町をつなぎ、野営をしながら旅をするロング・ディスタンス・ハイキングのエッセンスが詰まったトレイルだ。

ぜひ、あらためて『NIPPON TRAIL 北加伊道・クスリの道』のトリップ・レポートも読み返してもらえると嬉しい。

また僕らはこのトレイルを、釧路川のリバートレイルとつないで旅することに、大きなポテンシャルを感じ、ワクワクし続けてきた。

しかし、このリバートレイルとの接続実験は、気がはやって、なんと真冬の極寒期に決行してしまった。今度はちゃんと緑の季節に行こうということで、今回あらためてTRAILS編集部で、MKTと釧路川をフィールドに『ハイキング & パックラフティング』の旅をしてきた。

そのトリップ・レポートは、11月上旬に公開するので、ぜひお楽しみに。

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ライターA群

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